清純派聖女は死んだ!

奥田たすく

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第一章 清純派聖女、脱出する

#27 イッシュ、一肌脱ぐ。③

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『ごくろうちゃぁ~ん』

 念話越しのアレックスはひどくご機嫌なようだった。そういえばコイツ寝たんだろうかとセムは不安になったけれど、口で言って素直に睡眠をとる奴でもないので気にしないことにする。

「話通したの俺じゃないけどな」
『え、じゃあ誰?』
「誰……?」

 セムは首をひねった。よくよく考えるとセムはカレン達のことを名前くらいしかしらないし、それはカレン側からしてもそうだ。
 セムから全然返事が返ってこないのでアレックスはわざとらしく感嘆の声を上げた。

『んまっ、もしかしてお友達かしら!? あの根暗ボッチに友達ができたのかしら!!』
「うるせえ、お前テンションおかしいぞ寝ろ」

 向こうから聞こえてくるのはアレックスの小馬鹿にするような笑い声だったが次第に優しい安堵にも似た吐息に変わっていった。アレックスにとって彼は悪友で戦友で、弟のようでもあった。
 そのままのトーンで名前を呼ばれて、セムは歯痒くて仕方なかった。

「なんだよ」
『良かったな』

 アレックスは多分その後にも言葉を続けていたがセムの口からアルフ並の悪口が滝のように出てきて流されていった。アレックスは念話越しでもセムの真っ赤にした顔が想像出来て高らかに笑う。それも気に食わないセムがもう一息悪態をつこうとした瞬間、後ろから何かに激突されてその息は驚きの声になった。

「やっと見つけた!!!」

 セムが急いで確認すればそれはミアだった。
 流行り病のせいでここ最近はひどく思い詰めていたが、本来の彼女は快活ですこぶるポジティブだ。彼女の集落ではあれだけのことをしてくれたにも関わらず見返りを一切求めなかったとセムは軽く神格化されており、一晩経って振り切れたミアが突撃してきたのである。

 セムは彼女を引きはがそうとするが片手が念話のために塞がっていてなかなか上手くいかなかった。

「おい! 離れろ」
「つれないこと言わないでさ! 今晩も来てくれるだろ? 皆あんたに礼がしたいのさ」
『おいおいおいおい何だおい説明しろおい』

 女性の猫なで声に一番反応したのは念話越しのアレックスだった。セムが違うと言っても聞く耳を持たず「良いご身分だなぁ!」と叫んでいる。
 あまりの騒ぎにテントの中にいたメンツがぞろぞろと顔を出してきて、そのうちの一人のアルフが思い出したように指をさして言った。

「ああ! お前昨日ババアが連れ込んでた奴か!!」
「はああ!?」
「誰がババアだこのクソガキ!」

 アルフが無駄に噛みつくので場はもっとカオスになってきて誰もが薄ら笑いを浮かべていると、出遅れたカレンがイッシュの懐辺りからひょっこり顔を出す。カレンと目の合ったセムの動きが一瞬止まった。

「なんだなんだ?」
「カレンちゃんにはまだ早いヨ」

 イッシュが素早くカレンの目を両手で覆った。セムは一瞬わなないた唇をギュッと横一文字にしたあと、念話をブチ切りミアを引きはがす。ミアはもう少し粘ろうとしたがそれを手で遮って制し、そのまま無言で立ち去っていく。

「あらやだ怒っちゃった」
「ババアがしつけぇからだろ」

 悪びれずに言うミアとアルフがまた言い合い始めて、カレンがイッシュの手をずり下げた。イッシュの手が一瞬揺れる。

「ん、なんだもう行くのか?」

 ズンズンと大股で進んでいくセムの後ろ姿を見て、カレンはさっとイッシュの懐から抜け出てあとを追った。

 まあそうだよね、とイッシュが宙に浮かんだ両手と一緒に溜め息を地面へと落とす。とりあえず弛めていたネクタイを外していつもの服装へと着替え始めるとカフがすり寄って来た。
 テントの外から子供たち特有の別れの声が聞こえてくる。

「どしたの?」
「あのね、これあげる」

 差し出されたのは子供に大人気の聖騎士のキーホルダーだった。傷だらけで腕も一本もげているけれどカフの宝物に違いないから、イッシュは目を伏せて笑いながらそれを受け取る。代わりに脱いだばかりの服を渡しながら言った。

「売ったら多分そこそこの値段はつくと思うよ。 あとはそうだな、無茶して怪我だけはしないようにね」

 少し不思議そうな顔をしたカフの頭をぐりぐりと撫でてから、イッシュもカレン達のあとを追った。


「あああ!!」
「うるさい」

 セムは両手をポケットに入れてカレンを置いていくつもりの歩幅で足早に歩いていたが、彼女は逃がすまいとセムの服の裾を掴んだ。どうしてかそれを乱暴に振り払ってしまうのは気が引けて、結局ほんの少しずつ歩幅を合わせていく。自分でもよく分からずにセムは頭を掻いた。

「薬代! 子供たちが盗んだ分、払ってない」
「……いい」
「良くないだろ、盗みは犯罪だぞ」
「船ごと盗んでおいて今さら何なんだ」
「あれは自分のところにしか迷惑かからないからな!」

 セムは前から目線は外さないまま、コイツ運送系の家か、と一人納得した。ならイッシュが交渉に慣れているのも頷ける。

 カレンはどうせ答えを得るまで諦めないので、あの医者が免許を持たない犯罪者だったと教えてやった。カレンはならいいかとケロッと笑ったけれど、次の瞬間には険しい顔つきをする。

「ということは研究所ができるまであの町に医者がいなくなるのか?」
「大丈夫だ、アレックスの名刺配りまくった。 呼び出されて突っぱねられる奴じゃない」
「それはその、大丈夫か? お前の友達過労死しないか?」
「たまには外の空気も吸った方がいいだろ多分な」

 セムは手を口元にやってあくびをした。その様子を楽し気に見上げながら隣を歩くカレンが木の根っこに足をかけてこけるので片手間に服を掴んでやる。カレンはくしゃっと笑って言った。

「ほんと仲良しなんだな!」
「……いいから足元ちゃんと見ろ」

 まんざらでもないのだと、カレンは思った。あまりにもニコニコと見つめてくるからセムも何か言おうと口を開く。

「ッッゴォーーーール!!」

 その二人の間に大声を上げながらイッシュが突き刺さって引き裂いた。
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