23 / 55
第2章 皇子の後宮と呪い
第17話 女の園
しおりを挟む
後宮には一体どれくらいの人々が暮らしているのだろう。
アーキルの部屋で一晩を過ごした私は、若い女官に案内されて別の部屋に連れてこられた。途中で何人もの女官とすれ違ったけど、あの方たちは普段何をなさっているのだろうか。
ここはアーキルのハレムなのだから、あの中にアーキルの側女がいても不思議ではない。ついついすれ違いざまに相手の顔をチラチラと見てしまった。
不眠の呪いにかかったアーキルを眠らせることができるのは、今のところ私だけ。でも呪いが解けた暁には、きっとアーキルも今の皇帝陛下のように、たくさんの妃や側女を侍らせるのだろう。
(そして多くの皇子や皇女たちが、また未来の帝位を巡って命の奪い合いをするんだわ)
ふと、ラーミウ殿下の顔が思い出される。
嫌な想像を巡らせてしまった。とりあえず今は、アーキルの呪いを解くことが先決だ。
私のために準備されたと言う部屋に入り、着替えを終えて一息ついたところで、誰かが部屋の扉を開けて入ってきた。
厳しい表情をした年配の女性と、その後ろにもう一人。
「着替えは終わりましたか?」
「はい、終わりましたが……」
「私はこのハレムの侍女長を務めるダーニャです」
年配の女性は持っていた杖を後ろにいた若い女官に手渡すと、体の前で両手を組んで私を冷たい視線で睨みつけた。
私も立ち上がっての方に体を向けたのだが……
(あれ? 後ろにいる女官は、ザフラお姉様じゃないの)
侍女長のダーニャから杖を渡されたのは、女官服に着替えたザフラお姉様だった。
お姉様が何か良からぬことを侍女長に吹き込んだのだろうか。侍女長の表情は明らかに、私を歓迎していません! と言った雰囲気だ。
「ダーニャ様。私はリズワナと申します。バラシュでアーキルに会って、ご縁があってハレムに……」
「言葉遣いには気を付けなさい! アーキル殿下とお呼びするように。さあ、準備はよろしいですか? ファイルーズ様の元に参りますよ」
「ファイルーズ様?」
ファイルーズという名前は、確か昨日も耳にした。ナセルに多い女性の名前だ。
アーキルの従者のカシムがその名を口にして、アーキルが不機嫌になったような気がするのだが……
「ハレムはファイルーズ様の御管轄。ハレムに貴女を受け入れるのかどうかを決めるのはファイルーズ様です。まずはご挨拶と検査をしますから付いて来なさい」
「検査って……何の検査でしょうか」
「ファイルーズ様と医女が、全身くまなく確認するのです」
「ええっ!? それは無理です!」
「何を今さら。ハレムに入りたいなら当然ですよ」
そんなに痩せて……とブツブツ言いながら、侍女長ダーニャは私の腕や首を撫でまわした。まるで、商品を品定めでもされるように。
背中にゾクっと悪寒が走り、私は一歩下がってダーニャから離れる。
「そんな華奢な体でやっていけるのかしら? それに、なぜ腰にランプなんてぶら下げているの?」
「あっ、これは……そういう設定なもので」
「おかしな娘だこと。それにしても、御子でもなそうものなら死んでしまいそうなほどひ弱に見えるわ。ねえ、ザフラ。貴女の言った通りですね」
(やっぱりお姉様が、ダーニャに何か吹き込んだんだわ)
ザフラお姉様は得意気な笑顔でこちらを見ている。
「お言葉ですが、私が御子など為すことはありませんから。だから検査も不要です」
「いいから付いて来なさい。ファイルーズ様をお待たせするつもりですか?」
ダーニャはザフラお姉様に預けていた杖を取ると、私の方にその杖の先を向けた。
言うことを聞かない者は、力で押さえつける。ハレムの掟は随分と乱暴だ。
(女の園って、どこもこんな感じなの……? ハイヤート家でお姉様たちにいびられているのと、何も変わらないのね)
ルサードは毛を逆立ててダーニャを威嚇するが、昨日ラーミウ殿下に付けられた飾り紐が、中途半端に頭にくっ付いたままになっている。
いけないと分かっていながらもそのちぐはぐさが可笑しくて、ついついぷっと吹き出してしまった。
「何を笑ったのです? 本当に失礼な娘だわ。杖で叩いたら骨の一本や二本折れそうね!」
「え!? ダーニャ様、暴力はちょっと……」
慌てて真面目な表情を作り直してみるが、ダーニャの苛立ちはおさまらない。
そのまま杖を振り上げたかと思うと、私の頭に向かって思い切り殴りかかってきた。
「……きゃあっ!」
思わず悲鳴を上げた私の頭上でバキッと大きな音がして、折れてしまった。
私の骨ではなく、杖の方が。
「えっ……リズワナ、何をしたの……?」
「あの、誤解しないで下さい! 私はただ腕で杖を受けただけで……」
「それで杖が折れるわけないでしょう! 武器でも隠し持っているのですか? それとも魔道具?」
