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卵焼きは偉大 :龍一視点:

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今日の昼はトモヨさんが作ってくれたお弁当を食べ終わってホッとしていた。
このお弁当が自分のために作られた味だから嬉しい。そして俺のことを考えて一生懸命作った料理なんだと思うだけで胸の中がポカポカしてくるのだ。

「あ~、卵焼き、あ~、消えてしまった。一つくらい分けてくれてもいいじゃないっすか~」

隣の席を勝手に借りて座り、大きな体を丸くして落ち込んでいるのは男子の体育担当の谷先生だ。いつもの俺は買ってきたパンやコンビニ弁当なのに手作り弁当を持っているので気になると言って中身を覗き込み、美味しそう、いや美味しかった卵焼きを狙い谷先生は俺と攻防を繰り広げた。その結果、頑張って俺が勝てたのが何よりも安心した理由だった。

「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」

今頃は会社で頑張っているだろうトモヨさんを想いながら手を合わせる。その様子に正面のデスクでサンドイッチを食べていた氷川先生がクスリと笑った。

「長山先生、随分と性格が変わりましたね」
「そうですか?自分では変わった意識はないんですけど」

氷川先生にそう言われたものの自分が変わったのではなくて周囲の態度の方が友好的な方向に変わったと思う。それは俺の気持ちが穏やかになったというより、トモヨさんにカッコいい男に見られたくて外見に気を使うようになったから話しやすそうに見えているのだと考えている。

「ええ、なんというか目の表情が穏やかになりましたね。前髪が目にかからなくなったからでしょうか」
「それは、そう言われると自分でも変わったと思います」

前髪の長さへの指摘には俺も同意する。髪を切る前から生徒の前で怒鳴ったり感情的に話しをすることはないのに「睨んでいる」と性別に関係なく気の弱い生徒に泣かれて、怖がらせないよう笑顔を見せれば「怖い」とやっぱり泣かれる。だから教頭先生達に「ハラスメント講習会」の受講を勧められては通うことが多かった。
それが髪を切っただけで相手に自分の目が見えやすくなったからか、生徒が怖がりにくくなったので面倒がらずに髪を切ってもらいに理髪店に行くようにした。

「そんなことより俺は先生の弁当の卵焼きが気になるっす~。次はいつ卵焼き持ってくるんですかあぁ」

また泣き落としにかかる谷先生の口にはおやつ用に買ったミニドーナツを押し込んで黙らせた。この人は本当に食べ物のことしか考えていないようだな。どこかの妖精小僧のようだ。

谷先生が諦めてくれたと思ったのだが、次の日の昼休みも懲りずにやってきた。昨日はトモヨさんのマンションに泊まったから彼女にお弁当を作ってもらえただけで今日からはまた買ってきたパンになる。それを知らずにしつこく卵焼き狙いでやってきた。

「先生、今日からまた俺は買ってきた弁当やパンですよ」

呆れ気味に言った俺の言葉を聞いたのか、いないのか谷先生の視線は俺のパンを凝視している。さすがにこれは一つだけなので譲るわけにはいかない。

「なぜっ?弁当を作って来てないっすか。あんなにアピールされたら普通、卵焼きを沢山作って持ってくるのが常識じゃねえの?なんで長山先生はそんなに冷たいんだよおお」

大きな体を机に突っ伏して喚き始めた。もうこれは俺の手に負えない。卵焼きをあげたら静かになるだろうが、俺の昼はパンだ。周囲の先生も(困ったね)という顔で笑っている。他の先生たちの迷惑になるので誰が作ってくれたか説明してなだめるしかない。

「俺が弁当を作ったんじゃなくて婚約者が作ってくれた弁当なんで……」
「「「えっ?」」」

喚いていた谷先生も正面の氷川先生も周囲で俺の声が聞こえた先生達もが驚きの声を上げた。

「長山先生、婚約者がいたんですか。初耳ですよ」
「え?言ってませんでし、た、ね。」

同じ教室の担任と副担任だから言うべきかと悩んで、ミサキさんと氷川先生の間が気まずくなるといけないと思って頃合いをみて報告しようとして忘れていた。だからって箸を落としているのに気づかないほど驚かなくてもいいと思うのだが。

「先生、婚約者の彼女に頼んで合コンを開いてもらえませんか。可愛いか美人の巨乳希望です」

俺の肩に谷生が手を置いて「俺たち、親友だろ?」みたいな顔をした。さっきまでの卵焼きへの執着はどこへ消えたのだろうか。
この瞬間、俺は藤川と妖精小僧、俺の兄以外にも厄介な人間が増えたと感じた。
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