上 下
29 / 84

蜘蛛の糸

しおりを挟む
 夕飯の時刻になり、ハーデスの迎えに連れて行かれたのは、無駄に広い食事場であった。用意されている椅子は二つだけなのに、机は十人前の料理が軽くのりそうなくらいある。

 ハーデス側が側で待機させている護衛は一人だけだったので、同じようにエンデュミオンだけ部屋の中にいれて、他の護衛は部屋の外に待機させた。

 高級そうな食材で作られた前菜が持って来られた後には、更に高級そうなメインデッシュが運ばれてきた。ちなみに、強烈な飯テロを受けても、エンデュミオンはピクリとも顔を変化させない。そういうところは、心から尊敬する。

「これは、牛ヒレ肉のステーキと、伊勢海老のウニクリームソースがけだ。次には、キャビアが使われた料理が来る」

「お前の国は、今年は不作だったんじゃないのか」

「ああ、だから他国から食べ物を買ったんだ」

「そのお金は、どこから出ている?」

「税金をあげたに決まっているだろう」

 ただでさえ多かった税金を更に上げたのか。確実に飢え死にしている人間がいるだろう。

 ダメだ……。

 今すぐぶちぎれて、お説教をしたい。国民が汗水たらして手に入れたお金を何だと思っている?今すぐ、この豚に、ビンタを食らわしたい。これは、お釈迦様だって、助走つけて飛び蹴りを食らわすレベルだろう。

 キレちゃダメだ、キレちゃだめだ……。耐えろ、自分……。

「家畜から搾り取った金で食う飯は、上手いな。ぐへへへへへへ」

 気持ち悪い声で笑いだした。


 もう、こいつは終わっているな。

 ギルの知りたいであるなら、やり直すチャンスを当てられるかもしれないと思ったが、こいつを殺してこの国に革命を起こさせた方がいいだろう。

 普段、どこにいるのか把握して、災害を起こしやすくしておこう。被害は、最小限にできるようにしておこう。

「どうした?美味しくないのか。口にあわなければ、全部、作り直そうか」

 冗談じゃねぇ。もう一回作りなおせば、いくらかかると思っている?

「いや、うまいよ」

 今まで食べたものの中で一番、おいしい。

 けれども、これが国民を苦しめて手にしたものかと思うと心の底から憂鬱になった。

「そういえば、最近、エンデュミオンとどうだ?今夜、お前らのベッドが壊れないか心配だな」

「うぐっ……」

 衝撃のあまり鼻からスパゲッティを出した。

「ゴホッ。うっ……。ゴホ、ゴホっ……苦しい」

「ギル様、はしたないです」

 おい、お前、『大丈夫ですか』とか他に言うことがあるだろうが。

 涙目になりながら、水を飲んだ。





 食事が終わり、ひと段落すると、ハーデスによる高級グッツの自慢タイムに入った。

 金ぴかの時計、新しい家、超高級な香水、庭、別荘、自家用ジェット、超高級な馬車……。一つ一つの自慢を聞くたびに、国民の悲鳴が聞こえてくるようで、胸が痛くてたまらなくなった。

 もう、やめて。僕のライフは、ゼロだ。

 それが終わると「そうだ。ギルは、もうすぐ誕生日だっただろう」と言われた。

「あ、ああ」

 僕の誕生日って一体いつだ?

「とっておきの誕生日プレゼントを用意したんだ」

 そして、豪華にラッピングされたプレゼントを渡された。恐る恐る開けてみると、ピカピカに光り輝く金のおれしゃな箱のようなものが入っていた。

 こんなものを作るために一体いくら費やしたのだろうかと想像しただけで悲しい気持ちになった。

「これは……」

「ギルのために特別に作らせた純金のオルゴールだ。ここには、ギルが好きだと言っていた音楽が入っている。お前に喜んでほしくて作ったんだ」

「ありがとう」

 クズだと決めつけた人間にも、こんな優しい気持ちがまだあったのか。

 その時、頭によぎったのは芥川 龍之介の蜘蛛の糸だった。悪人が一匹の蜘蛛を助けたことにより、たった一つの希望が与えられる。そんな話だった。 


 その話と同じように、こいつにも一度くらい変わるためのチャンスを与えたい。

 こいつを悪だと決めつけて処罰することは間違っているのではないだろうか。 

 ハーデスは、まだ19歳だ。何が正しいかわからないままに、間違った方向に進み続けてしまったかわいそうな奴だ。彼が殺した人間、苦しめた人間も大勢いる。だけど、彼を正しい道に導かせることはできる。彼だって、やり直せるのではないだろうか。そのチャンスを僕なら与えられる。

