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青い空と白い風
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「いなくなったって!?」
ぬけるような快晴の空に、不似合いな困惑の叫びが響く。
「ごめんなさい、私のせいだわ」
一人の女性が自責の声音でオレに頭を下げる。
「きっと不安だったのよ。私が一人にしていたから…もう少し早く迎えに行けば良かったわ」
「いや、貴女の責任じゃないですよ」
「そうだよな。もしかすっと、イヤになって逃げたのかも知れないし」
揶揄まじりだが、悪友の不吉な言葉は可能性としてゼロではない。
しかし即座に否定する。
「今更逃げ出すわけない。とにかく、まだ時間もあるから手分けして捜そうぜ。騒ぎにならねえように頼むな」
そう言って、廊下を駆け出す。
「どうかしたの?」
直後、彼の前に小柄な影が現れた。
「さっきから何か、慌しいけど」
「ちょうど良かった」
オレはホッとしてかがみこみ、彼女の友人と目線を合わせる。
「実は……あいつの姿が見えなくなったんだ。ちょっと目ェ離した隙に、どっか行っちまったらしくて」
「――― まあ」
「もう時間も迫ってる。心当たり無いか?」
季節は初夏。空は眩しいくらい澄んでいる。
果てしなく広がる青色に、身も心も溶けてしまいそう。
眼下の地は何ひとつ遮る物が無い。
「――― おい!」
ふいに呼ばれ、背後を振り返る。
青一色の色彩の中、現れたのは、切り取ったように白い長身の影。
「あ…」
「何してんだよ、こんなとこで」
目のくらむような高さの鐘楼の上は、吹きさらす風にバランスを崩されかねない。
青い空を背に 白いドレスをたなびかせて立っている姿はまるで天使のようで、このまま飛び立ちそうな気がする。
そんな錯覚を故意に打ち消し、器用に足場を進んで歩み寄った。
「つかまえた」
そう言って手を握り、一応の確保に安堵する。
「…別に、逃げたつもりは無いのよ」
つられるように微笑が浮かぶ。
「窓から外を見ていたら、空があまりに綺麗だったので、もっと近くで見たくなっただけなの」
――― だからって、そんな格好で、こんな所まで登るかフツー?
とツッコミたかったが、嘆息まじりに笑い、言葉を飲み込む。
そして彼女の腰に両手を伸ばし、子供を抱えるようにヒョイと抱き上げた。
体重の少ない体は、白い鳥のように胸の中に舞い降りる。
「飛んで行っちまうかと思ったぜ」
「この期に及んで、敵前逃亡のような真似などするわけないでしょう」
――― もう少しマシなたとえは無いのかよ。
しかしそういうところも彼女らしい。愛しさがつのり、彼は優しく微笑する。
「……ま、逃げようったって逃がしゃしないけどな」
「わかってるわ」
肯定の言葉に、確信の笑顔。
当然の経緯のように、唇がふれあった。
唇が離れ、私は真正面から彼の顔をじっと見つめる。
「青い瞳ね」
「ああ?知ってたのか」
少し照れたような彼の声に、私はにっこりと笑う。
隔世遺伝なのか、突然変異なのか。
瞳の色が、よく見るとブルーである事を知ったのは、もうかなり以前。
普段、気づく者は少ないが、太陽光を反射したり、キスしようとして接近して見ると、深い青色だとわかる。
「空と海の色だわ」
そう言って私は、街のはるか彼方を臨む。
視線の先にあるのは、空と海の溶け合う接点。
「もう見慣れてるだろ」
「ええ」
私は同意し、再び彼に向き直った。
目の前にあるのは、空より澄んで、海より深い青い瞳。
これからは、この瞳の持ち主が、ずっとそばにいる。
そのことが嬉しくて仕方ない。
屋内にいると現実感が薄くて、愛しい色をした空に、より近づきたくなってしまった。
「そろそろ時間だ。皆が待ってるぞ」
「そうだったわね。降ろして」
「いや、このままで行こう」
風にさらわれてしまわぬように。
そして空に吸い込まれてしまわぬように。
彼は悪戯っぽく笑い、私を抱いたまま歩き始めた。
鐘楼から降り、そして塔を下る長い階段へと。
大聖堂では多くの友が、今や遅しと二人を待っている。
