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第3話 幸せになる権利
しおりを挟む――翌朝。
早朝からたたき起こされた私は、為されるがままにウェディングドレスを着せられ、あっという間に髪の毛まで整えられてしまった。
このジークリッド領でしか栽培されていないという鮮やかな赤色の小さな薔薇の花を髪に散らして、美しいレースのヴェールをかぶせられる。
「エレノア様、お綺麗ですよ。こちらは髪飾りと同じ薔薇の花のブーケです」
「うわぁ……! 可愛い!」
侍女から手渡されたブーケの花は、ストロベリーブロンドの私の髪色にとてもよく似合う。
これなら、黒髪のゼルマお姉様よりも私の方がよほど似合っているのではないだろうか。
私はブーケを顔に近付けると、薔薇の優しい香りを思い切り吸い込んだ。花の香りは人を笑顔にさせてくれる。私もいつの間にか笑顔になっていた。笑顔になって……笑顔に……
「……ちょっと待ってよ!」
ふと我に返り、私は座っていた椅子から立ち上がる。
あまりの薔薇の可愛らしさに、すっかり忘れるところだった。このままでは、すんなりユランと結婚させられてしまうではないか。
笑顔で和んでいる場合ではない。
「ユランはどこ?」
「お隣の部屋でお仕度中ですが」
「ごめんなさい。少し一人にしてくれる? 独身最後の考え事をしたいのだけど」
侍女たちは訝し気な顔をしながらも、私の部屋を出て行った。
誰もいなくなったことを確認した私は、ブーケを置いてクローゼットの前に立つ。
(ユランは兄からも追いやられ、クルーガ伯爵家でも嫌な思いをして、挙句の果てに大好きなお姉様にも逃げられたのよ。その上、好きでもない私と結婚しないといけないなんて、可哀そうすぎる)
クローゼットの扉をそっと開くと、壁の奥の穴から少し光がもれている。ユランの部屋のカーテンは開いているみたいだ。
私のいる側からの光がもれないように、私はクローゼットの内側から扉を閉めた。
ヴェールの上から鼻をつまみ、昨晩と同じようなしわがれた声を出す。
「ユラン・ジークリッドよ」
「……ひ、ひいっ! ご主人様! なんだか気味の悪い声が聞こえます!」
しまった。壁の向こう側にはユラン以外にも人がいたらしい。
私のしわしわ声を聞いた使用人たちが、大騒ぎを始めている。
クローゼットの扉を閉めて喋ったからか、昨日よりも声がこもって良い感じに恐怖感を煽る声色になってしまったようだ。
「大丈夫だ、君たちは少し下がっていてくれないか」
「ご主人様! でも幽霊が、幽霊がっ!」
「幽霊ではない、聞き間違いだろう。少し一人にしてくれないか」
「……ご主人様……大丈夫でしょうか?」
ユランのことを心配するような台詞を言いながらも、使用人たちはそそくさと廊下に出て行ったようだ。壁の向こう側で扉が閉まるバタンという音が響いた後、物音や人の声はすっかり止んだ。
「魔法の鏡よ、大変失礼をした。人払いをしたから、話を続けてくれ」
「……どうも。もう時間がないから手短に。今すぐに結婚式を取りやめなさい。わざわざ嫌いな人と結婚する必要、ないでしょ? 貴方にも幸せになる権利がありますよ」
「…………」
「貴方は幼い頃、体が弱かったはずです。好いてもない相手と一緒にいたら、また体を壊します。あの頃は大変だったんだから。熱は出すし何日も寝込むし」
「さすが魔法の鏡。私の幼い頃までよくご存知なのだな。しかし貴女は少々勘違いをなさっているようだ」
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