「ギル、深刻そうな顔をしてどうしたんだよ」

「いや、何でもない」

 どうやってハーデスにやり直して欲しいと伝えよう。そう考えこんでいると、彼から思いもよらないことを言われた。

「何か悩みがあるなら女を抱くに限るぜ」

「あ、ああ」

「俺なんて最近、モテすぎて困っているんだぜ。町を歩いているだけで、美少女が俺の周りに抱いてって寄ってくるんだ。イケメンすぎて辛いぜ」

 ……ヒキガエルそっくりの醜男が何を言っているんだ。

 きっと、こいつに群がる女は、金か権力目当てだろう。家族を養うために、身体を差し出した人間だったいるに違いない。こんなブサイクに抱かれたなんてかわいそうに。きっと、死ぬほど気持ち悪い思いをしただろう。

 何というか少し穏便に説教できないか。

 そうだ。ちょっとした薬になるレベルの軽い苦言なら、言っても構わないだろう。

「おい、ギル。どうしたんだよ」

 ハーデスは、慰めるように僕の肩に手を置こうとした。

「触るな、巨肉ハムソーセージが!」

 あ……。僕、今、ちょっとだけセリフを間違えた。

 手を挙げた姿勢でハーデスが固まっている。

「ギ、ギル?」

 ええい、こうなったら、もう仕方がない。ぶちぎれてしまえ。

 ありのままの姿を見せるのよっって、どっかの雪の女王も言っていたじゃないか!

「お前は、それでいいのか?そのまま薄っぺらいお世辞だけに満足して一生を終えるつもりなのか」

「ギル、いきなりどうしたんだよ」

「別に。ただハーデスだって、本当は、自分が醜いことくらいわかっているんだろう」

「黙れ!」

 バアンと机を思いきり叩かれた。

「黙らない。言ってやるよ。あんたは、豚のように太っていて、ゴブリンみたいにキモい男だ。金と権力目当てでみんながあんたをちやほやしているけれど、あんたを好きな奴なんて誰もいない。本当は、誰からも愛されていないかわいそうな奴だ!」

 閉じ込めていた本音を次から次へとぶちまけてしまう。こうなったら、時速千キロメートルで走っているみたいに止まれないぜ。

「やめろっ」

「やめるもんか。あんたは、国民を苦しめて、税金を搾り取って、肥え太っている最低なゴミクズ野郎だ。どうして飢えている民を見殺しにする?いいか、よく聞け。この国にいる奴は、みんなあんたなんて大嫌いなんだよ!こんなクズ、死んでしまえって思っている!」

 ポタリ。

 ポタリ、ポタリとハーデスの琥珀色の瞳から、大粒の涙が零れ落ちた。

「どうしてそんなひどいことを言うんだよ。お前は、俺を共犯者だって認めてくれていたじゃないか!何でギル一人変わって俺を置いて行こうとするんだよ」

「ハーデス……」

「自分がキモデブなことくらい自分で一番わかっているよ。他の奴らにどういう風に噂をされているかだって耳に入ってくる。だけど、ストレスで過食してしまうから痩せるなんて無理だ。税金だって取り過ぎていることくらいわかっている。使用人に対する扱いもひどいだろう。でも、自分が不幸だから、自分よりも不幸な人を見て安心するんだ。だから……。だから、苦しんでいる国民をもっと見たいと思うんだよ。お前に俺の何がわかるんだ!」

 胸が張り裂けそうな声でハーデスがそう打ち明けた。

 こいつがこんな気持ちを抱えているなんて知らなかった。何も知らないで一方的に責めたてて、無神経だったかもしれない。だけど、ここで僕は、こいつを甘やかすものか。ここで、忠告しなきゃ、こいつは死ぬまで豚だ。

