片思いの次

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剤や魔法がなくてもきっと伝えてた。

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下町の酒場で、今日もオレは酒を飲む。騎士になったならもっと良い酒場に行けよと言われることもあるがココが良いんだ。
そして意識はいつも入り口のドアに向かっていて、冒険から帰ってきたアイツが飲みに来ないかと待っている。

「ねえ?今晩一緒に飲まない?」

返事もしていないのに座ろうとしてきた露出の多い女を手で追い払う仕草をすると女はムッと怒った表情をした。

「ねえ?飲む女がお嫌い?」

自分で言うと厭味ったらしいんだが、オレは背が高くて顔がいい。しかも騎士だから鍛えてるし、女を見てもがっつかないところが良い、らしい。

「オレは知らない女と飲むつもりはねぇよ」

「今から知っていけばいいじゃない。ねぇ……寂しいの」

なかなかのサイズの胸でできる谷間をアピールする女がしつこいので酒場のマスターに目配せするとマスターは気まずそうに視線をそらした。つまりコイツは他にもう声をかけていて断られているのだ。
常連というほど通ってはいないが、オレはこの女を見たことがないし、マスターがあの態度だ。この辺りの娼婦とも雰囲気が違う、この女は地雷臭い。だから他の冒険者パーティーは敬遠しているのかもしれない。

「オレは人を待ってるんだ。飲む相手が欲しいなら他に行きな。時間の無駄だぜ」

「相手が来るまででいいから一緒に飲みましょうよ。ね?」

女はオレの腕に手を絡ませ、豊満な胸を押しつけてきた。コイツはこうやって男から金を巻き上げるのか。酔っ払いや気の弱い男なら欲や押しに負けて……ってなりそうだな。女って逞しいなぁと思うが、その気になれないので腕を振りほどいた。

同時にドアの開閉で鳴る鈴の音が聞こえた。期待で目を向けるとアイツとアイツの仲間が入ってくるところだった。「ねえ」

「あ、きたわ。んじゃな」

女は再度オレの腕に触れながらしつこく誘うが、もうアイツしか見えていないオレは無視して女の手を離れた。

「会いたかったぜ~。今日もアニキは男前だな。また逞しくなったんじゃないか?」

オレはアイツの前に出ると眉同士がくっつきそうなほど顔を近づけるとアイツは嫌そうな顔をした。

「あらぁ!こんなイケメンを待ってたの?」

逞しい男二人との3Pでも期待してるのか?こいつがヤりたがってもオレが許さねーよ。

「だから女はいらねーんだ。じゃあな」

女の言葉を肯定し、拒絶しながらアイツの手を握ろうと手を出したら、見た目より早い動作で逃げられた。

「あら、今日も仲良しね」

「かーっ、騎士様のお出迎えとは幸せもんだな~」

「ベッピンはオレが貰うからお前らは部屋に上がってろよ」

アイツの仲間がからかって冗談を飛ばす。ドワーフのディザルにはこの女は止めとけって言いたいが、まあ、痛い目を見て女の勉強してくれ。

「……んだよ?照れるなって。あーにーきー」

対等になりたくて、あいつが年上でもアニキなんて言ったことないけどさ。あの女を振りほどいて、仲の良さを見せつけられるなら呼び方になんか括ってられない。

「照れてない。オレよりそっちの女といたほうが楽しいぞ」

「釣れねーこと言うなよ、ヴァン」

そう言って秘密の話をするため耳を寄せる。

「あの女、初めて会うのにしつこいんだ。お前のパーティーの女の子を誘ったらあの女や他の女が面倒そうだからさ。お前が適任なんだよ」

本当はお前が目当てでお前に近づきたいんだよ。
そう言えたら良いんだが、この見た目と手が届きやすく憧れを持たれる身分のせいで回りに女の子が集まりやすい。
しかもナゼか周囲もオレを女たらしだのと言うのが普通の状態になってる。
オレはヴァンが好きなのに。

「……わかった」

「さすがオレのヴァン。今日は男二人で朝まで楽しくやろうぜ」

「ああ、そうだな」

演技でも嬉しい!オレ、絶対このやり取りを忘れないようにする!
あの女もオレから金が引っ張れないと分かったらしく、オレを睨んでどっかに行った。

「じゃ、オレらはオレらだけで楽しむか」

ディザルの言葉に仲間が笑う。

「おう、ヴァンはオレにまかしとけ」

あの女が完全にこっちに興味をなくすまではと思って演技を続ける。
オレは本気だが、ヴァンはそんなつもりねーよ。この後、あいつもどっか行ったから皆で飲もうぜと言おうとした。なのにヴァンとオレを残して皆が酒場を出て行ってしまった。

「え、あ、あれ?」

「どうした?俺と飲むんだろ」

「お、おう」

ヴァンはいつもと変わりのない仏頂面だ。
二人で飲めるのは嬉しいんだけど、何でこうなってんだ?

