上 下
2 / 37

しおりを挟む
☆★☆☆★☆

僕の働き先は人間の家。いや、正確には人間界に派遣された魔族と人間界との諍いを収めるため人間への淫魔身御供と言った方が正しいかも。
魔王様の部下によると

「よろしいですか。魔王様の臣下でもある魔族が人間界の一部を支配しているのですが、近年、人間との攻防で彼等の軍事力はかなり削がれてしまいました。それは向こうも同じことで和平交渉がもちかけられたんです。人間と魔族の共生などおかしいと思いでしょうが、異世界では前例が幾つかありましてね。それに習って和平同盟の整備を進めるとどうしても魔族と人間が仲良しアピールをする必要になります」

魔界や僕が知る人間界とは違う人間の異世界の話まででてきて僕は目が回りそうだけど頑張って話を聞いた。

「だから美しき淫魔の貴方は、人間に嫁ぎ人間達を骨抜きにしてください。つまり魔族側が優位の結婚をして和平を結んでいるとアピールするのです。そのためにあなたにはまず夫になる人間に抱かれてきてください。淫魔らしくあらゆる手段を投じて下僕へと堕とす男です。あとは次々に人間を手中に納めて魔界のために働く配下を増やしてください。名門淫魔の家の血筋で頑張ってくださいね」

そりゃ、僕は独特の魅力があるって言われるよ。ぽっちゃり少年体型と女の子のような童顔だから。
僕の見た目はラベンダーアッシュのサラサラロングヘアと同じ色の大きな目。この髪の色がお母様譲りで魔界でも珍しくて、お母様の元で働くお姉さま達が羨ましがってくれた。
さらに顔は子供の頃と変わらず女子みたい顔のままだ。呪いの力で思春期前に成長が止まってしまったから骨格は未熟な少年。しかもぽっちゃりというかおデブゆえに胸には脂肪がついて女性のように見える。とはいえお腹も出ているしお尻も脂肪たっぷりだ。

魔王様の愛人からは外れたけど魔王様の駒になるなんて……はぁ。

「お話は分かりましたし断るつもりはないんですけど……僕は男ですし、経験がない淫魔でいいんですか?」

「魔族は性別にこだわりませんし、人間側にも譲歩していただけねば和平は維持できないというのを知っていただけねばなりませんからね。その代わり、こちらは魔王様の側近となれる実力者であり、魔王様への忠誠を示すために汚れを遠ざけている淫魔を人間族との平和のために差し出すと伝えています」

それは嘘だ、とも言いにくいなぁ。魔王様への忠誠なんてあんまりないけどそんなこと言ったらやっぱり首が物理的に飛んじゃう。

「あなたは外見で魔王様の愛人候補で終わりましたが、魔王様をお支えするための教育を受けてきたいわゆるエリートの魔族。その知識を存分に活かし、人間界の政治を魔王様のために納めていってもいいのですよ?」

うぅ。確かに僕は勉強ばかりしてきた。魔王様の愛人になって常にお傍にいれるよう魔王様の盾となるための訓練も受けてきた。

お母様やお父様達は僕の意思を尊重してくれたけども教育係達やお姉様達は僕の呪いが解けたら魔王様の愛人になれるかもしれないって思っていたから他の子達より厳しい訓練も受けさせられた。
それが魔王様の愛人候補から外れた途端に今度は政治に使えそうだからってこんなことに……。

僕は目の前の悪魔の微笑みに逃げることもできず、ただ従うしかなかった。

☆★☆☆★☆ 

そして結婚式当日。結婚相手の情報として僕に教えられたのは40歳という年齢と仕事は魔法の研究者。闇属性の魔力持ちってこと。

この世界はすごく技術が発展していて写真や動画という姿を見れるものもあるのだけど結婚相手はそれが嫌いで僕は姿絵すら見たこと無い。
だからこの日が僕にとっても結婚相手の人間にとっても初の顔合わせ。
焦げ茶色の肩まで伸ばした髪に、光の宿らない煤けたような茶色の瞳。見下ろす鋭い目つきは悪魔も素足で逃げたくなるくらい怖い。
それになによりも体格が僕と真逆。背が高くて細くて筋肉質。まるで狼のような人だ。

考え事をしていても続く悪魔と人間の政略結婚式。この世界には男性用ドレスはほとんどなくて女性用の既製品すら胸、腰、お尻のバランスが合うサイズを探すのに時間がかかり、お化粧はファンデとチークつけ過ぎ、口紅の色も真っ赤だし、僕の自慢のロングヘアも適当な仕上がりでがっかりだった。これなら化粧だけでも自分でしたほうが綺麗なんだけどな。

式場は街の体育館だから魔族に配慮されているといえばそうなんだろし悪魔との結婚式を執り行うのは神父や牧師、導師など神様関係の職の人ではないらしくスーツを来たちょび髭のおじさんだった。

「ネオヒューン国代表ロードリック・ヴァンヴァイドと悪魔族代表アレックスは人間族と悪魔族の平和と繁栄の模倣となる家族になると誓いますか」

脂汗を額ににじませながらおじさんが言う。。

「誓います」
「誓います」

うーん、なんか背中がムズムズしちゃう。エッチなことは遠ざけられたけど愛や平和って言葉はやっぱり苦手だ。

「では婚姻の証である指輪を新婦の指に新郎がはめてください」

美しい刺繍入りのスーツ姿の女性が恭しく指輪の箱を持ってきてくれた。この国では新郎から新婦にだけ指輪をつけてあげる。
なんでも昔、戦争後に貧しかった男性は彼女と結婚式ができなかったけど愛の証として自分の名前を彫った指輪を贈ったことから『婚姻の証』の定番になったらしい。僕につける指輪はプラチナ製で小さなダイヤモンドらしき宝石がついている。そして彼のロードリックという名前も彫られてた。
僕の指のサイズに合わせてあるらしく、左手の中指にはめてもらうとピッタリだった。

