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2 ユンネの過去

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 俺が来た世界は『女装メイドは運命を選ぶ』という陳腐な題名ながらも、綺麗で可愛い絵が俺の心に刺さった。
 おすすめ作品で見つけて読み始めて、無料三話目で王太子殿下に襲われる主人公。
 先が気になり四話目でポイント使って読んでいて、これがBL漫画と気付いたのがその時だった。
 題名が女装なんだから気付けよという話だけど、気付かなかったんだから仕方ない。兎に角性別に気付けないほど、主人公の顔が可愛かったし、メイド姿も似合っていた。
 恥ずかし気に目をウルウルさせて王太子に押し倒される主人公は、どこからどう見ても女の子だったのだ。
 脱がされて真っ平らな胸と俺と同じものをピョコンとつけた下半身姿に、俺は急いでジャンルを確認した。
 そっかぁー、BLだったかぁ。でも絵が綺麗だし主人公可愛いし、これはこれで……。などと思いつつ、ポイント使って帰宅後チミチミと読み進めたのだ。
 なんかイヤイヤしながらも快楽に流されて喘ぐ主人公が良かった。

 この『女装メイドは運命を選ぶ』という話は、男爵家出身の主人公が、意地悪な異母姉に自分の代わりに王宮へ侍女として働きにいけと命令されて、主人公が女装して王宮で働き始めるとこから始まる。
 可愛くて努力家の主人公は掃除係から給仕係まであっという間に昇格して、王太子殿下の目に止まってしまう。
 王太子殿下のお誘いを断り続ける主人公は、殿下に呼ばれてソファに押し倒されてしまうのだが、この時男だとバレてしまう。
 だけど王太子殿下は男もいける口で、主人公に手を出してしまう。
 その後、王宮警備を含む軍事関係を担う王太子殿下の側近として、王国白銀騎士団長アジュソー・リマリネと王国黒銀騎士団長エジエルジーン・ファバーリアが主人公と出会い、両騎士団長は主人公に惚れてしまう。
 そこから主人公を巡って三人がアプローチするんだけど、やっぱり騎士団長より王太子殿下の方が立場から優位に立っているので、主人公と王太子殿下の組み合わせが有力っぽかった。
 俺が読んだのは三人が主人公に婚約の申し込みをしたところまでだ。そこまでしか配信されてなかったし、次の話が配信されたら分かるようにしていた。
 
 俺には全く別世界の、綺麗で美しい登場人物達。
 
 暗い部屋で携帯を消して、低い天井を見上げながら、自分もこんな綺麗な姿だったら、違う生活が待ってたのかなとか思いながら眠りについたはずだった。

 いやさ、普通そうやってまぁ、死んだんだとしてもさ、容姿を気にしながら死んだんだから、次の生は綺麗な姿で始まるもんなんじゃ無いの?
 この姿はさ、普通だよね?
 漫画に名前すら出てこない奴の容姿なんて、モブなんだからどうでもいいってこと!?
 俺は手鏡を睨みつけながら自分の顔を鏡越しに睨みつけた。と言っても細い目が少し上がったくらいで、俺の顔は平々凡々な平和顔。顔が小さくて顎が尖ってて、でも全体的に丸顔で、目が細くて鼻も口も小さくて、印象はネズミ顔だなぁ~っとか思った。良いところは、出っ歯じゃなくて良かったなぁくらい。
 
「どうされましたか?」

 ソマルデさんが心配そうに聞いてきた。手鏡を持ったまま時間がだいぶ経っていたらしい。ソマルデさんは六十七歳なんだそうだ。今は俺が倒れたのに誰も看病しようとしなかったのを見て、我慢出来ずに俺付きの侍従として名乗り出てくれたんだと教えてくれた。
 俺がいるのはファバーリア侯爵邸の敷地の中で、一番端っこに建てられた小さな離れの屋敷になるらしい。
 侯爵夫人なのになんでこんな端っこの屋敷にいるのか俺には分からない。
 ユンネとしての記憶が全く無いのだ。
 漫画でもエジエルジーンの妻は物凄い悪妻だとしか書かれていなかった。
 悪妻の悪い噂に悩むエジエルジーンを、主人公が慰めて仲良くなっていき、エジエルジーンはその愛らしさと健気な姿に惹かれていく。
 エジエルジーンは現在二十八歳。話の真っ最中のはずだ。主人公は二十歳だったはずなので、八歳年下の男に惚れている事になる。しかも結婚しているので浮気だ。しかしそれすら漫画の内容的にはスパイスになっていた。
 苦悩するエジエルジーン騎士団長と、それをダメな事なのだと諭しながらも流されて関係が深まる主人公君。
 主人公君も三人を手玉に取ってなかなかやるなと思うけど、綺麗な絵が全てをカバーしていた。
 なにしろ顔を赤らめて悶える主人公君は可愛かった。

