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余命一週間 過去編

最悪の出会い

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 ルジアから10キロほど離れたイテミスにあるアリケードという町でも、エリュシオン・リジルという銀髪に紫紺の目をした少年が逃げ出したと噂になっていた。

「これからどうするんだ?」

「そうだね。とりあえず北に行こう。ディナヴィアあたりでは、シオン・リジルはテネーブルを倒した功績があるから、助けてもらえるかもしれない」

 その時、二人のお腹が鳴った。

「お腹が空いたね。僕が食料を買ってくるから、エリュシオンはここで待っていて」

「俺も一緒に行く」

「銀髪の少年が逃げたと噂になっているからここにいて。こんな街外れの場所だったら来る人間もいないだろう」

 二人の怪しげな男の近くを通りかかった。耳を澄ますと二人の声が聞こえてきた。

「くそっ。ルキフェルの奴め」

「やっぱり強いですね」

「ああ、くそくそくそがっ。こんなことなら、あと時どさくさに紛れてやっていれば……。あ……」

 不意に自分と男の目が合った。

 ハデス・ダインスレイブだ。何でこんなところにいるんだ……。
 逃げようとするが、周囲が一瞬で炎の壁になって道をふさがれた。

「驚いたな。君は、シオンの息子じゃないか。おい、マクシム。そいつを拘束しろ」

「承知致しました」

 そう返事をした茶髪に鳶色の瞳をした筋肉質の男が、両腕を背後からガシッと掴んだ。黒くて冷たい鎧が洋服越しに肌に当たり痛みが走る。

「やめろっ。離せ!!!」

 必死で抵抗するがびくともしない。

「ちょうどいい。新しい実験をしようと思っていたところなんだ」

 ハデスは、面白いおもちゃを見つけたようにニタニタ笑いながら近づいてきた。

「カリロス・オルトロスが支配の王冠を作ったのは有名な話だ。だけど、カリロスが作ったものはそれだけじゃない。これを何だと思う?」

 ハデスは、懐から、禍々しい雰囲気のする腕輪を取り出した。

「死んだシオンから、支配の王冠と同じ紋様がある腕輪を見つけて驚いたよ。恐らくこれは、持ち主が死ぬまで外せない。これは、つけた人間を死ぬまで支配下に置く呪いの腕輪だと思う」

 必死で暴れるが、マクシムの拘束は解けない。ハデスは、俺の左腕を掴んで、腕輪をはめた。すると、その部分が熱湯でもかけられたように熱くなる。

「ああああああっ」

 腕輪を黒い靄となり、俺の腕に吸い込まれ見えなくなった。

「さあ、跪け」

 そう言われた瞬間、俺は、ハデスに対して跪いていた。
 それをみたハデスは、満足そうに頷いた。

「やはり予想通りだ。君は、シオンのように僕の優秀な駒になるに違いない。まずは実験だ」

 ハデスは、通りすがりの小さな少女を指さした。

「さあ、エリュシオン・リジルに命じる。そこにいる子供を殺せ」

 そう命令された瞬間、身体は勝手に石を持ち上げた。そして、石で少女の後頭部を殴りつけた。少女は、悲鳴をあげる暇もなく死んでいった。
 殺した後に、自分の手が恐怖のあまりブルブルと震えた。
 俺が……彼女を……殺した……。ジギルが知ったら、どれほど軽蔑されるだろうか。
 きっと嫌われるに違いない……。
 俺を助けてしまったことだって、後悔するだろう。
 だから、逃げ出されなければよかったんだ……。俺なんて絞首刑になって死んでいればよかった。

「ははははははははははははははははははははは。最高だ。実にいい駒を手に入れた。エリュシオン。お前には、自殺することを禁止する。死ぬまで僕に仕えるんだ。命令を遂行した後は必ず僕のもとに戻ってこい。特別な剣もやろう。僕のために大勢の人を殺していくんだ。さあ、受け取れ」

 地面に落ちた白い柄の剣を拾い上げる。柄には、蛇の紋章が刻まれていた。

「……」

 悔しさのあまり歯を食いしばる。ハデスを殺したい。殺したくてたまらないのに、何故か身体が動かない。

「今度は、質問に答えろ。今は誰と一緒に行動している?」

 やめろ。やめろ。やめてくれ。何も言いたくない。
 そう思うのに、勝手に口が開いた。

「ジキル・ヴェンデッタです」

 それを聞いたハデスは、とても面白いいたずらが思いついたようにニタニタと笑い出した。

「そうか。ジキルは、死刑判決がされた君を助けたんだな。じゃあ、君の恩人であるジキルを殺させるなんてどうだろうか」

「やめろ。それだけはやめてくれ。他にどんな命令だって聞く。あんたのために何でもするから、それだけはやめてくれっ!!」

 プライドを捨て土下座をしながら必死で頼む。
 ハデスは、そんな俺の顔を冷たい指でそっと持ち上げ夢見心地に微笑んだ。

「はっ。実に愉快だ。お前のそのすました顔がそんな風に歪むのがおもしろくてたまらないな。大嫌いなシオンの息子が、そんな面をすると思うと実に気分がいい」

「どうして……そんなことをするんですか!」

 ハデスは、俺のあごに手を当ててくいっと持ち上げ、楽しそうに語りだす。

「どうしてだって。面白いからに決まっているじゃないか。誰かが破滅に向かっていく過程はまるで彗星が落ちていくように美しい。現実の悲劇こそ、至上の芸術だと思わないか」

「そんな……」

「僕は、人の顔が絶望に染まる瞬間が好きなんだ。どんな物語や舞台よりもゾクゾクする。絶望こそ人間を惹きつける究極の毒だ。どんな素晴らしい作品よりも、絶望の方が人の心を惹きつけて離さない。まるで、毒のように支配していく」

 こいつは……狂っている。
 まともな価値観をしていない。
 まるで、悪魔みたいだ。

「エリュシオン・リジルに命じる」
 
 まるで愛おしむかのように俺の髪を優しく撫でながら、彼は耳元でそっと囁いた。
 

「ジキル・ヴェンデッタを殺してこい」
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