37 / 55
37話 本当の誓い
しおりを挟む「以前、シャリモンド国に来たことがあったのですか?」
握り返されたシモン様の大きな手は温かくて、私は自然と彼の肩に寄り掛かる。もっと近づきたい。もっとお互いの熱を感じたい。普段ならはしたないと否定する気持ちも、この人の前では当たり前のように思えてくるから不思議だ。
でもそれは彼も同じだったみたい。私たちの指はお互いの隙間をなくすように、ピッタリとからまっていく。
「……ああ、十歳の頃だ。身分を隠し商人として他国の視察をしていたのだが、その時に君を教会で見たんだ」
そう言って振り返ったシモン様の顔はまだほんのり赤く、照れくさそうに私を見ている。
「ちょうどシャリモンドで聖女が現れたという噂が耳に入ってね。あの国に結界があるのは知っていたが、長年聖女はいなかった。しかもシャリモンドには我が国と違って、魔力のある人はいない。だから君に興味がわいたんだ」
話しながら手を引っ張られ、私たちは長椅子に座る。私は離れているほうが変な気持ちになって、そのまま彼の肩に頭をあずけた。
「最初は結界が見えなかったんだ。それで思った。なるほど、聖女は国民を安心させるための象徴で、作り話なんだと。それなのに君が教会に入ってしばらく経つと、空からキラキラした金色の光が降り始めた」
「王宮で話していた『結界を最初に見た時』というのは、十歳の出来事だったのですか?」
ランディという男性の怪我を治した時に、シモン様は確かにそう言っていた。てっきり今回の留学で来た時の話だと思っていたのだけど、違ったみたいだ。彼はその指摘にクスッと笑っている。
「ああ、そうなんだ。その光景が忘れられなくてね。幼い私は君をもう一度見るために、教会の外で待っていた。出てきた君を見た時、驚いたよ。真っ青な顔でフラフラと歩いているのに、誰も助けようとしない光景に怒りすら覚えた」
「シモン様……」
当時の気持ちを思い出しているのか、彼は悲しそうな顔で私の肩を抱き寄せる。
「それでも同じ年頃の少女が、国のために身を捧げているのを見て衝撃を受けた。その頃の私といったら、我儘で世間知らずな子供だったからね」
「今のシモン様からは想像もできないですけど……」
「そうか? でも本当だ。災害のことも自分は王宮の奥深くにいるから、気にしたこともなかった。考えるのは遊ぶことだけ。視察も旅行気分だった」
シモン様は眉を下げ気まずそうに笑うと、また話を続ける。
「それから私は聖女について調べるようになってね。それで君の能力が結界ではなく治癒だとわかった。しかも違う能力を使うとかなり体を消耗して衰弱していくと。それで私はシャリモンドの陛下あてに忠告の手紙を送ったんだ」
「え? そうなのですか?」
シモン様がそんなことをしてくれていたなんて! 話したこともない私のために、一国の王に手紙を出すのは許可を取るのも大変だっただろう。
「もちろん自分の身分はあかしたよ。そしてシャリモンドの陛下からは「忠告感謝する」という返事が届いた。しかし――」
そこまで言うと、シモン様はそっと私の頬を大きな手で包み込んだ。慈しむように優しくふれるその手は、私のこけた頬をじんわりと温めていく。
そんな手紙が来ていたことは、陛下から一度も聞いたことがなかった。どうせあの方のことだ。大国カリエントの王子からとはいえ、未成年からの手紙を本気にしていなかったのだろう。
(きっとそんな手紙があったことも忘れているはず……)
今さらだけど母国への失望が止まらない。私が「はあ……」と大きくため息を吐くと、シモン様は慰めるように私の頭を優しくなでた。
「数年後、君が痩せ細っていると報告があった時は苦しかったよ。しかも婚約者からは冷遇されているという。だからどんな手を使ってでも、君を救い出そうと考えたんだ」
「では今回の留学は……」
シモン様は私の問いに無言でうなずいた。少し照れているけれど、その姿が私にはよけいに愛おしくて、目の奥が熱くなっていく。
「しかし婚約のことは謝りたい。あれは君の傷ついた心につけ込んだ契約だ。考える暇も冷静になる間も与えず、君に婚約を持ちかけた。本当に悪かったと思っている」
「そんな! そんなことありませんわ! あの時はわたくしだって、シモン様の提案が必要だったんです!」
あれは納得して決めたことだ。私を虐げた人に復讐するため、半ばシモン様を利用したといっても過言じゃない。それなのに彼は「そんなことないよ」と言って否定する。
