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June Bride
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梅雨にも関わらず、その日は快晴。
教会の庭を埋める花々も、彼等を祝福するかのように咲き誇っていた。
「おめでとうー!」
聖堂の扉が開き、式を終えた新郎新婦が現れる。
待ちわびていた出席者たちは、クラッカーを鳴らし、歓声を上げて出迎えた。
「て、照れるなぁ」
今ひとつタキシードを着なれない新郎は、それでも嬉しそうに笑顔を向ける。
「あ、お前に用は無いから。今日は彼女のキレーな姿を拝みに来ただけだし」
「そーそー。主役は花嫁だけ!男なんて添え物よ、添え物♪」
親しい友の軽口に、笑いが広がる。
彼等の言う通り、清楚なウエディングドレスに身を包んだ花嫁は輝くばかりの美しさを放っていた。
花びらのようなオーガンジーのヴェールも、髪を飾る銀のティアラも、長く裾を引く純白のドレスも、白い指に輝く永遠の愛の証マリッジリングも、少女の頃から夢見つづけたヒロインの衣装。
「おめでとう」
「本当に綺麗よ」
「幸せになってね」
友人たちが次々と祝いの言葉をかける中、はにかむ微笑を絶やさない花嫁の瞳は、かすかに潤んでいる。
そんな中私は、友人たちの輪の一歩外に立っていた。
言葉もなく視線を注ぐ彼女に、長身の影がささやきかける。
「羨ましい?」
「え?…別に」
顔を覗きこむ彼に、私は我に返った。
「そうか?じーっと見惚れてたじゃん」
「――― 花嫁が綺麗だからよ」
確かに、見惚れていたのは真実。
女性としての至福の瞬間だけに、普段より更に美しい。
その身にまとう白いドレスは眩しいくらいだ。
「確かに綺麗だよな。あいつにはもったいないくらいだ」
彼とて審美眼はあるようで、素直に花嫁を賞賛する。
そして私に向き直ると一言付け加えた。
「でも、お前の方がもっと綺麗だぜ♡」
「今日の主役は花嫁よ。失礼じゃないの」
臆面のない彼の言葉に、私は赤面してそっぽを向く。
その動きに合わせて、真新しいドレスの裾がひらひらと揺れた。
友人カップルの挙式にあたり、彼は新郎側・私は新婦側友人として それぞれ招待されたが、私が慶事用のドレスを持っていなかった為、彼がドレスブティックでミントブルーのワンピースドレスを選んでくれた。
「似合ってるぜ、それ」
「…そう?」
「ああ。白いドレスならもっと良かったんだけどな」
「白は花嫁の色よ。出席者が着るのは許されないのよ」
「だから、早く主賓になれたらいいなーって思ってさ」
「……もう」
私は苦笑する。
それでも、白い衣装の新郎新婦に自分たちの姿を投影してしまう。
いつか訪れる未来図を見ている気がして、なんだかくすぐったい。
「えー、ただいまマイクのテスト中ー」
ハンドマイクから幹事の声が流れた。
「オホン。あー、これから花嫁のブーケトスが始まりまーす。我こそはと思う独身女性は、前に来て下さーい」
その呼びかけに、若い女性たちが群なして移動する。
しかし、私だけはその場を動かない。
「どうした?お前も行って来いよ」
「必要ないわ」
「なんで?あれ欲しくないのか?」
花嫁からブーケを受け取った女は、次に花嫁になれるという。
信憑性はともかく、ブーケトスは若い娘に大好評なイベントなのに。
不思議がる彼に、私は澄んだ瞳を向けて言った。
「私は、もう行き先が決まっているもの」
思わぬ言葉に、彼は嬉しそうに笑う。そして同意するように私の肩を抱き寄せた。
「キャ~ッ」
その歓声に、ふと前を向く。
花嫁が投げたウエディングブーケは、時ならぬ一陣の風に乗って、大きく空を浮遊した。
まるで目標を持っているかのように。
そこを目指していたかのように。
――― ふわりと舞い降りる。
「……っと!」
目の前に降ってきたブーケを、彼が反射的に拾い上げていた。
「あ(汗)」
しまった、と気付いたのだろう。彼は取り損ねた女性陣と同様、しばし唖然とする。
「うそぉ…」
「やだ、なんで男が取っちゃうのよー」
「もーっ」
呆れたようなブーイングに、彼も困り果てている。
「やるよ」
女性陣の非難の目から逃れるように、彼は咄嗟に私にブーケを渡した。
「えっ?わ、私はいらないとっ」
「お前が持ってりゃ丸く収まるんだよ」
「そんな…」
皆の視線を一身に受け、私は恐縮してしまう。
指名された新たな花嫁。傍らに立つ花婿(候補)。
誰もが認める似合いの二人を前に、周囲の空気も和む。
「…んもー、ずるいなぁ」
「ブーケも行き場を知ってるって事かしら」
「あの娘なんて、とっくに新婚生活始めてるのにねぇ」
「ほーんと。今更じゃなーい」
親しみを込めた揶揄と笑い声の中、私は恥ずかしくてたまらない。
それでもブーケの存在は、確かに嬉しくて、知らず笑顔がこぼれている。
そんな私に彼は楽しそうに笑いながら、こっそり訊いた。
「ついでに挙式しちまおっか?」
「……バカッ!」
はにかむ花嫁と、照れる花婿。
友人たちの冷やかしと祝福。
