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第一章 清純派聖女、脱出する
#24 イッシュ、押しつけられる。
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『わおお尋ね者さんじゃん。 今何時だと思ってんだ盛るぞ死ね』
「誰がお尋ね者だ、どうせお前起きてんだろうが」
『だぁれが好きで徹夜なんてするかよ。 っちくしょうせっかく戦地から帰って来ても女引っかける時間がねぇ』
アレックスが開口一番大音量の愚痴を溢し始めたのでセムは一瞬切ってしまおうかと考える。しかしそうすると次にかけたときにさらに音量が増しそうだと気づいて諦めた。その嵐がある程度収まるまでセムは木材の節目の数を数えて暇を潰した。
『ああそうだ、さっきお前の言ってた宿場町な、医師の登録は無かった。 から明日にでも医師会が動いてお縄だぜ』
「……ああ、この手の仕事の速さだけはほんと一流だな」
少し反応が遅れたけれどセムは礼を言った。アレックスはまあ義務だからな、と返した。
『あいつらが粛清だけは早いのはいつものことだろ。 むしろそんな王都の近くで堂々とやりやがってたそいつの度胸に俺は敬意を称したいね』
言いたいことだけ言って、話は終わりだというようにアレックスが念話を切ろうとするのでセムが引き留める。
『なんだよまだなんかあんのか?』
「ん、実はちょっとお前に美味しい話があってな」
『ほんとかよ、お前俺の女の好み知ってたっけ?』
「なんでそうなるんだよ」
『金はもう要らねえからだよ。 使う時間がねぇから』
「まあ聞け」
アレックスは悪態の尽きない奴だったが、セムが真剣に話始めると一転黙って耳を傾け始めた。そしてきっちり最後まで聞いてから、同じくらい真剣な声で言った。
『それは、美味しいっつうか、疼くな』
「だろ」
向こうからアレックスのんーという長い唸り声と椅子を引きずる音が聞こけてくる。セムにはアレックスが乗って来ないわけがないと分かっていた。
彼らは野戦病院で出会った。口は悪いが外傷の治療に特化したギフトを持つアレックスが、戦地で疫病の流行ったときにどれだけ悔しい思いをしたかをセムは知っている。わざわざ口にはしないけれど王都に戻ってから薬学の方に入れ込んでいるのはきっとそういうことだった。
惜しむらくは、本人がそれ以外にはくそ面倒くさがり屋なことだ。
『ええ~でもぉ。 そんだけデカいことしようとしたらさぁ、その宿場町の方にも話通さなきゃいけないっしょぉ』
「まあそうだろうな」
『やだよその辺お前やってくれんの?』
「馬鹿か」
『良いじゃん美談がまた一つ増えてさぁ』
「失うものの方がデカすぎるだろ」
まあとにかくその辺の話済んだらまた連絡してよ~なんて軽い調子でアレックスは一方的に念話を切った。
「あ、おいっ」
こうなるといつかはセムが譲ってしまうことをアレックスは知っているので、絶対に向こうが譲ることはない。しかし今回ばかりはセムにもどうしようもなかった。
セムはため息をつきながら二人の待つ部屋へと戻ると、カレンはまたギフトで意識を飛ばしていて、セムに気が付いたイッシュがカレンを揺り戻す。これと決めたら引くくらいそこに集中してしまう感じが、カレンとアレックスは近いのだとセムは思った。
「話にのっては来た。 が、子供たちの雇い主の宿場町の方に話を通してから声をかけろだと。 元金は大丈夫だ、アイツがなんとかする」
「ありがとう。 いよいよ現実味が出て来たな」
カレンが脱力してベッドに仰向けに沈む。その穏やかに目を閉じているカレンを見下ろしながらイッシュが言った。
「ちょっとちょっと、でっかい問題が残ったじゃん。 どうすんの?」
「そうだなー、でも魔晶花の栽培なんてことに成功すればモンスター避けのために立ち寄る客がわんさか来るだろ。 町長も願ったり叶ったりじゃないか?」
「そう先まで見れる人ならいいけどね。 とりあえずプレゼンしに行かなきゃでしょ、誰が行くのさ」
カレンの視線に合わせてイッシュもセムの方を見る。が、それくらいお前らがなんとかしろと突っぱねられてしまった。
「じゃあイッシュだな」
「なんでよ! 僕たちそんなことしてる暇ないでしょ?」
「大丈夫だ、イッシュならサクッと魅了して明日中にはここを立てるだろ」
「人使い、荒すぎでショ……」
