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17 旦那様っ、話が違います!
しおりを挟む変な声を出して俺は目覚めた。
変な夢を見た。
元の俺が会社に行って、皆んなに馬鹿にされるという面白くもなんともない夢だった。
でもあれは本当の事だ。携帯を取られて中を見られたのも本当だ。
皆んなに笑われたのも、仕事の失敗を押し付けられたのも、全部本当の事だ。
面白くもなんともない過去の記憶を思い出したといった感じ?
俺は主人公ラビノアに王太子と騎士団長二人が求婚するところまで読んで直ぐに死んだのかと思ってたけど、記憶ではまだ生きてたなぁ。
記憶が抜け落ちてるのかな?
「ユンネ様?起きましたか?」
身動きせずに目を開けてボンヤリしていたので、ソマルデさんは直ぐに気付かなかったらしい。覗き込んで問いかけてきた。
「………すみません、俺なんで寝てるんですか?」
聞き返すとソマルデさんはホッと安心した顔になって教えてくれた。
地下牢でラビノアが『回復』スキルを使った時、俺だけ倒れてしまったらしい。
たまにスキル同士の相性が合わない人間というのがいるらしく、ラビノアの『回復』が合わずに倒れたのではと教えてくれた。
ラビノアは直ぐに気付いて『回復』を抑えてくれた為、鈍い音を立てて気絶した俺をソマルデさんが介抱してくれたのだという。
「頭に少し傷ができておりますので、暫くは安静にして下さい。」
「いや、そんな迷惑はかけれません!俺も何か手伝いを………!っっあってててっ!」
起き上がろうとしたら後頭部に激しい痛みが走った。頭から思いっきり倒れたんだろう。
「うう~~~~………。」
頭を抑えて蹲ると、ソマルデさんは慌てて俺を布団に押し戻した。
「丸一日寝ておりました。傷が治るまで安静にするようにとエジエルジーン様から言いつかっております。何故か王太子殿下とアジュソー団長まで過度に心配されて困りましたけど。」
なんで殿下とアジュソー団長が?旦那様は上司だから分かるけど、それは確かに何でだろうね?
「すみません、お言葉に甘えて寝ときます。」
ソマルデさんは頷いて笑ってくれた。
俺が起きたのは夜中だったらしく、寝直すと翌朝だった。
ソマルデさんはいつ寝てるのでしょう?看病してくれていたんだろうけど、ほんと申し訳なさ過ぎる。
まだスヴェリアン公爵の城にいるわけなんだけど、制圧後の残務を終わらせてから帰るらしい。
漫画知識だけどスヴェリアン公爵には後継がいなかったので、スヴェリアン公爵領は王国領として今後管理することになる。
王都に帰るまでは寝てるいように言われた。
今、目の前にいる旦那様に。
というかこのスヴェリアン公爵の城に待機中に、主人公ラビノアは色んなイチャイチャをするはずだったんだよ?
でも美しい尊顔の旦那様は今ここにいる。
というか暇な時はここに来るようになった。
俺はどうしたらいいんでしょう?
しかも休憩中と言ってはルキルエル王太子殿下やアジュソー団長もやってくる。主人公ラビノアも自分の所為で倒れたんだと気にして頻繁にやってくる。
なんかずっと綺麗で眩しい顔に囲まれて、俺の平凡ネズミ顔は焼けてしまいそうです。
眩し過ぎて目が開けれません。元々開いてないけど。
今は夜ご飯だ。
ソマルデさんが三人分用意して持ってきてくれた。
この城にいた使用人達をそのまま使ってるんだけど、俺が食べてるご飯はソマルデさんが作ってくれている。なので貴族用のフルコース的なのでも、騎士用のドッカリ飯でもなく、素朴な家庭料理を基本食べている。俺的には助かります。
「傷の具合はどうだ?」
旦那様が俺の頭の包帯を見ながら聞いてきた。
表情は相変わらず無表情だけど、旦那様はこれが通常運転だ。
「はい、まだ少し痛みますが薬を飲んでいるので大丈夫です。」
「そうか。」
ラビノアが『回復』スキルで治したそうにしてたけど、また倒れるといけないからと俺は自己治癒中だ。
ラビノアは皆んなに大々的にスキルがバレてしまい、今はスキルを秘匿していた事と、その貴重性から護衛付きで城の中で過ごしている。昼間にここへお見舞いに来た時、自由がないと零していた。
本当はルキルエル王太子殿下、旦那様、アジュソー団長の順で警護をループしていたはずなのに、三人は特にラビノアの警護をしていない様子。
これではイチャイチャが見られないのではと不安になる。
そもそも何故旦那様は俺の部屋に食べに来たのか?分からない……。
ソマルデさんに視線を送ると首を振られた。
むう…。とりあえず早く食べて帰ってもらうか。
「……ユネは、所作が綺麗なのだな。」
突然、旦那様から褒められた。
「……ありがとうございます?」
よく分からないけどペコリとお辞儀をする。俺は背中に汗を流していた。旦那様が俺を真っ直ぐ見ている。
眩しい!
