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第一章 清純派聖女、脱出する
#9 聖女、町に辿り着く。③
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「どうやったらこうなるんだ」
「ん? 何か言ったか??」
カレンの髪を梳きながらセムは呟いたけれど、ドライヤーの音にかき消されてカレンには届かなかった。
なんだなんだとカレンがセムの方を振り向くのでドライヤーの風を顔に当てて撃退する。それから、セムは慣れた様子で自分と彼女の髪に交互に乾かしていった。
どうやったらというのはまあ一目瞭然だ。多分鏡も何も見ずに自分で切り落としたんだろう。
それも一太刀ではできなかったようで何度も刃を当てるから長さもバラバラ。それでも髪自体は細くて柔らかく、下手に染めてもあまり痛んでいなかった。
もったいないな、と今度はカレンに気取られないようにセムは独り言ちて最後に彼女の髪を掬ってさらさらと流した。
ドライヤーを止めれば急に部屋は静かになる。同じ静寂でもどこか空気感が違っていて、セムはようやく王都を出たんだと実感した。
セムがドライヤーを片付けているとふと視線を感じて鏡越しにカレンと目が合う。カレンがぱちりと瞬きを繰り返すからセムはちょっとずつ居心地が悪くなってきて、彼の瞼が熱を帯びて重だるく閉じてしまう前にカレンの頭を掴んで机に突っ伏させた。
***
「なぁー、ほんとにこれ被ってなきゃだめか?」
いざご飯を食べるために部屋から出ようという時分になって、カレンが不服そうにまたセムに被せられたフードの下から彼を見上げた。
「ダメに決まってるだろ」
セムがそれを上から押さえつけてまた視線を遮りながら言った。
だぼだぼの男物の上着を着せられてフードを被っている時点で相当怪しいが、カレンの髪の有り様を見られたらセムが攫って来たと疑われても仕方がない。
でも食べてる間もずっと被ってるわけにはいかないだろ、と珍しくカレンが正論を言うのでセムは唸った。
セムがそっと、彼女のフードを下ろしてまじまじと眺めてみる。今から美容院を探しても間に合うか分からないしそもそも二人は早く晩御飯にありつきたかった。
「あ」
「お?」
思いつきでセムが正面から両手を伸ばしてカレンの髪を束ねてみれば多少その不揃いさが目立たなくなった。カレンからしてみれば急に視界がほとんどセムでいっぱいになって体を硬直させたけれど、この手があったかと呟いたその彼はすぐに離れていく。
セムがそのまま扉に手をかけて部屋から出て行こうとするからカレンは思わず呼び止めた。
「せ、セム?」
「ほら。 いくぞ」
セムがカレンに手を差し出す。カレンは瞬き二つ、きょとんと目線をその手からセムの顔まで上げていった。
セムの方はカレンがなかなか手を取らないので、逆に目線を自分の手の方へと下げていく。
そういえば、セムは遮るものなしに年頃の異性と関わるのなんてほとんど初めてだった。
「あ」
親族でもない相手にこういうのは普通じゃないかもしれない。首裏から熱が上がってきてセムはきゅっと口をつぐんだけれど、この手を下げるタイミングが掴めなくてわなないた。まだ慣れない耳元でピアスが揺れる感覚や、急に主張してきた自分の拍動にさらに困惑する。
小刻みに揺れるセムの瞳を見たカレンがパチンと指を鳴らした。
「あれだな! セム、さてはお前シスコンってやつだな!?」
既に部屋から体を廊下へと出していたセムが、持てる力全てを使って扉を閉めカレンを閉じ込めた。
「ん? 何か言ったか??」
カレンの髪を梳きながらセムは呟いたけれど、ドライヤーの音にかき消されてカレンには届かなかった。
なんだなんだとカレンがセムの方を振り向くのでドライヤーの風を顔に当てて撃退する。それから、セムは慣れた様子で自分と彼女の髪に交互に乾かしていった。
どうやったらというのはまあ一目瞭然だ。多分鏡も何も見ずに自分で切り落としたんだろう。
それも一太刀ではできなかったようで何度も刃を当てるから長さもバラバラ。それでも髪自体は細くて柔らかく、下手に染めてもあまり痛んでいなかった。
もったいないな、と今度はカレンに気取られないようにセムは独り言ちて最後に彼女の髪を掬ってさらさらと流した。
ドライヤーを止めれば急に部屋は静かになる。同じ静寂でもどこか空気感が違っていて、セムはようやく王都を出たんだと実感した。
セムがドライヤーを片付けているとふと視線を感じて鏡越しにカレンと目が合う。カレンがぱちりと瞬きを繰り返すからセムはちょっとずつ居心地が悪くなってきて、彼の瞼が熱を帯びて重だるく閉じてしまう前にカレンの頭を掴んで机に突っ伏させた。
***
「なぁー、ほんとにこれ被ってなきゃだめか?」
いざご飯を食べるために部屋から出ようという時分になって、カレンが不服そうにまたセムに被せられたフードの下から彼を見上げた。
「ダメに決まってるだろ」
セムがそれを上から押さえつけてまた視線を遮りながら言った。
だぼだぼの男物の上着を着せられてフードを被っている時点で相当怪しいが、カレンの髪の有り様を見られたらセムが攫って来たと疑われても仕方がない。
でも食べてる間もずっと被ってるわけにはいかないだろ、と珍しくカレンが正論を言うのでセムは唸った。
セムがそっと、彼女のフードを下ろしてまじまじと眺めてみる。今から美容院を探しても間に合うか分からないしそもそも二人は早く晩御飯にありつきたかった。
「あ」
「お?」
思いつきでセムが正面から両手を伸ばしてカレンの髪を束ねてみれば多少その不揃いさが目立たなくなった。カレンからしてみれば急に視界がほとんどセムでいっぱいになって体を硬直させたけれど、この手があったかと呟いたその彼はすぐに離れていく。
セムがそのまま扉に手をかけて部屋から出て行こうとするからカレンは思わず呼び止めた。
「せ、セム?」
「ほら。 いくぞ」
セムがカレンに手を差し出す。カレンは瞬き二つ、きょとんと目線をその手からセムの顔まで上げていった。
セムの方はカレンがなかなか手を取らないので、逆に目線を自分の手の方へと下げていく。
そういえば、セムは遮るものなしに年頃の異性と関わるのなんてほとんど初めてだった。
「あ」
親族でもない相手にこういうのは普通じゃないかもしれない。首裏から熱が上がってきてセムはきゅっと口をつぐんだけれど、この手を下げるタイミングが掴めなくてわなないた。まだ慣れない耳元でピアスが揺れる感覚や、急に主張してきた自分の拍動にさらに困惑する。
小刻みに揺れるセムの瞳を見たカレンがパチンと指を鳴らした。
「あれだな! セム、さてはお前シスコンってやつだな!?」
既に部屋から体を廊下へと出していたセムが、持てる力全てを使って扉を閉めカレンを閉じ込めた。
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