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病院で
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龍一さんのお母様から教えてもらったお父様のこと。お父様は外科医で、天才的に腕が良いわけではない普通の外科医だそう。
今は病院で治療を受けているので入院中。50代という若さゆえに進行が早く、手術が難しいガンだから余命1年ほどだと覚悟して欲しいと言われたとのことだった。
龍一さんが病室に入るとお父様はすぐに私達の存在に気づいてくれた。ベッドに横たわりながら、龍一さんと私を見比べている。
「お邪魔します」
「こんにちは。お邪魔します」
人工呼吸器で息をする音。心電図の音。点滴の落ちる音。いろんな音がしているけれど、静かすぎる空気の中、お父様は横になっていた。顔に深いシワ。綿の柔らかそうな帽子を被り、側にあるテーブルには沢山のお守りや手紙の束。千羽鶴も飾られていて、龍一さんのお父様の人柄が見ただけで分かる。
「親父、来たよ」
龍一さんがそう声をかけると、ゆっくりと目を開けた。そして目だけを動かして私たちを見つめる。
「龍一、家を出たお前がいまさらなんだ?」
「死ぬ前に俺のお嫁さんになる人を会わせたかった」
「龍一さんとお付き合いさせて頂いています。吉永トモヨです」
「そうか、吉永さん、わざわざ来てもらってすまんが、私はこの通り元気だ」
「病人のジョークとか勘弁してれ。母さんに聞いて覚悟して来たんだ」
「……その通りだな。抗がん剤を投与したけど効かない。腫瘍が大きくなって肺に転移してしまった。放射線もやってみたが効果がない。打つ手なし、らしい」
お父様が力なく笑った。
「あとは奇跡が起きるのを待つだけだ」
続けて呟かれた言葉に「らしくないな」と龍一さんが返す。
「医者ほど信心深いものはいない。いつだって治療は奇跡だ。神よ、患者を救ってくれと願っている」
静かな哲学。
今、私と龍一さんが願う奇跡はお父様が元気になってもらうこと。
「そうか。俺は、親父が生きてくれればいいと思ってる」
「ありがとう。龍一、こんな時だけど一つ頼みがある」
「なんだ?」
「吉永さんを抱きしめてあげなさい」
「親父、何言ってんだよ。そんなの……」
「親の言うことが聞けないのか?ほら、初めて会う病気のオジサンのために悲しむ彼女を放っておくのか」
お父様の言葉に私が戸惑って龍一さんの顔を見ると、彼は仕方ないというようにため息をついた。そしてベッド脇の椅子に座って私に手を伸ばす。
「親父の前で、ちょっと恥ずかしいな」
龍一さんが私を引き寄せてギュッと抱き締めてくれた。お父様は微笑んでいて、私もそっと彼の背中に手を回す。
「龍一、息子全員の子供を見るまで死にたくないものだね」
私達はそっと体を離した。
「じゃあ、これつけとけよ。俺達が籍入れるのは三年後だから、それまで死なないように防御力を上げてくれ」
「三年も吉永さんと俺を待たすのか。1年ですら長いぞ。愛想つかされても知らんからな」
お母様にもつけてもらったペアリングの片方。薄い皮で包まれたその指に龍一さんがつけてあげるとブカブカで心悲しい。
龍一さんが少しの間、お父様の手を握って、そっと手を離すと立ち上がった。
「また来るからさ」
「そうだな。次は葬式だ」
「だから病人ジョークはやめてくれ。ずっと生きてくれ」
「そうです。私達、お父様が元気になるの待ってますから」
沢山の死と生をみた人だから達観されているのだろうけど、本当にそのジョークはやめて欲しいと私も思う。
龍一さんのお父さんとの面会を終えて、私達はそのまま病院を出て車に乗った。
今は病院で治療を受けているので入院中。50代という若さゆえに進行が早く、手術が難しいガンだから余命1年ほどだと覚悟して欲しいと言われたとのことだった。
龍一さんが病室に入るとお父様はすぐに私達の存在に気づいてくれた。ベッドに横たわりながら、龍一さんと私を見比べている。
「お邪魔します」
「こんにちは。お邪魔します」
人工呼吸器で息をする音。心電図の音。点滴の落ちる音。いろんな音がしているけれど、静かすぎる空気の中、お父様は横になっていた。顔に深いシワ。綿の柔らかそうな帽子を被り、側にあるテーブルには沢山のお守りや手紙の束。千羽鶴も飾られていて、龍一さんのお父様の人柄が見ただけで分かる。
「親父、来たよ」
龍一さんがそう声をかけると、ゆっくりと目を開けた。そして目だけを動かして私たちを見つめる。
「龍一、家を出たお前がいまさらなんだ?」
「死ぬ前に俺のお嫁さんになる人を会わせたかった」
「龍一さんとお付き合いさせて頂いています。吉永トモヨです」
「そうか、吉永さん、わざわざ来てもらってすまんが、私はこの通り元気だ」
「病人のジョークとか勘弁してれ。母さんに聞いて覚悟して来たんだ」
「……その通りだな。抗がん剤を投与したけど効かない。腫瘍が大きくなって肺に転移してしまった。放射線もやってみたが効果がない。打つ手なし、らしい」
お父様が力なく笑った。
「あとは奇跡が起きるのを待つだけだ」
続けて呟かれた言葉に「らしくないな」と龍一さんが返す。
「医者ほど信心深いものはいない。いつだって治療は奇跡だ。神よ、患者を救ってくれと願っている」
静かな哲学。
今、私と龍一さんが願う奇跡はお父様が元気になってもらうこと。
「そうか。俺は、親父が生きてくれればいいと思ってる」
「ありがとう。龍一、こんな時だけど一つ頼みがある」
「なんだ?」
「吉永さんを抱きしめてあげなさい」
「親父、何言ってんだよ。そんなの……」
「親の言うことが聞けないのか?ほら、初めて会う病気のオジサンのために悲しむ彼女を放っておくのか」
お父様の言葉に私が戸惑って龍一さんの顔を見ると、彼は仕方ないというようにため息をついた。そしてベッド脇の椅子に座って私に手を伸ばす。
「親父の前で、ちょっと恥ずかしいな」
龍一さんが私を引き寄せてギュッと抱き締めてくれた。お父様は微笑んでいて、私もそっと彼の背中に手を回す。
「龍一、息子全員の子供を見るまで死にたくないものだね」
私達はそっと体を離した。
「じゃあ、これつけとけよ。俺達が籍入れるのは三年後だから、それまで死なないように防御力を上げてくれ」
「三年も吉永さんと俺を待たすのか。1年ですら長いぞ。愛想つかされても知らんからな」
お母様にもつけてもらったペアリングの片方。薄い皮で包まれたその指に龍一さんがつけてあげるとブカブカで心悲しい。
龍一さんが少しの間、お父様の手を握って、そっと手を離すと立ち上がった。
「また来るからさ」
「そうだな。次は葬式だ」
「だから病人ジョークはやめてくれ。ずっと生きてくれ」
「そうです。私達、お父様が元気になるの待ってますから」
沢山の死と生をみた人だから達観されているのだろうけど、本当にそのジョークはやめて欲しいと私も思う。
龍一さんのお父さんとの面会を終えて、私達はそのまま病院を出て車に乗った。
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