彩りの月

高端麻羽

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~愛逢~

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燦月家は平安時代末期から現代に至るまで、一流の琴の奏手として朝廷に仕えながら流派を統べる一族として芸藝の世界に君臨していた。
歴代、当主となるのは女性で、歴代の典医兼守護役として仕えたのが、鍼灸術の名門と名高い朧家である。
朧家に待望の嫡男が誕生し、冬夜と名づけられたのは21年前の事。
その二年後、燦月家に跡取り娘の彩華が生まれ、冬夜は朧家の掟に倣い わずか1歳にして次代の守護役の任を拝命した。
3歳になるや、冬夜は父の指導で鍼術を学び始める。医術のみならず武術に於いても当主を守るのが朧家の務め。
学問・礼儀作法も共に厳しく躾けられ、ようやく基本を身につけた10歳の年、冬夜は初めて彩華と対面した。
――― その瞬間こそが、運命の出会い。
当初はそれを恋とは知らず、素直に好意を向け合った。
「オレは彩華を守る為に生まれて来たんだ」
「そうだとしたら嬉しいわ」
己に課せられた務めを誇りに思い、冬夜は胸を張る。
その真摯なまなざしを受け止めながら彩華は幸せそうに笑った。
しかし成長して互いの立場を理解すると、許されざる恋だという事にも気づいてしまう。
だが禁じられると余計に募るのが恋情で、二人は表面上 主と従者を装いながらも、密かに愛をはぐくみ合った。
その均衡が崩れたのは、彩華が15歳になった年。

燦月家のならわしで、女子は15歳の年に伴侶を選定する事になっている。
例に漏れず、彩華も誕生日から半年後に見合いが決まった。
見合いといっても形だけで、イコール結納のようなもの。つまりはその日に親の決めた相手との婚約が成立してしまう。
彩華の許婚者には二胡の名門・巌家の子息が選ばれている。血筋も技術も人格も親族一同のお墨付きで、燦月家の婿として申し分ない。
冬夜は己に忍耐を強いていた。いくら不服でも、どれほど彩華を想っていても、主従関係である以上、自分とは結ばれない運命なのだから。

「お見合いなんてしたくない」
日取りが決まった時、彩華はポツリと本心をこぼした。
「我侭を言うな、彩華」
本当は冬夜も同感だけど、そんな事を言っては彩華を困らせるだけである。
選ぶ自由も無く、断る自由も無く、親の言いなりに伴侶を決めなくてはならないのは彼も同じ。
あと一ヶ月もすれば冬夜も17の誕生日を迎え、遠からず朧家の掟に倣い許嫁が決定されるのだ。
そして彩華と同様、一年後には正式に婚姻が結ばれるだろう。
そんな格式高い、時代錯誤な家に生まれてしまったのだから。
気重そうにうつむく彩華に、冬夜はできる限り優しく力強い口調で告げた。
「オレはずっと彩華の傍に在るからな」

守護役の使命は一生涯を通して当主を守る事。
だからこそ親しすぎる仲を懸念されようとも二人は共に過ごせている。
誰よりも彩華の近くで生きられる事に感謝していたけれど、今はそれが少々恨めしい。
冬夜の胸中を知ってか知らずか、彩華は黙って彼の手を握り締めた。
口を開いたら胸の奥に渦巻く感情が飛び出しそうだったから。


そして彩華の見合い当日、冬夜は乱れる心を鎮めるべく自宅で武術の鍛錬にいそしんでいた。
しかし―――

「冬夜!」
大きな音を立てて、道場の扉が開かれる。そこには、血相を変えた父が立っていた。
確か、彩華の見合いに立ち会う当主の傍付きとして共に赴いたはずなのに。
「彩華様は来ていないか!?」
何事か、と問うより先に飛び出した父の言葉に冬夜は驚愕する。
「どういう事です、彩華は今日は見合いでは――― 」
「彩華“様”と呼ばぬか!」
つい口から飛び出した幼い頃からの呼び捨て癖に、恫喝するような父の怒声が飛ぶ。
「――― お引き合わせの直前、姿が見えなくなったのだ」
「え!?」
「方々探したが、どこにもいらっしゃらない。もしや……」
父は修練に関しては厳しいが、息子と令嬢の親しさを特に咎めた事は無かった。
だがこの非常事態に万一の事を想定したのかも知れないが、本気で驚いている息子を見て、言葉を変えた。
「…彩華様が行かれそうな場所に心当たりは無いか?」
一方、冬夜は錯綜する思考と感情に当惑する。
まさか、あの彩華が当主の言いつけに背くとは。しかも見合いという、御家挙げての行事を放棄するなどと。
心のどこかで嬉しさを感じずにはいられない。だがそれを表に出すわけにはゆかず、何より彩華の事が心配だった。
なにしろ世間知らずの深窓の姫、迷子になるだけならまだしも、不埒な輩に遭遇でもしたら一大事である。
「……わかりません。でも、オレも探しに行きます!」

燦月屋敷の敷地は広く、遊び場として不自由は無かったが籠の外を見てみたいという探検心も子供の常である。
せがむ彩華と共に冬夜は時折、屋敷を抜け出していた。
郊外に建つ屋敷の外は、やはり自然が広がっているだけだが“自由”へと続く風景は、新鮮な魅力に溢れている。
それらは大人たちの知らない二人だけの秘密の場所。きっとその辺りだと見当をつけ冬夜は片端から探し回る。
「彩華!彩華!どこにいる、彩華ー!」
既に陽も落ち、静寂に包まれる森の中に冬夜の声が谺した。
「彩華!オレだ!いるんだろう、彩華!?」
次の瞬間、近くの茂みがガサリと音を立て鮮やかな色彩が視界に飛び込む。
「冬夜!!」
振袖を翻して駆け寄る彩華を抱きとめ、冬夜は安堵の息をついた。
無事に発見できたという事実のみが純粋に嬉しくて。
彩華の方も冬夜が探しに来てくれた事、自分の居場所をわかってくれた事が嬉しくてたまらない。
彩華を抱きしめ、髪を撫ぜながら、冬夜は屋敷に戻ろうとたたみかけた。
「嫌!」
「何を言ってるんだ、彩華。当主様が心配なさっているぞ」
「母様なんて知らない。どうせ私なんか、燦月を継ぐ為の道具でしかないんだもの」
「彩華…」
冬夜は返す言葉に困ってしまう。
拗ねる彩華を無理に引きずって連れ戻す事もできず、とにかく落ち着くまで待とうと森の中を散策し始めた。

「彩華が我侭を言うと、皆が困るんだぞ」
「困ればいいのよ」
「彩華らしくない事を言うんじゃない」
「…冬夜も私の事なんてどうでもいいの?」
なかば八つ当たり気味に彩華は問い詰める。
冬夜が彩華の見合いに心穏やかでいなかった事くらい、とうに承知しているのに。
「燦月さえ継続するなら、私の意志なんておかまいなし?ただ言いなりの人形として生きろって?」
「そんな事は言っていない」
「じゃあ、どうして止めてくれないの!?」
彩華は繋いでいた冬夜の手を払い、叫ぶように言い放つ。
「私は、冬夜が好きなのよ!」
「!!」
瞬間、周囲の空気が変わる気がした。
「冬夜以外の…他の人と結婚なんて、絶対に嫌…!!」
涙を浮かべた彩華の告白に、冬夜は固まってしまう。
彩華の想いなら、ずっと昔から知っていた。
しかし、それは二人にとって破戒。永きに渡る絆と掟に阻まれた禁断の恋。
その事もわかっていたから、互いに口にはしなかったのに。
「彩華……オレは…」
「想う事も自由にできないなら、生きてる意味なんか無い!」
そう言うや彩華は胸元から出した懐剣を己が首に当てた。
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