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チャンスの扉を開いたら
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「なんだよ……ただ見るだけだったのに」
叩かれた手をさすりながら呟く使用人。他の者も口々に「気味が悪い」「何か得体の知れない男だな」と言い出した。
「……」
ツキカゲは彼らの反応に何も言わず微動だにしない。
(このままじゃ駄目だわ。成り行きで刀の持ち主になり、祖父に言われるまま彼に刀を下賜したのだけれども……言葉が通じないまま彼をそばに置くとお互いに危険だわ。なんとか彼の話す言葉が分かるようにならなきゃ……)
「ごめんなさい。怪我はありませんか?彼、お祖父様を通して私が雇った護衛です。あまり失礼な態度はとらないでくださいまし」
「へぇ、そうなんですね。すいませんでした」
素直に謝る使用人にカメリアは微笑みかける。
「いえ、いいんですの。さぁ、皆様も仕事に戻って」
使用人たちにそう告げて、カメリアはすぐに自分の部屋に戻る。彼はカメリアの影のように部屋までついて入る。
「廊下で待っていて」
未婚のカメリアが従者とはいえ異性を部屋に入れるのに抵抗があり咄嗟に声をかけたが、彼に言葉は通じない。
(そうだわ。私が廊下に立って「ここでお待ちください」と繰り返せば分かるかも)
カメリアが部屋を出ればツキカゲも出る。廊下で扉の隣に立てば1人分の距離を開けて彼も立つ。
「ここでお待ちください」
そう言ってから部屋に戻れば彼もついて入る。
(これは想定内です。ここから根比べになるわ)
カメリアはぎゅっと目も口も閉じて苦手な繰り返し作業と人に頼むことを分かってもらうまでする覚悟を決める。
部屋を出てまた廊下の同じ場所に立つ。ツキカゲもまた同じ場所に立った。
「ここでお待ちください」
部屋に戻れば影のようにつくツキカゲ。
(まだ2回目。逃げちゃいけないわ。私、しっかりなさい。ボタンホールの位置を間違えてお人形服に切り目を入れた時の方が大変でしたわよ)
カメリアは人形部屋に逃げたくなったが彼は必ずついて来る。また目と口をしっかり閉じて心の中で自分と向き合って部屋を出る。
折れそうな気持ちを奮い立たせて三度目、廊下に出てツキカゲとともに並んで立つ。
(これでダメなら諦めましょう。元々、政略結婚でない限り、婚姻などできる容姿ではありませんし。気にしたところで変わりませんもの)
「ここでお待ちください」
一番最初を入れて四度の「ここでお待ちください」と繰り返す言葉。廊下に立つ理由があると彼に伝えらないもどかしさ。自分の容姿。あらゆる諦めがこもってしまった声になった。
(もう……分からないなら入ればいいわ)
カメリアが言葉が通じさせることを諦めて部屋に入る。反対にツキカゲは静かに扉のそばで動かず立っていた。
まさかと思いながらドアを閉めてみたが、彼は開けて入ることもない。
(待っていただくことに成功したの?)
そおっとドアを開けて顔だけ出す。ツキカゲはカメリアを横目で見て視線を前に戻した。
言葉をかけようにも言葉が通じない。そのまま一人で部屋の中に戻ると「成功した」ことに両手を握って顔の前で左右に振って喜びを表した。
「すごいわ。私、異国の人に待って欲しいって伝えることができたわ」
ずっと自分の世界で生きたカメリアにとってそれは世界の殻にヒビが入ったも同然だった。
「まずはツキカゲにこの国の言葉を覚えてもらわないと……」
自分が彼の言葉を覚える、という考えは彼女の頭に浮かばなかった。
だが、言葉が伝わらないとコミュニケーションが取れず、彼のことを理解することができないというのは短い時間で分かった。
「それに、彼、あの変な髪型をやめたらとても素敵になるんじゃないかしら……?」
あの奇抜なヘアスタイル。どうしても髪のない部分に目がいってしまうが、この国の美形顔とは違うものの美男子だとカメリアは思う。
なにより彼はカメリアと言葉が通じないから喋ってこない。つまりアドバイスも悪口も口出しもしてこないから自分のダイエットへのやる気を削ぐことがない。
「よし、決めたわ」
カメリアは立ち上がると、部屋を出て人形の部屋に向かった。その後ろをツキカゲがついて歩く。
彼に「ここでお待ちください」と言うのも忘れ、机に座って自分のアイディア手帳に明日の予定を書き込んでいく。
「ねえ、リリー。私、変わるわ。見ていてね。ダイエットをして綺麗になるの」
(頑張ってね、カメリア。今度こそ諦めちゃ駄目よ!きっと貴女ならかわれるわ)
