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第2章 仮初夫婦の攻防

22 苦境でも

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 私の体調も戻り、気分転換にと旦那様と二人でロンベルクの街に散歩に出かけた。

 ここへ来てからは、結婚式のために教会に行った以外は屋敷の外に出たことがなかったので、街の景色がとても新鮮に映る。王国北部にあるこのロンベルクでは王都より少し遅い今が春爛漫で、街中にも花が咲き乱れ、空気も暖かく、人々の足取りも軽い。

「旦那様、今日はどこでお昼を頂きますか? 私は、せっかくなのでロンベルクの郷土料理を食べたいです!」
「前々から思っていたが、リゼットは意外と食いしん坊だな。毒から回復して目覚めた時も、起きた瞬間『お腹がすいた』などと言うし。そんな人は見たことがない」

 旦那様は声を殺して笑っている。ええ、色んな女性とお付き合いのある旦那様が言うのですからそうなのでしょう。私みたいに食いしん坊な女性は、他にいないかもしれませんね。

 でも、みんな食いしん坊であることを隠しているだけかもしれませんよ?


「私、食堂で働いていましたので。食べ物にはうるさいんです。旦那様なら美味しいお店、ご存じでしょ? 数々の女性を口説いてお誘いになってたでしょうから」
「リゼット……その話はやめてくれ」

 旦那様の浮気相手さんは、一体どこにお住まいなのだろうか。ここに嫁いでから二カ月近くが経つのに、旦那様が浮気相手さんの家に入り浸るそぶりが全く見えない。ソフィがあれだけ拒否するほどの女好きというから、覚悟はしていたのだけれど。

 こうして私の体調も心配をしてくれて、気分転換に街にまで連れて来てくれる。

 一体いつ、浮気相手さんと会っているのだろうか? しかも、一人じゃないでしょ? 朝と晩で相手が違う程の女好きなんでしょ?

 旦那様に直接聞けばいい。それは分かっている。

 だけど、人の噂より自分で目にしたことを信じたいという気持ちもあって、旦那様には聞けていない。

 私から見た旦那様は、少し照れ屋で奥手で真面目で……私のことを大切にしてくれている気がする。でも、それを直接確認するのは怖い。だって、「君のことを愛することはない」って釘を刺されたのだから。

 愛されなくたって平気だとか、浮気相手さんが何人いても気にしないとか。そんな風に思い込もうとした時もあったけど、本当の気持ちを言うと、私はやっぱり旦那様の家族になりたい。旦那様に、お母様が寝たきりになってからずっと一人だった私の家族になって欲しい。

 相手がそれを望んでいないことは分かっているのにね。
 何をどう考えても、何度自分の気持ちを否定しようとしても、私は旦那様に惹かれている。

 旦那様オススメだという食堂は貴族がいくような高級な雰囲気ではなく、食堂『アルヴィラ』を思い起こさせるような小さなお店だった。赤と白のストライプのアーケードがとても可愛らしい。

 店に入り、興奮しながらメニューを眺め、出てきたランチに舌鼓を打つ私。ああ、これ以上ない幸せだわ。


「リゼットは本当に幸せそうに食べるな。別に高いものじゃなく、一般庶民向けの大衆料理だぞ」

 私の目の前には、私を見て笑顔になる旦那様。分かります、美味しそうに食べる人を見るのって楽しいですよね。

「旦那様。私は貴族のパーティで頂くお食事よりも、こういうお料理の方が好きなんです。伯爵令嬢らしくなくて申し訳ございません!」

 私は椅子に座ったまま、仰々しくお辞儀をする。もちろん、ちょっとした皮肉をこめて。

「そうだな。俺も子供の頃は貧しかったから、こういう食事の方が気を遣わずに済んで好きだ」
「あら、旦那様はシャゼル家のご令息なのに……」

 旦那様はハッとした顔をする。
 由緒ある貴族の家系であるシャゼル家の一員であるのに、旦那様が言うような貧しい生活などするはずがない。

「実は……父がものすごくケチで。全くお金を使わなかったというか……節約してたのだったか……な?」

「まあ、そうなんですね! 私も節約は大好きなんです!」

「節約が……好き……?」

「はい。私の母が病気になってからは、使用人として働きながら生活していたんです。母の診察代を父がきちんと出してくれるのか不安で……結構節約してお金をためていたんですよ。でも、もし伯爵令嬢として何不自由なく暮らしていたら、こんなに美味しい食事を頂くこともできなかったはずです。色々辛いこともあったけど、こうしてパクッとお食事を口に入れた瞬間、ああ幸せだなって思いますよね!」

 旦那様がポカーンとしている。
 ……しまった。旦那様が貧しい生活をしていたなんて言うから、ついつい自分の貧乏生活のお仲間のように接してしまった。シャゼル家が節約しながら送る生活と、ヴァレリー家を追い出された使用人が送る生活が、釣り合うわけがなかった。

 失礼なことを言ったかもしれないと慌てていると、旦那様がまた笑う。

「リゼットを見てると、悩んでた自分がどうでも良くなるな」
「そうですか?」
「気持ちが軽くなるというか楽になると言うか」
「もしかして旦那様も……お金に困ってるんですか? 節約術教えましょうか?」

 お腹を抱えて笑う旦那様。
 これは、別に怒っていないってことかしら? 私は笑いが止まらない旦那様を横目に、こっそり旦那様の分まで食事を平らげた。

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