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ヒュラス

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 ヒュラスを送り届けた先は、ちゃんとした部屋だった。犬小屋や、牢屋みたいなところじゃなくて安心した。

 「入って」と言われるままに入った。ドアを開けると、ベッドとクローゼットしかないつまらない部屋があった。

 高級そうな服はたくさんあるが、遊び道具や勉強道具はなかったため、次の日、執事に頼んで書庫にあった多くの本、チェスの道具を運び込ませた。

 使用人や奴隷などに急に優しくしてしまうと、レイヴンに何か変だと思われる可能性があるが、こいつの場合、恋人という立場なのでこんな風に配慮することに問題ないだろう。

 レイヴンが来ているせいでギルらしくふるまわないといけなくて、仕事もろくにできず暇なので、こいつに部屋で勉強を教えることにした。エンデュミオンは、部屋の外に待機させた。他の人から見ると、14歳の恋人と部屋で二人きりでいるなんてどう思われるか想像しただけで、心がシクシクと痛む。

 ヒュラスは、字が読めるみたいなので、家庭教師のように政治や、歴史の勉強を教えてあげることにした。この僕が家庭教師となったからには、彼を神童へと導いてやると意気込んでいたが、一時間も経たないうちに彼はギブアップした。情けない。

「もう勉強なんてしたくない。何でこんなことする必要があるわけ?」

「とりあえず、世界の状況くらい把握しておけ。それじゃあ、立派な社会人になれないぞ」

 ……これ、僕が言っていいセリフではなかったと、今さら、気がついた。説得力0や。0どころかマイナスじゃん。

「いいよ。俺は将来ヒモになるから」

「その若さでそんな夢も希望もない発言をするな。世の中そんなに甘くない」

「俺、かっこいいし。あんただって、この顔がいいんでしょう?」

 流し目をしながら、挑発的に微笑まれた。

「ふざけんな。いいか、お前はまだ14歳だ。これから、頑張ればどんな人間にもなれる。自分が何になりたいか、何をしたいか考えることを忘れるな」

「うるさいな」

 まるで頭痛がするというように頭を抱え込んだ。

 ……辛い思いをしてきたガキに向かって言いすぎたかもしれない。ちょっと、話をそらすことにするか。

「そういえば、お前のところにもレイヴンって来た?」

「ああ、あの眼鏡か。来たよ」

「どんな奴だった?」

「まずアリバイ聞かれて、アリバイがないとわかると、字を読めるか、ギルの部屋に出入りできるかとか聞かれた。あと、持物調査もされた」

 こいつには、アリバイがない。字が読めて、ギルの部屋に自由に出入りできる。おそらくレイヴンの調査では、相当怪しい人物になっただろう。

「それで、お前はメシアかとか聞かれたのか」

「うん、聞かれた。お前、バカだなって思いっきりバカにしてやった。あいつ、そんな俺をジッと見ているんだぜ。気味が悪いよな」

 レイヴンは、とても丁寧にコツコツと調査している。

 アリバイ、識字、世界各国の情報を手に入れられる状況にあるのかなどを調べ、おそらく特に怪しいものに対しては、持物調査も行った。そして、怪しいものがいたら試しにメシアかどうか聞いて反応を見る。

 彼は、まるで数学の証明問題を解くように順序正しい行動を積み重ねていっている。

 そんな彼が、何故最初に僕のような極悪非道な独裁者という最も怪しくなさそうな人を疑ったのだろうか。だいたい、独裁国家のトップである僕を疑うなんて、もっと突拍子のない発想をする奴じゃないとできない気がする。



 何かが頭に引っかかる。



 だいたい、独裁国家に優秀な探偵を送り込んだところで何になる?メシアを捕まえられない探偵は、極悪非道な人物に殺されてしまう可能性が高い。探偵、一人で行かせるなんて不用心すぎないか。自分を探偵と名乗り近づくなんて、やはり危険だ。

 いや、それこそが目的だったとしたら……。



 頭で一本の糸が繋がった。



 理論的に考える奴が、最初に僕の指輪をたまたま時期が同じだったからなんていうこじつけのような理由だけですぐに疑ったりしない。

 レイヴンは見た目も中身もジミーだ。無茶苦茶な推理をするような奴じゃない。だいたい、メシアの仕業を神のしたことではなく、人間のしたことと思えるような器の人間ではない。

 レイヴンと繋がりを持つ人間に、誰か恐ろしい奴がいる。ぶっ飛んだ推理をする勘の鋭い奴が。

「ぼんやりしてどうかしたの?」

「ちょっと、ワープしていた」

「何それ?」

 バカにしたように鼻で笑われた。

「はい、休憩終わり。次は、これを解いて」

「ねぇ、俺、あんたの言ってることばかり聞いていてつまらないんだけど」

「だって、僕の方が賢いからな」

「じゃあ、俺があんたより賢いって証明できたら、何でも言うこと聞いてくれる?」

「ああ、いいよ」

「約束だからね」

「もちろんだよ」

 残念だったな、クソガキ。

 僕は、H大学を首席で卒業したエリート中のエリートだ。模試で百点を取りまくったせいで、小学校で未だ語りつがれる伝説の男だ。お前が勝つことは、永遠に訪れない。バーカ。

「じゃあ、次はこの問題を解いて」

「……わかったよ」

 僕が作成した最近の政治に関する個人の意見を述べよという問題を見て、ヒュラスは固まっている。


 その間に、先ほどの続きを考える。

 レイヴンの後ろには、頭の切れるラスボスがいるはずだ。

 ラスボスにとって、探偵は、使い捨ての駒だ。犯人が殺す瞬間に正体を明かしたり、ボロを出したりすれば、ラスボスは、探偵についている盗聴器でその情報を知ることができる。

 じゃあ、僕はこれからどうする?
 レイヴンを牢に閉じ込める方法はできる。ちょっと前までは、そうするつもりだった。

 しかし、盗聴器を使われているなら話は、別だ。レイヴンを閉じ込め放置するなんて生ぬるいことをしてしまえばすぐアウトだ。それは、殺人を好むギルが使う手ではない。ギルが別人であることがばれてしまう。

 とりあえず、他の独裁国家にも探偵が送られていないか調査してみよう。そこから、ラスボスの存在を見つけられるかもしれない。

 もし、それがダメだったら……。

「できたっ」

「おお、そうか」

 紙の上には、下手くそな字で人類皆殺し計画が書かれていた。



 僕は、それに無言で0点と書いた。
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