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20話 教会で受けた傷

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 教会に着いて一番最初に出向かえたのは、長年私の教育係をしている男性だ。司教様に忠実で、いつも私を見張っている。男は私がヴェールをかぶっていることに驚いた顔をしていたが、すぐにキッと睨みつけ文句を言い始める。


「スカーレット! あなたは結界の重要性をわかっていないのでは? こんなに遅くにやってきて、どういうつもりですか!」


 自分が上の立場なのだと知らしめるようなその言い方に、私はヴェールの中から睨み返す。結界の重要性なら私が一番知っている。この男は魔力もなく、結界だって見えていない。なにひとつ役に立っていないのに、なぜこんなに偉そうにできるのだろう。


(……昨日までの私なら、ここで謝っていたのよね。子供の時からそうやって過ごしていたから気づかなかったけど、曲がりなりにも私は聖女。しかも侯爵家の人間だわ。このような言い方に我慢する必要はなかったのよ!)


 きっとこれがシモン様の言っていた「教会に行けば気づくことが多い」ということなのね。一度自分のことを大事にしようと決意すると、どれだけ虐げられてきたかが見えてくる。


 私はカツンと靴音を大きく鳴らし、男のほうに一歩踏み出した。いつもの態度と違うせいか、彼も戸惑うようにキョロキョロと辺りを見回している。父かオーエン殿下が一緒ではないか探っているのだろう。なんて小さい男だ。


「いつもより遅いですが、教会に来る時間は決められていないはずです。あなたに文句を言われる筋合いはありませんわ」


 ピシャリと言い返すと、男は目を丸くして私をじっと見ていた。本当にいつものスカーレットなのか疑っているのだろう。じろじろと不躾に見ては、後ろから王族が来るのでないかとビクついている。それを無視して私が横を通り過ぎると、彼は焦ったように私を追いかけてきた。


「そ、その態度はなんですか! あなたにはお説教部屋が必要だと司教様に言いますよ!」


 その言葉に私はピクリと眉を動かし、足を止めた。男も同時に立ち止まり、私のほうをニヤニヤと見つめている。


(……ああ、忘れてたわ。私が少しでも教会に意見すれば、あの薄暗い物置に閉じ込めてたわね)


 泣いてごめんなさいと叫んでも、まだ反省が足りないと突き放された。それを父に言っても「おまえが悪いからだ」と取り合ってももらえなかったわね……。


 そして今も。この男は、私が自分に許しを請うと思っているのだわ。


(虫唾が走る……。十歳の子供だった私に、この国はなにもしないどころか、痛めつけるばかりだった)


 きっと今まで考えるのを止めていたのだろう。一つ思い出すと、連鎖するようにいろんな出来事を思い出す。この事だってそうだ。オーエン様に慰めてもらおうと、お説教部屋のことを相談したことがある。


 父が駄目なら、婚約者の彼が教会に注意してくれると期待したのだ。しかし涙目で訴える私に浴びせられた言葉はこうだった。


「それはスカーレットが愚図だからだ! 私は一度もそのような罰を受けたことがない! もっとしっかりしてもらわないと、私の妃として恥ずかしいぞ!」


 救いを求めて差し出された手は無残にもはね除けられ、私はその日から必死になって勉強や聖女としての仕事を頑張るようになったのだけど……。


(結局みんなに利用されただけだったわね。慰めて訴えてくれたのは叔母様だけ)


 心の奥底に閉じ込めていたつらい記憶が、ふつふつと怒りの感情を呼び起こす。私は爪が食い込むほど手を握りしめ、心を落ち着かせるために深呼吸をして振り返った。
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