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52話 聖女の光

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「ふ、ふざけるな! この女はニセモノの聖女だ! 傷なんて癒せるわけなかろう! それに私は侯爵に頼まれてサインしただけで、籍を抜くかどうかは私の責任ではない!」


 父を突き飛ばすように前に出てきたのは陛下だった。押された父は尻もちをつき、ゴロンと床に転がっている。


「皆の者! おまえらはこのカリエントの王子に騙されている! ……そうか、わかったぞ! この王子は我が国シャリモンドを乗っ取るつもりなのだ!」


 血走った目でシモン様を指差すと、陛下はゼエゼエと肩で息をし、睨んでいる。もう自分が何を言っているかもわからないのか「この男を捕らえよ!」と叫んでは、周囲を困惑させていた。


(他国の王子を捕まえるわけないのに。しかもシャリモンドよりも力がある国なのですから、そんなことしたら大問題になる。それどころか戦争になってもおかしくないわ)


 もうあきれた顔を隠す気にもならない。私は大きなため息を吐くと、シモン様の顔を見上げた。さぞや彼もあきれているだろうと思ったのに、意外にもニヤニヤと笑ってこの状況を楽しんでいるようだ。


 ゆっくりと芝居がかったような大げさな態度で歩くと、陛下に顔を近づけている。


「私がこの国を乗っ取る? 乗っ取ってどうするというのです? 国土は荒れ果て、町も壊れたこの国に利用価値があるとでも? わざわざ立て直すために奪うほど、私は暇ではありませんよ」


 そう言って彼が鼻で笑うと、陛下はギリギリと歯を食いしばり悔しがっている。するとシモン様はそんな陛下を軽蔑した目で見たあと、再び民衆に向かって話しかけた。


「このとおり、陛下はスカーレットの聖女の力を信じていない。それどころか、彼女の努力をあざ笑い意味のないことだと馬鹿にした。だから私の妻はこの国を出る時に、ある言葉を残したのだ」


 一気に広場からの視線が私に集中する。この国を出たのはほんの少し前なのに、今ではずいぶん昔のことみたい。


(それだけ今の私は、幸せなんだわ……)


 そっとシモン様に寄り添うと、彼も私の肩を抱き寄せてくれる。視線のすみにそんな私達を苦々しい顔で睨む陛下が見えた。


「スカーレットはこう言った。もう私の前に顔を見せないでほしいと。そしてもし自分が国を出た後に聖女の力が必要になっても、助けを求めるな。そう伝えたのだ。それはお前たち、覚えてるな」


 シモン様の冷たい声色に、青白い顔のオーエン様や父は激しく頭を上下に振っている。反対に陛下は認めたくないようで、うつむいてこちらを見ない。


「それならば、最後の言葉も覚えているだろう? もし聖女の力を求めるなら、自分の前にひざまずき、許しを請えと。陛下、その時あなたは『わかった』と答えた」


 もう陛下は口を開かない。そしてその態度で、この話はすべて真実なのだとその場にいる人々はわかったようだ。自分たちがボロボロの服でいるのは、怪我をして苦しんでいるのは、すべて王族が原因なのだと陛下を見る瞳に映っていた。


「さあ、愛しい我が妻、スカーレット。君の出番だよ」


 私はシモン様にエスコートされ、広場の真ん中に立った。遠くまで見渡すと本当にたくさんの人が来てくれている。包帯を巻いている人もいれば、顔に傷を負っている者もいる。


 それは大人だけでなく子供や赤ん坊ですらも、みな同じように傷ついていた。


(なぜ国民がこんなつらい状態なのに、ほうっておけるの……)


 私は後ろを振り返り、キッと陛下を睨みつける。苦しかったけれど、この国は私が必死に守ってきたものだ。国民が笑顔で安心に暮らせるよう頑張っていた。


 今はもうカリエントに尽くしていく身だけれど、きちんとケジメはつけておきたい。私はすうっと息を吸うと、自分に出せる1番大きな声で宣言した。


「これからわたくしは、ここにいる全員の傷を癒やしてあげましょう」


 にっこり微笑んでそう言うと、目の前の人々はぽかんとして意味がわからないといった様子だ。私は戸惑う民衆を前に、腕を上に大きく広げた。


「えっ……? ここにいる全員?」
「癒やすって傷が治るの?」
「あっ! みんな! あれを! 聖女様を見て!」


 内側から温かい熱が生まれている。その熱は一気に全身を巡り、自分のまわりが金色に光リ始めたのがわかった。


(ここにいる全員の痛みや苦しさが取れますように。元気で健康な体に戻りますように……!)


 そう心の中で願った瞬間、広げた手の先からぶわりと光が空に飛び出していく。そしてその黄金色の光は大きな玉になり、一気に広場全体に降り注いだ。


「わああ! なんて綺麗なの!」
「すごいぞ!」


 キラキラと光の粒が空から舞い降り、その場にいた人達に届いていく。皆その美しい光景に気を取られるばかりだったが、しばらくするとあちらこちらから驚く声が聞こえてきた。


「なんだこれは! 傷が消えてる!」
「私もよ! 骨が折れていたのに動かせるわ!」
「子供の熱も下がってるぞ!」
「聖女様だ! 聖女様の癒やしの力だ!」


(良かった。こんなに大勢の治療は初めてだったけど、無事に力が届いたみたい)


 目の前に広がる歓喜の表情に、私はホッと胸をなでおろした。さっきまで暗い顔だった人達が、みんな喜びの涙を流している。


(さて、後は最後の復讐ね。これでようやく終わるわ)


 私は集まった人々の嬉しそうな顔を眺め終わると、後ろを振り返った。そこには呆然とした表情のオーエン様や父、そして陛下がいた。そしてシャルロットも信じられないという表情で私を見ている。


 私はそんな彼らにゆっくりと手を差し出した。


「さあ、では私の前に跪《ひざまず》いて、謝罪してください」


 悪女のようにニヤリと笑ってそう言うと、みな真っ青な顔で震えていた。
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