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現世編
010.『彼が今日自殺をする理由』02
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琢磨は状況を理解するのに時間を要したが、翔吾が敵対的であることに対して怒りをぶつけた。
「何だてめえ、人のクラスに首突っ込んでんじゃねえよ!」
だがそう言い終わる頃には翔吾の拳が琢磨の鼻っ面を強烈に殴打していた。琢磨はよろめいて二三歩下がり、鼻を押さえた。翔吾は琢磨を見たまま悠然と立っていた。琢磨は右腕を振って反撃を試みた。しかしそれが翔吾に届くより早く翔吾の前蹴りが琢磨の腹に刺さった。琢磨は力んだ瞬間に鳩尾を突かれ息ができなくなってうずくまった。彼は咳込んだ。その姿を翔吾は黙って動かずに見下ろしていた。琢磨は息が整うと翔吾の上体に跳び付いてタックルを仕掛けた。しかし翔吾の体はそれによってバランスを崩すことはまったくなく、彼は両腕で琢磨の脇を持って上体をひねり、琢磨を地面に叩きつけてしまった。背中を地面に強く打った琢磨は今度は肺を圧迫され、再び咳込んだ。彼は苦しさのあまり涙をこぼした。琢磨は今度こそ起き上がれなくなった。すると翔吾は倒れている琢磨を蹴った。翔吾が琢磨を蹴ると「ばしっ!」という重い音が教室中に響いた。琢磨は頭を抱え、体を海老のように小さく丸めて耐えることしかできなかった。翔吾はそんな琢磨を何度も蹴った。十度ほど蹴ると翔吾は蹴るのをやめた。翔吾が蹴るのをやめると琢磨がしゃくり上げて泣く声が教室に静かに響いた。琢磨を見下ろしている翔吾は汗一つかかず、息を乱してさえいなかった。彼は黙って教室を去って行った。
その日以来、琢磨は杏奈をいじめなくなった。代わりに琢磨がいじめられるようになった。いじめといっても、無視をされたり、仲間外れにされたりといった程度で、琢磨が喧嘩が強いことを知っていたクラスメイトたちは直接的に彼を非難しなかった。琢磨自身も喧嘩で負けて無様に泣く姿をみなに見られたので、いつものようにみなと接することができなくなっていた。
そんな琢磨に手を差し伸べたのは意外にも他でもない真琴と杏奈だった。はじめそれに戸惑った琢磨だが、孤立状態に耐えられず堰を切ったように何かと友達ぶった態度を二人に対してとるようになった。悠樹ははじめそんな琢磨を拒絶したが、人がいい真琴と杏奈が受け入れると仕方なく悠樹も琢磨を受け入れた。
四人はたいてい琢磨の家で遊んだ。男子三人の中で一番裕福な琢磨はそれを自慢できるのが嬉しかったし、見たことのないおもちゃや遊んだことのないゲームで遊べるのが三人は嬉しかった。裕福さでいえば杏奈の家の方が上ではあったが、杏奈はそれを自慢したくて友達を家に呼ぶ性格の持ち主ではなかったし、杏奈の父はこだわりが強く怒りっぽい性格の持ち主であり、彼女は三人を家に招くことはしなかった。
転入した当初は琢磨に因縁をつけられたこともあって浮いた存在になってしまった真琴だが、琢磨が大人しくなり、お人好しで相手に合わせられる真琴の人間性が徐々に見えてくると、何を言っても否定しないし、何をして遊んでも周りに合わせてくれるので、真琴は何にでも誘われる人気者になった。しかしクラスメイトと打ち解けてからむしろ真琴にとって新たな苦悩の種が三つできた。
一つ目はクラスメイトからの「家に遊びに行っていい?」という質問だった。真琴でさえアパートには入居していないことになっており、人目を盗むように帰宅しているところへ、友達を連れて帰りなどすれば近所に見つかり話が大家に伝わるリスクは増す。友達を家に連れて来ないという約束を母としたわけではなかったが、それをしてはいけないことを真琴は知っていた。狭い家を見せたくないという心理もそれに拍車をかけた。お人好しの真琴にとって何かを断ることは多くの場合苦痛だった。
また二つ目はゲームやSNSや動画サイトの話題についていけないことであった。もともと裕福ではなかった真琴の家だが、離婚によりゲーム機やPCを買う余裕はさらになくなった。クラスにはスマートフォンを持っている子もいた。お小遣いをまったくもらっていない子どもは珍しく、真琴はそれを悟られないよう取り繕うのに苦労した。
三つ目は父のことが話題に上ることだった。母子家庭はこの頃すでに珍しくなくなっていたので真琴は父がいないことを素直に打ち明けることができたが、その度に心の穴に風が吹き抜けるのを感じて虚しい思いをした。