一人で呟いたり、人形に向かって笑う主人の背後に立ち、無表情でツキカゲは見守っていた。
叩かれた手をさすりながら呟く使用人。他の者も口々に「気味が悪い」「何か得体の知れない男だな」と言い出した。
「……」
ツキカゲは彼らの反応に何も言わず微動だにしない。
(このままじゃ駄目だわ。成り行きで刀の持ち主になり、祖父に言われるまま彼に刀を下賜したのだけれども……言葉が通じないまま彼をそばに置くとお互いに危険だわ。なんとか彼の話す言葉が分かるようにならなきゃ……)
「ごめんなさい。怪我はありませんか?彼、お祖父様を通して私が雇った護衛です。あまり失礼な態度はとらないでくださいまし」
「へぇ、そうなんですね。すいませんでした」
素直に謝る使用人にカメリアは微笑みかける。
「いえ、いいんですの。さぁ、皆様も仕事に戻って」
使用人たちにそう告げて、カメリアはすぐに自分の部屋に戻る。彼はカメリアの影のように部屋までついて入る。
「廊下で待っていて」
未婚のカメリアが従者とはいえ異性を部屋に入れるのに抵抗があり咄嗟に声をかけたが、彼に言葉は通じない。
(そうだわ。私が廊下に立って「ここでお待ちください」と繰り返せば分かるかも)
カメリアが部屋を出ればツキカゲも出る。廊下で扉の隣に立てば1人分の距離を開けて彼も立つ。
「ここでお待ちください」
そう言ってから部屋に戻れば彼もついて入る。
(これは想定内です。ここから根比べになるわ)
カメリアはぎゅっと目も口も閉じて苦手な繰り返し作業と人に頼むことを分かってもらうまでする覚悟を決める。
部屋を出てまた廊下の同じ場所に立つ。ツキカゲもまた同じ場所に立った。
「ここでお待ちください」
部屋に戻れば影のようにつくツキカゲ。
(まだ2回目。逃げちゃいけないわ。私、しっかりなさい。ボタンホールの位置を間違えてお人形服に切り目を入れた時の方が大変でしたわよ)
カメリアは人形部屋に逃げたくなったが彼は必ずついて来る。また目と口をしっかり閉じて心の中で自分と向き合って部屋を出る。
折れそうな気持ちを奮い立たせて三度目、廊下に出てツキカゲとともに並んで立つ。
(これでダメなら諦めましょう。元々、政略結婚でない限り、婚姻などできる容姿ではありませんし。気にしたところで変わりませんもの)
「ここでお待ちください」
一番最初を入れて四度の「ここでお待ちください」と繰り返す言葉。廊下に立つ理由があると彼に伝えらないもどかしさ。自分の容姿。あらゆる諦めがこもってしまった声になった。
(もう……分からないなら入ればいいわ)
カメリアが言葉が通じさせることを諦めて部屋に入る。反対にツキカゲは静かに扉のそばで動かず立っていた。
まさかと思いながらドアを閉めてみたが、彼は開けて入ることもない。
(待っていただくことに成功したの?)
そおっとドアを開けて顔だけ出す。ツキカゲはカメリアを横目で見て視線を前に戻した。
言葉をかけようにも言葉が通じない。そのまま一人で部屋の中に戻ると「成功した」ことに両手を握って顔の前で左右に振って喜びを表した。
「すごいわ。私、異国の人に待って欲しいって伝えることができたわ」
ずっと自分の世界で生きたカメリアにとってそれは世界の殻にヒビが入ったも同然だった。
「まずはツキカゲにこの国の言葉を覚えてもらわないと……」
自分が彼の言葉を覚える、という考えは彼女の頭に浮かばなかった。
だが、言葉が伝わらないとコミュニケーションが取れず、彼のことを理解することができないというのは短い時間で分かった。
「それに、彼、あの変な髪型をやめたらとても素敵になるんじゃないかしら……?」
あの奇抜なヘアスタイル。どうしても髪のない部分に目がいってしまうが、この国の美形顔とは違うものの美男子だとカメリアは思う。
なにより彼はカメリアと言葉が通じないから喋ってこない。つまりアドバイスも悪口も口出しもしてこないから自分のダイエットへのやる気を削ぐことがない。
「よし、決めたわ」
カメリアは立ち上がると、部屋を出て人形の部屋に向かった。その後ろをツキカゲがついて歩く。
彼に「ここでお待ちください」と言うのも忘れ、机に座って自分のアイディア手帳に明日の予定を書き込んでいく。
「ねえ、リリー。私、変わるわ。見ていてね。ダイエットをして綺麗になるの」
(頑張ってね、カメリア。今度こそ諦めちゃ駄目よ!きっと貴女ならかわれるわ)
一人で呟いたり、人形に向かって笑う主人の背後に立ち、無表情でツキカゲは見守っていた。
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