「スカーレット。君は聖女だ。だけど私が心から愛しているのは、君の心の清らかさだ。聖女だから好きになったわけじゃない」
そう言うとシモン様は椅子から降り、私の前にひざまずいた。そして私の手をとると、美しい宝石のような瞳で私を見つめる。
「スカーレット。君は幼い頃から私の憧れだった。その気持ちは、今では愛に変わっている。だからもう一度言わせてくれ」
喉の奥が苦しい。何か言いたくても言えなくて。涙があふれ、止めることができない。そんな私の震える手を、シモン様はぎゅっと握った。
「私と結婚してほしい」
「はい! シモン様……!」
シモン様の愛の言葉に、私は弾かれたように彼に抱きついた。厳しい妃教育を受けた私には大胆ではしたなく思えるけど、胸の奥から湧き出る衝動を抑えることができなかった。
「これで私がスカーレットのことだけを、愛しているとわかってくれたかい?」
「はい。もう十分に……」
そう返事をし、私は少しだけ体を離し顔を上げた。こぼれる涙はシモン様がぬぐってくれている。私はすうっと深呼吸をし、今の素直な気持ちを言葉にした。
「わたくしも、シモン様を愛していますわ。側室の末席でもいいから妻にしてほしい、と願うほどに」
ふふっと微笑んでそう言うと、シモン様は目を丸くし、同じように笑顔になった。そのまま私たちの視線はからみあい、自然と顔が近づいていく。そしてあと少しで隙間がなくなるというその時、耳元で甘い囁きが聞こえてきた。
「スカーレット、愛している」
「わたくしも」という言葉は、シモン様の唇にふさがれ言えなかった。それでもきっと口にしなくても、伝わったはずだ。初めてするお互いを求め合うようなキスは、それだけで彼の愛が伝わってくるのだから。
……とはいえ、少し伝えすぎたかもしれない。
お互いしか見えていなかった私たちは、あわてて会いにきた陛下やカリナ様の存在に気づかなかった。最終的に「え~コホンコホン」という陛下の大げさな咳払いで、私はシモン様を突き飛ばすように立ち上がり、ひたすら謝罪することになったのだった。
36
お気に入りに追加
5,638
あなたにおすすめの小説
投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」
リーリエは喜んだ。
「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」
もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
妹に婚約者を奪われ、聖女の座まで譲れと言ってきたので潔く譲る事にしました。〜あなたに聖女が務まるといいですね?〜
雪島 由
恋愛
聖女として国を守ってきたマリア。
だが、突然妹ミアとともに現れた婚約者である第一王子に婚約を破棄され、ミアに聖女の座まで譲れと言われてしまう。
国を頑張って守ってきたことが馬鹿馬鹿しくなったマリアは潔くミアに聖女の座を譲って国を離れることを決意した。
「あ、そういえばミアの魔力量じゃ国を守護するの難しそうだけど……まぁなんとかするよね、きっと」
*この作品はなろうでも連載しています。
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら
影茸
恋愛
公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。
あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。
けれど、断罪したもの達は知らない。
彼女は偽物であれ、無力ではなく。
──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。
(書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です)
(少しだけタイトル変えました)
聖女追放 ~私が去ったあとは病で国は大変なことになっているでしょう~
白横町ねる
ファンタジー
聖女エリスは民の幸福を日々祈っていたが、ある日突然、王子から解任を告げられる。
王子の説得もままならないまま、国を追い出されてしまうエリス。
彼女は亡命のため、鞄一つで遠い隣国へ向かうのだった……。
#表紙絵は、もふ様に描いていただきました。
#エブリスタにて連載しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる