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9歳 サルウェ、愛しき子よ

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「そういえばクリス、今日はレシュノルティア公爵と公爵夫人……見かけないな」
「お母様は……今日の朝早く王都に、帰った。お父様は……仕事」
「そっか」
「寂しく、ない。お屋敷は1人じゃないし、お兄様と……アイもいる。今は、テディも」
「……そっか」

 お屋敷の長い廊下を、2人で手を繋ぎながら進んでいく。すれ違う使用人達は皆こちらを見て微笑ましそうに笑っていた。
 クリストファーの体調が安定してきたのは、アイテールが薬を届けるようになってからだ。それまでは起き上がれる時間も少なく、クリスティアですら部屋に入ることを禁止されていた。4年前、アイテールと出会うまではきっと相当孤独を感じていたことだろう。
 だから、クリスティアはテディを1人にさせたくないのだ。

「……」

 真っ直ぐ前を見つめるクリスティアの、少し低めの体温が繋いだ手から伝わってくる。ゲームの中のキャラクターにはない、生身の人間だからこその温もり。
 前世の――「マーガレットの剣」の記憶を思い出してから、アイテールは今まで自分がどのように世界を見ていたか、全くわからなくなってしまった。ゲームの中のアイテールでもない、前世を思い出す前のアイテールでもない。自分は一体誰になれば良いのだろうか。……いや、分からないのは、自分自身だけではない。

 ゲームをプレイしていた時は、クリスティアがこんなに寂しい背景をしている女の子だと思っていなかった。

 常に凛と背を張り、兄の為家の為男に混じって士官学校を乗り切る強かな少女。弱音も涙も決して見せない。それがクリスと言うキャラクターだった。
 彼女たちキャラクターとの、正しい接し方も。今はどうすれば良いのかわからなかった。

「……クリス」
「なに」

 見上げてくる瞳は、いつもと変わらない宝石のような蒼だ。
 ふと彼女の背後を見ると、窓から屋敷の外が見えた。どんよりとした雲が青空を半分隠している。雨が降りそうな天気にもかかわらずそれは開けっぱなしになっていて、強めの風が彼女の青く輝く銀髪をさらりと揺らす。

「仲良く、なれると良いな」

 テディとクリスが。そして自分と――、

「仲良くなる」

 間髪入れずに、返事が返ってきた。

「仲良く、なる。なれる」

 クリスティアの力強く食い気味な言葉に、アイテールは目を丸くする。そしてなんだか面白くなってしまい、吹き出した。

「……ふ、ふふ、そっか。すごい自信だ」
「うん。テディ、まだよく分からない……けど、きっと、良い子だから。アイも。だから、大丈夫」

 クリスティアが、大丈夫と言っている。
 ……なら、きっと大丈夫なのだろう。
 よし、とアイテールは拳を握って気合を入れた。

「クリスと、クリス様に羨ましがられるくらい……俺もテディ様と仲良くなろう」
「……む、テディと仲良くなるのは……私の方が、先」
「そうか? クリス、顔怖いからなぁ……」
「アイも……いつも小言、うるさい」
「あのなぁ、俺はいつもクリスの為を思って言ってるんだ」
「……」
「ほっぺた、膨らんでるぞ」
「膨らんでない。膨らまして、ないから」
「……どういう理屈だ……」

 そうなんでもないいつものやり取りを交わしている間に、2人はテディの部屋に着いたらしい。クリスティアがここ、と扉を指した。

「……じゃあ、ノックする」

 その横顔は少し緊張していた。ぎゅ、と繋いだ手に力が入れられたのでアイテールはそっと握り返した。
 コンコン。
 控えめなその音が廊下に響いた。

「テディ、わたし。……クリスティア」

 じっ、と子供の目線では高く聳え立つドアを2人して見つめる。暫くそうしていたが、部屋の中から返事は聞こえなかった。

「……寝てる、とか……?」
「テディ、今日は……お昼頃に起きたって、セバスチャンが言ってた」

 セバスチャン、とはレシュノルティア家の昔からいる老執事だ。以前はクリストファーの世話を任されていたが、今はテディのことも受けているらしい。
 ドアノブを回すも、鍵がかかっている。ガシャガシャと音が立つだけだった。
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