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突然の訪問 その2

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*一週間後の日曜日の夕方*
龍一さんのマンションに向かう道中、私達の間に流れるのはいつもと違う沈黙。それは居心地の悪いものではなく穏やかな優しい時間だったと思う。マンションに着くと部屋の扉を開けて入るなり、龍一さんがくるりと私の方を向いて抱きしめてくる。会えなかった時間を埋めるための二人だけの時間。彼から伝わるぬくもりが嬉しくて背中に腕を回そうとした時だった。玄関先に置いてある荷物をみてふと疑問を抱く。

(龍一さん、「おまんじゅう」なんて買ってたっけ?)

ワンルームと玄関をつなぐ廊下を区切る室内ドアに人影が見えて私は「龍一さん、後ろの部屋に誰かいるっ」と小声で囁いた。するとその声を聞いた龍一さんは慌てて私の体を自分の胸の中に抱き寄せるとそのまましゃがみ込んでしまう。

「……トモヨさんは音を立てないように玄関から出てくれ。俺は部屋を確認してくる」

彼の意図を理解したけれど怖くて動けずにいると龍一さんは私の頭を優しく撫でて「俺は大丈夫だから早く」と言った。私はそれに従うしかなくて震える手足を無理に動かして四つん這いで外に出た。ドアにピッタリと耳をあてて、物音が聞こえると私は心臓の高鳴りを抑えることができなかった。

(……龍一さん、無事かな)

急にドアが私の体を押したので飛び退くように後ろに逃げる私。ドアからあらわれたのは今までで見た中でも一番げんなりとした顔をした龍一さん。
その後ろからひょっこりと顔を見せたのは彼のお母様だった。

「来ちゃった」

テヘペロと音が聞こえてくるような笑顔でそういうお母様。

「ごめん、トモヨさん。不安にして心配させて……一応、なにかあった時のために合鍵を実家に預けてたんだが……」

深いため息をつきながら「使うとは思わなかった」と言う龍一さんの姿を見て怪我がなくて良かったとホッとする。お母様に目線を向けると私の手を引っ張って「こっちの部屋へどうぞー」と言って連れ込まれた。龍一さんが後から追いかけてきたのだけどお構いなしに部屋の奥にあるベッドに座らされる。

「ごめんねー。前にあおいさんが突然行ったでしょ?先を越された!って思ってねー。意地悪継母ごっこがしたくていつか行きたいなって思ってたのよ。他の二人にもしたことがあるんだけど、あおいさんは「そうですか」って平然とするし、光一の嫁は「やーん、光一くーんとがいいですー」ばっかりであんまり面白い反応をしてくれなくてね?トモヨさんには期待してるわよ!」

そう言うと今度はお風呂場の脱衣所に消えた。私はもう訳がわからず呆気に取られて龍一さんの顔を見ると、彼は頭を抱えながら呻いている。

「母さんからは来週、来るって連絡があったから……まさか今日来るなんて思わないのに……悪夢だ」

私も二人っきりで残りの時間を過ごすつもりだったから、行き場のない思いに悶々として過ごすのかと思うと気が重い。私も気落ちしていることに気づいた龍一さんは私の横に腰かけるとそっと手を握りしめてくれた。

「ごめん。トモヨさん。次は綺麗な景色が見える場所でゆっくり過ごせるよう日帰り旅行を探すから……」

ずっと私に合わせて我慢してもらっているのに「寂しいから夜に時間を作ってくれ」や、「夜景がきれいなホテルの予約をとろう」など言わずにいてくれる優しさが嬉しいけれども……それが原因で別れる理由にならないかと不安で仕方ない。

「ごめんなさい。夜に会うことができなくて」
「? 何の話を?」
「昼間は会えるけど夜の時間が作れないから、その分、一緒にいられる時間が減って愛想を尽かすんじゃないかと心配になってしまって」

龍一さんがキョトンとしているのに気づいて私は自分で言ったことが恥ずかしくて顔が赤くなる。

「あっ、あー、その……結婚したら…………俺がすごく鬱陶しい男になるって覚悟だけはしていて欲しい」

二人で手を繋いだままベッドに座っているとふと視線を感じた。脱衣所に行ったお母様が廊下のドアの隙間からジッと私達を見ている。これってさっき宣言された意地悪継母ごっこをしているのかしら。


私は緊張しながらも勇気を出して声をかける。

「おかあさま」

ドア越しに声をかけると、隙間が大きくなって顔をのぞかせたお母様が目を大きくあけてニマ~っと笑った。

「母さん。いい歳なんだからフザケルのは止めてくれ。出来ればすぐに帰ってくれ」
「いいじゃないの~。新婚夫婦に嫉妬する義母の覗き見からのシャイニングよ。私の息子なら技が決まったドドン!コンボボーナスだドドン!くらい言いなさいよ」

意味不明の言葉で返事をされて龍一さんはさらにげんなりとしていた。挨拶に行ったときも名乗らせて貰えず困ったけど、私は今日も歓迎されているのかそうじゃないのか分からず、どうリアクションすれば良いのか困ってしまう。

「トモヨさん。今日は本当にありがとう。あと、ごめん。母さんに付き合わせたらいつ帰れるか分からなくなるんだ。ゆっくりしてもらいたかったけどこれから家まで送るから」

龍一さんはお母様との会話を諦め、立ち上がってそう言った。

「話を聞くくらいしかできないけど何かあったら電話してくださいね」

本当ならお母様とも話したいと言いたいところ。だけどお母様のことは龍一さんが一番知っていて私に帰るように言うのだから、ここで残って私にまで気を使って負担にならないよう素直に帰ることにした。

「本当にありがとう。俺の心の支えはトモヨさんだ。……母さん、トモヨさんを家に送って行くから」
「んもう、龍ちゃんったらせっかちね。トモヨさん、今度ゆっくり話しましょうね」

パタパタと手を振るお母様に見送られて私たちは玄関を出た。

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