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10 いざ、合同演習へ!

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 うん、すっかり忘れてました。
 若葉色の瞳が無茶苦茶睨んでます。睨まれてるのはソマルデさんだけど、当のソマルデさんはサラッと無視している。
 漫画と性格違うのは白銀騎士団長アジュソーもだよね。
 漫画ではやる事は腹黒くても、表の顔は温厚で天使みたいな微笑みしか浮かべていなかった。あんな凶悪な目つきしてなかったもんね。
 主人公ラビノアの前でそんな顔してていいのだろうか。やっぱりあの時邪魔したのがダメなのかなぁ。
 
 ラビノアは王太子の斜め後ろに控えている。何やらこちらが気になるのかチラチラとしきりに視線を感じた。
 もしかしてソマルデさんを見ている?結果的にこの前助けたのはソマルデさんだしなぁ。お礼を言いたいのかも?

 王太子殿下のお名前はルキルエル・カルストルヴィン二十一歳。主人公ラビノアの一つ年上。銀髪赤目のこれまた美形。長い銀髪を後ろに流している。瞳は血のように赤い。宝石のルビーのように綺麗だ。
 軍事の最高責任者でもあるので本人も身体は鍛えているのか、背も高くて程よく逞しい。王族はスキル持ちが生まれやすい。それは婚姻する相手が必ずスキル持ちだからだ。
 ルキルエル王太子のスキルは『絶海ぜっかい』。言葉の意味だけ取れば陸のない海か遠く離れた海、という感じだけど、漫画知識によれば物体を海のように変えて敵対者を沈めて殺していた。わりと怖い戦闘用のスキルだった。あんまり相手にしたくない。

 話の流れからも、主人公ラビノアが王太子に付いている事からも、ラビノアは王太子のお気に入りになっているのかなと思う。
 問題は黒銀騎士団長エジエルジーンと白銀騎士団長アジュソーが主人公ラビノアに全く興味が無さそうなところだった。

 三者顔を合わせた瞬間から睨み合ってた気がするんだけど、なんでだ?
 三人でラビノアの手や肩を掴んで自分のものだと主張しあっていたのに……。

「……残念。」

「ん?」

 ぽそっと呟いたらソマルデさんが聞き返してきた。
 ソマルデさんは言葉使いは丁寧なままだけど、最近は本物のお爺ちゃんみたいに気安くなってきている。
 俺の呟きは旦那様にも届いたらしい。

「どうしたんだ?」

「え!?何でもないです!」

 おっと、今は仕事中!漫画の展開が見れないのは残念だけど、仕事はしないとな!
 
 両騎士団集合してからの挨拶から、演習開始まで長々と時間がかかり漸く始まった。
 俺はこの合同演習の数日前に黒銀騎士団副官ワトビの隊に配属された。斥候として身近にいてくれた方がいいという判断と、団長の執務の手伝いをやって欲しいという事だった。スキル『複製』が重宝すると言われると少し嬉しい。
 
「黒銀騎士団長、少しいいか?」

 演習は荒野、森、川の三箇所を使って、地形別に行う事になっていた。全て王都周辺で行うのだが、騎士団は半々に分けて三日間行う予定だ。半数は演習に、半数は王都警備に当てられる。
 旦那様は演習を監督する事になっていた。
 白銀騎士団長は王都に戻る予定なのになんだろう?

「ああ、構わない。」
 
 旦那様も怪訝な顔をしながら頷いている。
 確かこの二人は元々あまり仲が良くない。
 何となく馬が合わないといった感じだ。

「そこの老騎士に話がある。」

 この前取り押さえた事根に持ってるのかな?
 ソマルデさんは相変わらず知らんぷりしていた。
 旦那様はなんとなく気配で何かあったのだなと察したようだ。

「彼は最近入った騎士だ。何の用だ?」

 アジュソー団長の気配が一気に冷えた気がした。
 機嫌悪そうだなぁ。本当に天使の微笑みを持つ騎士団長様なのかな?
 
「少しね……。」

 アジュソー団長が話さないと見切りをつけた旦那様は、ソマルデさんに直接尋ねた。

「何したんだ?」

 旦那様はソマルデさんが何かやったのだと思っているようだ。確かにやったけど、そもそも王宮内でメイドさん襲ったアジュソー団長の方が悪い。
 でも相手は伯爵位も持つ騎士団長様だ。

「女装メイドを襲っていたので取り押さえましたよ。」

 言っちゃうんだ?
 ワトビ副官がギョッとした顔をしていた。
 ルキルエル王太子殿下と女装メイドと言われてしまったラビノアもいて、二人とも驚いている。
 近場には俺達だけなのでいいけど、ソマルデさんって肝が据わってるなと思う。
 俺の視線がラビノアに向いていたのを目敏く確認したのか、旦那様の視線もラビノアを一瞬見た。女装メイドが誰の事か察したらしい。
 それにしても旦那様は漫画のシナリオ通りにいくなら、今頃はラビノアに好意を抱いているはずなのに全く反応がない。
 表情が動かないにしても態度にすらでていない。
 なーんか違うんだよね~。

「まて、襲ったとはどういう事だ?」

 ルキルエル王太子殿下が話に入ってきちゃった。
 いや、待てよ?これはこれで話の通りになったのかも?
 ここから三人の戦闘が始まるのだ。
 わくわく。

 王太子はスキル持ちだ。怒りで容易く相手をスキルの海に沈めてしまおうとする……はず?

