上 下
16 / 55

16話 叔母の家を訪ねる者

しおりを挟む
 
 早馬で先に状況を知らせていたせいか、屋敷に着くとすぐに扉から叔母様が出てきた。私はバサリとヴェールを取って、心配そうに見つめる叔母様に駆け寄る。


「叔母様! 突然すみません。わたくし……」
「いいのよ。いずれこういう日が来ると思っていたの。いいえ! そうしなくてはいけないと、ずっと思ってたわ。だからあなたが王宮から出てきて嬉しいのよ。さあ、入ってちょうだい」


 幼い頃に死んでしまった母の妹である叔母様は、私の背中を優しくさすり屋敷に招き入れてくれた。中に入ってみると胃に優しそうな温かい食事が用意してあり、すべてお見通しといったところだ。


「さあ、まずは腹ごしらえをしないと、何もできないわよ。今日はとりあえず食事をすませたら、ゆっくり体を休めなさい。これからのことは、明日決めましょう」
「叔母様……ありがとうございます」


 久しぶりに会う叔母様からしてみれば、私のやつれた様子は一目瞭然なはずだ。それでも彼女は驚いた顔や心配な表情を見せず、とにかく体を休めろと勧めてくる。


(もしかしたら考えている以上に、私ってゲッソリしてるのかも……)


 見慣れすぎていると当たり前になって、現状がわからなくなるものだ。それに料理をしっかり見たのも久しぶりかもしれない。今までは時間がなくて、とりあえず出されたものを体に流し込むだけの日々だった気がする。


 目の前にはホコホコと湯気が立つ黄金色のスープに、柔らかい白パン。飲み込みやすいように小さく切ったチキンの横には、茹でた野菜がたっぷり添えてあった。その野菜には、私の好きなハーブが入ったソースがかかっている。


(このソース、匂いがきつくて残るから、王宮では禁止されてたのよね……)


 でも誰も私の不満なんて気にしない。叔母様だけが、こうやって私の好物を用意してくれるのだ。改めて私の置かれていた環境を思うと、悲しくなってくる。


「明日もスカーレットが好きな食事を用意しますからね」


 じっと見つめるだけでなかなか食べようとしない私の背中に、叔母様の温かい手が優しくふれる。


(そうだわ! これからの私はもう次期王妃ではない! 聖女でもない普通の令嬢になるんだから、人生を楽しまなきゃ!)


「……ありがとうございます! ではいただきますね!」


 一口スープを飲むと、それが全身に行き渡るように温かさが広がってくる。


「美味しい……。すごく美味しいです。叔母様!」
「そう、良かったわ。おかわりもあるから、いっぱい食べて体調を整えましょうね」
「はい!」


 叔母様の言うとおり、しっかり食べて体力を取り戻さなくちゃ。それが私が幸せになるため、そしてあの人たちを跪かせるために、大切なことなんだから!


 私は全部平らげるどころか、おかわりまでして、久しぶりの食事を堪能した。その後も叔母に勧められるまま、ゆっくりとお風呂につからせてもらう。こんなに時間をかけてお風呂に入るのはいつぶりだろう。


 薔薇の香りがする湯船で脚を伸ばし、ふうっと息を吐く。王宮で縮こまっていた自分を解き放つように、少し行儀悪く体を伸ばすと、湯船から出た自分のふくらはぎを見てギョッとしてしまった。


(な、なにこれ! 青あざがいっぱいできてる!)


 驚いて湯船から立ち上がり確認すると、体のあちこちに青あざができていた。


(魔力の使いすぎだわ……。それに体重もかなり落ちてる。太ももは細すぎるし、脇腹なんて骨が浮いて見えてるじゃない……)


 魔力を使いすぎると、ちょっとぶつけただけでも青い痕が残ってしまう。まだ魔力のコントロールができない子供の頃にはよくできていたけど、大人になってからは滅多にならなかった。


「体はこんなに悲鳴を上げてたのね……」


 それなのに王宮では誰も助けてくれなかった。それどころかそんな私を利用し続けようとしていたんだ。落ち着いて考えれば考えるほど、王宮や教会の私の扱いは酷かったと気付かされる。


(本当に私も馬鹿だったわ! 自分を犠牲にしすぎよ!)