僕達の住む魔界では中指に指輪をつけられると力を封印される。だから、あ、この人、悪魔のこと知っているんだって思った。
これは夫婦内での順位は人間側が上だっていう宣戦布告なのかな。僕的には魔族も人間のこともあんまり興味がないし痛いことも怖いこともされないならどっちの立場が上でも良いんだけどね。

「続いて、新婦によるキスで永遠の愛を誓ってください。これは公衆の面前で夫婦となったことを誓うためのものですからね」

これは指輪をもらった彼女も貧しくて自分の身ひとつだけしかないから永遠の愛を誓って貧しかった男性にキスをしたかららしい。

「はい……」

僕は緊張しながら相手をみた。肩幅くらいに足を広げ、膝を曲げてそこに手をつき背を軽く丸めている。身長差に配慮してくれるのはありがたいけど、そんな姿勢だと顔が近すぎてますます怖く見えるよぉ。
僕は意を決して彼の頬に唇をつけた。柔らかくて意外と温かくてちょっと安心する。

「これで貴方は夫に永遠の愛を誓ったことになりました。お幸せにっ」

ちょび髭のおじさんもクライマックスで疲れが限界まできているのか声が引きつっている。

「は、い」

僕はそう返事をするので精一杯だった。
祝福の言葉に僕の夫になった人は俯いたまま「ありがとうございました」とお礼を言う。隣で不機嫌そうな彼の気持ちも分かるよ。おめでとうと言われても嬉しさなんてないもの。

結婚式が終わったあとは着替えをしてそのまま場所をこじんまりとしたレストランに移動して二次会になった。立食パーティー形式で、テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいる。
僕は夫になったヴァンヴァイド様と腕を組んでお祝いの言葉を貰いながら会場を歩いて挨拶していく。ああ、美味しそうなご飯がすぐ近くにあるのに食べれないなんて……。
ご馳走を横目にニコニコ笑ってヴァンヴァイド様の会社の同僚達にもご挨拶。人よりもご馳走にしか興味がなくてほとんど聞き流していた。

ただ一人だけ、僕の背中がゾワリとして無視できない人間がいた。桃色のキレイな髪の女の子。彼女は人間の救世主、いわゆる聖女だ。彼女の周りは光に包まれていて眩しいくらいに輝いている。
周りには男女問わず集まっていて主役の僕達よりも彼女が真の主役状態だ。
魔族と人間の結婚に普通は来ないと思うんだけどこれも和平同盟のアピールのためかな? 聖女と魔族が談笑できる関係ですよってかんじの。
僕も魔王様の愛人候補として育てられてきたから人間界の知識はある。だから聖女のこともよく習ってる。普通、聖女は神様から「魔族から人間を守りなさい」と力を授けられ光属性の魔法を使えて魔族を目の敵にしている。気品があって高潔で清らかで可憐な少女と聞いていたけど目の前の子はちょっと傲慢な感じ。

「あなたがアレックスさんですか。私、フローラ・ローゼンバーグといいますわ。以後よろしくお願いします。……あら、そちらの方は?」

「ロードリック・ヴァンヴァイドです。アレックスの夫になります」

いつの間にか背後に立っていたヴァンヴァイド様が聖女に挨拶をした。僕は話すタイミングを失ってちょっと焦りながら口を開く。

「初めまして、フローラ様。私は魔界からやってきましたアレックスです。こちらこそどうぞ宜しくお願い致します」

僕は丁寧に頭を下げた。

「ふーん、本当に魔族の方が人間の花嫁になるんですのね。でも、人間と魔族が争うのはもう終わりにしてお互い助け合えるような関係を築けたら素敵ですね」
フローラはそう言って微笑んだ。
その笑顔はすごく綺麗。まあ、僕のお姉様達にはこれくらいの笑顔の持ち主はいっぱいいるから見慣れてるけどね。

「えぇ、僕もそう思います。ただ、今はまだお互いに憎しみ合っている部分もあると思います。しかし、いつかきっと分かりあえる日が来ると信じています」

僕はそう答えた。これは本音。人間と魔族が仲良くならなきゃ僕が結婚させられた意味がなくなっちゃうし。

「では、またいずれお会いしましょう」

聖女はそう言うと他の人に囲まれて会場のどこかへ行ってしまった。
僕はまたヴァンヴァイド様と腕を組んでニコニコしながら話を聞き流す作業に戻った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

愛され末っ子

西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。 リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。 (お知らせは本編で行います。) ******** 上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます! 上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、 上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。 上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的 上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン 上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。 てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。 (特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。 琉架の従者 遼(はる)琉架の10歳上 理斗の従者 蘭(らん)理斗の10歳上 その他の従者は後々出します。 虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。 前半、BL要素少なめです。 この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。 できないな、と悟ったらこの文は消します。 ※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。 皆様にとって最高の作品になりますように。 ※作者の近況状況欄は要チェックです! 西条ネア

処理中です...