香りに落ちてく

からどり

文字の大きさ
上 下
2 / 13

しおりを挟む
 俺をつけていた男は意外とすぐ後ろにいた。
驚いた顔をして、立ちすくんでいる。

「あんたに聞きたいことがある」

顔を見られないようにするためか顔は黒いマスクで隠していた。

「なんだ。金ならないぞ。財布みるか?」

物取りだと思って、俺は潔く軽い財布を出そうとした。

「金目的じゃない。単なる質問だ。警戒しないでくれ」

質問?過去を振り返ってみたが、金を持ち逃げしたこともないし、埋蔵金のありかも知らない。

「なんだ。ここで聞くなら質問に答えるけど」

「……」

男は迷った素振りを見せた。

「あんた、俺のこと臭いと思うか」

「はい?」

いきなりなんだ? 臭いか? 無遠慮に俺は鼻を近づけた。

ハツラツとした、新陳代謝の良い若者の体臭がする。
俺の癖に刺さる汗とスパイシーな臭いだ。

「俺は好きだぜ。あんたのにおい。付き合いを申し込みたくなるくらいだ。でもあんまり良い匂いじゃないらしいな。世間一般では?」

男はびっくりした顔をした。

「体臭の悩み持ちか。毎日、風呂入って洗ってるよな?石鹸の臭いもする。気を使ってるんだろ」

「あ……うん」

「臭いが気になるなら、運動した後とか小まめにデオドラントシートとかで拭いたら良いんじゃないか?」

「なにを使えばいいか分からない」

「あー。効果あるかどうかか?」

彼は頷いた。態度がなんか幼いな。

「なら、実験したらどうだ。家族とか友だちに頼んで、臭いがなくなったか確認してくれって」

男がそっぽを向いてしまった。
あー、これは家族とか友だちに臭いと言われたか?

「あんたの家に俺が行って……は、俺を呼びたくないよな」

男同士でも初対面の男を入れるのは怖い。
だけど俺の家も人を上げれるような家じゃない。物がなさ過ぎて「寒々しい」とか言われたことあるし。

「俺の家、父さん達もいるし、兄貴と同じ部屋だから」

「ああ、それだと兄貴に怒られるな」

じゃあ、後はホテルか。金かかるな。
 俺の家は賃貸マンションで、もうすぐ契約延長するかどうかだ。住所がバレてヤバいなら契約延長せずに引っ越せばいい。

「俺の家に来るか。それくらいならさせてやるぞ」

「いいのか?」

「一人だし、何も大事なものはないからな」

「なら、行きたい。いつ行っていい」

急に食いついた。こいつ、自分に来られるのは警戒するのに、自分から来るのは軽快だな。

「あー、週末でもいいけど。とりあえず電話番号くらいは交換しないか」

「ああ、そうだな。俺の名前はユズルだ。ユズルで登録してくれ」

何の疑いもなく彼は電話番号を教えてくれた。

「俺はユウヘイだ。待ち合わせ場所はここの最寄りの〇〇駅で良いだろ」

俺も電話番号を教える。

「あの、じゃあ、土曜日の午後くらいに〇〇の駅で待ってるんでお願いします。俺、消臭剤とかいろいろ買って行くんで」

「おう。俺も茶くらいは準備しとく。じゃあな」

俺達はその場で別れた。

 前日、ユズルから電話がかかってきた。

「もしもし」

アドレスに登録してるから、かかってきた相手は分かるが名前くらい名乗れと思った。

「おう、ユズルか。どうした。電話かける時は最初に名乗れよ」

「ごめんなさい。あの、明日、よろしく、おねがいします」

急にたどたどしい口調になった。
最近の若いやつは電話が苦手らしい。俺も若いと思ってたがアラサー目前。電話に慣れたおっさんになりつつある。

「おう。そんなに気負うなよ。明日は朝シャンとかせず来いよ。臭いが消えてるか分かり辛いから」

「……はい。じゃあ、また……」

そう言われて返事が切れた。
最後のあいつの返事を聞くとなんかイケナイことしてる気分になった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

僕の穴があるから入りましょう!!

ミクリ21
BL
穴があったら入りたいって言葉から始まる。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

陛下の失われしイチモツをみつけた者を妃とする!………え、ヤバいどうしよう!?

ミクリ21
BL
主人公がヤバいことしてしまいました。

素直じゃない人

うりぼう
BL
平社員×会長の孫 社会人同士 年下攻め ある日突然異動を命じられた昭仁。 異動先は社内でも特に厳しいと言われている会長の孫である千草の補佐。 厳しいだけならまだしも、千草には『男が好き』という噂があり、次の犠牲者の昭仁も好奇の目で見られるようになる。 しかし一緒に働いてみると噂とは違う千草に昭仁は戸惑うばかり。 そんなある日、うっかりあられもない姿を千草に見られてしまった事から二人の関係が始まり…… というMLものです。 えろは少なめ。

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

処理中です...