学校ではある宗教団体のことがよく話題になった。それは真琴たちの住む柳原市月見が丘の外れに大きな活動拠点をもつ「ウサギ教」という新興宗教だった。自殺の名所として全国的に知られる「月見が丘の樹海」の入口にそびえる白く背の高い無表情な工場のような姿をした施設を総本山にもち、その建物は夜には白い壁が月明かりに照らされて、樹海と夜空の背景に真っ白で無機質な人工物がくっきりと見えるという不気味な景観をつくった。真琴のアパートの窓からもその姿が見え、真琴はそれを不思議な気持ちで眺めることがあった。「現世からの解放」や「本当の解脱」といった文言の並ぶ紙が各家庭のポストによく投函され、それを学校でみなで見て笑い合うこともあった。夜な夜な奇妙な儀式をしているとか、信者の体を使って人体実験をしているなど、不穏な噂もあった。
藤原家の家計は常に逼迫していた。食事は米が中心で、おかずは納豆や目玉焼きが多かった。アルバイトで忙しい母は凝ったものを作る余裕がなく、カップ麺やパンだけの食事も多かった。真琴は小学校三年生にしては珍しく毎日掃除や洗濯を手伝った。おもちゃや服は買ってもらえなかった。母も無駄なものは買わずに倹約に励んだ。
「もう少ししたら正社員になれる。そうしたら好きなものを買えるし好きなものを食べれる。広いおうちに住める」というのが母の口癖だった。夜寝ているときにふと母が真琴に話しかけて謝ることがあった。母はいつも「ごめんね」と言った。真琴はただ「うん」とだけ答えた。
月見が丘に引っ越して最初の誕生日に母が真琴にスニーカーを買ってきてくれたことがあった。それは何万円もする流行のバスケットシューズだった。誕生日を祝ってもらうのは幼稚園生の頃以来だった。真琴は申し訳なさそうに「ありがとう」と言った。息子に他の家の子に負けない誕生日プレゼントをしてあげられたことが嬉しくて、母は真琴よりも喜んでいた。申し訳なさと嬉しさがない交ぜになって、真琴は夜灯りを消したあと布団の中で母に気付かれないように泣いた。彼はもったいなくて学校には一度だけしかそれを履いて行かなかった。学校でも高価なスニーカーは履いてはいけない規則になっていたが、どうしても自慢したくて一度だけ履いて行くと、それから数日真琴は靴のことでクラスメイトから称賛され、誇らしい気持ちを味わった。靴は友達と土日に遊ぶときにだけ履くようにしたが、遊んで汚れると必ずすぐに家で洗った。
二人が引っ越してから一年が経った頃、母がアルバイトから怒って帰って来たことがあった。真琴は母のそのような姿を見るのは初めてだった。母は真琴に愚痴を言った。彼女は「嘘つきは人として最低」「ブラック企業」「ひどい上司」という言葉を脈絡もなく並べた。深く聞かなかった真琴は母が正社員にしてもらえるという約束を反故か保留にされたのだと静かに悟った。
その頃には慰謝料も底が見え始めていた。仕方なく母はずっと断り続けてきた親戚の援助に頼ることにした。母は当座をしのげることに安堵したものの、プライドの高い彼女は自責の念を募らせた。
母のため息の数はその頃から増えた。また、服のたたみ方がおかしいとかご飯の食べ方がおかしいなどつまらないことで癇癪を起こし真琴にあたり散らすようになった。夜中に眠れず布団の上でぼうっと座っていることも増えた。真琴はそんな母を心配することはあっても恨むことは決してなかった。
そんな母に笑顔が戻ったのは真琴が小学校五年生のときだった。職場から帰って来た母は笑顔で「吉原さん」という男性の話をよくするようになった。吉原さんは最近東都から転勤して来た母と同じ職場の別のセクションのマネージャーだった。誠実で優しくて母より少しだけ年上だった。彼は病気で妻に先立たれ、再婚相手を求めていた。歳の近い二人の男女はすぐに懇意になった。真琴は嬉しそうに吉原さんのことを話す母を見て安堵した。
そんな真琴にも一つだけ気がかりなことがあった。母の帰りが遅くなったことだ。それがデートによるものだったら良かったのだが、遅くに帰って来た母はウサギ教の会報誌を持っていることが多かった。はじめのうちそれを真琴に見せまいとした母だが、そのうち真琴にも入信を勧めるようになった。
母が妙な噂の絶えない宗教に傾倒すること自体に不安を覚えていた真琴だが、母の心の安寧の一助となればと思いあえて反対はしなかった。だが自分が入信するとなると強い抵抗があった。友達に知られれば学校でいじめられるし、宗教活動に参加することにより友達と遊ぶ時間が減るのが嫌だった。しぶる真琴に対し母は一度だけでもと月例集会へ誘った。真琴はいやいやながらそれを承諾した。ウサギ教は仏教や神道をベースに西洋やアジアの様々な宗教の教えを取り入れた特殊な教義をもった。東都に多くの信者をもつが、彼らが「聖地」と呼ぶ最大の活動拠点は月見が丘の例の施設だった。急激に信者を増やしていて、その数は全国で一万近くにものぼった。
