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第一章 清純派聖女、脱出する
#13 セム、一肌脱ぐ。①
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セムが再び診療所の近くまで来た頃にはもう既に女性の姿はなかった。まだ明かりのついている診療所の前をしれっと通りすぎながら看板や表札を確認するが、やはり規則で定められている医者の名前と合格年度の掲示がどこにも確認できなかった。
識字率の高くない一般国民がそんな細かい規則を知らずに騙されてしまっても仕方がないことだろう。セムは不審がられないくらいの歩くスピードで診療所から離れて小型念話機を取り出した。
これも、本当に身一つで旅立とうとしていたセムに唯一と言っていい友人が無理矢理押しつけたものだった。念話機を取り出したときに一緒にまたそいつの名刺がはらりと出てきてセムは舌打ちをする。
指輪型のそれをはめて相手を呼び出せば空間にふっと波形が映し出されて、呼び出し音に合わせて揺れた。セムは呼び出し音が止まるまでジト目でそれを眺めていた。
『っうおおおおおおい!?!? どうした!! 瀕死か!? 瀕死の怪我か!?!?』
「うるさい」
相手の声の大きさにセムは目をぎゅっと閉じて耐える。
念話の相手の名はアレックス。
医師免許を持ちながら今は薬学の方に熱を上げている変わりものだ。ギフト至上主義のこの国において薬学は相当遅れており、アレックスは齢24の若手ながら権威と呼ばれていた。
『渡しといてなんだけどお前から連絡来るなんて思ってねえんだよ、こっちはよ』
「じゃあ渡すな」
アレックスがもう一度怪我か、と聞くのでセムは丁寧に大丈夫だと言った。念話の向こうから安堵の息が聞こえた。
『じゃあなんだよ』
「調べものっつうか、ほぼ黒だから報告」
セムはアレックスにこの宿場町の診療所の話をする。アレックスは至極詰まらなさそうに相槌を打った。
『ふーん。 まあ登録があるかだけ確認して、なかったら医師会に報告しとくよ』
「頼んだ」
『お前よぅ、どうせならもっと面白れぇことで連絡して来いよ』
「用はそれだけだ。 じゃあな」
『あっちょっ、おま』
セムはさっさと念話をブチ切った。多少は気持ちの落ち着いたセムがとりあえずまた足を前に出して歩き始める。
あの女性の足じゃ客は取れないだろうから、どこかで物乞いでもしているだろうか。だとしたら土地勘のない町でやみくもに探しても埒が明かない。
セムは話を聞こうと近くの居酒屋に入って行った。
***
「あー、そりゃミアだな」
女性はこの町じゃ有名らしくすぐに話が通じて、入った居酒屋の店主が苦笑いで言った。
どうやら彼女は今でも町から少し離れたところの集落に住んでおり、この時間ならもう戻っている頃だろうという話だ。セムは彼女の足を思い出して眉をそっと寄せたが、わざわざ言いはしなかった。
「なんだなんだ、兄ちゃんその歳でもう遊んでんのか?」
セムが通された席はカウンター席で、だいぶ顔を赤らめて酒を楽しんでいた客が三、四席はあったセムとの間を詰めてきたので腕同士がぶつかった。
どうやら彼は常連客のようで、話相手の店主を取られたので話に混ざりに来たらしい。テーブル席の方は観光客らしき人間でもう既に埋まっていた。
セムは真っ直ぐ前を向いたまま自分の酒に口をつける。それでも絡もうとする客を店主が抑えながら言った。
「お前この後店戻るんだろ、そのくらいにしとけよ」
「ッいーんだよガキどもにやらせてっから」
客は店主の忠告を流してぐぐっとジョッキに残っていた液体を煽った。店主は呆れた顔をしながらもその空のジョッキに酒を注ぐ。
「で? 兄ちゃんお目当てでもいんのかい」
「ミアだってよ」
「みあぁ??」
返事をするのも鬱陶しそうにしているセムの代わりに店主が答えて、客は大きく笑った。
「いいねぇ、兄ちゃん見る目あるよ。 そうなんだよなぁミア顔はいいんだよなぁ。 俺ぁもっと肉付きの良い方が好みだけどよぉ」
客がついにセムの肩に腕をまわしだすが、セムは少しもブレずに嵐が去るのを待っている。
セムは客の誤解を解くのも面倒だったし、顔云々と言われても彼女のことは変色した足しか思い出せなかった。
店主がテーブル席へオーダーを出すついでにそっと二人の後ろにまわって客の腕を下ろさせ、セムとは反対側の客の隣へと座って話を続ける。
「向こうはお前なんか好みじゃねぇってな」
「っだぁーきっちぃこと言うなよぉ、誰のために女房ももらわず血眼になって働いてると思ってんだ」
「あれだろ? うちの店の金づるになるためにいつもありがとうよ」
「ちっげぇっての。 むさいオッサンが女の子たちに肩並べようとしてんじゃねえよ」
客がカウンターを叩いて笑うからいつの間にかその客の前に用意されていたチェイサーの氷が崩れてカランと鳴った。
