清純派聖女は死んだ!

奥田たすく

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第一章 清純派聖女、脱出する

#22 聖女、策を練る。③

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 ものはついでだともうひと集落まわったセムが宿に戻ってきたのは、日付が変わってからのことだった。
 首に手を当て肩を回す彼の顔にはひどく疲労の色が見え足取りもどこかおぼつかなかったけれど、決して悪い倦怠感ではない。

 暗い受付の前を通って階段を上がり、残る問題はこのじゃじゃ馬娘だけだなと静かに部屋の扉を開けた。

「「……あ?」」

 目が合って、ほとんど同時に疑問符を投げつけ合う。
 部屋に明かりがついていて、知らない男がセムのベッドに腰掛けてパイに噛り付いていた。

 そういえばそんなものもらったなと思考が逸れそうになるのをセムは無理やり戻す。色素の薄い薄緑の髪の下で、似た色の大きな瞳がセムを見上げている。一瞬その肌の白さと線の細さに女かと認識しかけたがその手足の長さを見るとなかなかタッパがありそうだった。

「ねえカレン」

 パイから口を離してイッシュが向かいのベッドにふて腐れたように声をかけた。そこではカレンが祈るようなポーズでまたギフトに集中している。
 全く反応のないカレンにイッシュはため息をつき、残りのパイを咥えて立ち上がりカレンの元まで向かう。セムは自分より背の高いイッシュにやっと男か、と思った。

「ちょっと! 男とか聞いてないんだけど!!」

 イッシュがカレンの肩を掴んで揺り動かす。セムはこっちのセリフだと思った。

「んあっ!?」

 やっと意識が戻ってきたカレンは部屋の状況をゆっくりと確認して、良い笑顔でセムにおかえりと言った。そのなんでもなさそうな感じにイッシュがますますカレンを振り回した。


 ひとまずセムは疲れ切っていたので自分のベッドに腰をかけ、イッシュとカレンがその正面に並んで座っているという形に落ち着いた。イッシュはセムへの不機嫌な目線を隠そうともせず喧嘩を売り続けてくるので、とんだ番犬が付いていたものだとセムの方もあからさまに顔に出す。

「遅かったな、何してたんだ? あセムの分のパイ残してあるぞ」

 そんな中いつも通りマイペースなカレンが立ち上がってパイを取りに行こうとするのでイッシュがその服を掴んでベッドへ無理矢理引き戻した。

「イッシュ?」
「誰、あれ」

 イッシュがセムから目を離さずに言うのでカレンは二人を交互に見ながらどう説明しようかと考えた。
 斜め上辺りを目玉だけで向いているセムの方はひどく面倒だと顔に書いてあった。

「んー、セム、こいつはイッシュ、例の私係だ。 ちょっと外に出たときに合流できてな」

 カレン係とはなんとも割に合わなさそうな役職もあったもんだとセムは思っていたけれど、イッシュの様子からそういうことねと思った。頼むから巻き込まないでほしいと胸の内で両手を上げている。

「でイッシュ、こっちがセム。 えっと、んー……」

 カレンは首をひねって考えて、しばらく考えた後指をパチンと鳴らして言った。

「王都で攫って来た」
「……え? なに、え???」

 今度はイッシュが眉間に深く皺をグッと寄せて二人の顔を見比べる。
 セムもカレンの言い方に一瞬引っかかったがまあ間違ってはいなかったので何も言わなかった。カレンが軽快に笑いながら言う。

「いやあ、船にもう客が乗ってるとは思わなかったな!」
「え、は、なにカレンが逃げるときに使った船にこの人が乗ってて、それに気が付かなくてそのままここまで連れて来たってこと??」
「おう」

 ここまで連れて来てやったのは俺だろうとセムはカレンをじろりと睨んだが、誰も気づいてくれなかった。

「馬鹿カレン! ちゃんといつでもどんなことでも確認しなさいっていっつも言ってるでショ!!」
「おいおい、逃げ回ってる極限状態の私がそんなことに気が回るとでも思うのか?」
「おも、わないぃ……」

 脱力したイッシュがしゅるしゅるとベッドの上から床まで滑り落ちていって、ベッドにすがりつくような体勢になったのでカレンはその背中をポンポンと叩いた。

「セムはめちゃくちゃ良いやつだから大丈夫だぞ。 さっきも私が騒ぎを起こして取っ捕まらないように止めてくれたんだ」

 な、とカレンが顔を向けるのでセムは肯定とも否定ともとれるような微妙な頭の動かし方をした。

 今さら、この家出娘をこの町の自治警官に引き渡してしまえばいいだけの話だったことに気が付いたのだ。どうして気付かなかったんだろう。いや、ほんとは少しくらい頭によぎっていたかもしれない。

 自分でもよく分からなくてセムの目が泳いだ。喉が渇いたような気がして棚の上に置いてあった木製のコップに目がいく。一つは部屋を借りたときからずっとクロスの上に逆さに置かれたままだが、もう一つの方には何やら白い花が刺さっていた。

 カレンの方にそんな乙女趣味があるようには思えなかったので勝手にイッシュの方か? と思って、ようやっとセムは後ろ手をついて体勢を崩す。すると目の端でその花がきらり光った。

「……あ?」

 光を反射する花なんて、世界に数えるほどしかない。
 セムが立ち上がって棚に近付くのでカレンは一瞬目をぱちくりさせたが、次の瞬間には飛び上がって彼の隣まで駆け寄った。

「セム、それなんだか分かるのか?」
「魔晶花、だよな」

 セムがコップからその一輪の花をチョイと持ち上げて、裏返して花びらの付け根を確認すると照明の光を反射してキラキラと光った。

 魔晶花とはその名の通り花びらの部分に魔力を含む珍しい、かつ希少な花であり、なぜかモンスターはこの花を嫌うため旅のお守りとして持ち歩かれることもある。

 しかしそれ以上に、この花を介することで人体も魔力を吸収することができるため、万能薬の材料として重宝した。
 この花はそのままでは水に付けていても半日、魔法石を溶かしこんだ特殊な液体を用いても三日持てばいい方で、枯れてしまうと花の中の魔力は完全に結晶化してしまってもう薬にすることはできない。加えて生態もほとんど不明で、その姿形を見たことのあるものはよっぽどの金持ちか医療従事者、薬草専門のハンターくらいのものだ。

「やっぱりそうか」
「ああ、間違いなさそうだ。 こんなものどこで見つけた」

 セムが魔晶花から目を離すより先にカレンが彼の服を掴んでグッと顔を寄せる。いきなりのことに驚いたセムが棚に手をついてコップが倒れ、水が床まで零れ落ちた。

「セム、お前医療関係者か?」
「なっ」

 セムの大きなピアスが揺れて彼のフェイスラインに当たる。顔の近さとその勝ち誇った彼女の表情にセムはカッと熱が上がって来るのが分かった。

 目を見開いたセムのもう片方の手が一瞬、無鉄砲に彼を掴んで全体重を預けてくるカレンの腰に回りそうになるが時間差で床に転がり落ちたコップの音に驚いてぎりぎり止まる。セムが唾を何とか飲み込むと、無言を肯定と取ったカレンが口角を無邪気に上げて言った。

「お前が最後のピースだ」
「……は?」
「はああああああああ!?!?」

 セムの小さな疑問の声はコップの音で体を上げて二人の方を見やったイッシュの声でかき消され、次の瞬間には猛烈な勢いで二人の間にイッシュの体が飛んできた。
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