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1 狸顔の冴えない俺が細目のネズミ顔になりました

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 今日もとぼとぼと家路に向かう。
 そろそろ深夜零時を回ろうかという頃。最寄駅から歩くと街灯だけの暗い住宅街が続いている。
 シン…、として静かだ。
 会社から家まで、徒歩、電車四駅、徒歩の順で帰り着く。時間にして四十分程度。どんなに眠たくてうとうとしてても、降りる駅に着くと自然と目が覚めるから不思議だ。
 
 俺はしがないサラリーマンだ。
 地元のしょぼい大学を卒業して、近くの中小企業に就職し、今まで辞めることもなく働き続けている。
 年齢イコール恋人歴なし。
 彼女欲しいなぁという気持ちがある時期もありました。いや、ホント、童貞捨てたかったんよ。
 でもなぁ…、こんな低身長まん丸体型の狸顔、誰が付き合いたいと思うのか…!と、自分でも思っている。だから高望みとかした事ない。出来れば優しい彼女が欲しかった。
 高校でも大学でも親しくなった女の子はいなかった。喋りかける勇気すらない。
 男友達はそこそこいたけど、趣味繋がりが多かった。漫画とかゲームとか、所謂いわゆるオタク仲間だ。
 社会人になってからも、交友関係は変わらず、会社で仲良くなる子も出来ずに今まで生きて来た。
 歳をとっていくと、若い子がチラホラ入社してくるけど、真面目に仕事だけしてたらボッチになっていた。
 
 今日の痛い記憶を思い出し肩が落ちる。
 俺の仕事は事務だ。事務といってもすっごく広い意味で事務。
 経理、庶務、営業補佐、果ては上司の言いつけた雑用係り。社内報作れとか、出勤予定表作れとかまで回されてくる。それ俺じゃなくても他の事務の女の子にさせて良いですよね?と毎度言いたい。
 朝から休憩無しで働いて、残業して雑用終わらせて、土曜日はほぼ出勤確定。
 今日なんかコピーしようと思ってコピー機の前に行ったら、若い女性の事務の子から「あ、コピー用紙切れてるみたいなんでついでに入れてくださーい。」と言われてしまった。
 見れば用紙不足の赤ランプ。
 いや、気付いてたんなら入れててよ、と思っても何も言えずに用紙を入れてコピー終了。
 なんであんな若い女の子にまでこき使われるのか。
 しかも小心者の所為で言い返せない。
 だってやたら血色のいい唇とか、長くてガラの入った爪とか超怖い。
 こんな事は日常茶飯事だ。
 働いてばっかで休日は家でゴロゴロしているから痩せる事もなく、最近楽しみの携帯漫画を読むのが楽しみになっていた。

 アパートに着いて古びた鍵を回す。
 もう夜中なので隣人に迷惑かけるかなと思い静かに部屋に入った。
 明かりを点けて、お風呂を先に済ませる。
 テレビの音を小さくしてつける。
 コンビニで買って来たお弁当を残さず食べて、今日も携帯漫画を少し読んだら寝よう。
 寝不足になるけど、つい続きが気になって読んでしまう。
 ポイント買って、次の話を買って、他にも良さそうな漫画を探す。
 最近ハマってる漫画は絵が綺麗だ。
 明日も仕事だけど続きを読みたいから少し夜更かししようかなぁ。
 
 くふふ、と笑いながら俺は携帯を開いた。
 そのまま寝るつもりで明かりを消したので、携帯画面の白い光が眩しい。
 開いて、読んで、指でスイスイと画面を動かして、いつの間にか寝てしまったのだと思う……。

 次に目を開けた場所が、見知らぬベットの上だったけど。










 やたらと気持ちいいふかふかの布団に、ん?と内心首を傾げた。
 俺の薄い布団じゃない?
 急いで目を開けて、真っ白のシーツと枕にびっくりする。え?俺の頭、枕に沈んでない?
 俺の布団は床の硬さが直で分かるくらいに薄い敷布団と、へこむ余地のないぺちゃんこの枕だったはずだ。それにこんなに真っ白じゃない。いつ洗ったか分からないくらいに、ちょっと黄色い。
 身体を慌てて起こそうとして、ガクガクと力が入らない事に更に慌てた。
 なんで身体が動かないんだろう?
 瞼も重いし、なんなら熱がある気がする。
 一人狼狽えていると、ガチャリと音がした。

「はっ!ユンネ様!?目を覚まされたのですね!」

 俺が寝ているのはベットだと思うんだけど、なんでかベットが部屋みたいになっていた。
 四方に柱があって、木が鳥やら葉っぱやらよく分からない模様に彫られた天井がついていて、カーテンで外が見えないようになっていた。
 ちょうどそのカーテンは部屋の扉から見えるように少し開けられていた。そこからたった今入って来た人物が、俺が起きている事に気付いて声を上げたようだ。
 驚いて入って来たのは、綺麗な黒毛混じりの白髪のお爺さんだった。髪は後ろに撫で付けて、老人とは思えないピンとした背中と立ち姿。服は高級なホテルの従業員っぽい。なんか執事だなぁと思いながら、その人が近寄るのを待っていた。

