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37話 本当の誓い

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「以前、シャリモンド国に来たことがあったのですか?」


 握り返されたシモン様の大きな手は温かくて、私は自然と彼の肩に寄り掛かる。もっと近づきたい。もっとお互いの熱を感じたい。普段ならはしたないと否定する気持ちも、この人の前では当たり前のように思えてくるから不思議だ。


 でもそれは彼も同じだったみたい。私たちの指はお互いの隙間をなくすように、ピッタリとからまっていく。


「……ああ、十歳の頃だ。身分を隠し商人として他国の視察をしていたのだが、その時に君を教会で見たんだ」


 そう言って振り返ったシモン様の顔はまだほんのり赤く、照れくさそうに私を見ている。


「ちょうどシャリモンドで聖女が現れたという噂が耳に入ってね。あの国に結界があるのは知っていたが、長年聖女はいなかった。しかもシャリモンドには我が国と違って、魔力のある人はいない。だから君に興味がわいたんだ」


 話しながら手を引っ張られ、私たちは長椅子に座る。私は離れているほうが変な気持ちになって、そのまま彼の肩に頭をあずけた。


「最初は結界が見えなかったんだ。それで思った。なるほど、聖女は国民を安心させるための象徴で、作り話なんだと。それなのに君が教会に入ってしばらく経つと、空からキラキラした金色の光が降り始めた」

「王宮で話していた『結界を最初に見た時』というのは、十歳の出来事だったのですか?」


 ランディという男性の怪我を治した時に、シモン様は確かにそう言っていた。てっきり今回の留学で来た時の話だと思っていたのだけど、違ったみたいだ。彼はその指摘にクスッと笑っている。


「ああ、そうなんだ。その光景が忘れられなくてね。幼い私は君をもう一度見るために、教会の外で待っていた。出てきた君を見た時、驚いたよ。真っ青な顔でフラフラと歩いているのに、誰も助けようとしない光景に怒りすら覚えた」

「シモン様……」


 当時の気持ちを思い出しているのか、彼は悲しそうな顔で私の肩を抱き寄せる。


「それでも同じ年頃の少女が、国のために身を捧げているのを見て衝撃を受けた。その頃の私といったら、我儘で世間知らずな子供だったからね」

「今のシモン様からは想像もできないですけど……」

「そうか? でも本当だ。災害のことも自分は王宮の奥深くにいるから、気にしたこともなかった。考えるのは遊ぶことだけ。視察も旅行気分だった」


 シモン様は眉を下げ気まずそうに笑うと、また話を続ける。


「それから私は聖女について調べるようになってね。それで君の能力が結界ではなく治癒だとわかった。しかも違う能力を使うとかなり体を消耗して衰弱していくと。それで私はシャリモンドの陛下あてに忠告の手紙を送ったんだ」

「え? そうなのですか?」


 シモン様がそんなことをしてくれていたなんて! 話したこともない私のために、一国の王に手紙を出すのは許可を取るのも大変だっただろう。


「もちろん自分の身分はあかしたよ。そしてシャリモンドの陛下からは「忠告感謝する」という返事が届いた。しかし――」


 そこまで言うと、シモン様はそっと私の頬を大きな手で包み込んだ。慈しむように優しくふれるその手は、私のこけた頬をじんわりと温めていく。


 そんな手紙が来ていたことは、陛下から一度も聞いたことがなかった。どうせあの方のことだ。大国カリエントの王子からとはいえ、未成年からの手紙を本気にしていなかったのだろう。


(きっとそんな手紙があったことも忘れているはず……)


 今さらだけど母国への失望が止まらない。私が「はあ……」と大きくため息を吐くと、シモン様は慰めるように私の頭を優しくなでた。


「数年後、君が痩せ細っていると報告があった時は苦しかったよ。しかも婚約者からは冷遇されているという。だからどんな手を使ってでも、君を救い出そうと考えたんだ」

「では今回の留学は……」


 シモン様は私の問いに無言でうなずいた。少し照れているけれど、その姿が私にはよけいに愛おしくて、目の奥が熱くなっていく。


「しかし婚約のことは謝りたい。あれは君の傷ついた心につけ込んだ契約だ。考える暇も冷静になる間も与えず、君に婚約を持ちかけた。本当に悪かったと思っている」
「そんな! そんなことありませんわ! あの時はわたくしだって、シモン様の提案が必要だったんです!」


 あれは納得して決めたことだ。私を虐げた人に復讐するため、半ばシモン様を利用したといっても過言じゃない。それなのに彼は「そんなことないよ」と言って否定する。


「スカーレット。君は聖女だ。だけど私が心から愛しているのは、君の心の清らかさだ。聖女だから好きになったわけじゃない」


 そう言うとシモン様は椅子から降り、私の前にひざまずいた。そして私の手をとると、美しい宝石のような瞳で私を見つめる。


「スカーレット。君は幼い頃から私の憧れだった。その気持ちは、今では愛に変わっている。だからもう一度言わせてくれ」


 喉の奥が苦しい。何か言いたくても言えなくて。涙があふれ、止めることができない。そんな私の震える手を、シモン様はぎゅっと握った。


「私と結婚してほしい」
「はい! シモン様……!」


 シモン様の愛の言葉に、私は弾かれたように彼に抱きついた。厳しい妃教育を受けた私には大胆ではしたなく思えるけど、胸の奥から湧き出る衝動を抑えることができなかった。


「これで私がスカーレットのことだけを、愛しているとわかってくれたかい?」
「はい。もう十分に……」


 そう返事をし、私は少しだけ体を離し顔を上げた。こぼれる涙はシモン様がぬぐってくれている。私はすうっと深呼吸をし、今の素直な気持ちを言葉にした。


「わたくしも、シモン様を愛していますわ。側室の末席でもいいから妻にしてほしい、と願うほどに」


 ふふっと微笑んでそう言うと、シモン様は目を丸くし、同じように笑顔になった。そのまま私たちの視線はからみあい、自然と顔が近づいていく。そしてあと少しで隙間がなくなるというその時、耳元で甘い囁きが聞こえてきた。


「スカーレット、愛している」


「わたくしも」という言葉は、シモン様の唇にふさがれ言えなかった。それでもきっと口にしなくても、伝わったはずだ。初めてするお互いを求め合うようなキスは、それだけで彼の愛が伝わってくるのだから。


 ……とはいえ、少し伝えすぎたかもしれない。


 お互いしか見えていなかった私たちは、あわてて会いにきた陛下やカリナ様の存在に気づかなかった。最終的に「え~コホンコホン」という陛下の大げさな咳払いで、私はシモン様を突き飛ばすように立ち上がり、ひたすら謝罪することになったのだった。

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