真琴が月例集会へ行く日、家に吉原さんがやって来た。真琴が吉原さんを見るのも吉原さんが家を訪れるのもそれが初めてだった。母の話通り誠実で優しそうな人だった。痩せていて背はあまり高くないが、年齢よりも若く見えた。彼は「大人しくていい子だね」などと言って真琴をほめた。笑うと目が細くなった。その笑顔がなぜか妙に真琴を不安にさせた。
アパートを出ると前の道に彼の白いバンが停めてあった。中にはすでに二人乗っていた。その二人の顔を見ると真琴は心臓が飛び出そうになった。一人はクラスメイトの吉原由衣という女の子だった。肩くらいまでの髪と白い肌をもつ、小柄であまり目立たない女の子だった。もう一人はあの阿久津翔吾だった。クラスメイトや同学年の生徒にウサギ教との関りを知られたくない真琴は無駄な抵抗とわかっていながらも、できるだけ顔を伏せて車に乗り込んだ。
走る車の中で吉原さんが二人のことを紹介してくれた。吉原由衣が吉原さんの娘であることをこのとき真琴は初めて知った。翔吾の両親もウサギ教に入信していて、しかし仕事が忙しくて集会に出られないため、二人の送迎を吉原さんがいつも引き受けているとのことだった。吉原さんは真琴のことも二人に紹介した。真琴は「やめてくれ」と思ったがそれを口にすることはできなかった。吉原さんはしきりに明るく真琴に話しかけてきたが、真琴は緊張と気まずさから言葉少なに受け答えした。由衣も翔吾も真琴に話しかけてはこなかった。真琴もできるだけ二人と目を合わせないようにした。一度も同じクラスになったことのない翔吾のことはよく知らなかったが、由衣はクラスにいるときより緊張しているように見えた。きっと自分と同じ気持ちなのだろうと真琴は思った。
車窓の中で施設の姿が次第に大きくなった。遠くからは一つの大きな白い箱に見えたが、近づくと起伏や表情をもち、建物も複数あった。施設の近辺では急に交通量が増えた。みな施設へ向かう車だった。広い駐車場では私服の大人が赤い棒を振って笑顔で車を誘導していた。
施設には学校の体育館よりもまだ広そうなホールがあり、中にはすでにたくさんの人がいて、月に一度だけ顔を合わせる人たちがしきりに挨拶を交わす声で騒がしかった。翔吾と由衣と真琴は「こども会」と呼ばれる十八歳以下の未成年だけの集まりに参加するためにそこで別れ、母と吉原さんはホールに残り、三人は渡り廊下で繋がった別の施設へと向かった。「こども会」の会場へは翔吾が案内してくれた。
子どもだけになると先を歩く翔吾の背の高さが際立った。車の中では吉原さんとばかり話していた翔吾だが、大人と別れてからは真琴にしきりに話しかけてきた。真琴にとって翔吾は倒れた琢磨を蹴っている姿ばかりが印象として強かったが、話してみると明るくて優しくて気さくで、話し方にも声にも清潔感があった。彼は「俺もほんとは出たくないよこんなつまんない集会」などと言って笑った。「親が変な宗教やってると子供が苦労するよな」と言って真琴と由衣の緊張をほぐしてくれた。
「こども会」は体育館の半分くらいの広さの「講堂」と呼ばれるホールで行われた。「講堂」には小学校一年生くらいから高校生くらいまでの百人ほどの子どもがいた。会は優しそうな大人の男性が進行した。ふりがなのついたウサギ教の経典の抜粋が書かれた紙が配られ、それを大人が解説するというのが主な内容だった。紙には見たこともない漢字やカタカナの宗教用語が多く並び、真琴にはほとんど意味がわからなかった。周りの子どもたちを見るとやはり意味がわかっていなさそうで、大人の話もろくに聞いていなかったが、いつものことなのだろう、男性もそれを咎めることはなかった。男性の解説を聞くと、紙に書いてあるのは結局「人を傷つけるといつか自分もその報いを受ける」だとか「親を大切にしなきゃいけない」だとかいった学校の先生がよく言ったり道徳の教科書に書いてあったりすることと同じようなことだった。
教義の解説のあとは楽譜が配られて歌を歌うコーナーが始まった。「しあわせのうた」というタイトルで、歌詞は協力の精神の大切さを謳うものであり、宗教色はほとんどなかった。部屋の隅のオルガンで小綺麗な格好をした女の人が伴奏をした。真琴は知らない歌だし恥ずかしいので歌っているふりをした。周りを見るとみなも真剣には歌っていなかった。翔吾は口を動かしてさえいなかったし、楽譜を見てさえいなかった。女子は一応小声で歌う子が多かった。由衣もそうだった。
帰りも吉原さんが車で送ってくれた。先に翔吾の家に寄ったが、そこは悠樹の家がある旧山名町の近くの街区の古い一軒家だった。翔吾は「じゃあな」と真琴に挨拶した。真琴も遠慮がちに会釈した。
家に着いたのは二十一時過ぎだった。結局由衣とは一言も交わさなかった。母は猫なで声で吉原さんと別れの挨拶を交わしていた。そんな声を出す母を見るのは初めてのような気がした。家に入ると「どうだった?」と母に笑顔で聞かれた。真琴は返事に困り、母の期待した答えではないことをわかっていながら、ただ「うん、わかんない」とだけ言ってそそくさと風呂に入った。