6月の空は澄み、明るい陽射しは彼等の未来を示しているかのようだった。
END
教会の庭を埋める花々も、彼等を祝福するかのように咲き誇っていた。
「おめでとうー!」
聖堂の扉が開き、式を終えた新郎新婦が現れる。
待ちわびていた出席者たちは、クラッカーを鳴らし、歓声を上げて出迎えた。
「て、照れるなぁ」
今ひとつタキシードを着なれない新郎は、それでも嬉しそうに笑顔を向ける。
「あ、お前に用は無いから。今日は彼女のキレーな姿を拝みに来ただけだし」
「そーそー。主役は花嫁だけ!男なんて添え物よ、添え物♪」
親しい友の軽口に、笑いが広がる。
彼等の言う通り、清楚なウエディングドレスに身を包んだ花嫁は輝くばかりの美しさを放っていた。
花びらのようなオーガンジーのヴェールも、髪を飾る銀のティアラも、長く裾を引く純白のドレスも、白い指に輝く永遠の愛の証マリッジリングも、少女の頃から夢見つづけたヒロインの衣装。
「おめでとう」
「本当に綺麗よ」
「幸せになってね」
友人たちが次々と祝いの言葉をかける中、はにかむ微笑を絶やさない花嫁の瞳は、かすかに潤んでいる。
そんな中私は、友人たちの輪の一歩外に立っていた。
言葉もなく視線を注ぐ彼女に、長身の影がささやきかける。
「羨ましい?」
「え?…別に」
顔を覗きこむ彼に、私は我に返った。
「そうか?じーっと見惚れてたじゃん」
「――― 花嫁が綺麗だからよ」
確かに、見惚れていたのは真実。
女性としての至福の瞬間だけに、普段より更に美しい。
その身にまとう白いドレスは眩しいくらいだ。
「確かに綺麗だよな。あいつにはもったいないくらいだ」
彼とて審美眼はあるようで、素直に花嫁を賞賛する。
そして私に向き直ると一言付け加えた。
「でも、お前の方がもっと綺麗だぜ♡」
「今日の主役は花嫁よ。失礼じゃないの」
臆面のない彼の言葉に、私は赤面してそっぽを向く。
その動きに合わせて、真新しいドレスの裾がひらひらと揺れた。
友人カップルの挙式にあたり、彼は新郎側・私は新婦側友人として それぞれ招待されたが、私が慶事用のドレスを持っていなかった為、彼がドレスブティックでミントブルーのワンピースドレスを選んでくれた。
「似合ってるぜ、それ」
「…そう?」
「ああ。白いドレスならもっと良かったんだけどな」
「白は花嫁の色よ。出席者が着るのは許されないのよ」
「だから、早く主賓になれたらいいなーって思ってさ」
「……もう」
私は苦笑する。
それでも、白い衣装の新郎新婦に自分たちの姿を投影してしまう。
いつか訪れる未来図を見ている気がして、なんだかくすぐったい。
「えー、ただいまマイクのテスト中ー」
ハンドマイクから幹事の声が流れた。
「オホン。あー、これから花嫁のブーケトスが始まりまーす。我こそはと思う独身女性は、前に来て下さーい」
その呼びかけに、若い女性たちが群なして移動する。
しかし、私だけはその場を動かない。
「どうした?お前も行って来いよ」
「必要ないわ」
「なんで?あれ欲しくないのか?」
花嫁からブーケを受け取った女は、次に花嫁になれるという。
信憑性はともかく、ブーケトスは若い娘に大好評なイベントなのに。
不思議がる彼に、私は澄んだ瞳を向けて言った。
「私は、もう行き先が決まっているもの」
思わぬ言葉に、彼は嬉しそうに笑う。そして同意するように私の肩を抱き寄せた。
「キャ~ッ」
その歓声に、ふと前を向く。
花嫁が投げたウエディングブーケは、時ならぬ一陣の風に乗って、大きく空を浮遊した。
まるで目標を持っているかのように。
そこを目指していたかのように。
――― ふわりと舞い降りる。
「……っと!」
目の前に降ってきたブーケを、彼が反射的に拾い上げていた。
「あ(汗)」
しまった、と気付いたのだろう。彼は取り損ねた女性陣と同様、しばし唖然とする。
「うそぉ…」
「やだ、なんで男が取っちゃうのよー」
「もーっ」
呆れたようなブーイングに、彼も困り果てている。
「やるよ」
女性陣の非難の目から逃れるように、彼は咄嗟に私にブーケを渡した。
「えっ?わ、私はいらないとっ」
「お前が持ってりゃ丸く収まるんだよ」
「そんな…」
皆の視線を一身に受け、私は恐縮してしまう。
指名された新たな花嫁。傍らに立つ花婿(候補)。
誰もが認める似合いの二人を前に、周囲の空気も和む。
「…んもー、ずるいなぁ」
「ブーケも行き場を知ってるって事かしら」
「あの娘なんて、とっくに新婚生活始めてるのにねぇ」
「ほーんと。今更じゃなーい」
親しみを込めた揶揄と笑い声の中、私は恥ずかしくてたまらない。
それでもブーケの存在は、確かに嬉しくて、知らず笑顔がこぼれている。
そんな私に彼は楽しそうに笑いながら、こっそり訊いた。
「ついでに挙式しちまおっか?」
「……バカッ!」
はにかむ花嫁と、照れる花婿。
友人たちの冷やかしと祝福。
6月の空は澄み、明るい陽射しは彼等の未来を示しているかのようだった。
END
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