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前編
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奴隷を買ってしまった……しかも女の。ドケチ、守銭奴と言われる俺が。
衝動的に買った奴隷の女は見目麗しいのかと言われれば違う。
少女と言っていいぐらい若いが太っているし丸顔だ。黒に近い茶色のタレ目で虫なんて殺しそうにない。
艶のないグレーの髪。取り柄といえば髪が長くて肌が白くて綺麗なところくらい。そんな女ならどこにでもいそうだ。
だが、罪を犯して奴隷落ちした女なのだ。
俺の家の床に座って握りしめた手を膝に乗せて太い体を小さくしていた。
「……お前、名前は?」
「ひゃい!えっと、リセリーです。えっと、ご主人様は……」
「俺はアレンだ」
「アレン様ですね」
リセリーは椅子に座っている俺の表情を伺うように見上げた。
元いた国で、こいつは聖女を名乗る娘の取り巻きだったらしく、住んでいた街ではこいつどころか一家自体の評判が悪かったらしい。
しかし、俺も街の人間には嫌われているからな。特に気にならなかった。
「リセリー、今から言うことをよく聞けよ?お前はこれから奴隷として生きていくんだ」
「えっ!?あ、はい。あの、私は何をすればいいんですか?」
「まず、その汚ない体と臭い匂いをどうにかしろ」
「へ?わ、私そんなに臭いですか……」
別の国から連れて来られたため水浴びもろくにしていない旅路だったらしく匂いがきつい。鼻が慣れてしまったのだろうリセリーは顔を真っ赤にしてうつ向いた。
本当に偽の聖女とともに本当の聖女を咎めてきたのだろうか?それとも弱い女の前でしか強がれない女なのだろうか?
奴隷商人はこいつがやった罪状をべらべらと並べていたし、そんな罪を犯すような奴は性格が悪いはずなんだが、実際に話してみるとこいつの性格はよく分からない。
「それから、自分の身の回りのことを自分でやれ。俺のこともやれ。料理洗濯掃除片付け。あと、買い物にも行け。うちにメイドなどいない。お前はこの俺に尽くせ」
「……はい」
タレ目がさらに垂れ下がって目が溶けたかのように涙を流すリセリー。
とりあえず従順で怖がりなのはわかった。
「それから、脱走は無意味だ。腹についた奴隷紋でお前がどこにいようと俺には分かるようになっている。そして俺の許可なく勝手に死ぬことは許さない。もし死ねば、俺の力で蘇らせ何度肉体が朽ちようと酷使してやる」
そう、俺の力はネクロマンシー。しかし人間を蘇らせるほどの力は持っていないし、法で禁止されているので出来ない。だが気の弱い者への脅しとして十分効果的だろう。
「……はい」
「さぁ、もう風呂に入ってこい。お前の部屋を用意しておくから明日からしっかり働いてもらうぞ」
「はい」
覇気のない返事をしたリセリーは風呂場へと消えていった。
◆◆◆
翌日、朝食を作るために台所へ向かうとリセリーがいた。こいつは昨日と同じ服を着ていた。
この屋敷には俺しかいないから構わないのだが……服から臭う。せっかく風呂に入れてやったのにこれでは意味がない。
かと言って俺の服は主に横幅が合わない。リセリーの体型に合うものを今日中に用意する必要があるな。
「おはようございます」
「ああ。飯の後はお前の服を買い物に行く。そのつもりでいろ」
タレ目が丸くなった。ふっくらした頬が赤くなる。尻尾があればぶんぶん振っていることだろう。
「じゃあ飯を作ってくれ」
「わかりました」
命令したものの包丁を持たせても危なっかしくて見てられない。仕方なく隣に立って教えながら作っていく。
リセリーは不器用ながらも一生懸命頑張ってくれたおかげでなんとか朝ごはんが完成した。
買ってきていたパンと潰れた目玉焼きとサラダという簡単なものではあったが初めて作ったにしては上出来だと思う。