 時には夜中まで妃教育の復習をした日もあった。教育係に厳しく言われ、泣いた夜も数え切れないほどあった。でもこれからは違う。自由の身なんだ。私は温かいベッドの中で、明日から仕掛ける復讐に思いを馳せながら、ゆっくりと瞼を閉じた。


 ◇


(でも復讐……とはいっても、わりと無計画なのよね……まだ時間はあるにしても、逃げる場所はどうしようかしら?)


 考えてもみなかった婚約破棄や妹の影になるという軟禁状態を突然聞かされて、とりあえず王宮から出てきたけれど、その先の策はぼんやりとしている。


「まずは教会に行かなくちゃね……」


 朝食を終え部屋に戻って次の行動を考え込んでいると、コンコンと扉をノックする音が部屋に響いた。


「スカーレット、あなたにお客様が来ているわ。でもね、初めて聞くお名前でどうしたらいいかわからないの」
「え……? 私にお客様ですか?」


 この叔母様の屋敷でお世話になると伝えたのは、あの場にいた者だけだ。それに叔母様が知らない名前なら、社交界の人じゃないということになる。もしかして教会の関係者が知ってここに来たのだろうか? すると叔母様は予想外の人物の名を口にした。


「それがね『シモン』だといえば、わかるとしか言わないのよ。身なりは立派だけど家名を言わないのが気になって……」
「シ、シモン様?」
「あら、やっぱり知ってる方だったの?」
「はい! 叔母様、すみません! お部屋に通してもらえますか?」


 カリエント王国のシモン様。たしかに昨夜の話し合いの前までは一緒にいたけれど、なぜ私がここにいると知っているのかしら。私が叔母様にお願いし応接部屋に行くと、彼はすでに優雅な姿でお茶を飲んでいた。


「やあ! スカーレット! 昨夜は大変だったね!」
「シ、シモン様。どうしてこちらに?」


 ここに来たということは、昨日の話し合いの結果を知っているということだ。ならば彼にとって、私に利用価値などない。未来の王太子妃でも王妃にもならない。聖女の地位も取り上げられ、幽霊のような存在になるのだ。


(それを知って、なぜここに?)


 呆然と立ち尽くし、彼の真意を探ろうと見つめる。それなのにシモン様はそんな私の様子がおかしいらしい。プッと吹き出すと、私のほうに近寄ってきた。


 そのままポンと私の肩にふれると、顔が近づく。昨日のオーエン様と同じくらい近づいているのに、不思議と嫌な気持ちにはならなかった。


「あはは! そんなの決まってるだろう? 君をカリエントの王妃にするためだよ」
「は、はあああ?」


 シモン様の突拍子もないその言葉に、長年の王妃教育など吹っ飛び、私は大声を出して驚いていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

投獄された聖女は祈るのをやめ、自由を満喫している。

七辻ゆゆ
ファンタジー
「偽聖女リーリエ、おまえとの婚約を破棄する。衛兵、偽聖女を地下牢に入れよ!」  リーリエは喜んだ。 「じゆ……、じゆう……自由だわ……!」  もう教会で一日中祈り続けなくてもいいのだ。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

妹に婚約者を奪われ、聖女の座まで譲れと言ってきたので潔く譲る事にしました。〜あなたに聖女が務まるといいですね?〜

雪島 由
恋愛
聖女として国を守ってきたマリア。 だが、突然妹ミアとともに現れた婚約者である第一王子に婚約を破棄され、ミアに聖女の座まで譲れと言われてしまう。 国を頑張って守ってきたことが馬鹿馬鹿しくなったマリアは潔くミアに聖女の座を譲って国を離れることを決意した。 「あ、そういえばミアの魔力量じゃ国を守護するの難しそうだけど……まぁなんとかするよね、きっと」 *この作品はなろうでも連載しています。

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです

秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。 そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。 いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが── 他サイト様でも掲載しております。

偽物と断罪された令嬢が精霊に溺愛されていたら

影茸
恋愛
 公爵令嬢マレシアは偽聖女として、一方的に断罪された。  あらゆる罪を着せられ、一切の弁明も許されずに。  けれど、断罪したもの達は知らない。  彼女は偽物であれ、無力ではなく。  ──彼女こそ真の聖女と、多くのものが認めていたことを。 (書きたいネタが出てきてしまったゆえの、衝動的短編です) (少しだけタイトル変えました)

処理中です...