 俺は悪妻だと書かれているだけで、名前も性別すら出ていなかった。
 エジエルジーンの妻は王都ではなく、ハンロル地方にあるファバーリア領地の本邸に住んでいた。そこで頻繁に王都から商人を呼び付け買い物三昧。新しい服と装飾品をつけてパーティーに出掛けては、男と遊んで回っているという噂の悪妻だった。
 俺も悪妻は女だとばかり思っていたのに、実際はユンネ・ファバーリアという男だった。しかもエジエルジーンよりも十歳も年下の。
 どういう経緯で結婚したのかも、ユンネが今までどうやって過ごしてきたのかも俺には分からなかった。
 分かるのはこの屋敷がボロボロだという事と、どうやら俺は最近までファバーリア家が経営する騎士学校に通っていたという事だけ。
 寝室の机の引き出しに卒業証明書が入っていたのだ。証書とそれを示す騎士のバッチも入っていた。
 この離れには俺と侍従のソマルデさんしかいない。
 部屋は管理出来ずに埃だらけ。
 料理人もいないしメイドもいないので、全てソマルデさんがやってくれていた。
 こんな年上の人に一人でやらせるなんて申し訳なくて、俺も身体が動くようになってから一緒に炊事洗濯をするようになった。
 
「申し訳ありません。侯爵夫人にこのような事をさせるとは……。」

 悔しそうに謝るソマルデさんに、俺もぺこぺこと謝る。

「そんなことっ、俺こそ何も出来ずに看病もしてもらったのに!ソマルデさんがいてくれて凄く助かってます!」

 俺達は二人で謝り倒し、家事は分担してやる事にした。
 そして俺はソマルデさんに記憶がないのだという事にして、ユンネの今までの過去を探る事にした。
 大変言い難いのですが…、と前置きしたソマルデさんの説明は、俺を驚かせるものだった。

「私もユンネ様が嫁いで来られる前に退職していたものですから、本邸の使用人はほぼ変わってしまっており、昔の伝手を使って過去勤めていた使用人や、出入りする商人と近隣の者達に聞いてまいりました。」

 まずユンネは十三歳にベレステ子爵家から嫁いできた。ユンネ・ベレステは次男だった。
 何故そんな歳若く嫁ぐ事になったのかというと、ファバーリア侯爵家から直ぐに嫁いで欲しいと言われたからだ。
 
 この世界にはスキルというものがある。
 スキル持ちは数が少なく、貴族ならば高位貴族に嫁ぐことができ、平民でも金持ちの商家や下級貴族にもらわれたりする。
 スキルは親から子へ受け継ぎやすく、なるべく良いスキルをどこも欲しがるのだ。
 そしてユンネも一応スキルを持って生まれてきた。
 数世代前の子爵夫人が持っていたスキルで、それがユンネに現れたのだが、まぁ大して凄いスキルでもなかった。
 スキル『複製』。軽い物を一つずつ複製出来る。
 なんともショボいスキルなのだが、それでもスキルはスキル。一家はみんな喜んだ。ユンネは次男だったが、兄は身を引く覚悟でユンネに家督を譲ろうと考えるほどだった。
 それをファバーリア侯爵家がユンネを嫁に貰いたいと申し出てきたのだ。
 ベレステ子爵家はあまり裕福では無い。その為隣の領地のファバーリア侯爵家から資金援助を受けていた。全額返さなくて良いからユンネを直ぐに嫁がせるように。
 そう言われて泣く泣くベレステ子爵は十三歳のユンネを送り出した。

 嫁いだユンネは直ぐ様、婚約も飛ばして婚姻届に署名させられた。夫となるエジエルジーン・ファバーリア侯爵が戦場に向かう予定だったからだ。その頃隣国との戦闘が激化しており、エジエルジーンは結婚どころではなかったのだが、ファバーリア侯爵家の一族を黙らせる為に誰かと婚姻する必要があった。
 エジエルジーンはユンネの前に婚約者がちゃんといたのだが、その婚約者が婚姻直前に婚約解消を一方的に突きつけた為だった。
 元婚約者の名前はソフィアーネ・ボブノーラ。ボブノーラ公爵家の長女だが、スキルがなかった為、エジエルジーン・ファバーリアの婚約者になった。公爵家でスキルがあれば王家に嫁ぐだけの家格だったのだが、王家に嫁げるのはスキル持ちだけと決まっている。
 ソフィアーネはこのエジエルジーンの無愛想さに嫌気がさして、直前で違う貴族に嫁ごうとしたのだ。
 しかし向こう側の貴族がボブノーラ公爵家とファバーリア侯爵家に敵対するのを恐れてソフィアーネとの婚姻をやめてしまった。元々遊びの口約束だったのだが、まさか本気にするとは思っていなかったというのもあったらしい。
 公爵家当主の署印を勝手に使ったソフィアーネはエジエルジーンの婚約者という立場もなくなったばかりか、怒った公爵から家を出されてしまった。
 そこでソフィアーネが頼ったのが、エジエルジーンだった。
 幼い頃からの仲だった為、エジエルジーンは戦地へ出発前に頼ってきたソフィアーネを領地の屋敷に置いて行った。
 
 ユンネはそんな事情は全く知らず、ソフィアーネを公爵家からのお客様としてもてなそうとした。
 よく分からぬままに嫁いできたが、旦那様不在時は妻の役目なので、頑張ろうと思っていた。
 
 そこからユンネの厳しい生活が待っていた。
 















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