が、そう褒めて調子に乗らせるのは癪なので褒めたりはしない。
「食べるぞ」
「ど、どうぞ」
二人分の食事をテーブルに並べているのにリセリーは立ったままだった。
「お前も食べるんだ。飯の後に買い物に行くと言っただろ。お前の飯が終わるまで俺を待たせる気か。早く座って食え」
「ひゃ、ひ、はひ、いいんですか?」
「当たり前だろ。それともお前は俺が奴隷に飯も与えずに餓死させる趣味があるように見えるのか?」
「い、いえ、そんなつもりは!」
慌てて椅子に座り、両手を合わせる。
「いただきます」
リセリーは手を合わせてから食べ始めた。その様子はまるでお祈りをしているようだった。
「美味しいです」
「そうか」
素っ気無く答えたが内心では少し嬉しかった。誰かと一緒に食事を取るなんて久しぶりだ。
それにしても……。
「お前よく噛んでから飲み込めよ」
「んぐっ!は、はい」
「ゆっくり食べろ。喉に詰まるぞ」
「はひぃ」
あんなにガツガツと勢い良く平らげても足りないらしくリセリーの腹が鳴った。顔を赤くして俯くリセリーの腹の音を俺は聞こえなかったふりをして食事を続けた。
「片付けておけ」
「はい」
食器を流しに運ぶように言いつければリセリーは素直に従った。奴隷としてはまだまだ未熟もいいところだがこれから少しずつ慣れていけばいいだろう。
*****
買い物には行ったが会話はなかった。ただこいつの体に合う灰色のワンピースと下着を数着買った。匂いのせいで買い物客や店員に嫌な顔をされたが、奴らは買ったばかりの奴隷を裸で連れ回すわけにもいかないということを考えつかんのか。まったく……。
「臭い」そんな視線を受けて俯くリセリーの顎の下で贅肉が盛り上がって所謂二重顎になっていた。
その白い肉が芋虫のようだと思った。こいつの全身自体が柔らかく踏めばすぐに潰れそうなところはまさに芋虫と言える。
芋虫は蝶や蛾になるが、こいつは蛹になるかも分からなかった。
◆◆◆◆◆
帰宅後、早速買ってきた服を着せてみたが、似合っていない。
「あの、ご主人様、私、太っていて、こんな綺麗なお洋服は……」
店員によると今年流行りの形のワンピースらしいが、去年と何が違うのかさっぱり分からなかった。装飾のない灰色のワンピースがこれしかなかったので買った。
「黙れ。お前に合うボロ服のサイズなどない。諦めてそれを着ていろ。臭い匂いを振りまき続けて俺に恥をかかせるつもりか」
「いえ、そんなつもりは……」
「それから、お前のその喋り方はなんだ?もっとハキハキ話せ」
「は、はい」
おどおど、びくびくとこちらの顔を伺うリセリー。これがもっと痩せている女なら存在感が薄くてまだマシなのだが、体を小さく丸めても大きいから目に入る。何を言っても卑屈な態度をとってくるので腹立たしい。
「お前は俺の奴隷だ。俺が主人でお前は奴隷だ。わかるな?そしてお前は俺に尽くす義務がある。俺はお前が長く使えるように最低限の生活は与えるもりだ」
「は、はい」
「お前は俺の言うことを聞いていろ。それができないのであればお前は俺にとって無価値だ。捨てるしかない」
「はい」
「お前は俺に捨てられたら死ぬ。死ねば俺の力で蘇らせてまた酷使するだけだが、俺に手間をかけさせるな」
「はい」
「よし、ならいい。お前にはまず今日も家事を覚えてもらう」
「はい」
「今日はこの家での掃除のやり方を教えてやる」
俺は特に掃除にこだわりがある。ハウスキーパーを雇ったこともあるが、やり方を教えても来る者が違うと出来に差があるため納得できず来る者を指名したいと言ったらそれは出来ないと言われた。
なので自分でするようになったが、こいつへ徹底的に叩き込めば俺の家事の量が減るし、掃除の時間が取れず中途半端になることによるストレスも減るだろう。
「はい」
「なら、さっさと動け。怠慢は許さん」
「はい」
仕事へ行く時間になった。見送りは命じていないが、そこは多少の心得があるようで玄関までついてきた。
