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ポートワイン
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他愛もない話をしているうちに藤川さんが店員をしているバーに着いた。店の扉の前で長山さんは立ち止まる。
「どうしましたか?入らないんですか?」
「あ、の、今日は飲み過ぎず…約束を…」
「あ、それはもうあの時で懲りましたから大丈夫です。また長山さん達に迷惑をかけちゃいけないですし」
「んっ……」
私の返事を聞いて静かに頷いた長山さん。もうさすがにお酒の失敗はしたくない。
二人で店内に入る。中に入るとカウンター席の他にテーブル席があって、幾つかはお客さんで埋まっていた。
「あ、いらっしゃいませ。吉永さん、お久しぶりですね」
カウンターの奥で穏やかに笑う藤川さん。今日は別の渋い店員さんもいる。せっかくなので長山さんと並んでカウンターに座った。
「こんばんは。あの、前に来た時はすいません。お店のなかで酔いつぶれちゃって…」
「ああ、いいよ。いいよ。お酒の店ではよくあることだから。吉永さんは無事に帰れたみたいで良かった」
「いつもの。彼女にはアルコールが低いカクテルをお任せで」
長山さんがお酒の注文をすると藤川さんの片まゆが跳ね上がった。
「あんた、空気読めって。今、吉永さんと話しているだろ」
「藤川君、君も空気を読もうね。そんな話し方では他のお客様が落ち着かないだろう?」
渋い店員さんが穏やかな口調で言うと、藤川さんは失敗したと言うように小さく舌を出した。
「あ、はい。申し訳ありません。お客様、ごゆっくりどうぞ」
「それでよろしい」
店員さんが微笑むと長山さんは苦笑いした。
「マスターに絞られるのは相変わらずのようだな」
「仕方がないですよ。僕は口下手だし、それにマスターは僕がここを辞めたら困るでしょう?だからああやって鍛えてくれてるんですよ」
「お前が辞めてもマスターは困らないだろ。俺からのクレームを聞かなくて清々するんじゃないか」
「お前、後で覚えてろでございます」
二人の漫才のような会話を聞きながら私は店員さんだと思ってた、マスターが作ってくれたカクテルを飲む。ほんのり甘くて美味しい。前に飲んだカシスオレンジとは違う角のない優しい味がする。
「この前もそうだったけど、吉永さんは本当に美味しそうに飲んでくれるね」
藤川さんが私に話しかけてくれた。
「カクテルはよく分からないんですけどすごく美味しいですよ」
「ありがとうございます。うちはマスターの料理もお酒も自慢なんだよ」
そう言ってウインクしてくれる藤川さん。なぜか手で払いのける仕草をする長山さん。二人のやりとりは見ていて楽しいのだけど今日は藤川さんに静かにしてほしいと思ってしまった。
「藤川君、向こうのお客様のグラスが空いてるよ。相手をしてあげて」
私の心の中の声を読めるのかしら?にっこり笑って藤川さんに仕事を振るマスター。笑顔なのに迫力があるわ。やっぱりお酒を扱う仕事って胆力がつくのかしら。
「はーい」
藤川さんは素直に従ってカウンターから出て行った。
しばらく無言の時間が流れる。でも嫌な感じじゃない。長山さんも同じなのか黙ったままだけど落ち着いた顔をしていた。
「あの、長山さん」
「ん?」
「私、長山さんとお付き合いしたいです。ダメですか」
自然に出てしまった私の言葉を聞いた長山さんは目を見開いて固まってしまった。そして、すぐに首を縦に振った。
「……全然、ダメなんかじゃ、ない……」
「よかった。長山さんが私のことを好きになってくれたら嬉しいなってずっと思ってました」
「あ、あの……」
「はい?」
「俺は……本当に……吉永さんと……付き合っていい存在…なのですか」
不安そうな顔で私を見る長山さん。
「私、もっといろんな長山さんがみたいです。だから……これからも仲良くしてください」
「は、はいっ!」
大声で返事をしたと思ったら急に黙り込む長山さん。その姿を見ているとなんだか胸の奥が熱くなる。
「ふふっ。おめでとうございます。これは私からのお祝いです。長山さんから素敵な恋人にお渡しください」
ワイングラスに注がれた赤いワインを長山さんがマスターから受け取る。長山さんから差し出されたワインを私は受け取った。
軽く香りをかぐと詳しくない私でも分かる複雑な香りがする。そっと口をつければイメージしていたワインの味と違って甘みがある。だけどアルコールがしっかり効いている。
「ワインって苦手なんですけどこれは甘みがあって飲みやすいですね」
ここでサラリと表現できればいいのだけどお酒の褒め方が分からない私は感じたままにマスターへ味の感想を伝えた。
「ポートワインというんです。お二人が末永く幸せでありますようにとおまじないをかけてあります」
マスターの粋な計らいに私は感激して目が潤んでしまう。長山さんは茹でたタコのように真っ赤になっている。
「マスター、それ、本当に効果が…?」
長山さんの疑問にマスターは微笑んだ。
「どうでしょう?おまじないの効果は愛の女神とお嬢さんのみぞ知ることですね」