真琴がウサギ教の集会に参加したことが他のクラスメイトに知られることはなかった。それ以降由衣とも話すことはほとんどなかったし、集会に参加することもなかった。
母はアルバイトを始めて三年目も四年目も正社員になれなかった。母もいつしかそれを諦めて現状を受け入れるようになっていた。細々となら生活していける。しかし真琴が中学生になり、高校生になれば学費が増えること、そうなれば現状のままでは生活できないことを母も真琴も頭の片隅で理解していた。
母は吉原さんの話をあまりしなくなった。吉原さんとは職場で相変わらず顔を合わせるし、ウサギ教の月例集会への車での送迎もしてもらっているが、それ以外の接点はもたないようだった。「恋人」だった二人が「友達」になったことを真琴はそれとなく悟った。
代わりに母は以前にも増してウサギ教での活動に力を入れるようになった。仕事の帰りにビラを地域の家庭のポストに配り、夜遅くに会報誌の記事の編集をし、休みの日には「こども会」の出し物や飾りつけの準備をした。真琴はビラ配りをしている母の姿を友達に見られないか不安だった。会報誌の編集に必要なPCを母がどのように手に入れたのか、母は話さなかったし真琴も聞かなかった。無理がたたったのか母はよく咳をするようになった。熱や鼻水はなかった。ひどいときには夜中も咳込んで目を覚まし、食事もほとんど摂らなかった。それでも母はアルバイトを休むわけにはいかなかったし、ウサギ教の活動も続けた。真琴は一度だけ病院に行くように勧めたが案の定すげなく断られた。真琴は体も心も壊している母を心配した。しかし夢中になるものを見つけた母からそれを奪うべきではないようにも思えた。真琴は母が体を壊すたびに「無理しないでね」とだけお願いした。
ウサギ教の活動に熱を入れていた母は自然と家事がおろそかになった。インスタント食品や冷凍食品で食事を済ますことが多くなり、掃除、洗濯、買い物まで真琴がこなすようになった。友達と遊ぶのは週末だけになりそれが真琴にはつらかったが、それでも悠樹たちは仲良くしてくれた。母は二段ベッドの上段にはしごで登るのもつらそうだったので、上段には真琴が寝て母は下段に寝るようになった。
いよいよもうすぐ中学生になるという小学校六年生の冬に真琴は「塾に入りたい」と母に打ち明けた。県内でもトップクラスの大学進学率を誇る県立柳原高等学校へ多数の合格者を毎年出している佐藤ゼミナールが中学校の通学路にあり、そこなら家事も続けながら勉強ができると真琴は考えた。
しかし母は真琴の予想に反して「そんなお金あるわけないでしょ!」と怒鳴った。ショックのあまり真琴が黙っていると悪いことをしたと思ったのか母が「どうして急にそんなこと言うの?」と聞いてきた。真琴は涙をこらえながら「お母さんをお金持ちにしたいから」と答えた。母は真琴を抱きしめて「天神様が私たちを幸せにしてくれるから大丈夫だよ」と言った。真琴は何と答えたら良いかわからず、こらえ切れず涙をこぼした。
家にカードローンの通知が届くようになったのは真琴が中学生になってすぐのことだった。真琴はカードローンの催促の通知を「これ何?」と言って母に渡すと彼女は鋭い目つきでそれをひったくり「何でもない!」と怒鳴った。その通知が意味するところを知っていた真琴はもう一度親戚に援助をお願いすることを母に強く勧めた。母はさらに激しい剣幕で「あんな連中は親戚でも何でもない!」と怒鳴った。母は一年ほど前から親戚の家を回りウサギ教の布教を熱心にしていた。対する親戚は真琴だけでも預かることを申し出た。可愛い我が子を手放したくない母としての心理と、生来のプライドの高さが邪魔をして母はそれを激しい口調で拒んだ。あまりに執拗で身勝手な母の態度と、仏教の檀家でもある親戚に新興宗教への入信を勧める不義に対し親戚三軒のうち二軒はそれを理由に母への資金の援助と縁を断ったのだった。
その数日後、学校から帰って来ると小夜の鳥かごが家になかった。中にいるはずの小夜も家中のどこにもいなかった。帰って来た母に「小夜は?」と聞くと父に預けたのだと答えた。文鳥の餌代と暖房代でさえ家計の負担になっていることを知っていた真琴は理由を聞かなかった。三週間後に小夜が死んだと父から電話で連絡があった。きちんとエサも水も与えていたにも関わらず衰弱して死んだと父は電話で説明したが、仕事で帰りが遅い上に無精で動物があまり好きではない父の性格に照らして、それが虚偽であることは明白だった。小夜が父に預けられた時点で小夜が近々死ぬことを真琴は察していた。翌日、真琴は小夜の亡骸を受け取るために柳原の父のアパートまで向かい、それを月見が丘のアパートの近くの公園に埋めた。久しぶりに会った父は以前より痩せていたが、母に比べるとまだ元気そうだった。
