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彼が望んだ世界
しおりを挟む生まれた時から、奴隷だった。
ボロボロの雑巾みたいな服を着せられて、カルタヤ人収容所に入れられていた。そして、1113番と呼ばれ、他のカルタヤ人と同様に管理されていた。お腹がすくと泣いたが、泣くとぶたれたため泣かなくなった。
そして、6歳になる頃から、焼き印を押され、朝から晩まで休みなく働かされた。仕事は、石、材木運び、川づくり、地下作りと主に重労働だった。
食事は、硬くて黒いパンだけだった。だから、たまにゴミ箱から腐りかけの野菜や、その辺にあった草、鳥の死骸を食べた。
お風呂なんて入れてもらえず、週に一度、バケツに入った水をかけられた。真冬の時も、それは変わらなかった。
髪の毛は、虫が湧いてくるといけないから常に坊主にしていた。夜は、ベッドのない牢屋で寝た。その牢屋は、共同でプライバシーなんてものはもちろんなかった。周りで人が死んだ日は、その日の夕食が少し多くなるから、いつも誰かが死ぬことを楽しみにしていた。
心は、身体と同様にすさんでいた。こんな世界、滅んでしまえ。こいつらみんな、みんな死んでしまえ。
毎日、呪いのように冷たい言葉ばかり吐かれた。
「カルタヤ人のくせに人間らしく生きられると思うな」
「カルタヤ人のくせに、人間と同じ食べ物を食べようなんておこがましいんだよ」
「お前なんてさっさと死んでしまえ」
そんな言葉を吐かれる度に、心はすさんでいった。
うるせぇっ。ノーマ人がそんなに偉いかよ。調子こいているだけの、ゴミが。どうして僕だけこんな不幸にならないといけないんだよ!てめぇら全員、死んでしまえ!
いつか、こんなゴミ共、殺してやる。心臓をはぎ取り、髪の毛を皮ごとそぎ落とし、顔を焼き、手足を引きちぎり、踏みつけてやりたい。
そんな醜い夢ばかり見ていた。
美しい夢なんて描けなかった。
ある日、ついに限界が来た。
こんなクソみたいな人生、もう終わりにしよう。これ以上、あいつらの役に立つくらいなら、死んだ方がましだ。死ぬくらいなら、ここから出て行ってやる。山で野宿をしながら、一人で生きていこう。その方がずっといい。
壁は二十メートル近くあり、コンクリートで出来ている。紐を伝って下ろすか。
僕がいるアリサキ収容所は、六千人近くのカルタヤ人を収容していた。そのため、護衛の数も多く、壁も高い。過去に脱出しようとしたものは何人もいるが、脱出に成功したものは、0人と言われている。そして、脱出に失敗したら、悲惨な方法で殺されていた。
壁をつたったり、入り口から出ることは不可能に近い。あいつらを欺くためには、別の方法を考えなければいけない。
まずは、ゴミ箱から拾った壊れた電灯とアルコールを利用して爆発物を作った。収容所の一部を牢屋の外にいる時に爆発させた。爆発の混乱に乗じて、トイレットペーパーを運んでいる台車の中に入りこんだ。そして、馬車の従者をナイフで脅して、市街地から遠く離れた場所まで運んでもらう予定だった。
しかし、従者が僕を降ろしたのは、市街地のすぐ近くだった。隙を見て従者は、馬車を置いて命からがら走り出してしまったのだ。馬車に繋がれていたはずの馬は、従者を追うように一目散に逃げだしてしまった。
そのため、山へ行くまでは市街地を抜けなければいけなかった。
けれども、市街地にカルタヤ人の奴隷が侵入したことはすぐにばれ、市全体に放送が流れ、数多くの騎士団が徘徊し出した。
咄嗟に路地裏に隠れていたが、見つかるのも時間の問題だろう。
もうダメだ。
またあの地獄に連れ戻される。もしくは、この場で殺される。ただ殺されるだけならいい方だ。狼の餌にされるか、ギロチン、十字架にくくりつけられたまま燃やされるか……。そうなる前に、自分で死んでおいた方がましだ。今から、自分で自分の首を絞めて死ぬか。