「ようございました。一週間眠り続けておられたのですよ。まだ熱がありますから、お薬を飲みましょう。」

 俺は返事をしようと思ったけど、声が出なかった。
 さっきから身体が思うように動かない。
 この人にユンネ様と呼ばれた気がしたけど、どうゆう事だろう?
 俺の名前は日本人なんだから、そんな名前じゃない。
 そう思って自己紹介をしようと思って、自分の名前が出てこない事に気付いた。
 やばい。身体も動かないのに、頭も変になっている。

「無理に喋ってはいけません。毒で喉が焼けたのです。暫くは話してはいけませんよ。内臓の方は治癒薬で治せましたが、薬が足らず申し訳ありません。」

 毒!?
 俺は驚いた。毒なんか飲んだ記憶はない。
 というか貴方はどちら様!?
 それにここはどこだろう??
 色々尋ねたいのに喋れない。少しだけ見えるカーテンの向こう側が、自分のボロアパートではない。
 
 俺は大人しくスプーンで差し出される薬を飲み込む。
 ウトウトとまた眠気がやってきて、もういいやと目を瞑った。
 




 起きて、薬を飲んで、寝る。その繰り返しの生活が暫く続いた。
 徐々に食事も取れるようになり、最初に目を覚ました時にいた老人が常に世話をしてくれた。他には誰もいないようで、こんな自分よりも遥かに年上の男性に世話をさせる事に申し訳なさが立ってくる。
 俺を世話してくれるこの人は、最初に自分の名前を教えてくれた。

「私はソマルデと申します。以前このファバーリア侯爵邸に勤めておりましたが、年を取りまして退職したのですが、ユンネ様の一大事と聞き復帰させていただきました。ユンネ様が嫁いで来られる前に屋敷を去りましたのでご存じないと思い名乗らせていただきますね。」

 その時俺は深く考えずに頷いた。だってまだ熱があってぼんやりしていたし。
 ファバーリア家?ってなぁーんか聞いたことあるなぁとは思いつつ、俺はどうやらユンネとかいう人物と間違われているんだろうと思っていた。
 喋らない状態では人違いですとも言えずに、とりあえず喋れるようになるまで回復する事にした。
 世話してくれるソマルデさんはお年寄りとは思えない手早さと力強さで献身的に介護してくれた。
 一週間、二週間経つと俺の喉も少しずつ出るようになり、立ち上がれるまでになった。
 ソマルデさんが杖を持って来てくれたので、俺はそれでなんとか歩く練習をした。
 
 俺がベットで寝ている間、ソマルデさんは色々と俺のことを教えてくれた。
 なんでかと言うと、ソマルデさんが話し掛けてくる内容に俺が全く答えれなかったからだ。
 定期的にくるお医者さんの話によると、俺は毒によって記憶障害を患ったらしい。
 全くそんな事は無いけど。
 ここまでくると、俺はこの状況に気付いた。
 まず知らない場所。そして俺の今の身体が全くの別人である事。
 だって細いのだ。
 多分身長も少し高い。俺は物凄くチビだった。身長百六十センチ無かったのだ。そして丸い体型に丸顔。指は太くて短くて、兎に角全体的に丸かった。
 それが今や細身の身体に筋肉がちゃんとある。腹筋が割れてるのにびっくりした。二の腕も足もちゃんと鍛えられていた。
 髪は短めで垂れた前髪から色が灰色なのだと知った。顔の造りも触った感じ小顔だ。細い鼻、薄い唇、目は……うーん、一重っぽい?
 
 俺はどーやらユンネ・ファバーリアという人になっているらしいという事を理解した。
 そして俺はどーやら結婚しているらしい。
 夫の名前を聞いて俺は卒倒しそうになった。
 エジエルジーン・ファバーリア。王国黒銀騎士団長の名前だ。ここハンロル地方を統べるファバーリア侯爵家当主の名前。俺が寝る前に読んでいた電子漫画に出でくる登場人物と同じ名前!
 いや、まさかね?
 単なる同姓同名と信じたかった。
 でもソマルデさんの話を聞けば聞くほど信憑性を増してくる。
 じゃあ、俺は異世界に来たんだ。
 そして俺はその中のちょい役になったという事だ。
 でも王国黒銀騎士団長エジエルジーン・ファバーリアの妻の容姿は全く出てこなかった。家の事情で早くから婚姻関係にあったけど、結婚して直ぐにエジエルジーンは戦争に出てしまって夫婦関係は殆どなかった。
 四年後に漸く終戦して帰ってくれば、領地からは妻の浪費癖や男遊びの悪い噂ばかりが聞こえてくる。
 まだ残務処理も騎士団長としての仕事もある為領地には戻れず、屋敷に残した執事長に任せているのが現状。
 話の後半では会う事もなく裁判所を通して離婚したはず……。
 その妻がまさか男だったとは驚きだ。
 そしてそれが俺だというのも驚きだ!
 とりあえずどんな見た目なのか確認したい。
 普通こういう時は超絶美少年とか、妖艶な美青年とか、はたまた童顔クリクリショタとか?なにしろ美しいはず!

 そう思っていた時期もありました。

「……………いやいやいやいや、これはないでしょう。」
 
 姿見に写った姿は細身にふわふわの灰色の髪、寝てるの?ていう感じの細目の少年が立っていた。
 どこをどー見ても普通だ。
 え?この見た目で浪費家の浮気者?
 俺はがっくりと膝を突き、ソマルデさんが慌てて起こしてくれたのだった。













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