真琴が万引きで捕まったのはその頃だった。
「何だてめえ、人のクラスに首突っ込んでんじゃねえよ!」
だがそう言い終わる頃には翔吾の拳が琢磨の鼻っ面を強烈に殴打していた。琢磨はよろめいて二三歩下がり、鼻を押さえた。翔吾は琢磨を見たまま悠然と立っていた。琢磨は右腕を振って反撃を試みた。しかしそれが翔吾に届くより早く翔吾の前蹴りが琢磨の腹に刺さった。琢磨は力んだ瞬間に鳩尾を突かれ息ができなくなってうずくまった。彼は咳込んだ。その姿を翔吾は黙って動かずに見下ろしていた。琢磨は息が整うと翔吾の上体に跳び付いてタックルを仕掛けた。しかし翔吾の体はそれによってバランスを崩すことはまったくなく、彼は両腕で琢磨の脇を持って上体をひねり、琢磨を地面に叩きつけてしまった。背中を地面に強く打った琢磨は今度は肺を圧迫され、再び咳込んだ。彼は苦しさのあまり涙をこぼした。琢磨は今度こそ起き上がれなくなった。すると翔吾は倒れている琢磨を蹴った。翔吾が琢磨を蹴ると「ばしっ!」という重い音が教室中に響いた。琢磨は頭を抱え、体を海老のように小さく丸めて耐えることしかできなかった。翔吾はそんな琢磨を何度も蹴った。十度ほど蹴ると翔吾は蹴るのをやめた。翔吾が蹴るのをやめると琢磨がしゃくり上げて泣く声が教室に静かに響いた。琢磨を見下ろしている翔吾は汗一つかかず、息を乱してさえいなかった。彼は黙って教室を去って行った。
その日以来、琢磨は杏奈をいじめなくなった。代わりに琢磨がいじめられるようになった。いじめといっても、無視をされたり、仲間外れにされたりといった程度で、琢磨が喧嘩が強いことを知っていたクラスメイトたちは直接的に彼を非難しなかった。琢磨自身も喧嘩で負けて無様に泣く姿をみなに見られたので、いつものようにみなと接することができなくなっていた。
そんな琢磨に手を差し伸べたのは意外にも他でもない真琴と杏奈だった。はじめそれに戸惑った琢磨だが、孤立状態に耐えられず堰を切ったように何かと友達ぶった態度を二人に対してとるようになった。悠樹ははじめそんな琢磨を拒絶したが、人がいい真琴と杏奈が受け入れると仕方なく悠樹も琢磨を受け入れた。
四人はたいてい琢磨の家で遊んだ。男子三人の中で一番裕福な琢磨はそれを自慢できるのが嬉しかったし、見たことのないおもちゃや遊んだことのないゲームで遊べるのが三人は嬉しかった。裕福さでいえば杏奈の家の方が上ではあったが、杏奈はそれを自慢したくて友達を家に呼ぶ性格の持ち主ではなかったし、杏奈の父はこだわりが強く怒りっぽい性格の持ち主であり、彼女は三人を家に招くことはしなかった。
転入した当初は琢磨に因縁をつけられたこともあって浮いた存在になってしまった真琴だが、琢磨が大人しくなり、お人好しで相手に合わせられる真琴の人間性が徐々に見えてくると、何を言っても否定しないし、何をして遊んでも周りに合わせてくれるので、真琴は何にでも誘われる人気者になった。しかしクラスメイトと打ち解けてからむしろ真琴にとって新たな苦悩の種が三つできた。
一つ目はクラスメイトからの「家に遊びに行っていい?」という質問だった。真琴でさえアパートには入居していないことになっており、人目を盗むように帰宅しているところへ、友達を連れて帰りなどすれば近所に見つかり話が大家に伝わるリスクは増す。友達を家に連れて来ないという約束を母としたわけではなかったが、それをしてはいけないことを真琴は知っていた。狭い家を見せたくないという心理もそれに拍車をかけた。お人好しの真琴にとって何かを断ることは多くの場合苦痛だった。
また二つ目はゲームやSNSや動画サイトの話題についていけないことであった。もともと裕福ではなかった真琴の家だが、離婚によりゲーム機やPCを買う余裕はさらになくなった。クラスにはスマートフォンを持っている子もいた。お小遣いをまったくもらっていない子どもは珍しく、真琴はそれを悟られないよう取り繕うのに苦労した。
三つ目は父のことが話題に上ることだった。母子家庭はこの頃すでに珍しくなくなっていたので真琴は父がいないことを素直に打ち明けることができたが、その度に心の穴に風が吹き抜けるのを感じて虚しい思いをした。
学校ではある宗教団体のことがよく話題になった。それは真琴たちの住む柳原市月見が丘の外れに大きな活動拠点をもつ「ウサギ教」という新興宗教だった。自殺の名所として全国的に知られる「月見が丘の樹海」の入口にそびえる白く背の高い無表情な工場のような姿をした施設を総本山にもち、その建物は夜には白い壁が月明かりに照らされて、樹海と夜空の背景に真っ白で無機質な人工物がくっきりと見えるという不気味な景観をつくった。真琴のアパートの窓からもその姿が見え、真琴はそれを不思議な気持ちで眺めることがあった。「現世からの解放」や「本当の解脱」といった文言の並ぶ紙が各家庭のポストによく投函され、それを学校でみなで見て笑い合うこともあった。夜な夜な奇妙な儀式をしているとか、信者の体を使って人体実験をしているなど、不穏な噂もあった。
