73 / 105
卵焼きは偉大 :龍一視点:
しおりを挟む
今日の昼はトモヨさんが作ってくれたお弁当を食べ終わってホッとしていた。
このお弁当が自分のために作られた味だから嬉しい。そして俺のことを考えて一生懸命作った料理なんだと思うだけで胸の中がポカポカしてくるのだ。
「あ~、卵焼き、あ~、消えてしまった。一つくらい分けてくれてもいいじゃないっすか~」
隣の席を勝手に借りて座り、大きな体を丸くして落ち込んでいるのは男子の体育担当の谷先生だ。いつもの俺は買ってきたパンやコンビニ弁当なのに手作り弁当を持っているので気になると言って中身を覗き込み、美味しそう、いや美味しかった卵焼きを狙い谷先生は俺と攻防を繰り広げた。その結果、頑張って俺が勝てたのが何よりも安心した理由だった。
「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」
今頃は会社で頑張っているだろうトモヨさんを想いながら手を合わせる。その様子に正面のデスクでサンドイッチを食べていた氷川先生がクスリと笑った。
「長山先生、随分と性格が変わりましたね」
「そうですか?自分では変わった意識はないんですけど」
氷川先生にそう言われたものの自分が変わったのではなくて周囲の態度の方が友好的な方向に変わったと思う。それは俺の気持ちが穏やかになったというより、トモヨさんにカッコいい男に見られたくて外見に気を使うようになったから話しやすそうに見えているのだと考えている。
「ええ、なんというか目の表情が穏やかになりましたね。前髪が目にかからなくなったからでしょうか」
「それは、そう言われると自分でも変わったと思います」
前髪の長さへの指摘には俺も同意する。髪を切る前から生徒の前で怒鳴ったり感情的に話しをすることはないのに「睨んでいる」と性別に関係なく気の弱い生徒に泣かれて、怖がらせないよう笑顔を見せれば「怖い」とやっぱり泣かれる。だから教頭先生達に「ハラスメント講習会」の受講を勧められては通うことが多かった。
それが髪を切っただけで相手に自分の目が見えやすくなったからか、生徒が怖がりにくくなったので面倒がらずに髪を切ってもらいに理髪店に行くようにした。
「そんなことより俺は先生の弁当の卵焼きが気になるっす~。次はいつ卵焼き持ってくるんですかあぁ」
また泣き落としにかかる谷先生の口にはおやつ用に買ったミニドーナツを押し込んで黙らせた。この人は本当に食べ物のことしか考えていないようだな。どこかの妖精小僧のようだ。
谷先生が諦めてくれたと思ったのだが、次の日の昼休みも懲りずにやってきた。昨日はトモヨさんのマンションに泊まったから彼女にお弁当を作ってもらえただけで今日からはまた買ってきたパンになる。それを知らずにしつこく卵焼き狙いでやってきた。
「先生、今日からまた俺は買ってきた弁当やパンですよ」
呆れ気味に言った俺の言葉を聞いたのか、いないのか谷先生の視線は俺のパンを凝視している。さすがにこれは一つだけなので譲るわけにはいかない。
「なぜっ?弁当を作って来てないっすか。あんなにアピールされたら普通、卵焼きを沢山作って持ってくるのが常識じゃねえの?なんで長山先生はそんなに冷たいんだよおお」
大きな体を机に突っ伏して喚き始めた。もうこれは俺の手に負えない。卵焼きをあげたら静かになるだろうが、俺の昼はパンだ。周囲の先生も(困ったね)という顔で笑っている。他の先生たちの迷惑になるので誰が作ってくれたか説明してなだめるしかない。
「俺が弁当を作ったんじゃなくて婚約者が作ってくれた弁当なんで……」
「「「えっ?」」」
喚いていた谷先生も正面の氷川先生も周囲で俺の声が聞こえた先生達もが驚きの声を上げた。
「長山先生、婚約者がいたんですか。初耳ですよ」
「え?言ってませんでし、た、ね。」