「ご主人様、行ってらっしゃいませ」
「行ってくる」
「あ、あの、私は何をすれば……」
「残りの掃除をしておけ。教えたことを覚えているな?俺が帰ってくるまでに済ましておくんだぞ」
「はいっ」
リセリーがぎこちない笑顔で手を振ってきたので軽く振り返し、家を出た。
大人しそうに見えるのは今だけで、俺との生活になれるとあの体型のように図々しくなるのだろうか。
いや、それはないか。
あいつはきっと俺がいなくては何も出来ない。
◆◆◆
想定以上に時間がかかり月が昇って来た頃に仕事を終わらせて帰ってきた。
鍵を開けて中に入るとリセリーが床に座っていた。手には靴と古布を持っていた。
「おかえりなさい」
「ああ。靴磨きをしていたのか」
ちゃんとシューズ用クリームの色と靴の色は揃えてあった。これで間違えていたら俺は飯抜きを命じていたかもしれない。
「はい」
「とろくさそうなお前にしてはよくやった」
頭を撫でるとリセリーは目を細めた。
「掃除はしたのか?」
「はい、おっしゃっていた場所をしました」
「よし、じゃあ飯にするぞ」
「はい」
掃除は手を抜いていない。俺が特に注意するように言った箇所もちゃんとしてあった。
「美味しいです」
リセリーはパンとスープとサラダを食べながら幸せそうな顔をしていた。
「明日からは欠かさず掃除をしろ」
「はい」
「飯の後は風呂に入れ」
「えっ」
「お前の汚い体を見るのは不快だ。それに臭いのも我慢ならない」
「でもご主人さまより先にお風呂なんて……」
「俺が不快だから入れと言っている。逆らうことは許されない。わかったな」
「は、はい」
「脱衣所には着替えを置いておく。体を洗った後、それを着ろ」
「で、でもお洗濯物が増え」「風呂の後に新しい着替えを着ろ」
小さなことだが否定の言葉は初めて聞いたかもしれない。
「わ、わかりました」
「早く行け」
リセリーを追い出してから自分の部屋に戻り部屋着に着替えた。俺は外で風呂を済ませてきたので後は寝るだけだった。
◆◆◆
リセリーが風呂に入っている間、ベッドに横になり、本を読む。だが、なかなか寝付けなかった。いつもはこんなことはない。
奴隷が増えて生活リズムが変わったせいだろう。あいつは俺の眠りを妨げるのか?それとも……。
考え事をしているうちに眠気がやってきた。昨日のように俺の命令がすぐに聞けるように床で寝るためにリセリーが部屋に入ってくるのが見えた。
衝動的に買った奴隷の女は見目麗しいのかと言われれば違う。
少女と言っていいぐらい若いが太っているし丸顔だ。黒に近い茶色のタレ目で虫なんて殺しそうにない。
艶のないグレーの髪。取り柄といえば髪が長くて肌が白くて綺麗なところくらい。そんな女ならどこにでもいそうだ。
だが、罪を犯して奴隷落ちした女なのだ。
俺の家の床に座って握りしめた手を膝に乗せて太い体を小さくしていた。
「……お前、名前は?」
「ひゃい!えっと、リセリーです。えっと、ご主人様は……」
「俺はアレンだ」
「アレン様ですね」
リセリーは椅子に座っている俺の表情を伺うように見上げた。
元いた国で、こいつは聖女を名乗る娘の取り巻きだったらしく、住んでいた街ではこいつどころか一家自体の評判が悪かったらしい。
しかし、俺も街の人間には嫌われているからな。特に気にならなかった。
「リセリー、今から言うことをよく聞けよ?お前はこれから奴隷として生きていくんだ」
「えっ!?あ、はい。あの、私は何をすればいいんですか?」
「まず、その汚ない体と臭い匂いをどうにかしろ」
「へ?わ、私そんなに臭いですか……」
別の国から連れて来られたため水浴びもろくにしていない旅路だったらしく匂いがきつい。鼻が慣れてしまったのだろうリセリーは顔を真っ赤にしてうつ向いた。
本当に偽の聖女とともに本当の聖女を咎めてきたのだろうか?それとも弱い女の前でしか強がれない女なのだろうか?