祝うような風を受け、白いドレスの裾と長いヴェールが幸せそうに揺れていた。
END
ぬけるような快晴の空に、不似合いな困惑の叫びが響く。
「ごめんなさい、私のせいだわ」
一人の女性が自責の声音でオレに頭を下げる。
「きっと不安だったのよ。私が一人にしていたから…もう少し早く迎えに行けば良かったわ」
「いや、貴女の責任じゃないですよ」
「そうだよな。もしかすっと、イヤになって逃げたのかも知れないし」
揶揄まじりだが、悪友の不吉な言葉は可能性としてゼロではない。
しかし即座に否定する。
「今更逃げ出すわけない。とにかく、まだ時間もあるから手分けして捜そうぜ。騒ぎにならねえように頼むな」
そう言って、廊下を駆け出す。
「どうかしたの?」
直後、彼の前に小柄な影が現れた。
「さっきから何か、慌しいけど」
「ちょうど良かった」
オレはホッとしてかがみこみ、彼女の友人と目線を合わせる。
「実は……あいつの姿が見えなくなったんだ。ちょっと目ェ離した隙に、どっか行っちまったらしくて」
「――― まあ」
「もう時間も迫ってる。心当たり無いか?」
季節は初夏。空は眩しいくらい澄んでいる。
果てしなく広がる青色に、身も心も溶けてしまいそう。
眼下の地は何ひとつ遮る物が無い。
「――― おい!」
ふいに呼ばれ、背後を振り返る。
青一色の色彩の中、現れたのは、切り取ったように白い長身の影。
「あ…」
「何してんだよ、こんなとこで」
目のくらむような高さの鐘楼の上は、吹きさらす風にバランスを崩されかねない。
青い空を背に 白いドレスをたなびかせて立っている姿はまるで天使のようで、このまま飛び立ちそうな気がする。
そんな錯覚を故意に打ち消し、器用に足場を進んで歩み寄った。
「つかまえた」
そう言って手を握り、一応の確保に安堵する。
「…別に、逃げたつもりは無いのよ」
つられるように微笑が浮かぶ。
「窓から外を見ていたら、空があまりに綺麗だったので、もっと近くで見たくなっただけなの」
――― だからって、そんな格好で、こんな所まで登るかフツー?
とツッコミたかったが、嘆息まじりに笑い、言葉を飲み込む。
そして彼女の腰に両手を伸ばし、子供を抱えるようにヒョイと抱き上げた。
体重の少ない体は、白い鳥のように胸の中に舞い降りる。
「飛んで行っちまうかと思ったぜ」
「この期に及んで、敵前逃亡のような真似などするわけないでしょう」
――― もう少しマシなたとえは無いのかよ。
しかしそういうところも彼女らしい。愛しさがつのり、彼は優しく微笑する。
「……ま、逃げようったって逃がしゃしないけどな」
「わかってるわ」
肯定の言葉に、確信の笑顔。
当然の経緯のように、唇がふれあった。
唇が離れ、私は真正面から彼の顔をじっと見つめる。
「青い瞳ね」
「ああ?知ってたのか」
少し照れたような彼の声に、私はにっこりと笑う。
隔世遺伝なのか、突然変異なのか。
瞳の色が、よく見るとブルーである事を知ったのは、もうかなり以前。
普段、気づく者は少ないが、太陽光を反射したり、キスしようとして接近して見ると、深い青色だとわかる。
「空と海の色だわ」
そう言って私は、街のはるか彼方を臨む。
視線の先にあるのは、空と海の溶け合う接点。
「もう見慣れてるだろ」
「ええ」
私は同意し、再び彼に向き直った。
目の前にあるのは、空より澄んで、海より深い青い瞳。
これからは、この瞳の持ち主が、ずっとそばにいる。
そのことが嬉しくて仕方ない。
屋内にいると現実感が薄くて、愛しい色をした空に、より近づきたくなってしまった。
「そろそろ時間だ。皆が待ってるぞ」
「そうだったわね。降ろして」
「いや、このままで行こう」
風にさらわれてしまわぬように。
そして空に吸い込まれてしまわぬように。
彼は悪戯っぽく笑い、私を抱いたまま歩き始めた。
鐘楼から降り、そして塔を下る長い階段へと。
大聖堂では多くの友が、今や遅しと二人を待っている。
祝うような風を受け、白いドレスの裾と長いヴェールが幸せそうに揺れていた。
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