同じ教室の担任と副担任だから言うべきかと悩んで、ミサキさんと氷川先生の間が気まずくなるといけないと思って頃合いをみて報告しようとして忘れていた。だからって箸を落としているのに気づかないほど驚かなくてもいいと思うのだが。
「先生、婚約者の彼女に頼んで合コンを開いてもらえませんか。可愛いか美人の巨乳希望です」
俺の肩に谷生が手を置いて「俺たち、親友だろ?」みたいな顔をした。さっきまでの卵焼きへの執着はどこへ消えたのだろうか。
この瞬間、俺は藤川と妖精小僧、俺の兄以外にも厄介な人間が増えたと感じた。
このお弁当が自分のために作られた味だから嬉しい。そして俺のことを考えて一生懸命作った料理なんだと思うだけで胸の中がポカポカしてくるのだ。
「あ~、卵焼き、あ~、消えてしまった。一つくらい分けてくれてもいいじゃないっすか~」
隣の席を勝手に借りて座り、大きな体を丸くして落ち込んでいるのは男子の体育担当の谷先生だ。いつもの俺は買ってきたパンやコンビニ弁当なのに手作り弁当を持っているので気になると言って中身を覗き込み、美味しそう、いや美味しかった卵焼きを狙い谷先生は俺と攻防を繰り広げた。その結果、頑張って俺が勝てたのが何よりも安心した理由だった。
「ごちそうさまでした。とてもおいしかったです」
今頃は会社で頑張っているだろうトモヨさんを想いながら手を合わせる。その様子に正面のデスクでサンドイッチを食べていた氷川先生がクスリと笑った。
「長山先生、随分と性格が変わりましたね」
「そうですか?自分では変わった意識はないんですけど」
氷川先生にそう言われたものの自分が変わったのではなくて周囲の態度の方が友好的な方向に変わったと思う。それは俺の気持ちが穏やかになったというより、トモヨさんにカッコいい男に見られたくて外見に気を使うようになったから話しやすそうに見えているのだと考えている。
「ええ、なんというか目の表情が穏やかになりましたね。前髪が目にかからなくなったからでしょうか」
「それは、そう言われると自分でも変わったと思います」
前髪の長さへの指摘には俺も同意する。髪を切る前から生徒の前で怒鳴ったり感情的に話しをすることはないのに「睨んでいる」と性別に関係なく気の弱い生徒に泣かれて、怖がらせないよう笑顔を見せれば「怖い」とやっぱり泣かれる。だから教頭先生達に「ハラスメント講習会」の受講を勧められては通うことが多かった。
それが髪を切っただけで相手に自分の目が見えやすくなったからか、生徒が怖がりにくくなったので面倒がらずに髪を切ってもらいに理髪店に行くようにした。
「そんなことより俺は先生の弁当の卵焼きが気になるっす~。次はいつ卵焼き持ってくるんですかあぁ」
また泣き落としにかかる谷先生の口にはおやつ用に買ったミニドーナツを押し込んで黙らせた。この人は本当に食べ物のことしか考えていないようだな。どこかの妖精小僧のようだ。
谷先生が諦めてくれたと思ったのだが、次の日の昼休みも懲りずにやってきた。昨日はトモヨさんのマンションに泊まったから彼女にお弁当を作ってもらえただけで今日からはまた買ってきたパンになる。それを知らずにしつこく卵焼き狙いでやってきた。
「先生、今日からまた俺は買ってきた弁当やパンですよ」
呆れ気味に言った俺の言葉を聞いたのか、いないのか谷先生の視線は俺のパンを凝視している。さすがにこれは一つだけなので譲るわけにはいかない。
「なぜっ?弁当を作って来てないっすか。あんなにアピールされたら普通、卵焼きを沢山作って持ってくるのが常識じゃねえの?なんで長山先生はそんなに冷たいんだよおお」
大きな体を机に突っ伏して喚き始めた。もうこれは俺の手に負えない。卵焼きをあげたら静かになるだろうが、俺の昼はパンだ。周囲の先生も(困ったね)という顔で笑っている。他の先生たちの迷惑になるので誰が作ってくれたか説明してなだめるしかない。
「俺が弁当を作ったんじゃなくて婚約者が作ってくれた弁当なんで……」
「「「えっ?」」」
喚いていた谷先生も正面の氷川先生も周囲で俺の声が聞こえた先生達もが驚きの声を上げた。
