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4話 隣国の王子シモン

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「シモン様!」
「おや! スカーレットじゃないか? 夜会はもう終わったか? 君の主催だからわざわざ苦手な夜会に出ようとしたのに、帰るなんてひどいぞ」
「わたくしの主催ではありませんわ。招待状は殿下の名で届いたでしょう?」
「あんなの貰った者はみんな知ってるよ。名ばかりの主催だって」


 そうやって笑うのは、隣国カリエントからの客人であるシモン様だ。隣国の高位貴族として来ているが、実は彼も王族だ。カリエント国の第一王子、シモン様。


 数ヶ月前からこの国に来たのだけど、精力的にいろんな場所を見ては学んでいた。そのように外を出歩いているせいか、また騎士の訓練に参加しているからか。


 彼はオーエン殿下とは違い、屈強でたくましい体型だ。王子だと知らなかったら、最初の印象は騎士団長だろう。男らしい体型がタキシードに張りを与え、きっと令嬢たちを虜にするはずだ。


 日に焼けた肌に白い歯。そして艷やかな金色の髪が月の明かりでキラキラと光り、なんとも幻想的な雰囲気があった。


 ――異国の王子様という言葉がピッタリね。まあ、本当にそうなんだけど


「それで、泣きそうな顔をしているけど、どうしたんだい? もしかして婚約破棄でもされたかい?」


 いつの間にか私も彼の姿に見惚れていたのかもしれない。突然のその言葉にいつもの令嬢の仮面が剥がれ、目を丸くして驚いてしまった。


「はは! どうしてわかったって顔だな! でも本当にあいつも馬鹿だな。こんなに可愛い顔をした婚約者をないがしろにするなんて」
「可愛くありませんわ……ボロボロです」


 本当に恥ずかしいほどだ。妹だけではない。他の令嬢たちに比べても、明らかに見劣りする。こんな私が王妃だなんてそれこそ間違いなのかもしれない。


「一生懸命に頑張る姿を、可愛いと思うのは変か?」
「え……」
「そりゃあ、他の綺麗な令嬢に比べれば、スカーレットはボロボロかもしれないけど」
「なら言わないでくださいませ。自分でもわかっているのですから」


 ――少しは慰めてくださるのかと思ったら!


 ふてくされプイッと横を向くと、シモン様は豪快に笑って私の頭をポンとさわった。


「まだ話には続きがあるんだ。今の君はたしかにやつれてるよ? でも俺にとっては、それは頑張った証だ。俺の母親は何人も子供を産んでるが、出産した後はいつもそんな状態だった。でもな、その姿こそ俺は一番美しく感じたんだ。今の君も同じだ。頑張ったからそんな顔をしているんだろう?」

「シモン様……」


 嘘でもいい。今の私には暗闇に光が見えたようで、その言葉にすがりたかった。


 ――彼の婚約者が羨ましいわ。こんな人となら一緒に頑張っていけるのに。


 当然のことだけど、彼も王族でカリエント国には婚約者がいる。あまり話には出てこないけど、きっと美人で優しい人だろう。同じ王族の婚約者でも大違いだ。でもこれ以上深く考えるのはよしたほうがいいわね。どうせ、私がオーエン様と結婚するのは変わりないもの。


 ――だって私はこの国の聖女。


 聖女は王族と結婚することが決まっている。王太子であるオーエン様の下に弟殿下はいるけれど、まだ八歳だ。今はああやってシャルロットに夢中になっているけれど、オーエン様が王太子の座を捨てるとは思えない。


 お飾りの王妃として頑張るしかない未来を思うと苦しいけど、これもきっと私の人生なのだろう。はあ……と大きくため息をつくと、それを見たシモン様が私の頭をコツンと叩いた。


「また悩んでるな。一人で頑張りすぎだ」
「……そうかもしれません」
「だから一人で悩んで解決しようとしなくていい。今回のことは、俺からも殿下に話してみよう」
「……いいのですか?」


 男同士で同じ王族だからこそ、理解し合えるかもしれない。私から言ってもきっと煩がられておしまいね。私は素直にシモン様の助けにのり、二人でオーエン様の私室に向かった。


 しかしそんな私の考えは、甘かったみたいだ。


 殿下の部屋からは、妹の甘い嬌声が聞こえ、私たちは頭を抱えるしかなかった。
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