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「26、27、28、29、30」

 霧がかかったような頭からぼんやりと声がする。
 アティスは、ゆっくりと感覚を戻ってくるのを感じていた。
 誰かが胸を押しているのか……。

 ふいに鼻をつままれたかと思うと、唇が温かいもので塞がれ息を吹き込まれた。

 ハッとして目を開けると、男とキスをしていた。

「貴様、何をする。この無礼者!」

 目を開けると、久しぶりに見る弟のアグレアスがいた。

 棒のように細い腕、ぼさぼさの黒髪、汚れきった肌。相変わらず自分の弟と思えないほど、みすぼらしく貧相だった。美しいのは、父親譲りの紅い瞳くらいだ。

「命の恩人に向かってその態度はないだろう!」

「命の恩人だと?」

「お前、心臓が止まっていたの。で、たまたま通りかかった僕が心臓マッサージと人工呼吸をして助けてやったの」

「そうか……。俺は、死にかけていたのか。何で貴様が俺を助けた?そんな義理は、なかったはずだ」

「お前、困っている人を見たら助けろって先生にならわなかったのか」

「俺は、困っている奴らは切り捨てろと言われて育った」

「しょうがない奴だな」

 呆れたようにため息をつかれた。
 おかしい……。アグレアスは、こんな奴じゃなかったはずだ。俺を見る度に、ビクビクとして目を反らしていたはずだ。

 だいたい、どうしてずっと幽閉していたはずのこいつが救命処置の仕方を知っているんだ?おかしい。まるで、どこかで救命訓練の練習をしていたみたいだ。

 もしかして、別人なのか。

「貴様、俺の名前がわかるか」

「へっ。えっと、ちょっと、頭をぶつけたショックで記憶が混乱しているみたいだ。わからないな」

 頭をぶつけただと?アグレアスの服は、何かに貫かれたように胸部あたりが血の色に染まっている。けれども、まるで怪我なんてしていないかのように問題なさそうに動けている。あの服についている血の量と、こいつのひ弱さを考えると死んだと考えた方が辻褄があうのに……。

 辻褄か。

 そうだ。アグレアスが死んで誰か別の魂が入ったと考えた方がすっきりする。

 いや、まさか、そんなことあるはずない。ちょっと頭を打っておかしくなっているだけだろう。

「まずは、ここから出たいんだけど逃げ道とかわかるか?」

 あのアグレアスとは思えないほど、堂々と質問された。

「そうだな。これからのことを考えないと」

 これから……。
 最後に、俺を殺そうとした奴にやり返したい。
 おそらくギル・ノイルラーは、こんな人が密集している場所で地震なんて起こさない。ギルの代わりに誰かが、地震を起こした。

 一体、誰が地震を起こしたのか。

 ギルがいるのは、革命軍だ。そうなると、革命軍の生き残りがギルから指輪を奪ったと考えるのが、筋が通っているだろう。そうなると、ギルは、殺されたのか。

 血のついた服、豹変したアグレアス、知るはずのない知識、豹変した人格、ギル・ノイルラー、メシア、お人よしの精神、死……。

 ギルという悪の象徴のような男が、メシアだなんておかしいと思っていた。けれども、それはギルに移った別の人格だったとしたら。そのきっかけは、死だとしたら……。

 ギル・ノイルラーが死んだ。そして、その魂が一度死んだアグレアスに宿った。そう考えたら辻褄があう。恐ろしくぶっ飛んだ発想だ。誰かに話したところで笑われるだろう。けれども、自分の直感がこれが正しいと告げている。

「貴様はメシアか」

「はあ?メシアって何だよ」

「いや、何でもない」

 こいつは、メシアではないのか。それとも記憶を失っているだけか?少なくとも、俺を見る目つきはギルに似ている。

 一体、どんな質問をすれば知ることができる?

 ギル・ノイルラー、エンデュミオン、シオン、べッティーナ、ヒュラス、メシア、ジュレミー、革命軍、救命の知識、医学的な知識、ラウェルナ……。

 考えろ。こいつとギルを繋ぐ手がかりは、何かあるはずだ。

 ピンクの髪にピンクの目をしたぬいぐるみ...... 。氷の騎士エンデュミオンの部屋にあったのに違和感を感じた。何かと聞いたら、ラブミだと言われた。

「貴様はピンクの髪にピンクの目を少女を知っているか」

 ふと、頭に浮かんだセリフが言葉に出た。 
 そうだ。
 あのちんちくりんが気になっていたんだ。

「ああ、ラブミのことか。僕の嫁だよ」

 戦慄が走り抜けた。

 こんな偶然あるわけない。

 二つのイトが繋がった。

 こいつの正体は間違いない。メシアだ。

 チェックメイト。

 今、俺は、こいつを殺せる状況にある。

「ちょ、ちょっとお前、出血がひどいな。そのまま動くな。今、止血してやるから」

 ビリビリとアティスの高価な服を破り、必死に巻き付けていく。

 ふと、自分の身体を見下ろし絶句した。
 すごい血だ。胸部、腹部、足……あちこちから血が流れている。道理で意識がぼんやりしているわけだ。

 上ばかり見ていたアティスは、ようやく自分の置かれている状況を把握した。

 こんな血では、俺は、助からないだろう。
 今すぐ運んで、輸血したり、手術したりすれば何とかなるかもしれないが、20年以上幽閉され続け、まともな食事も与えられなかったアグレアスには俺を運ぶ筋力はない。俺が死ぬのは、アグレアスを閉じ込め続けた俺の自業自得だ。

 最後にメシアを殺してこの勝負に蹴りをつけるか。

 ゴクリと唾を飲み込む。

 俺は、動けないが腕なら動かせる。今、こいつの細い首を絞めてしまえば、簡単に殺せる。

 勝者になることができる。
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