「長山先生、婚約者がいたんですか。初耳ですよ」
「え?言ってませんでし、た、ね。」
同じ教室の担任と副担任だから言うべきかと悩んで、ミサキさんと氷川先生の間が気まずくなるといけないと思って頃合いをみて報告しようとして忘れていた。だからって箸を落としているのに気づかないほど驚かなくてもいいと思うのだが。
「先生、婚約者の彼女に頼んで合コンを開いてもらえませんか。可愛いか美人の巨乳希望です」
俺の肩に谷生が手を置いて「俺たち、親友だろ?」みたいな顔をした。さっきまでの卵焼きへの執着はどこへ消えたのだろうか。
この瞬間、俺は藤川と妖精小僧、俺の兄以外にも厄介な人間が増えたと感じた。
0
お気に入りに追加
85
あなたにおすすめの小説
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます
下菊みこと
恋愛
至って普通の女子高生でありながら事故に巻き込まれ(というか自分から首を突っ込み)転生した天宮めぐ。転生した先はよく知った大好きな恋愛小説の世界。でも主人公ではなくほぼ登場しない脇役姫に転生してしまった。姉姫は優しくて朗らかで誰からも愛されて、両親である国王、王妃に愛され貴公子達からもモテモテ。一方自分は妾の子で陰鬱で誰からも愛されておらず王位継承権もあってないに等しいお姫様になる予定。こんな待遇満足できるか!羨ましさこそあれど恨みはない姉姫さまを守りつつ、目指せ隣国の王太子ルート!小説家になろう様でも「主人公気質なわけでもなく恋愛フラグもなければ死亡フラグに満ち溢れているわけでもない至って普通のネグレクト系脇役お姫様に転生したようなので物語の主人公である姉姫さまから主役の座を奪い取りにいきます」というタイトルで掲載しています。
公爵令嬢の立場を捨てたお姫様
羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ
舞踏会
お茶会
正妃になるための勉強
…何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる!
王子なんか知りませんわ!
田舎でのんびり暮らします!
気がついたら自分は悪役令嬢だったのにヒロインざまぁしちゃいました
みゅー
恋愛
『転生したら推しに捨てられる婚約者でした、それでも推しの幸せを祈ります』のスピンオフです。
前世から好きだった乙女ゲームに転生したガーネットは、最推しの脇役キャラに猛アタックしていた。が、実はその最推しが隠しキャラだとヒロインから言われ、しかも自分が最推しに嫌われていて、いつの間にか悪役令嬢の立場にあることに気づく……そんなお話です。
同シリーズで『悪役令嬢はざまぁされるその役を放棄したい』もあります。
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
裏切りの代償~嗤った幼馴染と浮気をした元婚約者はやがて~
柚木ゆず
恋愛
※6月10日、リュシー編が完結いたしました。明日11日よりフィリップ編の後編を、後編完結後はフィリップの父(侯爵家当主)のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。
婚約者のフィリップ様はわたしの幼馴染・ナタリーと浮気をしていて、ナタリーと結婚をしたいから婚約を解消しろと言い出した。
こんなことを平然と口にできる人に、未練なんてない。なので即座に受け入れ、私達の関係はこうして終わりを告げた。
「わたくしはこの方と幸せになって、貴方とは正反対の人生を過ごすわ。……フィリップ様、まいりましょう」
そうしてナタリーは幸せそうに去ったのだけれど、それは無理だと思うわ。
だって、浮気をする人はいずれまた――
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる