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☆★☆☆★☆
その日の夜、ヴァンヴァイド様に酒の相手をして欲しいと呼ばれて彼の寝室でお酌をする。僕の年齢は成人なんだけどお酒を受け付けない体質だった。

「あの、ヴァンヴァイド様」

「どうした」

小さな机で向き合って飲むお酒のかわりに飲むジュースの味は緊張して正直分からない。初夜はないって分かっていてもお酒の勢いで、とかあるかも。

「あの、その、今日は……」

彼の目が僕の方に向けられた。怒っていないだろうけど怒っているように見える。

「……」

「…………」

「……」

「今日は何だ?」

「いろいろとありがとうございました」

「ああ、気にしなくていい」

お礼は言えた。あとは魔王様のことを想っていないって誤解を解こう。彼から変な噂が人間界に広まっても困るし。


……言えなかった。もしかしたら僕が魔王様を想っているからヴァンヴァイド様は安心して淫魔の僕と生活ができるのかもしれないってふと思うと言葉が喉に張り付いてしまった。

ヴァンヴァイド様は黙ってグラスを傾けて中身を飲み干す。そしてそれを机に置いた。
彼が僕をじっと見つめてくる

「っ、な、なんでしょう」

「いや、綺麗な瞳だと思ってな。髪の色も珍しい。人間とは違う、目を離せない色だ」

「ヴァンヴァイド様の髪も綺麗だと思います」

彼の焦げ茶色の髪。あまりお手入れされていないようだけどその割には枝毛がなくて綺麗だ。

「そうか」

彼は手を伸ばして僕の髪を一房掬って指先で弄ぶ。

「……あ、の」

「何だ」

「……なんでもありません」

「そうか」

そしてまた無言が続く。ヴァンヴァイド様が自分でお酒をコップに注ぐ音が聞こえた。お酒に強いのか結構飲んでいる。僕も飲めたら舌が回って話を盛り上げられたかな。

こういう気まずい時は旦那様になった人へ魔法の言葉を伝えるとすごく良くなるって教えてもらった。

「あ、あの!」

僕は意を決して口を開いた。

「ぼ、ぼく、僕は、ヴァンヴァイド様のこと好きだからもっと知りたいです」

好きって言葉は気持ちを込めて唱えると心を開く魔法の言葉だとお母様が言っていた。僕は愛や平和って言葉は苦手だけども『好き』や『大好き』は大好きなんだ。

薄く開いた唇からは何も音がでない。鋭さが消えた目だけが僕を見ている。

「ぁ、の……えっと、ヴァンヴァイド様?」

彼は手に持っていたグラスを置いて、椅子から立ってゆっくりと僕に向かって近づいてくる。

「キミは政治のための結婚だから、その言葉を言っているのか?」

彼の手が肩と頬に触れる。

「それとも本気なのか?」

僕が見上げる彼の顔には無愛想で不機嫌そうな表情だけだった。

「俺のことが好きだとしてもだ。今日、いろいろと買ってやったが昼間に話した通りそう何度も買い与えることはできないぞ。どんなにキミが甘えてこようと貢ぐことも贅沢もさせられない」

「僕、着飾るのもお化粧も楽しいけども服はお姉様や時々はお兄様達のお下がりでした。僕の持ち物は結婚の時にもってきたカバンだけなんです。あんなにたくさん買ってもらえたらもう十分です。お母様はたくさんの配下を抱えてお仕事をしているけども貴族出身じゃない、いわゆる成り上がりなんで今の生活は十分に贅沢な生活です」

「キミは代々続く貴族の家の出身だと事前に聞いていたんだが」

「それはお父様達のほうです。でも淫魔族は女系というか、性別に関係なく『子供を生んだ親』に子供は属するんです。人間に合わせて分かりやすく説明するなら『女系一族』っていうのかな。えーっと『産んだ親』が重要なんです。淫魔は僕みたいに複数の悪魔が父親だと名乗る子やお父さんを知らない子も普通なんです。だから確実に分かる、子を産んだ親が一番なんで……」

僕が話をしている間、ずっとほっぺや頭を撫でてくるんだけど褒められる話をしてないとおもうんだけどなあ。

「だから僕、今日のお買い物、本当に嬉しかったんですよ。初めて僕個人にくれたプレゼントだったんで。それにね、今日は僕のためにいろんなところに連れて行ってくれてとても楽しかったです。お買い物ができなくてもこれからたくさんお出かけしたいです」

「俺は人間だから来週からまた仕事があって今日のように連れて行ってやるのは難しいが、そうだな。近場でいいなら一緒に出かける時間を作ろう」

「はい!楽しみにしてます」

「ところで、だ。そろそろ家名での呼び方をやめないか?俺達は夫婦になるんだ。名前で呼び合う方がいい」

「じゃあ、ロードリック様!」

「~~~っ」

僕がにっこりと笑って呼ぶと彼は少しだけ口元を緩めたかと思うと顔をそむけてしまった。さっき笑ったんだよね?

「それで、その、あの……ロードリック様?」

あれ?おかしいな?名前を呼ぶだけでこんなにも恥ずかしくてドキドキするなんて聞いていないよ。
ヴァンヴァイド様、じゃなかったロードリック様が僕を抱きしめた。

「ふあっ!?」

「……すまないが、このままで居させてくれ」

耳元で囁かれる声は優しくて僕は小さく返事をした。

「は、はい」

こうして僕はヴァンヴァイド様改めロードリック様と少しだけ仲良くなることができた。

☆☆★☆☆

三日目も早くに目が覚めた僕はキッチンに向かった。
ロードリック様がキッチンの道具を使っているのを見て使い方は分かったから今日こそは朝ご飯を作って胃袋を掴むぞ~!

★★

卵焼きは一個ちょっと崩れちゃった方を僕のに、黄身まで火が通ってしまったけど綺麗に焼けた方を彼のにした。
問題はトースト。チーンッて鳴って美味しく焼けたパンができる道具を使ったのに真っ黒に焦げてしまった。
卵焼きみたいに失敗した一枚目は僕のパンにして、二枚目に挑戦したんだけどやっぱり真っ黒に焼けてしまう。黒焦げ……パンの、に、二枚くらい食べれるから大丈夫。

3枚目は魔界でいた時と同じようにフライパンを使って焼いたら上手にできた。

「おはよう。アレックス」

眠たそうな声がした方を見るとパジャマ姿のロードリック様が立っていた。

「あ、おはようございます。ちょうど卵焼きとトーストできてますからどうぞ」

飲み物は紙の箱に入ってるコーヒーをコップに入れて出した。
二人で食事前の挨拶をして食事をはじめようとしたんだけどロードリック様は黙って僕と自分のパンを皿ごと交換してしまった。

「そっちは僕のですっ。失敗作ですから気にしないでください!」

「見た目が悪いだけだから問題ない」

「見た目どころか真っ黒こげの炭の味しかしませんから、食べる物を悪くしたから僕が責任もって食べるんです」

「食べれればいいんだ」

「でも、ダメですよ、美味しくないですし」

僕がお皿を入れ替えようとするより先に眉間にシワを寄せてこげこげパンをロードリックさんが食べちゃった。

「ちょ、ちょっと」

「確かに苦いな」

「だから言ったじゃないですか」

「だが、食べられないほどじゃない」

ガリゴリと焦げたパンから音が鳴ってる。

「そんな無理して食べなくても」

「キミが作った物だ。食べられる」

焦げたパンをどっちが食べるかでこんなに人間が強情だとは思わなかった。

「目玉焼きは上手く焼けたんだな」

「目玉焼き?卵焼きですよ」

お互いに見つめ合ってしまった。

「これは、まあ卵を焼いたものだが、目玉焼きというだろう」

「え?、目玉焼きと言ったら海キメラの目玉をホイル焼きにしたものですよ」

「……そうか。人間界には海キメラがいないからこれが一般的な目玉焼きなんだ」

「ええ?海キメラいないんですか?美味しいのに」

「……」

魚の体と蛇の頭、鳥の足を持ってる不思議な見た目だけど体と足、そして目玉が美味しいんだ。僕は好きじゃないけど頭は揚げ物にして骨ごとバリバリ食べる。

「話は変わるが昨日も朝に台所にいたな。料理が好きなのか」

「作るより食べる方がすきです。でも、お姉様達やお
兄様達のお世話はしていたので慣れてます」

「そうか」

「はい。それに僕、愛人修業の一環で家事もやってました」

「愛人修行?」

「僕、生まれてから魔王様の愛人候補として育てられたんです。12歳の時に友達の喧嘩に巻き込まれて魔法で体型が変わったまま体の時間が止まって、大人になってもずっと太った子供のままの外見なんです。だから魔王様の好みじゃないから愛人に選ばれなかったんですよ」

そして当時の僕の目論みは半分外れて、この外見ならモテなくなると思ったのに可愛い顔のおデブちゃん好きの悪魔達から誘拐されそうになったりしてモテることには変わりなかった。

「愛人として魔王様の手足となり盾となれるように、お屋敷の掃除や洗濯や炊事、お裁縫やお勉強なんかももしたんですよ。候補で終わりましたけどね」

「魔王の愛人だったのではなかったのか」

「いえ、愛人候補です。僕、魔王様と会ったことは片手で数えれるくらいですし指も触れたことがありません。魔界に住んでいたし表向きは魔王様の愛人になりたいなんて言ってましたけど……正直に言うと僕は魔王様の愛人になりたくなかったんです。僕、ハーレムやいろんな愛憎とか身近に見ていたんでそういうドロドロとした世界に入りたくなかったんで」

「…………」

「愛人にはならなかったけど淫魔として経験ゼロだしロードリック様と結婚することになったからどうしようって思っていたんですけど優しい旦那様だから安心しました!」

少し頬を赤くして黒焦げパンを食べるロードリック様。僕も自分で焼いた卵焼きを食べる。

「ごちそうさま。朝食ありがとう」

「はい!こちらこそ、ごちそうさまでした」

僕は食器を台所に持っていき食器を洗って片付けを始めた
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