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第4章 スミレの真実

46 ユーリとリカルド

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 国王陛下との謁見の後。
 お父様はショックのあまりその場で倒れてしまい、王城の客間で休ませてもらっている。

 リカルド様と私、そしてロンベルクからソフィと共に王都にやって来たユーリ様は、王城の中の一室へと通された。リカルド様の叔母様にあたる王妃様のはからいで、リカルド様が失踪後に生活していたお部屋だということだ。
 失踪後、ちゃっかり王城で生活しながら国王陛下と交渉していたリカルド様に対しては、あきれて言葉も出て来ない。

 ユーリ様とリカルド様は一言も言葉を交わさないままテーブルに付いた。私は先ほどユーリ様の胸を借りて泣いてしまった気恥ずかしさから、ユーリ様の顔を直視できずにいる。


「じゃあ改めて。ユーリ、久しぶり! 急にいなくなっちゃってごめんね!」
「…………」


 ユーリ様は口元を引きつらせながらリカルド様をじっと睨む。


「ええっと……ユーリ、もしかしてすごい怒ってる?」
「…………怒っているという言葉で表せるほど軽い感情じゃないんだが」


 隣にリカルド様、斜向かいにユーリ様。

 全く悪びれないリカルド様に対して、ユーリ様は静かに怒っている。リカルド様の突然の失踪のせいで、ユーリ様は仕事も仮初の妻の相手も全て任されてしまったのだ。そして今度は急に王都に呼びだされたかと思えば、平然と姿を現して飄々としている。

 二人の間の何とも言えない緊迫感に包まれて、私の色んな心配ごとは頭の隅に追いやられてしまった。

 正直に言わせてもらえば、私だってつい先ほど妹が目の前で裁かれ、お父様が倒れ、自分のことだけでも精一杯な状況だ。この二人のケンカの仲裁をしている場合ではない。

 どうせリカルド様とは離婚するし、ユーリ様とはお別れする予定だったし。

 私、一旦帰ってもいいでしょうか? あとはお二人でどうぞ……っていうのは許されますか?


「いやあ、色々とごめんね。僕の身代わりになってくれてたって聞いたよ。でも僕も今回こそはちゃんと反省した。これからはちゃんとやるよ。だから許して」

「しらばっくれるな。ウォルターとずっと連絡を取っていたんだろう? それに、何をやるんだ? お前が一回でも何かをちゃんとやったことがあったか?! お前がいない間、森に魔獣がまた出たんだ、ロンベルクの街に被害が出たらどうするつもりだったんだよ! それにリゼットのことは……彼女のことを傷つけていいとでも思ったのか! ふざけるな!」


 ユーリ様は立ち上がり、リカルド様につかみかかる。襟元をつかんで睨まれたリカルド様は、慌ててこちらに目で助けを求めた。えっ……ちょっと私は、助けられないのですが。


「だって俺たち、ソフィ=ヴァレリーの方が嫁いで来るって思ってたよな? まさかお前の大切な最愛のリゼット嬢が来るなんて、初めは知らなかったし」


 リカルド様の言葉を聞いて、ユーリ様の手が緩んだ。リカルド様はそのまま床にドスンと尻もちをつく。


「最愛の……リゼッ……ト嬢とか……お前が言うな!」

「なんだよ、この間抜け! いまだにリゼットに告白もしてないくせに! 二十五にもなって何でそんな奥手なんだよ!」

「あの、お二人ともちょっと落ち着いてください……! リカルド様、ユーリ様は私ではなくカレン様のことをお好きなようですので……」


 私の言葉を聞いて、真っ赤な顔をしたユーリ様が今度はぎょっとした顔をする。


「リゼット……なんで俺がカレンを……何かの間違いだ」

「そうだそうだ、ユーリはカレンのことなんて何とも思ってないぞ! コイツは君に、それはそれは恥ずかしいラブレターを一晩中悩みながら書い……」


 床に座り込むリカルド様の首に、ユーリ様が後ろから腕をかける。


「お前、なんで手紙のこと知ってるんだよ……!」

「いや、ユーリが王都に行くって言うから僕も付いて来て、こっそり盗み見を……」


 ユーリ様の腕に力が入り、リカルド様が苦しそうに足をバタバタとしながら暴れる。


「……ごめんなさい、私ちょっとよく分からなくて。とりあえず、私も今日は結構大変な状況ですので、あとはお二人でごゆっくりケンカなさってください。このまま失礼させていただいてよろしいでしょうか?」

「リゼット、帰るのか?! ちょっと待ってくれ、話したいことがあるんだ……」

「あの、今日は色々あり過ぎて、私も頭を整理したいのでまた後日」


 何だかお二人は仲良く言い合いしているけど、私の心はそれどころではない。お母様のところに早く戻って、どうしてもこれまでのことを報告して謝りたい。それに倒れたお父様も何とかしなければいけないし、ソフィのことだって話し合わなければいけない。

 ……それに、一体何なの?

 『カレン様のことを好きというのは間違いだ』とか、『ユーリ様が私へのラブレターを一晩中悩みながら書いていた』とか。これ以上の情報が私の頭の中に入ってきたら、頭が爆発してしまいそうだ。きっと今、私の顔はユーリ様と同じように真っ赤なんだと思う。

 私にユーリ様の気持ちを期待させるようなことを言わないで! この火照る顔を見られる前に、早くここから出て家に帰りたい。


「リゼット、頼む! 少しだけでいいから話を」


 ユーリ様が、部屋を出ようとした私の手をつかむ。私は、ユーリ様の手のあまりの熱さに驚いた。


「ユーリ様、手がすごく熱いです! 熱があるのではないですか?」


 私が言葉を言い終わる前に、ユーリ様は眉をしかめながらゆっくりと目を閉じた。倒れてきたユーリ様を思わず正面から受け止めて、一緒に床に座り込む。

 ユーリ様の背中に回した手に、ぬるっとした感触。これは……


(……血?)


「リカルド様! ユーリ様の背中、ケガをなさってませんか?」

「ユーリ! まさか魔獣との戦いのケガか?! 傷が開いたのかもしれない。人を呼ぼう!」



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