奴隷商人はこいつがやった罪状をべらべらと並べていたし、そんな罪を犯すような奴は性格が悪いはずなんだが、実際に話してみるとこいつの性格はよく分からない。
「それから、自分の身の回りのことを自分でやれ。俺のこともやれ。料理洗濯掃除片付け。あと、買い物にも行け。うちにメイドなどいない。お前はこの俺に尽くせ」
「……はい」
タレ目がさらに垂れ下がって目が溶けたかのように涙を流すリセリー。
とりあえず従順で怖がりなのはわかった。
「それから、脱走は無意味だ。腹についた奴隷紋でお前がどこにいようと俺には分かるようになっている。そして俺の許可なく勝手に死ぬことは許さない。もし死ねば、俺の力で蘇らせ何度肉体が朽ちようと酷使してやる」
そう、俺の力はネクロマンシー。しかし人間を蘇らせるほどの力は持っていないし、法で禁止されているので出来ない。だが気の弱い者への脅しとして十分効果的だろう。
「……はい」
「さぁ、もう風呂に入ってこい。お前の部屋を用意しておくから明日からしっかり働いてもらうぞ」
「はい」
覇気のない返事をしたリセリーは風呂場へと消えていった。
◆◆◆
翌日、朝食を作るために台所へ向かうとリセリーがいた。こいつは昨日と同じ服を着ていた。
この屋敷には俺しかいないから構わないのだが……服から臭う。せっかく風呂に入れてやったのにこれでは意味がない。
かと言って俺の服は主に横幅が合わない。リセリーの体型に合うものを今日中に用意する必要があるな。
「おはようございます」
「ああ。飯の後はお前の服を買い物に行く。そのつもりでいろ」
タレ目が丸くなった。ふっくらした頬が赤くなる。尻尾があればぶんぶん振っていることだろう。
「じゃあ飯を作ってくれ」
「わかりました」
命令したものの包丁を持たせても危なっかしくて見てられない。仕方なく隣に立って教えながら作っていく。
リセリーは不器用ながらも一生懸命頑張ってくれたおかげでなんとか朝ごはんが完成した。
買ってきていたパンと潰れた目玉焼きとサラダという簡単なものではあったが初めて作ったにしては上出来だと思う。
が、そう褒めて調子に乗らせるのは癪なので褒めたりはしない。
「食べるぞ」
「ど、どうぞ」
二人分の食事をテーブルに並べているのにリセリーは立ったままだった。
「お前も食べるんだ。飯の後に買い物に行くと言っただろ。お前の飯が終わるまで俺を待たせる気か。早く座って食え」
「ひゃ、ひ、はひ、いいんですか?」
「当たり前だろ。それともお前は俺が奴隷に飯も与えずに餓死させる趣味があるように見えるのか?」
「い、いえ、そんなつもりは!」
慌てて椅子に座り、両手を合わせる。
「いただきます」
リセリーは手を合わせてから食べ始めた。その様子はまるでお祈りをしているようだった。
「美味しいです」
「そうか」
素っ気無く答えたが内心では少し嬉しかった。誰かと一緒に食事を取るなんて久しぶりだ。
それにしても……。
「お前よく噛んでから飲み込めよ」
「んぐっ!は、はい」
「ゆっくり食べろ。喉に詰まるぞ」
「はひぃ」
あんなにガツガツと勢い良く平らげても足りないらしくリセリーの腹が鳴った。顔を赤くして俯くリセリーの腹の音を俺は聞こえなかったふりをして食事を続けた。
「片付けておけ」
「はい」
食器を流しに運ぶように言いつければリセリーは素直に従った。奴隷としてはまだまだ未熟もいいところだがこれから少しずつ慣れていけばいいだろう。
*****
買い物には行ったが会話はなかった。ただこいつの体に合う灰色のワンピースと下着を数着買った。匂いのせいで買い物客や店員に嫌な顔をされたが、奴らは買ったばかりの奴隷を裸で連れ回すわけにもいかないということを考えつかんのか。まったく……。
「臭い」そんな視線を受けて俯くリセリーの顎の下で贅肉が盛り上がって所謂二重顎になっていた。
その白い肉が芋虫のようだと思った。こいつの全身自体が柔らかく踏めばすぐに潰れそうなところはまさに芋虫と言える。
芋虫は蝶や蛾になるが、こいつは蛹になるかも分からなかった。
◆◆◆◆◆
帰宅後、早速買ってきた服を着せてみたが、似合っていない。
「あの、ご主人様、私、太っていて、こんな綺麗なお洋服は……」
店員によると今年流行りの形のワンピースらしいが、去年と何が違うのかさっぱり分からなかった。装飾のない灰色のワンピースがこれしかなかったので買った。