カウンターの中には若いウェイターがいてセムはそっと会計を済ませる。最後に店主に軽く会釈をすると、店主は手を上げながら言った。
「まあ、なんだ。 なかなかの曲者だから気をつけろよ」
セムはその真意はいまいち分からないままもう一度会釈をして店を出た。
識字率の高くない一般国民がそんな細かい規則を知らずに騙されてしまっても仕方がないことだろう。セムは不審がられないくらいの歩くスピードで診療所から離れて小型念話機を取り出した。
これも、本当に身一つで旅立とうとしていたセムに唯一と言っていい友人が無理矢理押しつけたものだった。念話機を取り出したときに一緒にまたそいつの名刺がはらりと出てきてセムは舌打ちをする。
指輪型のそれをはめて相手を呼び出せば空間にふっと波形が映し出されて、呼び出し音に合わせて揺れた。セムは呼び出し音が止まるまでジト目でそれを眺めていた。
『っうおおおおおおい!?!? どうした!! 瀕死か!? 瀕死の怪我か!?!?』
「うるさい」
相手の声の大きさにセムは目をぎゅっと閉じて耐える。
念話の相手の名はアレックス。
医師免許を持ちながら今は薬学の方に熱を上げている変わりものだ。ギフト至上主義のこの国において薬学は相当遅れており、アレックスは齢24の若手ながら権威と呼ばれていた。
『渡しといてなんだけどお前から連絡来るなんて思ってねえんだよ、こっちはよ』
「じゃあ渡すな」
アレックスがもう一度怪我か、と聞くのでセムは丁寧に大丈夫だと言った。念話の向こうから安堵の息が聞こえた。
『じゃあなんだよ』
「調べものっつうか、ほぼ黒だから報告」
セムはアレックスにこの宿場町の診療所の話をする。アレックスは至極詰まらなさそうに相槌を打った。
『ふーん。 まあ登録があるかだけ確認して、なかったら医師会に報告しとくよ』
「頼んだ」
『お前よぅ、どうせならもっと面白れぇことで連絡して来いよ』
「用はそれだけだ。 じゃあな」
『あっちょっ、おま』
セムはさっさと念話をブチ切った。多少は気持ちの落ち着いたセムがとりあえずまた足を前に出して歩き始める。
あの女性の足じゃ客は取れないだろうから、どこかで物乞いでもしているだろうか。だとしたら土地勘のない町でやみくもに探しても埒が明かない。
セムは話を聞こうと近くの居酒屋に入って行った。
***
「あー、そりゃミアだな」
女性はこの町じゃ有名らしくすぐに話が通じて、入った居酒屋の店主が苦笑いで言った。
どうやら彼女は今でも町から少し離れたところの集落に住んでおり、この時間ならもう戻っている頃だろうという話だ。セムは彼女の足を思い出して眉をそっと寄せたが、わざわざ言いはしなかった。
「なんだなんだ、兄ちゃんその歳でもう遊んでんのか?」
セムが通された席はカウンター席で、だいぶ顔を赤らめて酒を楽しんでいた客が三、四席はあったセムとの間を詰めてきたので腕同士がぶつかった。
どうやら彼は常連客のようで、話相手の店主を取られたので話に混ざりに来たらしい。テーブル席の方は観光客らしき人間でもう既に埋まっていた。
セムは真っ直ぐ前を向いたまま自分の酒に口をつける。それでも絡もうとする客を店主が抑えながら言った。
「お前この後店戻るんだろ、そのくらいにしとけよ」
「ッいーんだよガキどもにやらせてっから」
客は店主の忠告を流してぐぐっとジョッキに残っていた液体を煽った。店主は呆れた顔をしながらもその空のジョッキに酒を注ぐ。
「で? 兄ちゃんお目当てでもいんのかい」
「ミアだってよ」
「みあぁ??」
返事をするのも鬱陶しそうにしているセムの代わりに店主が答えて、客は大きく笑った。
「いいねぇ、兄ちゃん見る目あるよ。 そうなんだよなぁミア顔はいいんだよなぁ。 俺ぁもっと肉付きの良い方が好みだけどよぉ」
客がついにセムの肩に腕をまわしだすが、セムは少しもブレずに嵐が去るのを待っている。
セムは客の誤解を解くのも面倒だったし、顔云々と言われても彼女のことは変色した足しか思い出せなかった。
店主がテーブル席へオーダーを出すついでにそっと二人の後ろにまわって客の腕を下ろさせ、セムとは反対側の客の隣へと座って話を続ける。
「向こうはお前なんか好みじゃねぇってな」
「っだぁーきっちぃこと言うなよぉ、誰のために女房ももらわず血眼になって働いてると思ってんだ」
「あれだろ? うちの店の金づるになるためにいつもありがとうよ」
「ちっげぇっての。 むさいオッサンが女の子たちに肩並べようとしてんじゃねえよ」
客がカウンターを叩いて笑うからいつの間にかその客の前に用意されていたチェイサーの氷が崩れてカランと鳴った。
カウンターの中には若いウェイターがいてセムはそっと会計を済ませる。最後に店主に軽く会釈をすると、店主は手を上げながら言った。
「まあ、なんだ。 なかなかの曲者だから気をつけろよ」
セムはその真意はいまいち分からないままもう一度会釈をして店を出た。
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