清純派聖女は死んだ!

奥田たすく

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第一章 清純派聖女、脱出する

#28 本当の旅立ち

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「で、いつまでついてくるんだ」

 つい昨日言ったセリフを、また言う羽目になるとはセムは思わなかった。三人はもう既に森を抜けて先人たちが踏み固めた小道に出て来ている。セムの少し後ろを、イッシュと並んで歩くカレンが何の迷いもなく言った。

「セムも国外に出るんだろ?」

 チラとセムが振り返れば、カレンは続きなんて言わなくても分かるよなと言わんばかりの笑顔だ。そこからセムは目の動きだけで今度はイッシュに一瞥くれてやると、イッシュは肩をすくめて明後日の方向へ目線を逸らした。
 どうしてこうも我の強い奴が多いんだとセムは大きく息を吐きだす。

「あ、あとそうだハイ!」

 カレンがビシッと手を上げる。それに対してイッシュが「どうぞカレンさん」と言うと元気よく答えた。

「セムに金を返してないからな! 返済し終わるまではついて行こうかな」

 解答を見つけて嬉しくなったカレンはセムの返事なんて待たずにまた跳ねるように歩き始めた。だんだんと並びが横一列になってきて、セムがイッシュに向かって言う。

「……お前が払えばよくないか?」
「残念、僕たち一文無しなの」

 イッシュが頬に手を添えながら言うのでセムが顔を歪める。カレンは自分の頭上で会話をされるので首が疲れて、早々に諦めた。

「なんでだよ、お前従者なんだから給料もらってたんだろ」
「身辺整理って案外お金かかるよねぇ」

 セムがさらに眉をひそめてイッシュの真意を探るが、彼は意地でも目を合わせない。
 そうこうしているうちにカレンが何か叫んで脇道に逸れていった。なのにイッシュが動き出さないので代わりにその首根っこを捕まえようとしたセムの肩に、イッシュが一瞬のうちに腕をまわす。

 速い。少し体に緊張を走らせたセムが文句を言う前に、その耳元でイッシュがボタンを押した。

《ザザッ……光栄に、思います》

 ノイズのひどい音声が流れてセムが思わず体を逸らそうとするが、イッシュはそれをさらにグイッと引き寄せて逃がさなかった。

「これ、セムでしょ」

 間近にあるイッシュの顔はやはり気を抜くとドキリとしてしまいそうなくらい女性的だ。その顔がひどく悪い笑顔で歪んでいてセムは肝が冷える。それを肯定と取ったイッシュがぱっといつものへらへら顔になった。

「じゃぁ~ん」

 イッシュはセムの肩に回した方の手で、カフからもらったキーホルダーを彼の鼻にぶつかりそうな距離にじゃらっと出した。見覚えのある紋章にうろたえたセムに、カレンには決して聞こえない音量で囁いた。

「これね、ファンの作った非公式グッズなの。 あの無口な聖騎士様の希少なボイス剣術大会優勝バージョン付き。 実は結構な数出回ってるよ」

 カレンが何を見つけたのかズンズン二人を置いて進んでいくので、イッシュも無理矢理セムごと歩き始めた。

「僕オシゴトで君の追っかけしてたことあるからさぁ。 まあほんとは君とアレックスさんの会話ちょっと聞こえちゃったのもあるんだけど」

 あとは色んな小さい状況証拠の積み重ねかな、とイッシュはもう決定事項として話した。
 今や物好きな上流階級くらいしか持たないはずの紙媒体の書籍。歩き方からも分かる相当な戦闘訓練を積んでいる人間の身のこなし。セムの身長からすれば長すぎる剣に戦場の英雄との交友。極めつけは、婚姻式当日に王都を闊歩した聖騎士へイッシュが抱いた違和感だ。

 聖騎士はあんなサービス精神旺盛じゃない。いつも、どんな輝かしい功績を打ち立てたときでも心はそこになく、何かを偽って演じている。
 それがイッシュが聖騎士に抱いていた印象だった。

 セムもなんとか足を前に出していくが、セムより背の高いイッシュが上から体重をかけてくるので動揺も相まってうまく歩けなかった。

「じゃあ一昨日聖女様と婚姻したの誰なんだろ~。 これ結構な騒ぎになりそうだよね。 ね、アンディ?」

 イッシュの張り付いた笑顔の下に、あの悪い顔があるのは間違いなかった。セムは一度目を閉じて短く息を吐きだしたあと、パッとイッシュの腕を払った。

「望みは」
「やだなぁ、そんな怖い顔しないでよ。 国外に出るまでの護衛とお金担当、よろしくね。 そしたら黙っててあげる」

 カレンも駄目だなー嘘つけないから。
 笑うイッシュに何度でもセムはため息をついた。イッシュはセムの返事なんて待たずに彼から離れ、少し先の道端に座り込んでいたカレンのところまでスキップして行く。

 セムの家は代々聖騎士を輩出してきた古い名家だった。ギフトは遺伝的なところが大きく、より強力な戦闘向きギフトが得られるよう何代も何代も政略結婚を繰り返して来た。
 その中で突然変異的に医療系、しかも内在的な病特化のギフト持ちが生まれてしまったのはただの不運だ。戦闘でなんの役にも立たないギフトの彼は家ではほとんどいないものとされ、しかし家の名を汚すなと外に出ることを許されない幼少期を送った。

 そんな彼がギフトに頼らない鍛錬の積み重ねと、他国の医学や運動学、ありとあらゆる武術の会得によって聖騎士にまで昇りつめたのは皮肉なものだ。

「カレン~。セムが国から出るまでついて来て良いってよ」
「お、本当か! ありがとうな! ところでめちゃくちゃ手が痒いんだが」

 イッシュが覗き込むとカレンの右手はぷくっと赤く膨らんでいる。

「は!? 何触ったの! 先に調べてから触りなさいっていつも言ってるじゃん!」
「あ、そうだったな! ギフト展開!」

 遅いんだよなぁと溜め息を吐くイッシュに、色んな事を受け入れてゆっくり歩いていたセムが追いつきずっと気になっていたことを口にする。

「その、ギフトを使う度に叫んでるのは何なんだ」
「あー、カレンの知識ってほぼ紙媒体の書籍なのよ。 でも最近の本なんて魔動書籍ばっかりでショ? だから未だにギフトは何か叫ばないといけないと思ってるんだよね。 ちなみに自分のギフトにもなんか小難しい外国語の名前つけて良く叫んでるよ。 僕は ”おばあちゃんの知恵袋” って呼んでるけど」
「……お前、とめてやれよ」
「なんで? かわいいでショ?」

 本気か? とセムはイッシュと目を合わせたが、イッシュはなぜそうと言われるのか本気で分からないようだった。その目力に負けたセムは「甘やかしすぎるなよ」とだけ言う。
 どうしてこうヤバいやつしか周りにいないんだとセムは自分を棚に上げて思った。

 風が吹く。あの鳥がセムたちが来た方へとまただみ声を上げて飛んでいった。

 ずっと背負っていた鎧を脱いで見上げる空はどこまでも高く、どこまでも広がっているように思える。
 護衛と金と、あとお守りか。セムは独り言ちて空に手を伸ばすように伸びをした。 


   ~第一章 完~
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