「いえいえ、とんでもない! 何も持っていません、元々杖が少し古かったのではないですか……?」
「そんなわけがないわ! 何をしているの、ザフラ。早くリズワナを取り押さえなさい!」
後ろに控えていたザフラお姉様が、慌てて私に向かって飛び掛かって来る。
「ちょっ、ちょっと待ってください! ダーニャ様、話せばわかります!」
「観念しなさい、リズワナ。ファイルーズ様のところに連れて行きますよ。ザフラ、早くなさい!」
「でも私は、この部屋で過ごすようにとアーキルに言われて……!」
「アーキル殿下とお呼びしなさいと言っているでしょう! この田舎娘が!」
アーキルの部屋で一晩を過ごした私は、若い女官に案内されて別の部屋に連れてこられた。途中で何人もの女官とすれ違ったけど、あの方たちは普段何をなさっているのだろうか。
ここはアーキルのハレムなのだから、あの中にアーキルの側女がいても不思議ではない。ついついすれ違いざまに相手の顔をチラチラと見てしまった。
不眠の呪いにかかったアーキルを眠らせることができるのは、今のところ私だけ。でも呪いが解けた暁には、きっとアーキルも今の皇帝陛下のように、たくさんの妃や側女を侍らせるのだろう。
(そして多くの皇子や皇女たちが、また未来の帝位を巡って命の奪い合いをするんだわ)
ふと、ラーミウ殿下の顔が思い出される。
嫌な想像を巡らせてしまった。とりあえず今は、アーキルの呪いを解くことが先決だ。
私のために準備されたと言う部屋に入り、着替えを終えて一息ついたところで、誰かが部屋の扉を開けて入ってきた。
厳しい表情をした年配の女性と、その後ろにもう一人。
「着替えは終わりましたか?」
「はい、終わりましたが……」
「私はこのハレムの侍女長を務めるダーニャです」
年配の女性は持っていた杖を後ろにいた若い女官に手渡すと、体の前で両手を組んで私を冷たい視線で睨みつけた。
私も立ち上がっての方に体を向けたのだが……
(あれ? 後ろにいる女官は、ザフラお姉様じゃないの)
侍女長のダーニャから杖を渡されたのは、女官服に着替えたザフラお姉様だった。
お姉様が何か良からぬことを侍女長に吹き込んだのだろうか。侍女長の表情は明らかに、私を歓迎していません! と言った雰囲気だ。
「ダーニャ様。私はリズワナと申します。バラシュでアーキルに会って、ご縁があってハレムに……」
「言葉遣いには気を付けなさい! アーキル殿下とお呼びするように。さあ、準備はよろしいですか? ファイルーズ様の元に参りますよ」
「ファイルーズ様?」
ファイルーズという名前は、確か昨日も耳にした。ナセルに多い女性の名前だ。
アーキルの従者のカシムがその名を口にして、アーキルが不機嫌になったような気がするのだが……
「ハレムはファイルーズ様の御管轄。ハレムに貴女を受け入れるのかどうかを決めるのはファイルーズ様です。まずはご挨拶と検査をしますから付いて来なさい」
「検査って……何の検査でしょうか」
「ファイルーズ様と医女が、全身くまなく確認するのです」
「ええっ!? それは無理です!」
「何を今さら。ハレムに入りたいなら当然ですよ」
そんなに痩せて……とブツブツ言いながら、侍女長ダーニャは私の腕や首を撫でまわした。まるで、商品を品定めでもされるように。
背中にゾクっと悪寒が走り、私は一歩下がってダーニャから離れる。
「そんな華奢な体でやっていけるのかしら? それに、なぜ腰にランプなんてぶら下げているの?」
「あっ、これは……そういう設定なもので」
「おかしな娘だこと。それにしても、御子でもなそうものなら死んでしまいそうなほどひ弱に見えるわ。ねえ、ザフラ。貴女の言った通りですね」
(やっぱりお姉様が、ダーニャに何か吹き込んだんだわ)
ザフラお姉様は得意気な笑顔でこちらを見ている。
「お言葉ですが、私が御子など為すことはありませんから。だから検査も不要です」
「いいから付いて来なさい。ファイルーズ様をお待たせするつもりですか?」
ダーニャはザフラお姉様に預けていた杖を取ると、私の方にその杖の先を向けた。
言うことを聞かない者は、力で押さえつける。ハレムの掟は随分と乱暴だ。
(女の園って、どこもこんな感じなの……? ハイヤート家でお姉様たちにいびられているのと、何も変わらないのね)
ルサードは毛を逆立ててダーニャを威嚇するが、昨日ラーミウ殿下に付けられた飾り紐が、中途半端に頭にくっ付いたままになっている。
いけないと分かっていながらもそのちぐはぐさが可笑しくて、ついついぷっと吹き出してしまった。
「何を笑ったのです? 本当に失礼な娘だわ。杖で叩いたら骨の一本や二本折れそうね!」
「え!? ダーニャ様、暴力はちょっと……」