「………戯言ざれごとです。殿下。」

 ニコッと天使の微笑みを浮かべてアジュソー団長は話を終わらせにきた。
 地面に変化が現れる。
 トプンと硬い茶色い地面が揺れた。
 
「正直に言え。」

 アジュソー団長は体勢を屈めて、直ぐに動けるように構えた。額に汗が流れ焦りが見える。
 どうやら旦那様は観戦する模様。
 アジュソー団長と王太子殿下がタイマンで戦うとなると、王太子殿下の方が強いのかな?
 
「アジュソー、落ちたら自白の海だ。」

「……っ、ご冗談を!」

 地面が揺らぎ海の波に変わる。色彩は乾いた土と枯れかけた草の地面なのに、タプンタプンと揺らぎ始めた。

「ユ…っ、ユネっ!」

 ソマルデさんが慌てて引き寄せる。いつもは用心深く他人がいる時は決して本名で呼ばないのに、今は間違えそうになっていた。
 ソマルデさんが慌てる程、殿下のスキルは危ない?

「ワトビっ、騎士達に一旦演習を中止して王都側に退避するよう指示を!」

「了解ですっ!」

 旦那様の指示でワトビ副官が走って行った。

「ソマルデっ、大きな木に登るぞ!!」

 旦那様がヒョイと俺を受け取った。
 
「へ?」

 そのまま俺を抱えた旦那様とソマルデさんは、近くにあった木に駆け上がるように登った。
 俺、一応鎧着てるから重たいはずですけど!?
 は、早いっ!目が回る!

「何故言わなくていい事を言った。」

 非難がましくソマルデさんは文句を言われてしまい、ソマルデさんも少し申し訳なさそうだ。

「怒りの矛先を変えようかと…。」

「だからと言って殿下はないだろう。」

「その場にはユネもおりましたので。」

「………ならば仕方ないか。」

 なんか二人で話がまとまったみたいだ。
 俺は王太子殿下とアジュソー団長の戦闘に魅入っていた。
 確か殿下のスキル『絶海』は落ちたら自分では這い上がれない底のない海に物質を変えれる、というものだったはず。地面は海になっているのにアジュソー団長は何かを足場にしてジャンプしながら殿下の剣を受け止めている。
 
「アジュソー団長はどうして海に落ちないんでしょう?何かを足場にしてるんでしょうか?」

 俺の疑問には旦那様が答えてくれた。

「石だ。木の枝とか…。殿下のスキルは物体名と範囲を指定して海に変える。今は単に”土”と”草”だろう。これに”石”や”枝”などの単語を増やすとそれも海に変わるが、何を指定しているかは殿下本人にしか分からない。単語は増やすと殿下自身に負担が掛かるので”全部”というのは滅多に使わないとは聞いている。」

 おお、そんな設定があったのか!
 漫画では敵を地面や壁に沈めて消していくシーンがあってカッコよかった。冷酷な王子様といった感じだ。
 
「あれ?じゃあさっき殿下が言っていた自白の海って何ですか?」

 聞いた時、海にも種類があるのかなぁと不思議に思った。

「それは単なる拷問するぞという比喩ですよ。」

「海に沈めて水責めにして吐かせるつもりだろう。」

 怖いな!?
 王太子殿下とラビノアの絡みを覗くのは止めておいた方がいいかも……。
 両騎士団長よりも自国の王太子殿下が一番恐ろしく思えた。

「あのっ!」

 ん?

「あ、えっと、すみませんっ!」

 下を向くとラビノアが立っていた。
 何でここまで歩いて来れたの?よく見るとラビノアの足元だけ普通の地面に戻っている。
 そんな事も出来るんだ!
 いいなぁ殿下のスキル。さすが王族。持ってるスキルも強いんだなぁ。
 俺の『複製』だよ?前世の記憶あるんだから転生チートみたいなのないのかな?いや少しはあるにはあったんだけど、どーせならもっとレアなスキル欲しかった。

 旦那様は手を貸してやるつもりがないのか、というか俺を抱っこしたままなので、ソマルデさんが手を差し伸べた。
 ラビノアも器用にソマルデさんの隣に登ってきた。
 相変わらず美少女ばりに可愛い。頬を染め指を組んでソマルデさんを見つめている。青い瞳はウルウルだ。

 ……………何故ソマルデさんをそんな目で見てるのでしょう?

「あの、この前はありがとうございました。お礼をいう機会がなく遅くなり申し訳ありません。」

 二十歳の男性にしては声は高めだなぁ。
 漫画じゃ声は分からないもんね。
 でもここで登場人物でもないソマルデさんに、主人公が熱い視線を送ってるんですが、どーいう事だろう?

「いえいえ、どこの誰かも分からない人間に、そんな事気にしないで下さいね。お礼も受け取りましたのでご安心を。」

 ソマルデさんは和かに対応している。
 うーん、対応の仕方が他人行儀。でも騎士団の人達にはこんな感じかな?俺には優しい、旦那様には塩対応、その他って感じ。主人公ラビノアの愛らしさはソマルデさんには通用しなかった。

「お名前を教えてください。私はラビ…、ラビィと言います。」

 本名言いたそうだなぁ。

「私はソマルデと言います。黒銀騎士団の団員です。最近入ったんですよ。」
 
「そうなんですね!あのっ、今度差し入れをお待ちしてもいいですか?」

「…え、そうですね。大丈夫ですが、出勤は当番制なのでいついるか分かりませんよ?」

「大丈夫ですっ!」

 何が大丈夫なのか分からない。
 それよりも王太子殿下とアジュソー団長の戦いは止めなくていいんだろうか。

 二人が諦めて止まるまで、俺達は木の上にいる羽目になった。





 なんかアジュソー団長には申し訳なかったから、後からこっそり差入れしました。
 白銀団長の好物は甘い生クリームなので、あっまいケーキと焼き菓子買って白銀騎士団に持って行きました。
 漫画知識は有効に使おう。












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