清純派聖女は死んだ!

奥田たすく

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第一章 清純派聖女、脱出する

#12 聖女、止められる。

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 二人が言い合いをしていた道から脇へと入ったところにこじんまりとした診療所の看板が見えた。
 その扉に拳を細腕ごと全力で打ちつけている女性がいる。

「お願いします! 開けて、開けてください!」

 ひどくやせ細った女性が何やら懇願するように叫んでいた。その扉が明らかに苛立ちを含んで開かれて女性を突き飛ばしたけれど、女性は痛みを感じていないかのようにすぐさま体を起こす。

「……金は」

 ひどく億劫そうな物言いだ。声の主はこれ見よがしに白衣を纏った男性で、立派なビール腹と髭を蓄えている。
 構わず彼の足にすがった女性のボロのスカートがずり上がって、紫色に変色した足が見えた。セムが眉をひそめる。

 それは下町で流行り始めている伝染病で、患者は変色した部位の痛烈な痛み・痒みを訴える。現状薬学では症状の緩和が精一杯の厄介なものだった。症状の進行はゆっくりとしたものだが、最後にはその変色が全身に回る奇病でもある。

「必ず、必ず用意しますからッ、どうか薬をっ! お願いしますもう、もう耐えられませっ」
「金がねえなら帰れ!」

 男が女性を蹴り飛ばして追い返そうとするのでカレンの体が咄嗟に動く。それを視界の端でとらえたセムがお腹周りに腕をまわしがっちり捕まえて速足でその場から離れた。

「おい! セム放せ」
「お前こんなところで面倒ごと起こして捕まりたいのか」

 カレンは全力で抵抗したけれど手も足も出ずに運ばれていく。

 医者らしき男たちが口にしていた金額がいかほどのものかカレンには分からなかったが、それが薬の処方だけなのだとしたら法外な額だとセムには分かった。だが医者の足りていないこの国では珍しいことではない。

 宿の部屋まで連れ戻されてからカレンはもう一度セムに文句を言おうと口を開いたけれどそれより先にセムは彼女をベッドに投げた。

「んぶっ、おいセム!」
「なんだ」

 セムはできるだけ何事もなかったかのように椅子に座って天井を見上げた。セムは目が無駄にいいのでその模様が事細かに見え、節と目が合ったような気がして目を逸らす。

 仕方なく上着の内ポケットの中から意味もなく本を取り出して開いた。何周したか分からないその本にはもう栞なんて挟まっていない。だからそれは完全に相手とのコミュニケーションを拒否するためだけの行為だったけれど、それに屈するカレンではなかった。
 一定の光を放ち続ける魔法灯が一瞬揺れたような気がした。

「おいセム。 お前あれを放っておけるのか」
「……逆にどうしろって言うんだ」

 セムは顔を上げようともせずに淡々と言った。
 対外政策にばかり目を向けていたこの国には医者などの専門職の利権を縛る法がまだまだなく、相手の言い値に頷くしかないのが実情だ。

 つまり金の無いカレンにはどうしようもないし、セムが立て替えたって同じような境遇の人間はわんさかいる訳だからきりがない。実力行使なんてしようものならお縄にかかるのはこちらの方だ。
 昼間に見た売春集落も含めて、国が国を回すシステムの一部として黙認しているのだから手の出し様がなかった。

「でも、んん、うあぁー……」

 カレンは口をもごもごさせたけれど最後まで言い返す言葉が見つからず、顔を両手で覆って後ろ向きにベッドに沈んでいった。
 その様子を視界の端でとらえながらセムは、但しあの医者が医師免許を持っていることが前提の話だが、と心の中で付け加えた。ゆっくりと瞬いたその瞳には憤りがのっている。

 この国で医師として金を取るには医療系のギフトを持ち、かつ医師会の主催する試験に合格する必要がある。利権を守る法だけはしっかりしているのが何とも言えないところだとセムは短く息を吐いた。 

 カレンはそれからしばらく思案を続けていたようだが横になっていると昨日からの疲れと満腹による気の緩みでどっと眠気が襲ってきたらしい。

 いつの間にかそのままの体勢で小さく寝息を立てはじめたのを確認してから、セムはそっとまた上着を羽織って部屋から出て行った。
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