イッシュが両手で顔を覆って腰を折る。その様子をぶらぶらと足を揺らしながらカレンが楽しそうに見ていて、セムは少しイッシュに同情した。
「誰がお尋ね者だ、どうせお前起きてんだろうが」
『だぁれが好きで徹夜なんてするかよ。 っちくしょうせっかく戦地から帰って来ても女引っかける時間がねぇ』
アレックスが開口一番大音量の愚痴を溢し始めたのでセムは一瞬切ってしまおうかと考える。しかしそうすると次にかけたときにさらに音量が増しそうだと気づいて諦めた。その嵐がある程度収まるまでセムは木材の節目の数を数えて暇を潰した。
『ああそうだ、さっきお前の言ってた宿場町な、医師の登録は無かった。 から明日にでも医師会が動いてお縄だぜ』
「……ああ、この手の仕事の速さだけはほんと一流だな」
少し反応が遅れたけれどセムは礼を言った。アレックスはまあ義務だからな、と返した。
『あいつらが粛清だけは早いのはいつものことだろ。 むしろそんな王都の近くで堂々とやりやがってたそいつの度胸に俺は敬意を称したいね』
言いたいことだけ言って、話は終わりだというようにアレックスが念話を切ろうとするのでセムが引き留める。
『なんだよまだなんかあんのか?』
「ん、実はちょっとお前に美味しい話があってな」
『ほんとかよ、お前俺の女の好み知ってたっけ?』
「なんでそうなるんだよ」
『金はもう要らねえからだよ。 使う時間がねぇから』
「まあ聞け」
アレックスは悪態の尽きない奴だったが、セムが真剣に話始めると一転黙って耳を傾け始めた。そしてきっちり最後まで聞いてから、同じくらい真剣な声で言った。
『それは、美味しいっつうか、疼くな』
「だろ」
向こうからアレックスのんーという長い唸り声と椅子を引きずる音が聞こけてくる。セムにはアレックスが乗って来ないわけがないと分かっていた。
彼らは野戦病院で出会った。口は悪いが外傷の治療に特化したギフトを持つアレックスが、戦地で疫病の流行ったときにどれだけ悔しい思いをしたかをセムは知っている。わざわざ口にはしないけれど王都に戻ってから薬学の方に入れ込んでいるのはきっとそういうことだった。
惜しむらくは、本人がそれ以外にはくそ面倒くさがり屋なことだ。
『ええ~でもぉ。 そんだけデカいことしようとしたらさぁ、その宿場町の方にも話通さなきゃいけないっしょぉ』
「まあそうだろうな」
『やだよその辺お前やってくれんの?』
「馬鹿か」
『良いじゃん美談がまた一つ増えてさぁ』
「失うものの方がデカすぎるだろ」
まあとにかくその辺の話済んだらまた連絡してよ~なんて軽い調子でアレックスは一方的に念話を切った。
「あ、おいっ」
こうなるといつかはセムが譲ってしまうことをアレックスは知っているので、絶対に向こうが譲ることはない。しかし今回ばかりはセムにもどうしようもなかった。
セムはため息をつきながら二人の待つ部屋へと戻ると、カレンはまたギフトで意識を飛ばしていて、セムに気が付いたイッシュがカレンを揺り戻す。これと決めたら引くくらいそこに集中してしまう感じが、カレンとアレックスは近いのだとセムは思った。
「話にのっては来た。 が、子供たちの雇い主の宿場町の方に話を通してから声をかけろだと。 元金は大丈夫だ、アイツがなんとかする」
「ありがとう。 いよいよ現実味が出て来たな」
カレンが脱力してベッドに仰向けに沈む。その穏やかに目を閉じているカレンを見下ろしながらイッシュが言った。
「ちょっとちょっと、でっかい問題が残ったじゃん。 どうすんの?」
「そうだなー、でも魔晶花の栽培なんてことに成功すればモンスター避けのために立ち寄る客がわんさか来るだろ。 町長も願ったり叶ったりじゃないか?」
「そう先まで見れる人ならいいけどね。 とりあえずプレゼンしに行かなきゃでしょ、誰が行くのさ」
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「じゃあイッシュだな」
「なんでよ! 僕たちそんなことしてる暇ないでしょ?」
「大丈夫だ、イッシュならサクッと魅了して明日中にはここを立てるだろ」
「人使い、荒すぎでショ……」
イッシュが両手で顔を覆って腰を折る。その様子をぶらぶらと足を揺らしながらカレンが楽しそうに見ていて、セムは少しイッシュに同情した。
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