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対峙 後編

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私の頭のなかで思い浮かんだ人とはどうか同姓同名の別人であって欲しいと願う。だって思い浮かべたのは龍一さんのお兄さんだし、あおいさんは不器用で不思議な人だけどすごく優しい人なのに。


しかしそんな願いは無残にも砕け散ってしまった。彼女は私の顔をまじまじと見ると「ああ、義理の兄になるものね」と言って手をポンと打ったのだ。まさかと思ったけど間違いなかったらしい。

恋愛小説が好きな私が想像するに「ボーイフレンドのお兄さんと何かの拍子に出会って恋に落ちるのだけど彼は既婚者で――」的な内容の小説のヒロインなのじゃないのかしら。
そうでもなきゃ世の男性全てが『私』のことを好きでずっと想ってるみたいな発言、痛々しくてできないもの。いろんな合コンにでていたみたいだし、きっと『黒髪の女性』と付き合っている『兄がいる男性』が出会いの場面をつくるのね。

何らかの方法で龍一さんが小説内のヒーローの弟だと知って、今日、とうとう直接私に言うという行動に出たんじゃないのかしら?聞いてみたいけど肯定の返事をされると思うと恐ろしくて聞けない。

黙り込んだ私に気が付いた黒原さんは勝ち誇ったような顔になった。

「いい?私は揺るぎなくこの世界のヒロインよ。彼は私の運命の人と会うための土台なの。小説内では彼が私に好意を持ってるだけでキスもしないんだから貸してくれてもいいでしょ?」
「龍一さんは物じゃありません!!数え切れないほどの数を譲って彼に好意を持って私から奪おうとしているならともかく、なんですか!?土台って!踏み台にするから彼氏貸して?バカじゃないですかっ!そもそも私はあなたのこと嫌いです!」

思わず大声で叫んでしまった。黒原さんは私の言葉にビクッとしたようだったが、すぐに強気に言い返してきた。

「うるさいモブ女が。私とちょっとでも彼が付き合ったら『どうせ魅力のない私なんか今後相手にされない~』って思ってたんでしょう?安心して。私がちょっと遊んであげた後は彼に貴女へ好意を持つように言ってあげるわ」
「いえ、結構です。龍一さんは貴女と遊ぶことはありませんから」

はあ?って顔をされた。いや、もうほんとうに何度言えば分かるのだろう。龍一さんが直接、言葉でも態度でも何度も断っているのに。

「それに龍一さんは私と恋人になる以前から他の女性に興味はありません。だからこれからも貴女の出る幕はないですよ。もし、仮に龍一さんが貴女に少しでも興味を持ったとしても私は正々堂々と彼に愛してもらう努力をします。貴女みたいに浮気の捏造なんてしませんから」

浮気をでっち上げてまで自分の都合のよい状況を作ろうとするなんて卑怯者。こんなことのために私達はデートの邪魔をされたのかと思えば悔しくてたまらない。怒りで肩が震えているのが自分でも分かった。私は彼女のことがますます嫌いになり睨みつけた。黒原さんが私を見て少し怯えた表情をしているのはこの際、可哀想なんておもわず無視しよう。

「……ねえ、私はヒロインよ。それなのになんで小説内に出てこないあんたが邪魔する権利はないのよ!」

怒りのあまり意味が変になってる言葉を彼女が叫ぶ。

「『ヒロインだから』って龍一さんを土台扱いされているのを納得するわけがない!絶対彼は離さないからっ!」

私も負けずに叫びかえす。
ヒロインのミサキが「ゲームの設定」なら彼女の相談役である私の幸せや悩みを一緒に考えてくれるのはなぜだというの。ミサキは『ゲームでライバルだった女の子たち』とも友だちになり、彼女たちの恋を応援している。一人の女子高校生として今を一生懸命生きている。なのに……なのに目の前の彼女は「ヒロイン」という言葉しか口にせず、私のことも「モブ」として扱い、ただの『物語の登場人物』扱いだ。
そんな彼女に負けたくないと思い、黒原さんをじっと見つめながら言った。

「私、モブじゃないです。吉永トモヨです。あなたにとっては私は物語の脇役以下かもしれないけど、私は私で大切にこの人生を生きているんです。ここは現実世界。だから誰一人小説のキャラじゃないんですよ!」

私と黒原さんの視線がぶつかる。お互い一歩も引かないといった気持ちがありありと感じられた。しばらくの沈黙のあと、先に目を逸らしたのは彼女だった。
黒原さんが「……フンッ」と言って立ち去る。その様子は龍一さんに貸してもらった小説内に出てくる「悪役令嬢のミサコ」そのもので、なんとなくおかしかった。

(ああ、よかった。なんとか帰ってくれた)

ほっと胸を撫で下ろすと同時に力が抜けていく。そして、私は地面にペタンと座り込んでしまった。黒原さんに怒鳴ったときの緊張と怒りとで一気に疲れが出てしまったようだ。まだ心臓がドキドキして落ち着かない。
会社の屋上で黒原さんと話しをし、さらに一人でぼんやりしていたせいでその日の内に私は風邪をひいてしまったのだった。
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