清純派聖女は死んだ!

奥田たすく

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第一章 清純派聖女、脱出する

#11 聖女、舌鼓を打つ。②

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「美味い! 美味いな、セム!」

 主菜のスープを口に運んだ瞬間すっかり調子の戻ったカレンが机をタンタン叩くので、セムはその手を掴んで止めさせる。しかし内心セムもそれくらいテンションは上がっていた。

 紹介された店はこじんまりした、もっと言えば営業しているのかしていないのかも外からは分かりにくいくらいの店だった。時間が中途半端なこともあってカレン達意外に客はいない。

 初めセムはメニューを見て観光地値段だなという感想を抱いたが、その主菜が皿ではなく鍋のまま机に運ばれて来たときは「だとしたら安すぎる」と思ったし、その牛肉と野菜をスパイスで煮込んだ伝統料理は一工夫加えられているのか親しんだ味であると同時に新しい味わいでもあって美味い。

 ギフト持ちの店が立ち並ぶ王都でも十分通用する味だ。空腹も手伝って夢中で二人が食べすすめていると先んじて女将さんがお代わりのパンを持ってきた。

「ふふ、良い食べっぷりだねぇ。 ちょうど焼きあがったところだから、また食感が違って美味しいよ」
「ありがとうございます!」

 カレンが目を輝かせて受け取ると女将さんは笑った。
 セムはそれを目だけで追いながら「こいつ敬語使えたんだな」と思った。

「あんたたち観光しに王都まで来たのかい?」
「あーっと、」

 カレンが言い淀んだので代わりにセムが肯定しておいた。

 裏通りのこんな店に良く入ってきたと女将さんがあっけらかんと言うので、宿の受付の時に聞いたのだと返せば大変納得された。気持ちの良い笑い方をする女将さんは隣の机にもたれかかって楽し気に続ける。

「そうかいそうかい。 王都では聖女様や聖騎士様には会えたかい?」

 女将さんからの視線に困ってカレンがセムまで受け流した。セムはスプーンでスープを掬いながら言う。

「人混みで全く」
「ははっ、そりゃあこの町でこの騒ぎなんだ、王都はすごいことになってるだろうねぇ。 行かなくて正解だったかな。 そうそうまだ騎士団にも入っていなかった無名時代に聖騎士様を見つけ出して取り立てたのが聖女様だって話知ってるかい??」

 カレンたちの反応を待たずに女将さんは興奮気味に話し始めるので、カレンはスプーンを持ったまま座り直した。

 どうやら女将さんは相当なファンだったらしい。調理場の方から旦那さんが声をかけるまでやれロマンチック、やれ運命だと止まらなかった。

「地方じゃ聖女様のひどい噂が結構あるんだろう? でもあんなの根も葉もない噂、聖女様の献身を考えたら口にするだけでも罰当たりだと私は思うね」

 調理場の方へ呼ばれて女将さんは最後にそれだけ言って奥へと入っていった。

 カレンがそっと上目がちにセムをうかがって何か言いかけたが、セムが聞き返してもカレンは何でもないと食事に戻る。そんなカレンを不思議そうにセムは眺めた。

 カレンは左利きだった。
 右に矯正されない家というのは王都じゃ珍しいが、髪を切ってしまう前からの癖なのかそっと髪を耳にかけるような仕草をしてから口にスプーンを運ぶ居住まいは美しくて、やはり良いとこのお嬢さんのような気がしてくる。未だにセムはカレンのことを掴み切れないままだった。


      ***


「せっかく祭りの日にこんな店に来てくれたんだ、お土産に持っていきな」

 女将さんが会計のあと二人に大きな包みを渡してくれる。カレンが少し開けて覗き込むとパイのような生地の香ばしい香りとチーズや甘い果実の香りがふわっと広がった。

「絶対美味しい!」

 カレンが目をキラキラと輝かせて顔を上げたので「美味しいよぅ~」と女将さんはおどけてみせた。

「私のせいでこんなところで店やってるけどね、うちの人の料理はこの国1なのさ」

 カレンが聞き返す前に女将さんは被せるようにして同じサイズの包みをもうひとつ、「これは宿主に」と渡してくれる。二人は商売っ気がないというのはこういうことかと納得しながら感謝をして店を後にした。