「黙れ。お前に合うボロ服のサイズなどない。諦めてそれを着ていろ。臭い匂いを振りまき続けて俺に恥をかかせるつもりか」
「いえ、そんなつもりは……」
「それから、お前のその喋り方はなんだ?もっとハキハキ話せ」
「は、はい」
おどおど、びくびくとこちらの顔を伺うリセリー。これがもっと痩せている女なら存在感が薄くてまだマシなのだが、体を小さく丸めても大きいから目に入る。何を言っても卑屈な態度をとってくるので腹立たしい。
「お前は俺の奴隷だ。俺が主人でお前は奴隷だ。わかるな?そしてお前は俺に尽くす義務がある。俺はお前が長く使えるように最低限の生活は与えるもりだ」
「は、はい」
「お前は俺の言うことを聞いていろ。それができないのであればお前は俺にとって無価値だ。捨てるしかない」
「はい」
「お前は俺に捨てられたら死ぬ。死ねば俺の力で蘇らせてまた酷使するだけだが、俺に手間をかけさせるな」
「はい」
「よし、ならいい。お前にはまず今日も家事を覚えてもらう」
「はい」
「今日はこの家での掃除のやり方を教えてやる」
俺は特に掃除にこだわりがある。ハウスキーパーを雇ったこともあるが、やり方を教えても来る者が違うと出来に差があるため納得できず来る者を指名したいと言ったらそれは出来ないと言われた。
なので自分でするようになったが、こいつへ徹底的に叩き込めば俺の家事の量が減るし、掃除の時間が取れず中途半端になることによるストレスも減るだろう。
「はい」
「なら、さっさと動け。怠慢は許さん」
「はい」
仕事へ行く時間になった。見送りは命じていないが、そこは多少の心得があるようで玄関までついてきた。
「ご主人様、行ってらっしゃいませ」
「行ってくる」
「あ、あの、私は何をすれば……」
「残りの掃除をしておけ。教えたことを覚えているな?俺が帰ってくるまでに済ましておくんだぞ」
「はいっ」
リセリーがぎこちない笑顔で手を振ってきたので軽く振り返し、家を出た。
大人しそうに見えるのは今だけで、俺との生活になれるとあの体型のように図々しくなるのだろうか。
いや、それはないか。
あいつはきっと俺がいなくては何も出来ない。
◆◆◆
想定以上に時間がかかり月が昇って来た頃に仕事を終わらせて帰ってきた。
鍵を開けて中に入るとリセリーが床に座っていた。手には靴と古布を持っていた。
「おかえりなさい」
「ああ。靴磨きをしていたのか」
ちゃんとシューズ用クリームの色と靴の色は揃えてあった。これで間違えていたら俺は飯抜きを命じていたかもしれない。
「はい」
「とろくさそうなお前にしてはよくやった」
頭を撫でるとリセリーは目を細めた。
「掃除はしたのか?」
「はい、おっしゃっていた場所をしました」
「よし、じゃあ飯にするぞ」
「はい」
掃除は手を抜いていない。俺が特に注意するように言った箇所もちゃんとしてあった。
「美味しいです」
リセリーはパンとスープとサラダを食べながら幸せそうな顔をしていた。
「明日からは欠かさず掃除をしろ」
「はい」
「飯の後は風呂に入れ」
「えっ」
「お前の汚い体を見るのは不快だ。それに臭いのも我慢ならない」
「でもご主人さまより先にお風呂なんて……」
「俺が不快だから入れと言っている。逆らうことは許されない。わかったな」
「は、はい」
「脱衣所には着替えを置いておく。体を洗った後、それを着ろ」
「で、でもお洗濯物が増え」「風呂の後に新しい着替えを着ろ」
小さなことだが否定の言葉は初めて聞いたかもしれない。
「わ、わかりました」
「早く行け」
リセリーを追い出してから自分の部屋に戻り部屋着に着替えた。俺は外で風呂を済ませてきたので後は寝るだけだった。
◆◆◆
リセリーが風呂に入っている間、ベッドに横になり、本を読む。だが、なかなか寝付けなかった。いつもはこんなことはない。
奴隷が増えて生活リズムが変わったせいだろう。あいつは俺の眠りを妨げるのか?それとも……。
考え事をしているうちに眠気がやってきた。昨日のように俺の命令がすぐに聞けるように床で寝るためにリセリーが部屋に入ってくるのが見えた。
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