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第2話 うりふたつの少年
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物心ついた頃には、既に私はライオネル王太子殿下と婚約していた。
金髪に青い瞳、いつも優しそうに微笑む一つ年上のライオネル殿下は、幼い私にとっての憧れの人。まるで童話に出てくる王子様のように思えて、いつもライオネル殿下に付きまとっていたものだ。
しかし、そんな良い時期は長く続かなかった。
乗馬にダンス、外国語やマナーの勉強。
未来の王太子妃として学ぶべきことはたくさんあって、王城に通って妃教育を受ける日々が始まった。
器用になんでも上手くこなすライオネル殿下とは違い、私は何をやっても落ちこぼれ。殿下に遅れを取るまいと頑張ったが、差は開いていくばかりだった。
精神的に追い詰められて、大好きだったライオネル殿下は遠い存在となり、どうしようもなくなった頃。私は一度だけ、その日のレッスンから逃げ出した。
城の裏にある門からこっそりと抜け出し、森の中に逃げ込んだのだ。途中で見つけた大木の下でうずくまり、めそめそと泣いていた私が出会ったのは、一人の見知らぬ若い青年だった。
「エレナ。君はまだ子供なんだから、そんなに気負わなくていい、婚約者のことを大切に思っているなら、その気持ちだけで大丈夫だと思うよ」
「そうなの? 私はライオネル殿下のことが大好きだったけど、殿下は馬鹿で不器用な私のことが好きじゃないみたい」
「そんなことは気にしなくていい。あ、そうだ! 乗馬もダンスも外国語も、全て完璧にできなくたっていいじゃないか。何か一つだけ頑張ってみるっていうのはどうかな?」
「一つだけ?」
「そうだ。何か一つでも得意なことができれば、それが君の自信になる。そうすれば、他のことだって頑張れるようになるかもしれないよ」
「……うん。じゃあ私、お勉強頑張ってみる」
その青年に付き添われて城の門の前まで戻った頃には、もう夜もとっぷりと更けていた。
いなくなった私のことを捜そうとしてくれていたのか、ライオネル殿下の方も私と同じく行方不明になっていたらしい。
「ライオネル殿下、逃げ出して申し訳ありませんでした」
「……ふんっ、もう逃げるなよ!」
殿下が私に怒って背中を向けたのを、今でも鮮明に覚えている。
それからも殿下と私の距離は離れていくばかりで、ついには犬猿の仲と言われるまでになってしまった。
森の中で出会った見知らぬ青年から言われたことを信じて、私はあの頃から毎日のように、こうして図書館に籠って勉強するようになった。
この時間だけは、ライオネル殿下のことは考えないと決めている。
私は私の好きな勉強をする。それだけだ。
毎日図書館に籠って勉強し、新しい知識を身に付けたことで、私は少しずつ自信を取り戻していった。
瓶底メガネ姿で、前髪をヘアバンドでオールバックにし、胡坐をかいて座る姿は、王太子妃としてはあるまじき下品な格好だ。
でもこの場所は、私が誰の目も気にせず、私でいられる大切な場所。
中から鍵をかければ誰も入って来られない。吹き抜けになった二階からは見えてしまうが、二階は王族以外立ち入り禁止の場所になっているから、余程のことがないと人は入らない。
つまり、この場所はほぼ密室のようなもの。
王太子妃らしからぬ格好でいたって、誰からも咎められないのだ。
「……い」
「……」
「……おい!」
「……ん? 今、何か聞こえた? この図書館に誰かがいるはずないのに」
「おい!! ここだ! 何度もお前に話しかけている!」
「は!? なんですか!? 誰なの!?」
「声がっ……!! デカい!!」
甲高い子供のような声に反応して返事をすると、「声がデカい」と叱られてしまった。
そう言えば、今私は耳栓をしているのだった。自分の声まで聞こえづらくて、つい大声で返事をしてしまったことに気が付き、私は慌てて耳栓を取り外す。
「失礼しました。どなたですか? 私はエレナ・ノイバウアーと申します」
「エレ……ナ……だと?」
声の主は、どうやら吹き抜けの二階にいるらしい。人影だけがゆらゆらと動いているのが見えた。
(おかしいわ。二階は王族じゃないと入れないはずよ)
しばらく上を見上げていると、手すりの影からちょこんと可愛らしい子供の顔がこちらを覗き込んできた。
「お前は、エレナなのか?」
「……はい、エレナ・ノイバウアーですが。貴方様は? どうやって二階に昇られたんです?」
「知らん! 気が付いたらここにいたのだ!」
流れるように悪態をつくのは、年端もいかぬ幼い少年。
金髪に青い瞳が、ライオネル殿下によく似ている。
(いえ、似ているというよりもむしろ……)