「黙れ。このままじゃお前は、Xに殺される」

 そうだ。僕が、お前を殺す。

「でも……」

 自信がなさそうな様子で、ハーデスがうつむいた。

「国民、使用人に優しくして、国を民主主義にしていく。そして、その見た目をどうにかして本当に愛される人になる。たくさんあるけれど、やればきっとできる」

「俺……、そんな奴になれるのかな……」

 ここは、心を鬼にして、豚に焼きゴテをするようなつもりで言ってやる。


「このままあっけなく死んでもいいのか、この巨肉ハムソーセージが!」


「っ……。俺は……」


「変わりたきゃ変われ。人生なんて自分で切り開くしかないだろう」


 どんな境遇にいても、どんな運命にあっても、それを変えられるのは、自分だけ。

「この誕生日プレゼントは、返すよ。お前が誰かを苦しめて作ったものなんて受け取りたくない」

 そう言って、プレゼントを机の上に置いた。

「帰るのか?」

「明日の朝、帰国するよ。朝食は、いらない」

 たぶんハーデスは、僕を逆恨みして殺すような奴ではない。叱られた後の小学生のような目をしていた。ちゃんと自分が間違っていることをわかっているだろう。



 今なら、きっと正しい道へ歩いて行ける。


 ……破滅へ向かっていくギル・ノイルラーと違って。


     
        *                       *

 ハーデスの部屋から出ると、ドアの近くで、使用人の女の子に言い寄られているエンデュミオンの姿が飛び込んできた。ちっ、イケメンが。

 アタックしている女の子は、胸が大きそうな美少女なのに、エンデュミオンは全く喜ぶそぶりを見せず「すいません、仕事中ですので」とあっさりと断っている。何であんな美少女の誘いを断ってしまうのだろうか。もう、僕の恋人とかいうわけのわからない設定もなくなったのだから、自由に恋愛すればいいのに。

 はっ。まさか実は、ロリコンとか、ショタコンとか、熟女趣味とかいう設定があったりするのだろうか。意外とありえるかもしれない。

 そういえば、エンデュミオンって、僕以外の女の子の噂とか聞かないな。まさか、こいつ……童貞だということはないだろうか。イケメンのくせに、妙にプライドが高くて、モテモテなのに童貞を捨てられないまま大きくなっていったパターンかもしれない。何か行動がいちいちホモ臭いし、十分ありえる。

 二人きりで自室へ戻る途中、さりげなく質問してみることにした。

「実は、お前、童貞だったりしないか」

「17歳の時に捨てましたが」

 ブルータス、お前もか!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に転生したので、とりあえず戦闘メイドを育てます。

佐々木サイ
ファンタジー
異世界の辺境貴族の長男として転生した主人公は、前世で何をしていたかすら思い出せない。 次期領主の最有力候補になるが、領地経営なんてした事ないし、災害級の魔法が放てるわけでもない・・・・・・ ならばっ! 異世界に転生したので、頼れる相棒と共に、仲間や家族と共に成り上がれっ! 実はこっそりカクヨムでも公開していたり・・・・・・

最底辺の落ちこぼれ、実は彼がハイスペックであることを知っている元幼馴染のヤンデレ義妹が入学してきたせいで真の実力が発覚してしまう!

電脳ピエロ
恋愛
時野 玲二はとある事情から真の実力を隠しており、常に退学ギリギリの成績をとっていたことから最底辺の落ちこぼれとバカにされていた。 しかし玲二が2年生になった頃、時を同じくして義理の妹になった人気モデルの神堂 朱音が入学してきたことにより、彼の実力隠しは終わりを迎えようとしていた。 「わたしは大好きなお義兄様の真の実力を、全校生徒に知らしめたいんです♡ そして、全校生徒から羨望の眼差しを向けられているお兄様をわたしだけのものにすることに興奮するんです……あぁんっ♡ お義兄様ぁ♡」 朱音は玲二が実力隠しを始めるよりも前、幼少期からの幼馴染だった。 そして義理の兄妹として再開した現在、玲二に対して変質的な愛情を抱くヤンデレなブラコン義妹に変貌していた朱音は、あの手この手を使って彼の真の実力を発覚させようとしてくる! ――俺はもう、人に期待されるのはごめんなんだ。 そんな玲二の願いは叶うことなく、ヤンデレ義妹の暴走によって彼がハイスペックであるという噂は徐々に学校中へと広まっていく。 やがて玲二の真の実力に危機感を覚えた生徒会までもが動き始めてしまい……。 義兄の実力を全校生徒に知らしめたい、ブラコンにしてヤンデレの人気モデル VS 真の実力を絶対に隠し通したい、実は最強な最底辺の陰キャぼっち。 二人の心理戦は、やがて学校全体を巻き込むほどの大きな戦いへと発展していく。

