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モンスターの襲撃から二週間と数日が経った。落ち着いている頃のはずなのに討伐の状況は知らされていない。それでもいつものように、私は朝食を終えて食堂を出るところ。

廊下を歩いていると向こう側から走ってきたのは、前に飴の試作をあげた雑用係の少年だった。目は涙を流しているし汗だくだし、どう見ても普通ではない。息を切らしながら私の姿を見つけると「奥様、イリオス様が!イリオス様が!」と叫んだ。

頭が真っ白になって駆け出した。

気がつけば屋敷の中で着る服のまま馬に乗って少年を私の後ろに乗せて走っていた。彼の道案内で馬を走らせた。
嫌な予感が膨れ上がっていく。それが恐怖なのか怒りなのか、自分でもよくわからない。だけどこれだけははっきりしてる。お願い、神様。イリオスを連れて行かないで。

馬を降りると聞こえて来た兵隊達の会話に私は飛びついた。

「王都から聖女様が来ていて良かったな。命を落とすだろうって言われて」「聖女様!?今どこで治療しているの?!」

「へ?は?あんた誰だ!?」

「私を知らなくって良いけど早く質問に答えなさいよ!聖女様はどこ!!?」

あんたの相手してる暇はないのよ!と肩を掴んで大きく揺さぶった。

「あ、あのお方ならあっちのテントの中に……っておい!!?」

「ありがと!!」

邪魔な兵士達を押し退けて一番大きなテントに向かって走る。

聖女様って言ったらゲームの中では悪役令嬢で私がライバル視していたあの子だわ。回復魔法のエキスパートだから総大将で重傷のイリオスを治療するに決まっているわ。

やっと到着したテントの中にはベッドや棚の上にたくさんの薬や魔法陣が描かれた布、それに医療道具や見たことのない大きな魔石なんかが置かれていて物凄く忙しそうだった。そこにいた人達も、私の格好を見るとぎょっとしていたけれど構わずに奥へ進む。

顔から足まで包帯を巻いてミイラみたいに横たわるイリオス。そして黒に近い紫色の髪をもつ聖女様は懸命に治癒魔法を施していた。
聖女様に付き添っていた兵士達は私の顔を見るなりギョッとして固まってしまう。
そりゃそうよね、おじさんの奥方が、それも正装姿に着替えず乗馬したままやって来たんだもん。びっくりよね。

「……クラティラス様?」

気付いてくれたのは、顔をあげた聖女様の方だった。目をまん丸に見開いて驚いている。

「どうやってここに入って来たんですか?このテントは関係者以外立ち入り禁止です。それに今は負傷者でいっぱいなんですよ?学園でのことで何か言いたいのでしたら」「ぉ、おっ、お願い!彼を助けて!私、何でもする!謝ってっていうなら何度でも謝るわ!土下座でも靴舐めでも何だってやる!だからお願い……」

聖女様の仕事を全うする彼女の姿をみて、喉が張り付いていたけどやっと口にした言葉。でもその途中で崩れ落ちてしまった私。

怖くて仕方なかった。前世の親や友達と会えなくなったときの悲しみよりも、王子様達に振られた時よりも、断罪されて家族から家を追い出されるように馬車に乗せられた時よりも、何より恐ろしかった。
私が作った下手な防寒グッズを使ってくれたり、忙しいのに何度もハーブ料理のお店に連れて行ってくれた。飴の試作を喜んでくれたことも、一緒にダンスをしたり、変な男達から守ってくれたことも全部思い出になるのかな。そんな風に考えるだけで、涙が止まらなかった。
もう二度とイリオスと話せなくなるなんて、絶対にいや。
だから必死で願うしかなかった。

イリオスの手を両手で握り締め、どうか私から奪わないでと、神様に祈る。
ふわりと温かい空気に包まれた。
私の愛の力が目覚めて、って言いたいところだけど私にそんなすごい力はない。聖女様が最大限の癒やしのを使ってくれた余波が私に来たからよ。
でも神様が私の願いを聞き届けてくれたのかと喜びかけたところで――。
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