上 下
21 / 66
チャンスを掴み続ける勇気

20

しおりを挟む
カメリアが学校で学び、マッサージ店に努めている間、ツキカゲのことはダリアが面倒をみていた。

「ダリアさん、雨がふってきました」

読み書きの練習中だが窓に目をやるとたしかに雨が降っていた。

「そうね。雨が降っているわ」

(初めて会ったときに比べれば言葉を覚えたわ。それに自分から話すようになったし、背も少し高くなったけどあの時と変わらず同じ髪型ね。相変わらず無表情だわ)

「ダリアさん?」

「なんでもないわ。ベンキョウをつづけましょう」

「はい。がんばります」

「その調子よ。わからないところがあったら 聞いてちょうだい」

「はい!前におしえていただいた―――」

雨音を聞きながら、彼女は真剣な表情で知識を吸収していくツキカゲを見て微笑む。

始めはお互いに言葉も分からず、ダリアは彼に人や物の名前から教えていくことから始めた。それからツキカゲ自身のやる気もあって早いうちに子供が読む本も自力で読めるようになった。

「ただいま帰りました。ダリア、ツキカゲ」

「お疲れ様でございます。カメリア様」
「おつかれさまでございます。カメリアさま」

ヴィーナスでの仕事を終えたカメリアが帰ってきた。

「今日もツキカゲは勉強を頑張ってくれていますね。何かありましたか?」

「いいえ何もございませんでした。いつも通りです」

「そう。良かったわ。学校の先生が授業で航海術が発展しているから今後さらに輸出入が発展していくだろうって言っていたの。だからツキカゲの国の言葉を話す人達と会うこともあるかもしれないわ。
その時はよろしくお願いしますね」

まだ聞き取りは難しく、ツキカゲはダリアの方をみた。

「『これからも がんばって べんきょうを つづけてください』とおっしゃりました」

「わかりました」

カメリアは空いている椅子に座ってツキカゲの頭をじっとみた。

「ツキカゲは髪型を変えたほうが格好いいとおもうのだけど変えたりしないのですか?」

「つきかげの かみを切る。しましょうか?」

ダリアが言葉を簡単なものに言い換えながら自分の髪を一房掴んで右手をハサミの形にして切る仕草をした。

するとツキカゲは真顔で首を横に振った。

「いいえ。しません」


「どうして?流行りの髪型にすればツキカゲも素敵な殿方になるはずですよ」

ツキカゲの銀杏髷という髪型は彼の国では一般的なのだというが、この国では唯一無二といってもいい。
変わった髪型の彼を連れて自転車で走るカメリアは彼女自身の髪色もあって目立っている。
そのおかげでカメリアがダイエットをしていて成功した理由がヴィーナスの痩身マッサージのおかげだと話しは広まり店も繁盛している。ただこれからずっと暮らしていくことになるだろうツキカゲのことを考えるともう少しこの国の文化に慣れてほしかった。

「わたしの国の、ほこり、というものです」

「そう……それなら仕方がないですね」

(本人が嫌だというなら無理強いはできないですね)

ダリアの方を見ると困った笑みを浮かべていた。

「私も何度か伝えたのですが、彼は自国に誇りをもっており髪型はその象徴のようです。でも前に言っておりましたよ。ツキカゲはもう自国に籍がないのに国を慕う考えを捨てさせないカメリア様には感謝していると。」

「フィルンさんが言っていたのよ。ツキカゲさんは多くを語らないけど自分の故郷が好きだって。家族が好きで友達も好きだから帰らないんだろうって」

「そうなのですか」

ツキカゲは聞き取る練習も兼ねてペンを握ったまま二人の話に耳を傾けていた。その様子を見ながらダリアが返事をした。

「それにしてもフィルンさんって不思議な人なのよね。ツキカゲの国の言葉を話せますし、言語以外のことも詳しいのですよ。庶民とは思えないくらいですわ」

「たしかにフィルン様とは何度かお会いするたびに気品のある方だと思いました。妹であられるクラウディア様も明るく優しいお方ですし、お二人はきっと良きご両親がおられるのでしょうね」

カメリアが招待してあの双子の姉妹が何度か遊びに来たことがある。二人とも礼儀作法を身につけており自然な振る舞い方をする。クラウディアとの初対面には驚かされたカメリアだが、あれ以降は店でも接客をきちんとしていて店では大胆な態度は鳴りを潜めていた。

「ええ、きっとそうね。ご両親にお会いしたことはないけど私もそう想うわ。あ、そろそろ私も宿題をしなやきゃ。ダリア、仕事の合間にツキカゲを見てくれてありがとう」

「いえ、私も気分転換になります。カメリア様は宿題に励んでください」

「わかったわ。また明日よろしくお願いね」

「はい。承知しております」

三人が席をたつ。カメリアは自室に戻って宿題を、ダリアは自分の仕事に戻り、ツキカゲは水汲みなど単純だが必要な仕事をするためそれぞれの場所に別れた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

サイキック・ガール!

スズキアカネ
恋愛
『──あなたは、超能力者なんです』 そこは、不思議な能力を持つ人間が集う不思議な研究都市。ユニークな能力者に囲まれた、ハチャメチャな私の学園ライフがはじまる。 どんな場所に置かれようと、私はなにものにも縛られない! 車を再起不能にする程度の超能力を持つ少女・藤が織りなすサイキックラブコメディ! ※ 無断転載転用禁止 Do not repost.

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【書籍化確定、完結】私だけが知らない

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...