【完結】【R18BL】極上オメガ、いろいろあるけどなんだかんだで毎日楽しく過ごしてます

ちゃっぷす
BL
顔良しスタイル良し口悪し!極上Ωの主人公、圭吾のイベントストーリー。社会人になってからも、相変わらずアレなαとβの夫ふたりに溺愛欲情されまくり。イチャラブあり喧嘩あり変態プレイにレイプあり。今シリーズからピーター参戦。倫理観一切なしの頭の悪いあほあほえろBL。(※更新予定がないので完結としています※) 「異世界転移したオメガ、貴族兄弟に飼われることになりました」の転生編です。 アカウント移行のため再投稿しました。 ベースそのままに加筆修正入っています。 ※イチャラブ、3P、4P、レイプ、♂×♀など、歪んだ性癖爆発してる作品です※ ※倫理観など一切なし※ ※アホエロ※ ※色気のないセックス描写※ ※特にレイプが苦手な方は閲覧をおススメしません※ ※それでもOKという許容範囲ガバガバの方はどうぞおいでくださいませ※ 【圭吾シリーズ】 「異世界転移したオメガ、貴族兄弟に飼われることになりました」(本編) 「極上オメガ、前世の恋人2人に今世も溺愛されています」(転生編) 「極上オメガ、いろいろあるけどなんだかんだで毎日楽しく過ごしてます」(イベントストーリー編)←イマココ

[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く

小葉石
BL
 今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。  10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。  妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…  アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。  ※亡国の皇子は華と剣を愛でる、 のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。  際どいシーンは*をつけてます。

【完結】『ルカ』

瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。 倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。 クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。 そんなある日、クロを知る青年が現れ……? 貴族の青年×記憶喪失の青年です。 ※自サイトでも掲載しています。 2021年6月28日 本編完結

王子様と魔法は取り扱いが難しい

南方まいこ
BL
とある舞踏会に出席したレジェ、そこで幼馴染に出会い、挨拶を交わしたのが運の尽き、おかしな魔道具が陳列する室内へと潜入し、うっかり触れた魔具の魔法が発動してしまう。 特殊な魔法がかかったレジェは、みるみるうちに体が縮み、十歳前後の身体になってしまい、元に戻る方法を探し始めるが、ちょっとした誤解から、幼馴染の行動がおかしな方向へ、更には過保護な執事も加わり、色々と面倒なことに――。 ※濃縮版

転生した悪役令息は破滅エンドをなかなか回避できない

加兎琉める
BL
腐男子である山那椿は、気がつくと前世で愛好していたBL同人ゲームの悪役令息、マリス・アスムベルクに転生していた。 マリスは、同じく転生者でありこのゲームの作者だと言うエチカに「このままでは破滅エンドを免れられない」と言われてしまう。 破滅エンドを避けるべくイベントをこなしていくうちに、攻略対象の一人で意地悪な公爵令息セオリアス・カンテミールが何かと絡んできて……? 2度目の青春を謳歌しつつ、破滅エンドを回避するために奮闘する異世界転生BLストーリー。 不器用意地悪ツンデレ攻め×顔は可愛いけどそれ以外は平凡受け セオリアス×マリス固定cp くっつくまでが長いです。 嫌い→好き、もだもだ展開があります。 エロ描写は2年生以降です。 エロ描写には*をつけております。 !!注意!! ※いじめ描写、嫌われ要素があります。 ※本番はセオリアスだけですが、セオリアス以外の人との性的な描写があります。 ※無理矢理・残酷描写があります。 ※なんでも許せる人向け 誤字脱字おかしな点等何かありましたらお気軽にお教えください!

異世界に転生したらめちゃくちゃ嫌われてたけどMなので毎日楽しい

やこにく
BL
「穢らわしい!」「近づくな、この野郎!」「気持ち悪い」 異世界に転生したら、忌み人といわれて毎日罵られる有野 郁 (ありの ゆう)。 しかし、Mだから心無い言葉に興奮している! (美形に罵られるの・・・良い!) 美形だらけの異世界で忌み人として罵られ、冷たく扱われても逆に嬉しい主人公の話。騎士団が(嫌々)引き取 ることになるが、そこでも嫌われを悦ぶ。 主人公受け。攻めはちゃんとでてきます。(固定CPです) ドMな嫌われ異世界人受け×冷酷な副騎士団長攻めです。 初心者ですが、暖かく応援していただけると嬉しいです。

処理中です...