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15 モブはモブなのにモブじゃない
しおりを挟む地下牢にはなかなか立派な木の両扉が付いていた。でもソマルデさんによって一刀両断された。スパーンと切られた扉は大きな音を立てて倒れ、石造りの部屋の中にはフードを被った人間が立っていた。
部屋の奥にはエレベーター用の扉があり、漫画の通りだなと観察する。
エレベーターの反対側は鉄の格子になっていて、中には人影が蹲っているのが見えた。
蝋燭もない暗い壁際の影に固まっているので、誰が誰だか分からないが、見覚えのある金髪だけはハッキリと見えた。
主人公ラビノアはどんな暗闇にいても光り輝くもんなんだろうか。
「ソマルデさんっ!」
ラビノアは青い瞳をウルウルとさせて鉄格子に駆け寄ってきた。救出にきた三人の中で何故一番にソマルデさんを呼ぶのか…。
あれ?アジュソー団長じゃないの?なんで?
アジュソー団長もあんまり気にしていないみたいで、ラビノアの方はソマルデさんに任せて、地下牢にいたフードの人物に対峙していた。
「流石にこの鉄格子は切れませんね。鍵はどこにあるのでしょう?」
ソマルデさんが格子の扉の前で思案する。俺もとりあえずソマルデさんと一緒にラビノアの方に来た。
アジュソー団長があっちへ行けと目配せしたからだ。何気にアジュソー団長は俺の動きも確認して指示してくれるので動きやすい。
ソマルデさんもそれに従っているので問題ないはずだ。
さて、本来は王太子以下三人は城の上層階にあるスヴェリアン公爵の執務室にいるはずだった。でも今はルキルエル王太子殿下と旦那様が向こうに行って、アジュソー団長と俺達は地下牢にいる。
なんか腹黒キャラの筈なのに意外と良い人なアジュソー団長と主人公ラビノアが仲良くなればいいなぁと思ってたけど、思うようにいかないもんだな。
ラビノアのウルウルお目々はソマルデさんしか見ていなかった。
なんでこんな事になったのか…。俺の存在が邪魔してる?いや、どっちかというとソマルデさんかな?俺は静かに覗くだけのつもりだったのに、ソマルデさんが色々と邪魔するからね。
「鍵は公爵が持っていました!そこの扉からいつも出てきます。」
ラビノアがソマルデさんにエレベーターの方を指差して説明していた。
その時ガコンと音がする。
ゴゴゴと鈍い振動音に、これはエレベーターが降りてくる音ではないかと推察した。
と、いうことは?
これはあれだ!執務室に追い詰められたスヴェリアン公爵が、エレベーターで降りてくるシーンだ。
上に取り残された王太子軍は、急いで追いかけて階下に降りる為に執務室を飛び出そうとして、黒銀騎士団長に止められる。
殿下、ここを海に変えてください。
そう黒銀騎士団長は王太子に静かに言うのだ。ルキルエル王太子殿下は何か策がありそうな黒銀騎士団長の言葉を信じて、執務室の床を海に変える。
ザワリと床が波打ち、上に乗っていた敷物が撓むみ、執務室にいた全員がよろけたが、エジエルジーン騎士団長だけは真っ直ぐに立っていた。
剣を構え軽くトンッと地を蹴ると、高速で振り下ろされた剣は床の下に沈んだ。
ズッッッッツパアァァァァンンンーー!!!!
と縦に割れる地面。
一直線に地下牢へ向けてひび割れのような穴が開いていた。
「お先に失礼します。」
そう言って水面となった城の石に剣を突き刺して、エジエルジーン騎士団長は下に飛び降りてしまう。
ルキルエル王太子殿下とアジュソー団長は、舌打ちしてそれに続いた。
他の騎士達にはこの自殺行為をとても真似することは出来ず、ワトビ副官の指示で階段を使って後から降りる事になる。
漫画ではスキルも無いのに人間技を超える超人的な旦那様が強くて凄くてかっこいいのだが、城の上階から地下まで一体何十メートルあったのか…。
本当にスキル持ってないのかな?
だって剣一振りで海を割れるんだよ?
でもよくよく考えるとこれ、今から旦那様が天井割って飛び降りてくるということ!?
この場合、一緒に上階にいて剣を振り下ろす現場を見ておくべきだった!?
いやいやでもでも上にいたら一緒に飛び降りないと今から下で行われるシナリオを観察出来ないじゃないか!
あぁ……!!上にいるべきだったのか!?下にいるべきだったのか!?
「……この状況で何を妄想しているのですか?」
鉄格子を握り締めて考え悶える俺に、ソマルデさんが呆れ顔で止めてきた。
どうもすみません。
エレベーターの扉が開き、スヴェリアン公爵が転がり出てきた。
上等な貴族服を着ているけど太ってておじちゃんであんまり威厳を感じられない。
やはり漫画で名も無きモブは平凡顔なのだ。家名はあるけど個人の名前はなかった。
ん?じゃあミゼミ・キトルゼンはどうなんだろう?あのフード男は死んでからだけど名前が出ていた。なんでエジエルジーンの悪妻には名前が最後まで出なかったのに、死んだ敵には名前をつけているのか。解せぬ。
ん?でも公爵が出てきたって事は、これ、もうそろそろ天井から落ちてくるんじゃない?