「……遠出から帰ってきたからゆっくりしたい気分なんだ。部屋に行かないか」

「お、おう」
オレはヴァンに誘われ、酒場の二階から上は宿になっていて、ヴァンが泊まるという部屋に移動した。
個室に入ると小さなテーブルと二脚の椅子があった。

「今日も疲れたな。」

椅子に座って、土産だという酒を開けてコップに注いでくれたものをヴァンから受け取る。

「ああ。お疲れ」

お互いのグラス同士を軽く当てて乾杯をして飲む。今日の酒は甘くて美味しいな。きっとヴァンと一緒に飲んでいるからだ!このまま酔っ払って想いを打ち明けたいくらいだ。

「なぁ」

ヴァンが酒を飲み干してから口を開いた。

「ん?」

「最近、どうだ?」

「ん、まあまあだな。訓練は疲れるし、実戦はまだ怖いけど、段々慣れてきたと思う」

「そうか」

ヴァンはそれだけ言うとまた酒を飲み始めた。ヴァンと久しぶりに話すのは嬉しいが、こうして酒を一緒に飲んで近況報告だけなのは寂しい。

「……お前の方は?」

でも踏み込んで恋人がいるのかなんて怖くて聞けない。当たり障りのない質問にヴァンは首を横に振っただけだった。

「変わりない。ただダンジョンに潜ってモンスターを狩るだけだ」

ああ、久しぶりに会ったのにやっぱり今日もこれか……。酒場で会えば話す内容と変わりがない。まあ、酒が入るといつもよりちょっと口数が多いからいいか。それにいつもはコイツの仲間もいて、二人っきりで飲むのは初めてだ。
こんな機会は滅多にない。

オレはヴァンに酒を注いでやったり、お互いにくだらない話をしたりして飲み進めた。
酒が回ってきて、頭がふわふわとする感覚が心地いい。ヴァンも顔が赤くなり口調もゆったりとしたものになってきた。

「騎士団の仕事は大変だろ。そろそろ辞めて俺達とパーティーを組まないか」

「おいおい、まだ一年目だぜ。オレより年下の奴が騎士として必死で食いついてるのに、辛くて嫌です~なんてカッコ悪いだろ」

オレはヴァンのこの顔と雰囲気が大好きだった。いつもは仏頂面で怖い顔をしているのも格好良くていいが、酒を飲んでいると険が取れて別人のように優しいんだ。

「もう一年だろ」

「まだ一年だよ」

騎士団に入隊できる最低年齢から入隊試験を受け続け、制限年齢ギリギリでなんとか合格できたオレ。やっと掴んだ夢なんだ。
ヴァンの誘いは嬉しいが、オレがパーティーに入っても冒険者・個人ランクBのヴァンと肩を並べられる強さじゃないし、同等かそれ以上のレベルがあるヴァンの仲間から嫌われるだろう。

「それにオレなんか入っても足を引っ張るだけだしさ。きっともっと強いやつを引っ張ってこいって文句言われちゃうぜ」

「お前が入ったら皆喜ぶと思うがな」

「はは、ありがとな。でもオレはオレのペースで頑張るよ」

騎士になるのも大変だったけど、これは実力で勝ち取ったものだ。だから年下の奴等に実力で追い抜かされ続けてもヴァンと並んで立てる日がくるまで続けるつもりだ。
だから、いつかオレが強くなったら……と夢見ている。
オレがそう言うとヴァンは笑って酒を煽った。
その笑顔に胸が熱くなる。この笑顔を独り占めしたいと思ってしまうほど酔ってしまったようだ。

「ずっと気になっていたんだが、好きな奴はいるのか」

「いきなり話が変わったな。はは、ああ……いるよ。すっげー好きな奴が、初めて会った時から惚れちまった」

「そうか……。お前は良い男だし、きっと上手くいくさ」


「お前もいい男だよ~。このモテ男のオレと並んでも劣らない背の高さ。鍛えられた筋肉。その肉体で守ってもらえるなら心強いぜ~」

オレはテーブルの上のヴァンの腕の横に腕を置き、ヴァンの筋肉と比べるふりして触れた。
ヴァンは物心ついたときから冒険者だったという。その長い旅で鍛えられたこのムキムキな腕は羨ましいし、憧れる。だからもっと触れたいと思ったら引っ付け合ってる腕の肘をいきなりつかまれた。