(ご主人がギフト持ちで、女将さんは持ってないんだな)

 ポケットに手を入れながらセムは思った。
 引きこもりのカレンは王都でのギフトを持たない人に対する差別の実情を知らなかった。

 少しずつ赤く染まり始めた路地は王都とあまり遜色のない景色を作り出していて、その中を二人は戻っていく。店を出てからカレンがあまりにも口を開かないのでセムはつい気を回して話しかけるが、なかなか返答が無かった。

「カレン」
「んぁ? なんだ?」

 名前を呼ばれてようやくカレンが顔を上げる。
 セムはこんながさつな奴でもホームシックになるものかと、勝手に解釈した。

「お前料理できるのか?」
「ん? なんでだ?」
「女将さんにあのスープの作り方聞いてただろ」

 あーとカレンは頷いて、少し声のトーンを取り戻していった。

「私はからっきしだけどな! 相方がすごく上手いんだ」
「へー」
「ほんとどこに嫁に出しても恥ずかしくないぞ」
「お前はまず自分の嫁ぎ先の心配しろ」

 またセムが頭を揺さぶるのでカレンはケラケラと笑う。
 そこから、ふっと真顔になって前を向いたままカレンが言うのでセムは少し驚いた。

「セム、聖女のひどい噂ってなんだ?」
「……ああ」

 エレクトス王国は王国であるとともにエレクトス教という一神教を国教とした宗教国家でもある。

 神に選ばれた王が聖女を通して神の言葉を聞き統治するという形を取ってはいるが、実際のところ形骸化も良いところだった。
 しかし王都には特に今でもその宗教を熱心に信仰する者がまだまだ多く、セムは少し頭を掻きながら言葉を選ぶ。

「澄ました顔して裏では我が儘で自分勝手で、少しでも気に入らなければ侍女をどんどん代えるとか。 私腹を肥やすために騎士団を動かしてるだとか」

 こう言った話は王都から離れるほどよく聞く。
 特にこれは箝口令が敷かれているが、実際聖女の独断による兵の派遣で多くの犠牲を出したとされる事件もあった。それに国境近くに行くほど貧しいのも聖女が贅沢三昧して物資が届かないかららしい。

 セムはあくびを噛み殺した。

「我が儘で自分勝手、なぁ」

 カレンが空を見上げながらセムの言葉をぼんやりと繰り返す。そしてすっと息を吸ったかと思うと声色をいつもの感じに戻して言った。

「なんかセムの婚約者みたいだな!」
「あー……あ?」

 同じように空をぼんやり見ながら足を進めていたセムがカレンに目を向けた。

 セムが家を出た理由はいくつもあるが、一番のトリガーになったのは婚約者絡みだった。

「でもなー、お前顔も見ないですっぽかすのはどうかと思うぞ~。 私でさえちゃんと会って断ってから来たんだから」
「おい」
「ぐえっ」

 数歩前を歩いていたカレンの襟に指を引っかけてセムが止める。カレンはなんだよと口を尖らせて振り返ったが、どうやらセムが怒っているらしいことを察して即座に黙った。

「おい、見るなっつったよな」
「……違う違う! 誤解だ!」
「じゃあなんなんだよ」
「わわ私のギフトは書籍を開く能力じゃなくて、アクセスする能力なんだ。 だから文字として空中に出すのは補助的なもので」
「簡潔に!」
「一回アクセスした時点で全部内容頭に入ってます!!」

 そんなにセムがシャイなタイプだとは思わなくて、とカレンがセムの圧に耐えかねて半泣きで言う。

 容赦なく彼女の華奢な両肩を掴んでずっと無言のまま凄んでいると彼女は最後に耐えられず小さく小さく謝ったので、セムは大きくため息をついた。

「もういい、でも絶対もう二度と見んなよ」
「え、あ、はい」
「フリじゃない。 おい、フリじゃないからな」

 セムが念を押すほどカレンの目が泳いだ。

 どうしてくれようかとセムが考え出したタイミングで脇道の方から大きな音がしなければカレンはどんな目に遭っていたか分からなかった。
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