所作については元執事のソマルデさんに教わった事にした。テーブルマナーとか本当は知らないけど、なんでか食べている時は上手に出来てしまう。
ユンネの身体に染み付いてるんだろうなぁ。
あの時ユンネに会ったのは夢の中だったんだろう。
ユンネは俺の中で寝ているのか?あの破れたガラスに守られているんだろうか。
ガラスは破ってはいけないのだと、なんとなく思っている。
よく分からないけど、いつか中で寝ているユンネが出て来てくれたらいいな。
「ユネ、よく噛んで食べましょう。吐き気などは出ていませんか?」
ボーと考えながら食べていたら、ソマルデさんに心配されてしまった。
心配有りませんと返事しながら、ソマルデさんに目配せする。
早く食べましょう!
ソマルデさんは少し苦笑していた。
「寝る前に包帯は替えているのか?」
「んぇ、……モグモグ…、ンム、はい、替えてから寝ます。」
何でしょうか?
「そうか、ならば私が替えよう。」
え!?
何故に旦那様が!?
チラッと横目でソマルデさんを見ると、素早く食べ終え立ち上がって、薬箱を取りに行ってしまっていた。
あ、はい、それは決定なんですね。
という事で、俺は今一人掛け用のソファに座っている。後ろから旦那様が頭に巻いた包帯を取っているところだ。
もう大人しくして早く包帯交換してもらおう。
ソマルデさんは食器を片付けに行ってしまったので今は二人きりだ。
超気不味い……。
「薬を塗るぞ?」
「はい、お願いします。」
この薬滲みるんだよねぇ~。
俺はギュッと目を瞑った。
包帯の交換を申し出ると、ユネは困ったように驚きながらも頷いた。ソマルデにそれとなく目配せしたので、薬箱をすぐに渡してくれる。
ソマルデは多くを言わなくても有る程度の意思が通じるくらいに付き合いが長い。
「ユネは食べ終えたらそこのソファに座ってくれ。」
そう言いつつソマルデに食器を下げるよう指示すると、直ぐに片付けて部屋を出て行った。
出ていく前に「では、包帯の交換をお願いします。直ぐに戻りますので。」と釘を刺していった。
ゆっくり過ごさせてはくれないらしい。
シュルシュルと包帯を緩めていくと、ふわふわの灰色の髪が包帯の隙間から現れてくる。
解けた包帯が首の周りに回って落ちるのを、ユネは自分でどうにかしようと思ったのか、取り去ろうとして逆に首を絞めてしまい、頭を傾げていた。
そんな仕草が本当に小動物のようだ。
「薬を塗るぞ?」
柔らかい髪を掻き分け傷口を見ると、パックリと皮膚が裂けていた。今は血も止まり固まっている。
この部分の髪は生えてこなくなるだろうな。残念だ。
あの時近くにいたら受け止めてやれたかもしれないのに…。
あの時は殿下もソマルデも傷を負っていたのと、直ぐ近くてラビノアの『回復』を間近で受けた所為で、身体が直ぐに反応出来なかったと言って悔しがっていた。
その所為か分からないが、殿下もラビノアもやたらとユネの部屋にやってくるらしい。
来すぎじゃないだろうか?
