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反逆
しおりを挟む自宅に戻ると、門の前に、べッティーナが震えながら立っていた。
吹雪の中、メイド服姿で立ちつづけさせるとか何の罰ゲームだ?
いつも死にそうな女が、さらに死にそうになっているとか全然、笑えないんだが。
「ギ、ギ、ギ、ギル様!大変です!」
相変わらず壊れたぜんまい時計のような声を出した。
その顔は、いつも異常に青ざめていた。ちゃんと呼吸ができているのか心配になる。
「いったいどうしたんだ?」
「ザ、ザ、ザクレー・ヒューメがシオンを人質に取っています。も、もし、シオンを殺されたくなかったら、ギ、ギ、ギル様を寄越せと脅迫しています」
「何だと……」
シオンがボロボロになりながら働いていたことを思い出す。
あの子は、一度も楽しい思いをしたことがないようなかわいそうな子だった。シオンがあっけなく殺されてしまうなんて絶対に嫌だ。
まさか、ザクレー・ヒューメが裏切るとは思っていなかった。弟を人質にとられていたのに……。弟の命よりも復讐の方が大事だと思うほど、ギルを憎んでいたのだろう。人を散々殺しまくってきたギルだ。ギルを殺してやりたい人間なんて山のようにいる。もっと、シオンの警備を固めておけばよかった。
べッティーナに仕事の中断を命じた後、護衛の男達をシオンがいる部屋の付近に待機させた。もしも、ザクレーが隙を見せたら殺せ、ただしシオンは殺すなと命じた。
「エンデュミオン、ついて来い」
「はい」
スーと忍者のように音を立てずに彼がついてくる。適当にドアを開け、一目につかないところに入る。
「お前とザクレーとだったら、お前の方が武術で上手いのか」
「それは、当然俺の方が上手いです。俺よりも上手い人なんていません」
今、さらりと自慢をしたよな。まあ、でもそれどころじゃない。
「だったら、シオンを死なないようにザクレーだけを殺すことはできるか」
「普通の人間相手なら容易くできます。だけど、ザクレーは、そこそこ優秀な騎士です。俺の一撃をよけることができれば、人質を殺すことくらいはできるでしょう」
確かにどんなに優秀な騎士であっても、人質を持っている相手に戦うことはきついだろう。
「困ったな」
どうしたらシオンを助けられるんだろう。僕がリスクを負う方法くらいしか思いつかない。
「どうして困ったんですか」
むしろ、何でお前は全然困っていないんだよ。
「お前は、何かいい策はあるのか」
「人質ごと彼を殺せばいいんじゃないでしょうか」
エンデュミオンは、淡々とした様子で恐ろしい提案をしてきた。
「バカ野郎!お前、一回脳みそを取り換えてこい」
こいつ、何を言っているんだろう。人の命を何だと思っている?もっと、まともな奴だと思っていたが、頭のねじが何本か飛んでいるんじゃないか。こういう奴をサイコパスというんじゃないだろうか。
「目の前に助けられる命があったら、救えってお父さんに習わなかったのか」
「……いえ。目の前に助けられる命があっても容赦なく殺せとギル様に教えられましたが」
「……」
こいつの人格修正は、後回しだ。
「もう、いい。とりあえず、作戦を考えよう」
さあ、どうするか。
シオンは、助けたい。そして、できればザクレーも殺したくない。今まで自分の理想のために散々、人を殺してきたけれども、困っている人を助けたいという気持ちは変わっていない。
そうだ、あれを利用するか。
「僕は、この城を歩き回っていた時に気がついたことがある。この城は、ダクトが異様に広い。おそらく作る人間が作業しやすいように意図的にそうしたのだろう。そして、シオンの部屋から、僕の部屋までダクトが繋がっているはずだ」
実は、僕の部屋には、誰かがこの仕掛けを見破って攻めてこないか心配でダクトに透明なテープを張っていた。
「隣の使用人の部屋にあるダクトのテープを剥がしてから、シオンの部屋まで這って行ってくれ。お前が着く頃、僕がザクレーの関心を引きつけている。お前は、ザクレーが油断した隙にシオンと僕を彼から引き離し、あいつを拘束しろ」
観察するようにジッと見られた後に、珍しく反対意見を出された。
「それでは、ギル様があまりにも危険です。それに、シオンがギル様にとって大事な存在だとわかれば、ギル様を傷つけるためにシオンがザクレーによって殺される可能性が高い」
「ザクレーは、シオンを傷つけるよりも、僕を殺す道を選ぼうとするだろう。おそらく腹を剣で刺されるくらいのことをされるだろうが、始めの一撃で殺さないだろう。ザクレーの婚約者のステラは、腹、足、腕、いろんな場所を刺されながら殺されていった。彼も僕に対して同じことをするつもりだ」
「……しかし、もしもザクレーが最初に心臓を刺したらあなたは死にますよ。それに、ザクレーは、俺がお世話になっていた人です。そんな彼を殺すつもりで戦うなんて……怖いです」
バナナ王子の手は、ブルブルと震えていて、目も虚ろだった。こいつ、イケメンのくせに、ヘタレチキンすぎだろう。
こうなったら、自己暗示でもかけて頑張ってもらうしかない。
震えている彼の手を両手で掴み、ギュッと握り締める。握った手は、まるで死体のように冷たくなっていた。
「大丈夫、お前はできる」
下を向いていた彼が、恐る恐る僕と目線を合わせた。アメジスト色の瞳が、助けを求めるように僕を見ている。
「お前は、誰よりも強い。勝てない奴なんているわけがない。きっと、ザクレーを殺すことなく倒すことができる」
「でも……」
「信じている」
何の根拠もないのに、きっぱりとそう言いきった。その瞬間、彼の瞳がハッと見開かれた。
いつの間にか、彼の手の震えは止まっていた。冷たかった彼の手は温かくなりだし、頬はリンゴのように真っ赤になっていた。
「わかりました。あなたのためにがんばります」
そう力強く言われ、繋いでいた手を強く握り返された。
エンデュミオンは、ダクトを這うために鎧を脱ぎだした。ていうか、その鎧、見た目はかっこいいけれど、お前には必要ないんじゃないかって気分になった。
「なあ、ザクレーってどんな奴だった?」
「ゾンビみたいな見た目のせいか、いつも一人でいるような奴でした」
「そうか」
「全てを捨てて復讐だけを選ぶなんて、バカな男ですよ……」
そう呟くエンデュミオンは、どこか羨ましそうだった。
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