慌てて真面目な表情を作り直してみるが、ダーニャの苛立ちはおさまらない。
そのまま杖を振り上げたかと思うと、私の頭に向かって思い切り殴りかかってきた。
「……きゃあっ!」
思わず悲鳴を上げた私の頭上でバキッと大きな音がして、折れてしまった。
私の骨ではなく、杖の方が。
「えっ……リズワナ、何をしたの……?」
「あの、誤解しないで下さい! 私はただ腕で杖を受けただけで……」
「それで杖が折れるわけないでしょう! 武器でも隠し持っているのですか? それとも魔道具?」
「いえいえ、とんでもない! 何も持っていません、元々杖が少し古かったのではないですか……?」
「そんなわけがないわ! 何をしているの、ザフラ。早くリズワナを取り押さえなさい!」
後ろに控えていたザフラお姉様が、慌てて私に向かって飛び掛かって来る。
「ちょっ、ちょっと待ってください! ダーニャ様、話せばわかります!」
「観念しなさい、リズワナ。ファイルーズ様のところに連れて行きますよ。ザフラ、早くなさい!」
「でも私は、この部屋で過ごすようにとアーキルに言われて……!」
「アーキル殿下とお呼びしなさいと言っているでしょう! この田舎娘が!」
1
お気に入りに追加
190
あなたにおすすめの小説
【完結】シャロームの哀歌
古堂 素央
恋愛
ミリは最後の聖戦で犠牲となった小さな村の、たったひとりの生き残りだった。
流れ着いた孤児院で、傷の残る体を酷使しながら懸命に生きるミリ。
孤児院の支援者であるイザクに、ミリは淡い恋心を抱いていって……。
遠い国の片隅で起きた哀しい愛の物語。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
君は私のことをよくわかっているね
鈴宮(すずみや)
恋愛
後宮の管理人である桜華は、皇帝・龍晴に叶わぬ恋をしていた。龍晴にあてがう妃を選びながら「自分ではダメなのだろうか?」と思い悩む日々。けれど龍晴は「桜華を愛している」と言いながら、決して彼女を妃にすることはなかった。
「桜華は私のことをよくわかっているね」
龍晴にそう言われるたび、桜華の心はひどく傷ついていく。
(わたくしには龍晴様のことがわからない。龍晴様も、わたくしのことをわかっていない)
妃たちへの嫉妬心にズタズタの自尊心。
思い詰めた彼女はある日、深夜、宮殿を抜け出した先で天龍という美しい男性と出会う。
「ようやく君を迎えに来れた」
天龍は桜華を抱きしめ愛をささやく。なんでも、彼と桜華は前世で夫婦だったというのだ。
戸惑いつつも、龍晴からは決して得られなかった類の愛情に、桜華の心は満たされていく。
そんななか、龍晴の態度がこれまでと変わりはじめ――?
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
逃げるための後宮行きでしたが、なぜか奴が皇帝になっていました
吉高 花
恋愛
◆転生&ループの中華風ファンタジー◆
第15回恋愛小説大賞「中華・後宮ラブ賞」受賞しました!ありがとうございます!
かつて散々腐れ縁だったあいつが「俺たち、もし三十になってもお互いに独身だったら、結婚するか」
なんてことを言ったから、私は密かに三十になるのを待っていた。でもそんな私たちは、仲良く一緒にトラックに轢かれてしまった。
そして転生しても奴を忘れられなかった私は、ある日奴が綺麗なお嫁さんと仲良く微笑み合っている場面を見てしまう。
なにあれ! 許せん! 私も別の男と幸せになってやる!
しかしそんな決意もむなしく私はまた、今度は馬車に轢かれて逝ってしまう。
そして二度目。なんと今度は最後の人生をループした。ならば今度は前の記憶をフルに使って今度こそ幸せになってやる!
しかし私は気づいてしまった。このままでは、また奴の幸せな姿を見ることになるのでは?
それは嫌だ絶対に嫌だ。そうだ! 後宮に行ってしまえば、奴とは会わずにすむじゃない!
そうして私は意気揚々と、女官として後宮に潜り込んだのだった。
奴が、今世では皇帝になっているとも知らずに。
※タイトル試行錯誤中なのでたまに変わります。最初のタイトルは「ループの二度目は後宮で ~逃げるための後宮でしたが、なぜか奴が皇帝になっていました~」
※設定は架空なので史実には基づいて「おりません」
【完結】会いたいあなたはどこにもいない
野村にれ
恋愛
私の家族は反乱で殺され、私も処刑された。
そして私は家族の罪を暴いた貴族の娘として再び生まれた。
これは足りない罪を償えという意味なのか。
私の会いたいあなたはもうどこにもいないのに。
それでも償いのために生きている。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる