上 下
41 / 55

41話 悔しがる王子 オーエンSIDE

しおりを挟む
 
「スカーレット様の聖女の力が、国民の間で噂になっているのです。それだけならまだしも、オーエン殿下が彼女を虐待した後、妹に心変わりし、国から追い出したという話が広まっておりまして……」

「私は虐待なぞしていないぞ!」

「わかっております。しかしスカーレット様はだいぶお痩せになっておられて、痣がたくさんあったそうです。直接見た者が王宮内にもいますから、それで一気に噂が広まって止めようがないのです」

「クソッ! ふざけるな! それでは王宮内で噂を広めたやつを捕まえろ!」



 怒りで口汚い言葉が勝手に出てくる。スカーレットが痩せていたのは覚えているが、私が暴力をふるったことは一度もない。たしかに妹のシャルロットに心変わりした様に見えたかもしれないが、それは誤解だ!


 私は近くにあった花瓶を叩きつけ、宰相に向かって叫んだ。


「早くこの騒ぎを止めろ! 私は無実なんだ!」
「そ、そうは言いましても! 国民は聖女を求めていますから、スカーレット様が姿を見せないかぎりは納得しないでしょう」


 オドオドとした宰相の態度に苛立っていたが、その言葉に霧が晴れたようにパアッと気持ちが明るくなっていく。


「ならちょうどいい! 私がカリエントまでスカーレットを迎えに行こう! それなら解決するし、彼女にすべて誤解だと説明させればいい」


(この騒ぎを知ったら彼女は喜んで帰ってくるぞ。なにせ聖女の真似事が好きだからな。これこそ神の導きだ!)


 興奮した私がそう言うと、なぜか宰相は気まずそうにしている。そしてモジモジと言いにくそうな顔で口を開いた。


「そ、それが、今朝カリエントから書簡が届きまして。スカーレット様への面会目的での入国を禁じるとのことです」
「なんだと! まさかシモンか!」


 あいつには陛下の不正という弱みを握られている。それにスカーレットとの間で起こった内情を暴露されたら、それこそ国民の怒りが爆発してしまうだろう。


「シモンめ。徹底的に私の邪魔をするつもりか!」


 私は目についた物を手当り次第投げつけ、怒りを発散させる。もともと私はあの男が大嫌いだった。大国カリエントという、我が国より影響力が強い王子というだけじゃない。


 人目を引く容姿。男らしい体格。令嬢たちは夜会に彼が現れれば、列を作るように話しかけるのだ。そのうえスカーレットにまで目をつけ、さらっていくとは!


(どうせあいつも彼女を聖女として利用するつもりなんだ。私とは違う!)


 私は別に彼女が聖女じゃなくても良かった。知性的だし顔立ちもいい。妃教育も文句も言わず従い、従順だ。欠点の黒髪だって私なら見逃してやった。


(そもそもあの婚約破棄だって、侯爵がそそのかしたのだ!)


 スカーレットがあまりにも私に関心がないので、その文句を侯爵に言った時だ。別に本気で怒っているわけじゃない。どうせ私たちが結婚することは決定している。


 しかし何気なく言ったその言葉に、彼はニヤリと笑ってこう言った。


「それなら娘に婚約破棄をすると、言ってみてください。きっとスカーレットは殿下にすがってきますよ」


 最初はそんな馬鹿げたことをと断ったが、侯爵が熱心に「娘は忙しくて殿下の気持ちに気づいていない」だの「子供の頃から困ったことが起こらないとわからない性分だ」と言うので、つい耳を傾けてしまった。


(たしかに浮気のような態度くらいでは、スカーレットは本気だとは思わないのだろう。いつも冷静な彼女を驚かせ、私との結婚がどれほど大事なのか思い知ればいい)


 しかしその考えはあまりにも浅はかだった。そんな私の行動のすきをシモンは狙っていて、スカーレットを奪われた。残ったのは男遊びをするシャルロットだけ。


 社交界でこの醜聞が広まったせいで、どの貴族たちも自分の娘を私と関わらせようとしない。いい笑い者だ。


「クソ!」


(私はあの親子に騙されたのだ! 私は悪くない! 悪いのはあの二人だ! それなのになぜ私が悪者になっているのだ!)


 壊す物すらもうこの部屋にはなく、私は力任せに椅子を蹴り倒す。ハアハアと息を荒げ肩を震わせていると、背後から震える宰相の声が聞こえてきた。



「あ、あの、で、殿下、新しい聖女を作るというのはどうでしょうか? 彼らは聖女が国を去ったことで、恐ろしいことが起こると不安なのです。きっと新たに聖女が現れたら安心するでしょう」

「なに……?」


 ゆらりと体を起こし振り返ると、宰相はビクリと肩を震わせた。まるでネズミのようにチョロチョロとその場で足踏みをし、私の反応を待っている。


(そうか、悪者はシャルロットに代わってもらえばいい……)


 彼女を聖女にして、この暴動を抑えよう。きっとあの女なら嬉々として受け入れるはずだ。


「宰相、陛下に面会の申し込みをしてくれ。それにシャルロットと侯爵も呼べ。今すぐにだ!」


 結界があるかなんて知らない。スカーレットの怪我を癒す力が本物かなんてわからないが、必要なら金で人を雇って嘘の噂を流せばいい。


 それに偽物だと知られたところで、「侯爵家が王家を騙した」と言えばいいじゃないか。


「あの親子に罰を与えねばな……」


 私は乱れた髪を整えそう呟くと、ニヤリと笑った。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

妹に婚約者を奪われ、聖女の座まで譲れと言ってきたので潔く譲る事にしました。〜あなたに聖女が務まるといいですね?〜

雪島 由
恋愛
聖女として国を守ってきたマリア。 だが、突然妹ミアとともに現れた婚約者である第一王子に婚約を破棄され、ミアに聖女の座まで譲れと言われてしまう。 国を頑張って守ってきたことが馬鹿馬鹿しくなったマリアは潔くミアに聖女の座を譲って国を離れることを決意した。 「あ、そういえばミアの魔力量じゃ国を守護するの難しそうだけど……まぁなんとかするよね、きっと」 *この作品はなろうでも連載しています。

くだらない冤罪で投獄されたので呪うことにしました。

音爽(ネソウ)
恋愛
<良くある話ですが凄くバカで下品な話です。> 婚約者と友人に裏切られた、伯爵令嬢。 冤罪で投獄された恨みを晴らしましょう。 「ごめんなさい?私がかけた呪いはとけませんよ」

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

妹がいなくなった

アズやっこ
恋愛
妹が突然家から居なくなった。 メイドが慌ててバタバタと騒いでいる。 お父様とお母様の泣き声が聞こえる。 「うるさくて寝ていられないわ」 妹は我が家の宝。 お父様とお母様は妹しか見えない。ドレスも宝石も妹にだけ買い与える。 妹を探しに出掛けたけど…。見つかるかしら?

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

処理中です...