まるでその少年は、幼い頃のライオネル殿下そのものだった。服装だって見覚えがある。殿下が気に入ってよくお召しになっていたブルーの服だ。
金髪に青い瞳、いつも優しそうに微笑む一つ年上のライオネル殿下は、幼い私にとっての憧れの人。まるで童話に出てくる王子様のように思えて、いつもライオネル殿下に付きまとっていたものだ。
しかし、そんな良い時期は長く続かなかった。
乗馬にダンス、外国語やマナーの勉強。
未来の王太子妃として学ぶべきことはたくさんあって、王城に通って妃教育を受ける日々が始まった。
器用になんでも上手くこなすライオネル殿下とは違い、私は何をやっても落ちこぼれ。殿下に遅れを取るまいと頑張ったが、差は開いていくばかりだった。
精神的に追い詰められて、大好きだったライオネル殿下は遠い存在となり、どうしようもなくなった頃。私は一度だけ、その日のレッスンから逃げ出した。
城の裏にある門からこっそりと抜け出し、森の中に逃げ込んだのだ。途中で見つけた大木の下でうずくまり、めそめそと泣いていた私が出会ったのは、一人の見知らぬ若い青年だった。
「エレナ。君はまだ子供なんだから、そんなに気負わなくていい、婚約者のことを大切に思っているなら、その気持ちだけで大丈夫だと思うよ」
「そうなの? 私はライオネル殿下のことが大好きだったけど、殿下は馬鹿で不器用な私のことが好きじゃないみたい」
「そんなことは気にしなくていい。あ、そうだ! 乗馬もダンスも外国語も、全て完璧にできなくたっていいじゃないか。何か一つだけ頑張ってみるっていうのはどうかな?」
「一つだけ?」
「そうだ。何か一つでも得意なことができれば、それが君の自信になる。そうすれば、他のことだって頑張れるようになるかもしれないよ」
「……うん。じゃあ私、お勉強頑張ってみる」
その青年に付き添われて城の門の前まで戻った頃には、もう夜もとっぷりと更けていた。
いなくなった私のことを捜そうとしてくれていたのか、ライオネル殿下の方も私と同じく行方不明になっていたらしい。
「ライオネル殿下、逃げ出して申し訳ありませんでした」
「……ふんっ、もう逃げるなよ!」
殿下が私に怒って背中を向けたのを、今でも鮮明に覚えている。
それからも殿下と私の距離は離れていくばかりで、ついには犬猿の仲と言われるまでになってしまった。
森の中で出会った見知らぬ青年から言われたことを信じて、私はあの頃から毎日のように、こうして図書館に籠って勉強するようになった。
この時間だけは、ライオネル殿下のことは考えないと決めている。
私は私の好きな勉強をする。それだけだ。
毎日図書館に籠って勉強し、新しい知識を身に付けたことで、私は少しずつ自信を取り戻していった。
瓶底メガネ姿で、前髪をヘアバンドでオールバックにし、胡坐をかいて座る姿は、王太子妃としてはあるまじき下品な格好だ。
でもこの場所は、私が誰の目も気にせず、私でいられる大切な場所。
中から鍵をかければ誰も入って来られない。吹き抜けになった二階からは見えてしまうが、二階は王族以外立ち入り禁止の場所になっているから、余程のことがないと人は入らない。
つまり、この場所はほぼ密室のようなもの。
王太子妃らしからぬ格好でいたって、誰からも咎められないのだ。
「……い」
「……」
「……おい!」
「……ん? 今、何か聞こえた? この図書館に誰かがいるはずないのに」
「おい!! ここだ! 何度もお前に話しかけている!」
「は!? なんですか!? 誰なの!?」
「声がっ……!! デカい!!」
甲高い子供のような声に反応して返事をすると、「声がデカい」と叱られてしまった。
そう言えば、今私は耳栓をしているのだった。自分の声まで聞こえづらくて、つい大声で返事をしてしまったことに気が付き、私は慌てて耳栓を取り外す。
「失礼しました。どなたですか? 私はエレナ・ノイバウアーと申します」
「エレ……ナ……だと?」
声の主は、どうやら吹き抜けの二階にいるらしい。人影だけがゆらゆらと動いているのが見えた。
(おかしいわ。二階は王族じゃないと入れないはずよ)
しばらく上を見上げていると、手すりの影からちょこんと可愛らしい子供の顔がこちらを覗き込んできた。
「お前は、エレナなのか?」
「……はい、エレナ・ノイバウアーですが。貴方様は? どうやって二階に昇られたんです?」
「知らん! 気が付いたらここにいたのだ!」
流れるように悪態をつくのは、年端もいかぬ幼い少年。
金髪に青い瞳が、ライオネル殿下によく似ている。
(いえ、似ているというよりもむしろ……)
まるでその少年は、幼い頃のライオネル殿下そのものだった。服装だって見覚えがある。殿下が気に入ってよくお召しになっていたブルーの服だ。
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