「あ?なんだよ」

「……いや」

ヴァンが何か言いたげに掴んだままオレの腕を見つめているから、どうしたと聞いたが目を逸らされただけだった。なんだ、オレのこの筋肉に惚れちゃったか?そりゃ惚れて欲しくて鍛えたんだからな。はは、これはオレの願望だ。ヴァンは絶対オレに惚れてねーな。分かる、分かる。分かってる。

「お前の筋肉は綺麗だな」

「そ~かぁ?お前のほうが綺麗だろ。腹筋とか割れたりしててさ。それにパーティーランクA、個人ランクBのヴァンに勝てる騎士はそういないぜ」

そう言って掴まれてない腕でヴァンの腕を撫でてやった。酔ってるからできるんだ。酔っ払いばんざーい。

「それにやっぱ冒険者の腕は違うな。オレの努力なんか無駄みたいだぜ」

「そんなことはない」

ヴァンが静かに言い切った。
くそぉ……また惚れ直しちゃったじゃねーか。ちくしょう。好きだ。

「だよな~!オレの努力は天才的だし!お前に並ぶために鍛えてるんだ。騎士になってさらに筋肉ついてきたし」

そう言って立ち上がりながら、自分の服を大げさにめくって服の下にある腹筋と胸を見せた。
オレが女なら、あの女みたいに谷間ができるほどの胸があればこれでイチコロだったんだろうな。

「ほら、少しだけどついてるだろ」

割れだした腹筋の筋を指でなぞる。上から下にゆっくり。
これは意識されてないって自分を諦めさせるための行動だ。ヴァンがオレの腹筋や胸を見たって欲情するわけないってな。

「……ああ」

ヴァンの答えが小さい。「分かったから腹をしまえよ」とか「腹を冷やすからしまえ」とか言われると思ったのに。服をめくったままヴァンの顔を見たら、じっとオレの腹を見ている。

「なんだよ、腹フェチか?ははは」

そう言って服を下げてヴァンの目から腹をテーブルで隠すように座った。

「かもしれない。お前限定になるんだろうが……」

ヴァンの予想外の答えに今度はオレが驚いてしまった。

「は?」

え、今なんて言った?オレ限定で腹フェチ……。つまりオレのこの鍛えて割れだした腹に興奮を覚えてるってことか……?
いやいや、落ち着けオレ。酒が入って酔ってるだけだ。いつもの軽口のはずだ。ヴァンがこんな冗談言うやつじゃないのは分かってるけど、多分、オレとかディザルのアホが移っただけだって。
もっと違うことを聞くんだ。ええと、えーと……そうだ!

「……ヴァンはオレほどじゃないかもしれないけどモテるのに何で彼女作んないの?」

話が変わったけど変わってねー!オレのバカ、笑える。

「いないが、好きな奴はいる」

「へー。どんな子?」

なんか答えてくれるっぽいから、更に聞く。ああ、オレのバカ!自分の傷を広げるだけなのに!

「明るくてハキハキしたやつだ。よく喋って、気軽に誰とでも友達になれる奴」

……明るいのか。友達多い奴か。ヴァンは物静かだから反対のタイプに惚れたのか。あーあ……酒の力ってすげー。なんでも引き出せちまう。

「……へぇ」

ヴァンがテーブルに置かれたオレの手に自分の手を重ねて、オレの指を撫でる。

「背は俺より少し高くて、猫みたいに気まぐれだがよく笑うやつなんだ」

手からじわじわとヴァンの熱が伝わってくる。熱くて気持ちいい。
ヴァンの顔が赤くなっている気がする。これはきっと酒のせいだと思いたい。好きな奴を思い出して、じゃなくて。