藤原家の家計は常に逼迫していた。食事は米が中心で、おかずは納豆や目玉焼きが多かった。アルバイトで忙しい母は凝ったものを作る余裕がなく、カップ麺やパンだけの食事も多かった。真琴は小学校三年生にしては珍しく毎日掃除や洗濯を手伝った。おもちゃや服は買ってもらえなかった。母も無駄なものは買わずに倹約に励んだ。
「もう少ししたら正社員になれる。そうしたら好きなものを買えるし好きなものを食べれる。広いおうちに住める」というのが母の口癖だった。夜寝ているときにふと母が真琴に話しかけて謝ることがあった。母はいつも「ごめんね」と言った。真琴はただ「うん」とだけ答えた。
月見が丘に引っ越して最初の誕生日に母が真琴にスニーカーを買ってきてくれたことがあった。それは何万円もする流行のバスケットシューズだった。誕生日を祝ってもらうのは幼稚園生の頃以来だった。真琴は申し訳なさそうに「ありがとう」と言った。息子に他の家の子に負けない誕生日プレゼントをしてあげられたことが嬉しくて、母は真琴よりも喜んでいた。申し訳なさと嬉しさがない交ぜになって、真琴は夜灯りを消したあと布団の中で母に気付かれないように泣いた。彼はもったいなくて学校には一度だけしかそれを履いて行かなかった。学校でも高価なスニーカーは履いてはいけない規則になっていたが、どうしても自慢したくて一度だけ履いて行くと、それから数日真琴は靴のことでクラスメイトから称賛され、誇らしい気持ちを味わった。靴は友達と土日に遊ぶときにだけ履くようにしたが、遊んで汚れると必ずすぐに家で洗った。
二人が引っ越してから一年が経った頃、母がアルバイトから怒って帰って来たことがあった。真琴は母のそのような姿を見るのは初めてだった。母は真琴に愚痴を言った。彼女は「嘘つきは人として最低」「ブラック企業」「ひどい上司」という言葉を脈絡もなく並べた。深く聞かなかった真琴は母が正社員にしてもらえるという約束を反故か保留にされたのだと静かに悟った。
その頃には慰謝料も底が見え始めていた。仕方なく母はずっと断り続けてきた親戚の援助に頼ることにした。母は当座をしのげることに安堵したものの、プライドの高い彼女は自責の念を募らせた。
母のため息の数はその頃から増えた。また、服のたたみ方がおかしいとかご飯の食べ方がおかしいなどつまらないことで癇癪を起こし真琴にあたり散らすようになった。夜中に眠れず布団の上でぼうっと座っていることも増えた。真琴はそんな母を心配することはあっても恨むことは決してなかった。
そんな母に笑顔が戻ったのは真琴が小学校五年生のときだった。職場から帰って来た母は笑顔で「吉原さん」という男性の話をよくするようになった。吉原さんは最近東都から転勤して来た母と同じ職場の別のセクションのマネージャーだった。誠実で優しくて母より少しだけ年上だった。彼は病気で妻に先立たれ、再婚相手を求めていた。歳の近い二人の男女はすぐに懇意になった。真琴は嬉しそうに吉原さんのことを話す母を見て安堵した。
そんな真琴にも一つだけ気がかりなことがあった。母の帰りが遅くなったことだ。それがデートによるものだったら良かったのだが、遅くに帰って来た母はウサギ教の会報誌を持っていることが多かった。はじめのうちそれを真琴に見せまいとした母だが、そのうち真琴にも入信を勧めるようになった。
母が妙な噂の絶えない宗教に傾倒すること自体に不安を覚えていた真琴だが、母の心の安寧の一助となればと思いあえて反対はしなかった。だが自分が入信するとなると強い抵抗があった。友達に知られれば学校でいじめられるし、宗教活動に参加することにより友達と遊ぶ時間が減るのが嫌だった。しぶる真琴に対し母は一度だけでもと月例集会へ誘った。真琴はいやいやながらそれを承諾した。ウサギ教は仏教や神道をベースに西洋やアジアの様々な宗教の教えを取り入れた特殊な教義をもった。東都に多くの信者をもつが、彼らが「聖地」と呼ぶ最大の活動拠点は月見が丘の例の施設だった。急激に信者を増やしていて、その数は全国で一万近くにものぼった。
真琴が月例集会へ行く日、家に吉原さんがやって来た。真琴が吉原さんを見るのも吉原さんが家を訪れるのもそれが初めてだった。母の話通り誠実で優しそうな人だった。痩せていて背はあまり高くないが、年齢よりも若く見えた。彼は「大人しくていい子だね」などと言って真琴をほめた。笑うと目が細くなった。その笑顔がなぜか妙に真琴を不安にさせた。
