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お正月

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お正月。社長の奥さんに教えてもらった着付け方でミサキに振り袖を着せて、友だちと一緒に初詣に行く彼女とミールを見送った。
龍一さんは残念なことに学校の年始の見回り当番に当たってしまい、お休みがズレてしまった。
今日一日、私一人。だから龍一さんにお弁当の差し入れでも持って行こうかと悩む。迷った末にお正月にあいているお店はコンビニくらいだし、疲れているはずなのでおにぎりと温かい飲み物だけ持っていこうと思いつく。せめてご飯だけでも食べてもらいたいし……。

******

お弁当箱におにぎりと前に美味しかったと言ってくれた卵焼き、保温できる水筒にお茶。ランチバックに入れて持っていく。あらかじめメッセージで都合を聞くと昼は龍一さんのマンションに戻る予定だと返事が来たから、彼におにぎりとお茶の差し入れに行くことを伝えた。


初詣に行く人々に混ざって私は歩く。

「あ、あれ、ナガだ」
「ほんとだ。あれ?また雰囲気変わった?」

ミサキと同じ歳くらいの女の子達とすれ違った後、「ナガ」が学校の生徒につけられた龍一さんのあだ名だから気になってしまう。彼女達が立ち止まって話し始めるところだったので思わずスマホを見るふりをして足を止めてしまった。

「あー、ホントだ。なんか嬉しそうに歩いてるね」
「ナガが楽しそうなのは彼女と続いてるかららしいよ」
「へー意外。あの堅物教師にどんな女が引っかかったんだろ」
「さあ?やっぱ地味なんじゃない?メガネとかかけてたりして」
「じゃ、そろそろ行こっか。寒くてたまらん」

クスクスと笑う二人の女の子は賑やかなおしゃべりを続けながら神社の方向へと歩いて行った。

(実はその彼女はお二人のすぐそばにいたんです。なんて言えないけど)

道の反対側で龍一さんが歩いていて、私にはまだ気づいていない。プレゼントしたマフラーを使ってくれて嬉しいけど、街行く人のマフラーと比べるとやっぱり下手だなあ。と少し切ない気持ちになる。

龍一さんは寄り道せず、時々、マフラーを触って笑み浮かべるのを見ると嬉しくて私まで笑みを浮かべてしまう。私は彼の帰る姿を見ながら探偵気分で歩いていた。

******

「えっと、龍一さん。あらためまして、あけましておめでとうございます」
「明けましておめでとうございます。寒かったですよね。俺も今、帰ってきたところで。今からストーブと暖房つけますから暖まってください」

玄関に上がって私が最初に言ったのがこの言葉。電話で新年の挨拶はしたけどやっぱり新年の挨拶は直接したいもの。
龍一さんの部屋に入るなり私は驚いた。見間違いかと思うほどだった。なんせ龍一さんにもあおいさんの木彫りの黒犬が届いていたからだ。

「これ、あおいさんのですよね」
「俺の家には宅配業者が配る荷物が多すぎてミスしたらしくてクリスマスがすぎてから届きました」
「存在感がすごいですよね」
「トモヨさんと結婚したらこれが二本になるのか」

龍一さんの木彫りの犬も6匹が縦に並んでいる。総勢12匹、真顔の犬の置物が鎮座する新婚夫婦の家。とてもシュールだった。

「あ、コレ、メッセージしたおにぎりとお茶なんですけど」

私はランチバックを龍一さんに手渡してソファに座る。

「じゃあ、トモヨさんも一緒に」

そう言ってキッチンから2つのマグカップを持ってきてくれた龍一さん。隣に彼が座ってくれると急に暖かくなって手の先までポカポカしてきた。

「わざわざすいません。お腹すかせてきたんでいただきます」

蓋を取るときまで嬉しそうな横顔をみて胸がキュンとなる。キュンとする気持ちでいっぱいになって両手で緩む頬を隠す。
それに水筒に淹れて持ってきたお茶をわざわざマグカップに入れて飲む姿を見ているだけでなんだかドキドキしてくる。さっきの結婚したらという会話のせい?

「そういえばミサキさん達と会いましたけど、トモヨさんは着物じゃないですね」

龍一さんはおにぎりを半分くらい食べた所で思い出したように私を見て言った。

「振り袖って未婚の人が着る着物ですから」

そう言ったものの同じ会社で働く人の娘さんが成人前に結婚したけど、成人式では振り袖を着て同い年の夫と一緒に写っている写真を見せてもらったことがある。人それぞれ、幸せも服も違っていいのよ。

「プロポーズを受けてくれたトモヨさんのあの着物姿、また見れると思ったから。今度は俺のために着てきて欲しい」

照れくさそうに笑ってそんなことを言ってくれるから、私は龍一さんに抱きついた。龍一さんの温もりと私の身体の熱さが溶け合ってじんわりと心地よい体温になっていく。

「絶対、次は振袖着てきます」

そういった私のことを熱を帯びた目で捉えて口づけする彼。新年最初のキスはおにぎりの味がした。
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