意味深なマスターの言葉。飲むと甘くて頭の中がふわふわするワインは恋みたい。今日はとても素敵な日になった。
「どうしましたか?入らないんですか?」
「あ、の、今日は飲み過ぎず…約束を…」
「あ、それはもうあの時で懲りましたから大丈夫です。また長山さん達に迷惑をかけちゃいけないですし」
「んっ……」
私の返事を聞いて静かに頷いた長山さん。もうさすがにお酒の失敗はしたくない。
二人で店内に入る。中に入るとカウンター席の他にテーブル席があって、幾つかはお客さんで埋まっていた。
「あ、いらっしゃいませ。吉永さん、お久しぶりですね」
カウンターの奥で穏やかに笑う藤川さん。今日は別の渋い店員さんもいる。せっかくなので長山さんと並んでカウンターに座った。
「こんばんは。あの、前に来た時はすいません。お店のなかで酔いつぶれちゃって…」
「ああ、いいよ。いいよ。お酒の店ではよくあることだから。吉永さんは無事に帰れたみたいで良かった」
「いつもの。彼女にはアルコールが低いカクテルをお任せで」
長山さんがお酒の注文をすると藤川さんの片まゆが跳ね上がった。
「あんた、空気読めって。今、吉永さんと話しているだろ」
「藤川君、君も空気を読もうね。そんな話し方では他のお客様が落ち着かないだろう?」
渋い店員さんが穏やかな口調で言うと、藤川さんは失敗したと言うように小さく舌を出した。
「あ、はい。申し訳ありません。お客様、ごゆっくりどうぞ」
「それでよろしい」
店員さんが微笑むと長山さんは苦笑いした。
「マスターに絞られるのは相変わらずのようだな」
「仕方がないですよ。僕は口下手だし、それにマスターは僕がここを辞めたら困るでしょう?だからああやって鍛えてくれてるんですよ」
「お前が辞めてもマスターは困らないだろ。俺からのクレームを聞かなくて清々するんじゃないか」
「お前、後で覚えてろでございます」
二人の漫才のような会話を聞きながら私は店員さんだと思ってた、マスターが作ってくれたカクテルを飲む。ほんのり甘くて美味しい。前に飲んだカシスオレンジとは違う角のない優しい味がする。
「この前もそうだったけど、吉永さんは本当に美味しそうに飲んでくれるね」
藤川さんが私に話しかけてくれた。
「カクテルはよく分からないんですけどすごく美味しいですよ」
「ありがとうございます。うちはマスターの料理もお酒も自慢なんだよ」
そう言ってウインクしてくれる藤川さん。なぜか手で払いのける仕草をする長山さん。二人のやりとりは見ていて楽しいのだけど今日は藤川さんに静かにしてほしいと思ってしまった。
「藤川君、向こうのお客様のグラスが空いてるよ。相手をしてあげて」
私の心の中の声を読めるのかしら?にっこり笑って藤川さんに仕事を振るマスター。笑顔なのに迫力があるわ。やっぱりお酒を扱う仕事って胆力がつくのかしら。
「はーい」
藤川さんは素直に従ってカウンターから出て行った。
しばらく無言の時間が流れる。でも嫌な感じじゃない。長山さんも同じなのか黙ったままだけど落ち着いた顔をしていた。
「あの、長山さん」
「ん?」
「私、長山さんとお付き合いしたいです。ダメですか」
自然に出てしまった私の言葉を聞いた長山さんは目を見開いて固まってしまった。そして、すぐに首を縦に振った。
「……全然、ダメなんかじゃ、ない……」
「よかった。長山さんが私のことを好きになってくれたら嬉しいなってずっと思ってました」
「あ、あの……」
「はい?」
「俺は……本当に……吉永さんと……付き合っていい存在…なのですか」
不安そうな顔で私を見る長山さん。
「私、もっといろんな長山さんがみたいです。だから……これからも仲良くしてください」
「は、はいっ!」
大声で返事をしたと思ったら急に黙り込む長山さん。その姿を見ているとなんだか胸の奥が熱くなる。
「ふふっ。おめでとうございます。これは私からのお祝いです。長山さんから素敵な恋人にお渡しください」
ワイングラスに注がれた赤いワインを長山さんがマスターから受け取る。長山さんから差し出されたワインを私は受け取った。
軽く香りをかぐと詳しくない私でも分かる複雑な香りがする。そっと口をつければイメージしていたワインの味と違って甘みがある。だけどアルコールがしっかり効いている。
「ワインって苦手なんですけどこれは甘みがあって飲みやすいですね」
ここでサラリと表現できればいいのだけどお酒の褒め方が分からない私は感じたままにマスターへ味の感想を伝えた。
「ポートワインというんです。お二人が末永く幸せでありますようにとおまじないをかけてあります」
マスターの粋な計らいに私は感激して目が潤んでしまう。長山さんは茹でたタコのように真っ赤になっている。
「マスター、それ、本当に効果が…?」
長山さんの疑問にマスターは微笑んだ。
「どうでしょう?おまじないの効果は愛の女神とお嬢さんのみぞ知ることですね」
意味深なマスターの言葉。飲むと甘くて頭の中がふわふわするワインは恋みたい。今日はとても素敵な日になった。
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