薬を塗ると言ったからか、ユネは首から解こうとしていた包帯を握り締めたまま、ギュッと目を瞑ったようだ。普段から細目なので分かりにくいが、目尻に皺が寄っている。
今からくる痛みに耐えるにしても、そういう姿はダメだと思う。
布に染み込ませた消毒液をポンポンと当てると、痛いのかビクビクと震えていた。
騎士ならばこれくらい普通なんだがという言い訳を思いつつも、面白くて少し多めに当ててしまった。
次に薬を塗ると、これも滲るのか震えている。
「うう……、何でこんなに滲る薬なんでしょうかねぇ。」
「傷薬ではこれが一番効き目があるんだ。我慢しろ。」
「はぁ~~~い。」
情けない声で返事を返してくる。
新しい包帯で頭を巻き直してやると、ホッと肩を落としていた。終わりだと安堵している。
騎士団に来た頃より髪が伸びたのか、灰色の髪が指先に触れて巻き付く。
柔らかい。細くて触り心地がいい。
項に後ろ髪がかかっている。なんとなく気になってそこに触れると、ビクンとユネが震えた。
「……え?首にも傷ありますか?」
くすぐったかったようだ。
私の方を振り返って見上げながら聞いてくる。
「いや、すまない。髪が気持ち良かったから触っただけだ。」
「はぁ……髪ですか。」
不思議そうにしている。
ユネの髪を見ていると、どうしても領地の妻のことを思い出してしまい、つい構ってしまう。
「………妻が、こんな髪をしていたなと、最近思うんだ。」
ユネの動きが止まった。私の悪妻の噂はかなり広まっている。領地の騎士学校にも通っていたのだし、その噂はユネも知っているのだろう。
気まずい話を振ってしまった。
ユネは何か言おうかどうしようかと迷う素振りを見せながらも、思い切って口を開いた。
「あのっ、奥様と離婚されるつもりですか?」
少し驚く。
こんな私の個人的な内情を真っ直ぐ聞いてくる人間はあまりいない。副官のワトビくらいだ。
「そうだな………。そう思ってたんだが、早めに領地に行って本人に確認してみようと思う。」
「え?奥様に会うんですか?」
「直ぐには行けないんだが、領地も妻も放置し過ぎている。流石に妻だけの責任ではないだろう?」
妻のユンネが学校に通っていなかった事も気になる。今人をやって調べているが、調査の幅が広過ぎるので待って欲しいと連絡が来た。
この城の残務が終わって帰る頃には、報告書が届いていて欲しいものだ。
ユネが何故か酷く驚いて、ポカンと口を開けていた。
「そんなに驚くことか?」
「えっ!?いえ、その、そうですね!やはり夫婦なのですからしっかり話し合わないとですね!」
何故か慌てている。
「?ああ、上手く話が纏まるといいんだがな。」
「はい、頑張って下さい!」
ユネがいつもの笑顔で笑って励ましてくれた。
この笑顔を妻も見せてくれるだろうか。
ノックと共にソマルデが戻って来て、会話は終了した。
ユネに気持ちを吐き出した事で、少し心が軽くなった気がする。あまり自分の事を話す方ではないので気付いていなかったが、随分と溜め込んでいたらしい。
またこうやって話を聞いてくれるだろうか。
「また話し相手になってくれ。」
そう頼むとユネは笑顔で是非と応じてくれた。
最近のストレスが少し軽くなった。
ソマルデさんと入れ替わりに旦那様は帰って行った。今からまた仕事するのだという。
「そ、ソ、ソマルデさんっ!」
「どうされましたか?まさか手を出されたのですか?」
「え?手は出して…?なんの話?いや、それより旦那様は領地に帰って俺と話し合うつもりだと言ったんです!」
「ほう?」
ソマルデさんが感心している。
俺は漫画で知っている。黒銀騎士団長は裁判所を通して会う事もなく悪妻と離婚するのだ。そしてその後主人公ラビノアに求婚していた!
君との会話は私を癒してくれるってな事を言いながら!
三人の中で一番エロが薄いのが旦那様だ。
でもまあ薄かったというだけで致してないわけでもなかったけど…。
今に至っては手を出してすらいない。逆に遠ざけてない?
「俺はここにいるのにどうしたらいいでしょうか?」
「そうでございますね…。ここに居ても良いのでは?あとはユネがユンネ様だと明かされた時どうするかですね。」
俺が悪妻ユンネとバレた時?
…………怖。なんて言われるだろ?
「お、怒られる?」
青ざめていうと、ソマルデさんは困ったように笑った。
「まずそれはあり得ません。逆にユンネ様が攻撃して宜しいのですよ?私もお手伝い致しますね。大丈夫です。エジエルジーン様の師匠は私ですから。」
それは凄いね。地下牢の天井に穴開けた旦那様の師匠?
「とりあえず全力で逃げます。」
「承知致しました。」
その時はサクッと離婚届置いて逃げよう。
ソマルデさんがいればなんでも出来る気がする!
何で話がズレてるのかなぁ~。
他の二人もどうなってるのか気になる。明日探ってみようかな。
今日はもう包帯も替えたし寝ることにした。
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