アパートを出ると前の道に彼の白いバンが停めてあった。中にはすでに二人乗っていた。その二人の顔を見ると真琴は心臓が飛び出そうになった。一人はクラスメイトの吉原由衣という女の子だった。肩くらいまでの髪と白い肌をもつ、小柄であまり目立たない女の子だった。もう一人はあの阿久津翔吾だった。クラスメイトや同学年の生徒にウサギ教との関りを知られたくない真琴は無駄な抵抗とわかっていながらも、できるだけ顔を伏せて車に乗り込んだ。
走る車の中で吉原さんが二人のことを紹介してくれた。吉原由衣が吉原さんの娘であることをこのとき真琴は初めて知った。翔吾の両親もウサギ教に入信していて、しかし仕事が忙しくて集会に出られないため、二人の送迎を吉原さんがいつも引き受けているとのことだった。吉原さんは真琴のことも二人に紹介した。真琴は「やめてくれ」と思ったがそれを口にすることはできなかった。吉原さんはしきりに明るく真琴に話しかけてきたが、真琴は緊張と気まずさから言葉少なに受け答えした。由衣も翔吾も真琴に話しかけてはこなかった。真琴もできるだけ二人と目を合わせないようにした。一度も同じクラスになったことのない翔吾のことはよく知らなかったが、由衣はクラスにいるときより緊張しているように見えた。きっと自分と同じ気持ちなのだろうと真琴は思った。
車窓の中で施設の姿が次第に大きくなった。遠くからは一つの大きな白い箱に見えたが、近づくと起伏や表情をもち、建物も複数あった。施設の近辺では急に交通量が増えた。みな施設へ向かう車だった。広い駐車場では私服の大人が赤い棒を振って笑顔で車を誘導していた。
施設には学校の体育館よりもまだ広そうなホールがあり、中にはすでにたくさんの人がいて、月に一度だけ顔を合わせる人たちがしきりに挨拶を交わす声で騒がしかった。翔吾と由衣と真琴は「こども会」と呼ばれる十八歳以下の未成年だけの集まりに参加するためにそこで別れ、母と吉原さんはホールに残り、三人は渡り廊下で繋がった別の施設へと向かった。「こども会」の会場へは翔吾が案内してくれた。
子どもだけになると先を歩く翔吾の背の高さが際立った。車の中では吉原さんとばかり話していた翔吾だが、大人と別れてからは真琴にしきりに話しかけてきた。真琴にとって翔吾は倒れた琢磨を蹴っている姿ばかりが印象として強かったが、話してみると明るくて優しくて気さくで、話し方にも声にも清潔感があった。彼は「俺もほんとは出たくないよこんなつまんない集会」などと言って笑った。「親が変な宗教やってると子供が苦労するよな」と言って真琴と由衣の緊張をほぐしてくれた。
「こども会」は体育館の半分くらいの広さの「講堂」と呼ばれるホールで行われた。「講堂」には小学校一年生くらいから高校生くらいまでの百人ほどの子どもがいた。会は優しそうな大人の男性が進行した。ふりがなのついたウサギ教の経典の抜粋が書かれた紙が配られ、それを大人が解説するというのが主な内容だった。紙には見たこともない漢字やカタカナの宗教用語が多く並び、真琴にはほとんど意味がわからなかった。周りの子どもたちを見るとやはり意味がわかっていなさそうで、大人の話もろくに聞いていなかったが、いつものことなのだろう、男性もそれを咎めることはなかった。男性の解説を聞くと、紙に書いてあるのは結局「人を傷つけるといつか自分もその報いを受ける」だとか「親を大切にしなきゃいけない」だとかいった学校の先生がよく言ったり道徳の教科書に書いてあったりすることと同じようなことだった。
教義の解説のあとは楽譜が配られて歌を歌うコーナーが始まった。「しあわせのうた」というタイトルで、歌詞は協力の精神の大切さを謳うものであり、宗教色はほとんどなかった。部屋の隅のオルガンで小綺麗な格好をした女の人が伴奏をした。真琴は知らない歌だし恥ずかしいので歌っているふりをした。周りを見るとみなも真剣には歌っていなかった。翔吾は口を動かしてさえいなかったし、楽譜を見てさえいなかった。女子は一応小声で歌う子が多かった。由衣もそうだった。
帰りも吉原さんが車で送ってくれた。先に翔吾の家に寄ったが、そこは悠樹の家がある旧山名町の近くの街区の古い一軒家だった。翔吾は「じゃあな」と真琴に挨拶した。真琴も遠慮がちに会釈した。
家に着いたのは二十一時過ぎだった。結局由衣とは一言も交わさなかった。母は猫なで声で吉原さんと別れの挨拶を交わしていた。そんな声を出す母を見るのは初めてのような気がした。家に入ると「どうだった?」と母に笑顔で聞かれた。真琴は返事に困り、母の期待した答えではないことをわかっていながら、ただ「うん、わかんない」とだけ言ってそそくさと風呂に入った。
真琴がウサギ教の集会に参加したことが他のクラスメイトに知られることはなかった。それ以降由衣とも話すことはほとんどなかったし、集会に参加することもなかった。
