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41話 悔しがる王子 オーエンSIDE
しおりを挟む「スカーレット様の聖女の力が、国民の間で噂になっているのです。それだけならまだしも、オーエン殿下が彼女を虐待した後、妹に心変わりし、国から追い出したという話が広まっておりまして……」
「私は虐待なぞしていないぞ!」
「わかっております。しかしスカーレット様はだいぶお痩せになっておられて、痣がたくさんあったそうです。直接見た者が王宮内にもいますから、それで一気に噂が広まって止めようがないのです」
「クソッ! ふざけるな! それでは王宮内で噂を広めたやつを捕まえろ!」
怒りで口汚い言葉が勝手に出てくる。スカーレットが痩せていたのは覚えているが、私が暴力をふるったことは一度もない。たしかに妹のシャルロットに心変わりした様に見えたかもしれないが、それは誤解だ!
私は近くにあった花瓶を叩きつけ、宰相に向かって叫んだ。
「早くこの騒ぎを止めろ! 私は無実なんだ!」
「そ、そうは言いましても! 国民は聖女を求めていますから、スカーレット様が姿を見せないかぎりは納得しないでしょう」
オドオドとした宰相の態度に苛立っていたが、その言葉に霧が晴れたようにパアッと気持ちが明るくなっていく。
「ならちょうどいい! 私がカリエントまでスカーレットを迎えに行こう! それなら解決するし、彼女にすべて誤解だと説明させればいい」
(この騒ぎを知ったら彼女は喜んで帰ってくるぞ。なにせ聖女の真似事が好きだからな。これこそ神の導きだ!)
興奮した私がそう言うと、なぜか宰相は気まずそうにしている。そしてモジモジと言いにくそうな顔で口を開いた。
「そ、それが、今朝カリエントから書簡が届きまして。スカーレット様への面会目的での入国を禁じるとのことです」
「なんだと! まさかシモンか!」
あいつには陛下の不正という弱みを握られている。それにスカーレットとの間で起こった内情を暴露されたら、それこそ国民の怒りが爆発してしまうだろう。
「シモンめ。徹底的に私の邪魔をするつもりか!」
私は目についた物を手当り次第投げつけ、怒りを発散させる。もともと私はあの男が大嫌いだった。大国カリエントという、我が国より影響力が強い王子というだけじゃない。
人目を引く容姿。男らしい体格。令嬢たちは夜会に彼が現れれば、列を作るように話しかけるのだ。そのうえスカーレットにまで目をつけ、さらっていくとは!
(どうせあいつも彼女を聖女として利用するつもりなんだ。私とは違う!)
私は別に彼女が聖女じゃなくても良かった。知性的だし顔立ちもいい。妃教育も文句も言わず従い、従順だ。欠点の黒髪だって私なら見逃してやった。
(そもそもあの婚約破棄だって、侯爵がそそのかしたのだ!)
スカーレットがあまりにも私に関心がないので、その文句を侯爵に言った時だ。別に本気で怒っているわけじゃない。どうせ私たちが結婚することは決定している。
しかし何気なく言ったその言葉に、彼はニヤリと笑ってこう言った。
「それなら娘に婚約破棄をすると、言ってみてください。きっとスカーレットは殿下にすがってきますよ」
最初はそんな馬鹿げたことをと断ったが、侯爵が熱心に「娘は忙しくて殿下の気持ちに気づいていない」だの「子供の頃から困ったことが起こらないとわからない性分だ」と言うので、つい耳を傾けてしまった。
(たしかに浮気のような態度くらいでは、スカーレットは本気だとは思わないのだろう。いつも冷静な彼女を驚かせ、私との結婚がどれほど大事なのか思い知ればいい)
しかしその考えはあまりにも浅はかだった。そんな私の行動のすきをシモンは狙っていて、スカーレットを奪われた。残ったのは男遊びをするシャルロットだけ。
社交界でこの醜聞が広まったせいで、どの貴族たちも自分の娘を私と関わらせようとしない。いい笑い者だ。
「クソ!」
(私はあの親子に騙されたのだ! 私は悪くない! 悪いのはあの二人だ! それなのになぜ私が悪者になっているのだ!)
壊す物すらもうこの部屋にはなく、私は力任せに椅子を蹴り倒す。ハアハアと息を荒げ肩を震わせていると、背後から震える宰相の声が聞こえてきた。
「あ、あの、で、殿下、新しい聖女を作るというのはどうでしょうか? 彼らは聖女が国を去ったことで、恐ろしいことが起こると不安なのです。きっと新たに聖女が現れたら安心するでしょう」
「なに……?」
ゆらりと体を起こし振り返ると、宰相はビクリと肩を震わせた。まるでネズミのようにチョロチョロとその場で足踏みをし、私の反応を待っている。
(そうか、悪者はシャルロットに代わってもらえばいい……)
彼女を聖女にして、この暴動を抑えよう。きっとあの女なら嬉々として受け入れるはずだ。
「宰相、陛下に面会の申し込みをしてくれ。それにシャルロットと侯爵も呼べ。今すぐにだ!」
結界があるかなんて知らない。スカーレットの怪我を癒す力が本物かなんてわからないが、必要なら金で人を雇って嘘の噂を流せばいい。
それに偽物だと知られたところで、「侯爵家が王家を騙した」と言えばいいじゃないか。
「あの親子に罰を与えねばな……」
私は乱れた髪を整えそう呟くと、ニヤリと笑った。
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