「こっちだ」
いきなり誰かに手を引っ張られた。
そして、強引に何かの建物に引っ張りこまれた。
しまった。遅かったか。いや、今からでも遅くない。舌を噛み切って死んでおくか。
「もう大丈夫だ。安心しろ」
何故かそんな声がした。そして、僕を優しい目で見てくる。
は?こいつ、バカなの?脳みそがイカレテいるのか。それとも、僕を信じさせて騙そうという作戦なのか。
怪訝な顔をする僕に向かって、そいつは安心させるように笑顔を浮かべた。
「俺は、お前の味方だ。傷つけたりしない」
「どうして……」
何か企んでいるのか。子供の遺体でも探しているのか。確かに、臓器は売ればいい値段になるだろう。
「ああ。カルタヤ人が逃げたと聞いた。もしそうなら、その子は森を目指すと思ったんだよ。そのためには、ここを通るはずだ」
「そういう意味じゃねぇよ。どうして僕なんか助けたんだよ」
「困っている人がいたら助けるのは当たり前じゃないか」
は?全然、意味わからない。
やっぱり、こいつはいかれているから、一回死ぬべきだ。
「お前って名前は何て言うの?」
「1113番」
「それは、名前じゃねぇよ。僕が名前を考え直してあげるよ。……そうだな。リュカ。リュカという名前はどうだろう?」
「リュカ……」
そんな綺麗な名前は、自分なんかに似合わないように思えた。
「いい名前だろう、リュカ」
「うん……」
「いい返事だ」
大きな手でそっと手を握り締められた。
僕を救ってくれたジュレミーは、僕を人間扱いしてくれた。何も持っていない僕を家族のように受け入れ、食べ物を与え、服や寝る場所もくれて、勉強を教えてくれた。カルタヤ人は勉強なんてしても意味がないと言っても、人間
だから勉強をする権利があると言ってくれ、たくさんの本を買って、世界のことを教えてくれた。彼が前にいた世界のことも懐かしそうに語ってくれた。僕は、彼から違う世界の話聞くことが好きだった。
彼は、僕にとって父親のようで、兄のようで、神様のように特別で、それ以上に思えることもあり、誰よりも大切な存在だった。僕は、そんな彼のために生きたかった。そして、彼のために死にたかった。
ジュレミーが革命軍に入っていることには、すぐに気がついた。僕も彼の役に立ちたいから仲間に入れて欲しいと何度も頼んだ。そのたびに、危険な仕事だからと断られた。それでも、めげずに勉強を頑張り頭がいいとアピールをした。
僕が15歳になると、根負けしたように、危険な分野に関わらないことを条件に入隊を許可してくれた。
最年少だった僕は、革命軍のみんなに家族のようにかわいがってもらえた。
リーダーのフローレンスは、優しすぎるという欠点があったけれど、そんな彼だからこそこんなにたくさんの人間が革命軍に集まったのだろう。僕も高い理想を持つ彼のことを尊敬していた。
明るくておもしろいルーナは、ムードメーカーで彼がいるだけでもTKGには笑顔が絶えなかった。彼は、最初の頃は僕の教育係で、組織のことや、仕事のことをたくさん教えてくれた。
一つ年上のナイトの存在は、気に食わなかった。歳が近いくせに、天才黒騎士なんて呼ばれ剣術も、銃の扱いも得意で、頭もよく、ジュレミーからも信頼され危険な仕事も割り振られていた。何より初めて会った時に、女の子に間違われたことや、その後も女の子扱いするかのように危険な仕事から遠ざけられたことがムカついた。けれども、僕に惚れている彼のことをそんなにひどい目に遭わせたくなかった。
TKGは、次第に大きくなっていったが、アティス・シュタインベルトにばれたことにより、多くの仲間が捕まり、絞首台に送られた。ジュレミーの機転により、リーダーを含む数人の仲間は助かったが、アティスとの差を思い知らされた。