母はアルバイトを始めて三年目も四年目も正社員になれなかった。母もいつしかそれを諦めて現状を受け入れるようになっていた。細々となら生活していける。しかし真琴が中学生になり、高校生になれば学費が増えること、そうなれば現状のままでは生活できないことを母も真琴も頭の片隅で理解していた。
母は吉原さんの話をあまりしなくなった。吉原さんとは職場で相変わらず顔を合わせるし、ウサギ教の月例集会への車での送迎もしてもらっているが、それ以外の接点はもたないようだった。「恋人」だった二人が「友達」になったことを真琴はそれとなく悟った。
代わりに母は以前にも増してウサギ教での活動に力を入れるようになった。仕事の帰りにビラを地域の家庭のポストに配り、夜遅くに会報誌の記事の編集をし、休みの日には「こども会」の出し物や飾りつけの準備をした。真琴はビラ配りをしている母の姿を友達に見られないか不安だった。会報誌の編集に必要なPCを母がどのように手に入れたのか、母は話さなかったし真琴も聞かなかった。無理がたたったのか母はよく咳をするようになった。熱や鼻水はなかった。ひどいときには夜中も咳込んで目を覚まし、食事もほとんど摂らなかった。それでも母はアルバイトを休むわけにはいかなかったし、ウサギ教の活動も続けた。真琴は一度だけ病院に行くように勧めたが案の定すげなく断られた。真琴は体も心も壊している母を心配した。しかし夢中になるものを見つけた母からそれを奪うべきではないようにも思えた。真琴は母が体を壊すたびに「無理しないでね」とだけお願いした。
ウサギ教の活動に熱を入れていた母は自然と家事がおろそかになった。インスタント食品や冷凍食品で食事を済ますことが多くなり、掃除、洗濯、買い物まで真琴がこなすようになった。友達と遊ぶのは週末だけになりそれが真琴にはつらかったが、それでも悠樹たちは仲良くしてくれた。母は二段ベッドの上段にはしごで登るのもつらそうだったので、上段には真琴が寝て母は下段に寝るようになった。
いよいよもうすぐ中学生になるという小学校六年生の冬に真琴は「塾に入りたい」と母に打ち明けた。県内でもトップクラスの大学進学率を誇る県立柳原高等学校へ多数の合格者を毎年出している佐藤ゼミナールが中学校の通学路にあり、そこなら家事も続けながら勉強ができると真琴は考えた。
しかし母は真琴の予想に反して「そんなお金あるわけないでしょ!」と怒鳴った。ショックのあまり真琴が黙っていると悪いことをしたと思ったのか母が「どうして急にそんなこと言うの?」と聞いてきた。真琴は涙をこらえながら「お母さんをお金持ちにしたいから」と答えた。母は真琴を抱きしめて「天神様が私たちを幸せにしてくれるから大丈夫だよ」と言った。真琴は何と答えたら良いかわからず、こらえ切れず涙をこぼした。
家にカードローンの通知が届くようになったのは真琴が中学生になってすぐのことだった。真琴はカードローンの催促の通知を「これ何?」と言って母に渡すと彼女は鋭い目つきでそれをひったくり「何でもない!」と怒鳴った。その通知が意味するところを知っていた真琴はもう一度親戚に援助をお願いすることを母に強く勧めた。母はさらに激しい剣幕で「あんな連中は親戚でも何でもない!」と怒鳴った。母は一年ほど前から親戚の家を回りウサギ教の布教を熱心にしていた。対する親戚は真琴だけでも預かることを申し出た。可愛い我が子を手放したくない母としての心理と、生来のプライドの高さが邪魔をして母はそれを激しい口調で拒んだ。あまりに執拗で身勝手な母の態度と、仏教の檀家でもある親戚に新興宗教への入信を勧める不義に対し親戚三軒のうち二軒はそれを理由に母への資金の援助と縁を断ったのだった。
その数日後、学校から帰って来ると小夜の鳥かごが家になかった。中にいるはずの小夜も家中のどこにもいなかった。帰って来た母に「小夜は?」と聞くと父に預けたのだと答えた。文鳥の餌代と暖房代でさえ家計の負担になっていることを知っていた真琴は理由を聞かなかった。三週間後に小夜が死んだと父から電話で連絡があった。きちんとエサも水も与えていたにも関わらず衰弱して死んだと父は電話で説明したが、仕事で帰りが遅い上に無精で動物があまり好きではない父の性格に照らして、それが虚偽であることは明白だった。小夜が父に預けられた時点で小夜が近々死ぬことを真琴は察していた。翌日、真琴は小夜の亡骸を受け取るために柳原の父のアパートまで向かい、それを月見が丘のアパートの近くの公園に埋めた。久しぶりに会った父は以前より痩せていたが、母に比べるとまだ元気そうだった。
真琴が万引きで捕まったのはその頃だった。
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