「初めて会った日から、いつもキラキラした目で俺を見るんだ」

そう言って今度は両手で恋人繋ぎのように指を絡めてきた。心臓が痛い。
手汗まで出てきた。ヴァンにバレてないといいな。

「最初は鬱陶しいと思っていたんだが、段々その目が綺麗だと気がついた。……今はその瞳をずっと見ていたいとさえ思っている」

ああ、もう勘弁してくれよ。さっきから心臓の音が煩い。好きな奴への告白をオレへの告白だと思って聞くくらい許してくれよ。

「瞳だけじゃない。お前の全てが綺麗だ」

そう言ってヴァンがオレを熱のこもった目で見てくるから勘違いしそうになる。でも、そんなわけねーんだよ。だって……。

「オレが好きなやつに見えるとか酔っ払いすぎだろ。それ、本人に言ったら絶対にその気がなくても靡くぜ。酒抜きで行けよ」

「なあ。この酒には自白の魔法がかけられているんだ」

「は?え、いや、その冗談面白くねーよ」

「俺は冗談は嫌いだ。……ずっと前からお前が好きだ。今までの話も本心だ」

そう言って繋がった手に力が込もった。
これは夢か?いや夢に違いない。こんな都合のいいことが起きるわけがないんだ。

「自白とか、うそ、だろ」

「本当だ。卑怯だと分かっているが、この力を頼らないと俺は気持ちを伝えることも聞き出すこともできなかった」

ヴァンがオレを好き?嘘だろ。そんなわけあるか!だってオレだぞ!?

「う、わ……」

嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなる。涙まで出そうだ。

「……気持ち悪いと思うか?」

ヴァンがオレの手を離して顔を覆った。

「いや……まったく思わない」

震える声で答えるのが精一杯だ。

「……勇気がなかった……すまない。こんな卑怯なことをしたが……嫌わないでくれ」

「はは……むしろ親近感湧いちまった」

「何故だ?」

「オレもお前のこと好きで……でも、お前は男に興味ないと思ってたから、この気持ちをどうすればいいのか分からなかった。だからただ立場だけでも並べられる男になりたかった。それにもし俺が自白剤を手に入れてたら同じことしてたと思う」

「……それは本当か?」

「自白剤を飲んでるのにこんな嘘つけねーよ。お前もオレのこと好きなの?マジで?」

「ああ、好きだ」

ずっと片思いだと思ってたら両想いだった。

「は……ははは!夢みたいだ」

「夢じゃない。この酒をお前に飲ませる時、俺もこれを飲んで嘘偽りなく伝えると決めていた」

ああ、そうか。オレに告白するために勇気が欲しかったのか。オレも同じ立場ならそうするかもしれないな。
オレは未だに信じられない思いだけど、自白剤の力で本心を語ってくれたから信じるしかないよな。

「で、どうする。付き合う?オレたち」

「……いいのか?」

「当たり前だろ!いつか功績をあげて、勲章貰って一皮むけたオレから言おうと思ってたのにさ~。はー……かっこ悪いな」

「グレイは魅力的だ」

「は、は……じゃあ付き合うってことで!」

「ああ、よろしく」

そう言ってまた手を絡めてきた。オレの手は汗ばんでるから離そうとしたら強く握られた。なんだよ、離さないってか?オレだって離したくないけど手汗くらい拭かせてくれよ。

「……夢みたいだ」

ヴァンが何度もそう言いながらオレの手を優しく撫でる感覚が擽ったい。オレもヴァンの手を撫で返したら驚いた顔をしてそれから嬉しそうに笑った。

*****

ヴァンが遅くなるといけないから、と寮まで送ってくれた。

俺達は成人した健全な男だぞ?キス一つなく告白だけでお別れって寂しくないか?
そう言いたかったが、遅くなると危ないからとヴァンは寮まで送ると言って聞かなかった。
だから寮までの道を二人で歩く。

明日また会える。だけど、別れたくない。だって両想いで付き合ったんだぞ?キスくらいしたいじゃんか!
恋人ができたらやりたかったことベスト3に入るアレやソレができるんだぞ!?
でもそんな事言って困らせるわけにもいかないし、ヴァンも長旅で帰ってきたばかりだから休ませてやらないとオレがみっともない男じゃないか。
でもやっぱりキスくらいはしたいなーって考え続けていた。
そしてアイツからしてくれないならオレからすれば良いという真理にたどり着いた。

「ヴァン」

呼んでこっちを振り向いた瞬間、オレはヴァンにキスをした。
なんだよ、その顔。驚いてるな?でもしたかったんだよ。俺の片思い歴は長いんだぞ。

「好きだぜ?ダーリン。じゃあな。また明日」

あ~、恥ずかしいっ。くそっ、ここはなんで外なんだ。
そう言って寮の門に向かって歩き出したら後ろから抱きつかれて強引にキスをされた。

「俺も好きだ。ダ、ダーリン、また明日」

真っ赤になってそんな可愛いこと言うなよ。俺がお前のことを宿にまで送りたくなっちまうだろーが。これじゃいつまで経っても帰れなくなる。

「ああ、また明日。気をつけて帰れよ」

そう言って今度こそ寮に向かって歩いた。ああ、もう、訓練も何もかもすっ飛ばして明日の夜になってくれよ。
早く一人前になって寮を出たら、必ずヴァンを迎えるんだ。
そう決意を新たにした夜だった。
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