「アジュソー団長!上!」
俺が何かを言う前に、アジュソー団長は天井を振り仰いだ。言わなくても気配で察したのか、パッと背後に飛び退る。
僅差で天井がズパァンーー!!と割れた。
石なのに水みたいに割れて、水飛沫が立つのは異様な景色だった。落ちた石模様の水滴は、落ちる瞬間にはガツンガツンと床や壁に飛び散って石に戻っていた。
その割れ目から飛び降りてくる美丈夫二人。
まず先にシルバーアッシュの髪をサラリと流して、漆黒の瞳を無感情にスッと流しながら着地した旦那様、黒銀騎士団長エジエルジーン・ファバーリア。
天使ですか?いや髪から服から黒で統一されてるから堕天使様?天使の輪っかでも黒い羽でもお似合いです。
その後から暗い地下牢に銀の輝きを放つルキルエル王太子殿下も降りてきた。この人はこの人で凍てついた赤いルビーの瞳が血のようで、美しき戰の神って感じだ。
流石漫画の主要キャラ達。
殿下がスキルを解くと、天井は元の硬い石造りに戻り、パックリと亀裂が入っていた。
真下に行って見上げてみたい…。
流石に対峙しているスヴェリアン公爵と旦那様の間には入れないから見れないけど。
ルキルエル王太子殿下は後ろに下がって俺達と並んだ。代わりにアジュソー団長が前へ出て旦那様と並んで対峙した。
「スヴェリアン公爵、大人しく捕縛されろ。」
ルキルエル王太子殿下の言葉に対してスヴェリアン公爵は睨みつけた。
「誰がっ!大人しく捕まると思うなっ!ミゼミ!やれっっ!!」
スヴェリアン公爵は側に控えていたミゼミに命令した。
フード姿なのでよく分からないが、王太子殿下の方を見た気がする。流石に自国の王子の顔はわかるのかもしれない。
「ほ、本当に………!?」
声は掠れているが若い男性のものだった。顔見たい。
「フード脱げないかな……?」
ポツリと呟いた声は隣に立つルキルエル王太子殿下に聞かれてしまった。
「あの男に何かあるのか?」
殿下の赤い目が俺を真っ直ぐに見る。
透き通るような赤が綺麗だけど、眼力あって怖いかな?何で俺、この人の隣で呟いちゃったんだろう?
「……え?えーと、ほら、公爵がやれって命令してますし、きっとスキル持ちですよ。この人数を相手に、フードの人だけで戦わせようと言うんだからきっと凄いスキルですよ。」
なんとか言い訳を並べる。
「殿下!あの人本当にスキルで何かしようとしてます!」
牢の中からラビノアも俺の意見に重ねてくれた。というか本当にこの後ミゼミはスキルを使う。
「何!?」
アジュソー団長の叫び声が聞こえた。
グワンと大気が揺らぐ。
空気が重たく感じ、息苦しくなってきた。
ミゼミの『隷属』だ。全員の身体が拘束されたように動けなくなる。
「殿下!団長!」
ワトビを先頭に、駆け込んで来た騎士達も次々と動けなくなっていった。
俺の身体もギジリと固まって動けない。
俺は漫画の内容を知っている。それでも大丈夫と知ってても怖い!
「よしっっ!よくやったぞっ!」
スヴェリアン公爵は醜く顔を赤らめて喜んでいる。
ミゼミは公爵の後ろで身体を丸めて立ちすくんでいた。
「…………っ!ぐっ……………っ!」
ルキルエル王太子殿下が苦しげに呻き声を出す。全員声も出せずに固まっていた。
チラリと横を見ると、牢の中の人達も動けなくなっていた。ラビノアも苦しげに青い瞳に涙を浮かべている。
カツカツとスヴェリアン公爵が殿下の前に歩いて来た。
「クックックっ…。よぅし、ルキルエル殿下、いや、ルキルエルよ。私の前に跪けっ!」
うわぁ~~~。漫画の通りだけど現実で見るとドン引きする!高貴な血筋の人を服従させたいという捻れた欲望なんだろうけど、生で見るとイタイ。
ソマルデさんの目が半眼になっている。
今はミゼミの『隷属』が効いているのか、この空間ではスヴェリアン公爵が主人になっている。
殿下の赤い瞳が怒りに揺れている。
怖い、怖い、怖いっ、俺ならどんなに命令出来る立場に立とうとも、こんな目で人を睨みつける人を服従させようなんて思わない!
後で絶対殺される。喉笛噛み千切られる!
殿下はミゼミの『隷属』に逆らっているのか跪こうとしない。
それに苛ついた公爵は、腰に下げていた剣を鞘ごと抜き、殿下を鞘で打った。
「…………つっっ!!!」
おまっっ!よくその人打てるな!?ルキルエル王太子殿下の顔が般若に見える。
スヴェリアン公爵の顔が愉悦に歪んでいた。
だがこれシナリオ通り。
漫画では打たれた殿下を悲しげに見上げる主人公ラビノアが、更なるスキルに目覚める場面。
鉄の格子越しにお互い手を繋ぎ支え合いながら、ルキルエル王太子殿下の身を案じる主人公ラビノア。
手を、手を、手を……………繋いでなあぁぁい!?
ラビノアの手はソマルデさんに縋り付いていた!
え!?どーするぅ!?
これではラビノアは更なるスキルに目覚めないのでは!?
俺はぷるぷると震えた。
「…………っっ!」
なんとか声を出そうと頑張る。
打たれる殿下の横で、その姿を見ながら俺は喉を震わせた。
怖い!殿下の怒りのオーラ怖い!ビシビシ感じる!!
「…………そっ………そっ…………ソマ、ルデ、、さぁんっっ……!」
ソマルデさんの指がピクリと動く。表情はあまり変わらないが、必死に『隷属』から逃れようと身体に力を入れているようだった。
「……、ユ、、ネ、っさっまっ!」
かろうじて偽名になってるけど、様つけたらだめぇぇっ!
なんとか俺は声を出す。
「ソマルデさぁんっ……………!殿下の代わりに打たれてぇ~~~~っっ。」
叫んだつもりだったけど、出た声はぷるぷる震えて情けないものだった。
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