そんな中、独裁国家が次々に自然災害で滅んでいくという不可解な現象が起こった。最初は、ジュレミーが関与していることを疑ったが、違っていた。その現象は、なんと独裁国家のトップであるギル・ノイルラーの仕業だった。
ギル・ノイルラーは、僕の想像とは違った性格をしていて驚かされた。彼と出会ってから、僕は一つの疑問を抱いた。
それは、ジュレミーとギル・ノイルラーは、同一人物ではないかということだ。初めはただ似ているだけだと思った。けれども、偶然にしてはあまりにも似すぎている。
同じ言葉、同じ理想、思考、性格……どれもパズルのピースのように一致する。ここまで性格が一致する人間が他にいるだろうか。急に性格が変わったギル・ノイルラー、
その疑問は、確信へと変わった。
ギル・ノイルラーは、ジュレミーだ。
平和な異世界からきたとある転生者のジュレミーは死んで、ギル・ノイルラーとして生きている。ギルが神の指輪を持っていて、ジュレミーが指輪を持っていないと考えるとこの考えは正しいだろう。ジュレミーは、きっとそのうち死ぬ。そして、ギルとして、生まれ変わる。
おそらくギル・ノイルラーは、アティスに消されるか、世界が平和になった後、独裁国家のトップとして民衆から処刑される。彼が胸を張って堂々と幸せに暮らせる未来は、訪れないだろう。他の誰かに殺されるくらいだったら、僕が殺したい。
それにしても、どうして彼は何度も生きているのだろう?転生者だから?神様に愛されているから?だいたいどうして神様は、ギルに神の指輪を授けたのだろうか。
不意に自分の中で一つの糸が繋がった。
神様は、この世界を救うために異世界から頭のいい人物を召喚した。けれども、彼が死んでしまったため、この世界のためにもう一度生まれ変わらせることにした。もうすでにジュレミーが役に立つ人間であることに気がついているだろう。
ジュレミーも、ギルも殺せば、神様は、彼の魂を他の人間に入れて生き返らせようとするはずだ。そうして、この世界の悪を消して、世界を変えようとするだろう。ギルが死んだ時、大きな悪さえ残っていれば、彼はまた蘇る。
だったら、僕は、あなたの描いた夢を成し遂げてみせる。誰よりも大切なあなたを殺してでも……。
やがて、世界は、平和になった。
独裁国家や戦争はなくなり、奴隷制度も廃止された。差別や偏見もなくなり、マイノリティーを尊重する法律が次々と整備された。
もうすぐ彼が僕を殺しに来る。その時、彼の夢は実現するだろう。
リュカは、遠足を待つ子供のようにワクワクしながらその時を待ち続けた。
* *
真紅の血が出て、真っ白な服を染め上げている。
自分は、もうすぐ死ぬだろう。
死ぬことは、小さい頃から何度も想像してきた。でも、こんな風に望み通りに死ねてよかった。
彼は、そんな僕を憐れむように悲しそうな瞳で見ていた。
「最後にいい残した言葉はあるか」
ああ。一体どこまでこの人は優しいのだろう。
彼の面影が、初めて会った頃のジュレミーに重なった。
「……僕が、作った…世界は、とて、も……素敵で、しょう」
最後の気力を振り絞って、自慢げに呟いた。
すると慰めるように、温かい手で冷たくなっていく手を握られた。
「ああ、もちろんだ」
その言葉が聞きたかった。
これは、あなたのために作った世界だから。悪になりきれないあなたのために、真っ黒く染まってでも手にしたものだ。
「よかっ、た……」
僕は、彼の役に立つことができた。
きっとこれ以上の幸せなんてないだろう。
少年は、幸せそうに微笑んで瞳を閉じた。
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