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第一章 はじまり

第十一話 町に別れを

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 まずい。昨晩の作戦が大失敗したようだ。
 一体何が起こったのか見当もつかないが、朝、冒険者ギルドへ様子を見に行くと、そこにはたくさんの野次馬が詰めかけていて、衛兵たちが中を調査しているようだった。

 挑んだ奴らは片っ端からぶっとばされたらしく、たくさんの怪我人が出たようだが、殺されたのはマフィアのボスとペコの野郎だけだったらしい。

 俺が直接会って話をしたのはマフィアボスとペコだけだった。
 事件と俺の関わりを知られない間に、さっさと逃げ出した方がいいな。

 俺はバックパックから鉤縄かぎなわを取り出し、町の外壁へ引っ掛けて外へ脱出し、別の町を目指し始めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「お…て……ジュ…オ」

 んー、うーん、あと5分…

「起きて…ジュリオ早く起きて!」

 ハッ!また何か起こったのか!?

<どうしましたマスター!>

「よかった、やっと起きてくれた。よく考えたら寝てる場合じゃなかったよ。今、ザバルードを町の外に呼んだんだ。早く町を出ないと、事件についての関わりが知られちゃう。クックとルングはもう外で待ってるよ。」


 まだ外は暗くて、きっと宿に帰って寝始めてから30分も経っていなかっただろう。結局返り血は洗ってなかったけど、俺は手についた血だけをトイレの水で流してローブを持ち、宿を出た。

 今回のことでティブの町を離れなきゃいけないことになるとは…数日間しかいなかったけど、結構色んなことがあったな。
 でも、もうすぐザバルードに会えることだし、それはちょっと楽しみだ。

 …迎えに来るって、どういうことなんだろうか。町の中にいるのか?
 いやしかし、それだとなんで今まで顔を出さないのかって話になるしな…。


 外ではクッちゃんとルンちゃん、そしておやっさんが待っていて、おやっさんは少し寂しそうな表情で俺たちを見送ってくれた。
 またほとぼりが冷めたら会いに来いとのことだ。
 マスターはどのくらいの期間この宿で寝泊まりしていたのだろう。おやっさん、俺たちによくしてくれたから、いつかまた会いに来たいな。今回のことで何か言われたりしなければいいけど。
 俺たちはそそくさと門を通り町を出て、前面に広がる草原を進み始めた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 セペから久しぶりに念話が届いた。

 まずいことになったから、別の町へ移動したいとのこと。
 まずいこと…そう聞いてマスターの元へ駆けつけないなんて、従魔としてあってはならないことよね。

 私は子どもたちのそれぞれに少し出かけてくると伝えて、洞窟から勢いよく大空へと飛び立った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あっ、来たみたいだね。」

 その魔物は上空の雲を翼圧でかきわけ減速し、俺たちの前にどしんと腰を下ろした。

 その魔物すなわちザバルードは、ドラゴンだった。
 確かにそんな気は前々からしてたんだけどね。マスターの話と名前から推測して。詳しくは教えてくれてなかったけど。

 座っている時の高さは5mくらいかそれ以上で、数字を見るとそこまでデカくないように思えるかもしれないが、目の前にするとかなりの迫力がある。

 佇まいからして、きっとそんじょそこらのドラゴンではないだろう。マスターめ、こんな強力な駒を今まで隠し持っていたとはな…。俺は新入りだし強さでは到底敵わないだろうから、心の中ではザバさんって呼ぶことにしよう。

 マスターが従魔にしていなかったら、きっと俺はザバさんを目の前にして、腰を抜かしてしまうだろうな。ドラゴンは怖いし。火を吐くから。


 それでは、お待ちかねの見た目考察タイムに移るとしようか。
 ザバさんは皮膚が全体的に青白く、広い背中や小さな顔、長いしっぽを覆っているごつごつしたウロコは澄み渡るような水色だった。首は細長く、どっしりと重そうな胴体に短めの手足がついていた。翼も大きく、力強い。
 目玉は吸い込まれるような黒色で、どこを見ているのかはよく分からない。でも、優しそうな表情をしている。

一言でいえば、カックイー。


―あなたがジュリオね。セペ…いいえ、マスターから話は聞いているわ。
 ずいぶん硬いんですってね、その甲冑。私も力には自信があるけれど、ミスリルとなれば話が変わってきちゃうかもしれないわね。私はいま色々とあって忙しいから、一緒に旅はできないけれど、これからもマスターをよろしく頼むわね。

 ザバさんは女性だったのか。ドラゴンとかって、なかなか見た目では分からないものだよな。とりあえず、昨日何があったのか報告しなければ。

<そのことなんですけど…。昨晩はかくかくしかじかで…。>

―あらぁ。なるほどねぇ。それでこれ以上この町にはいられなくなっちゃったってわけね。分かったわ。ジュリオは結構重そうだけれど、多分大丈夫よ。別の遠くの町まで背中に乗せて連れて行くわ。そうねえ…ほどよく遠くて町を経由しなくていい場所といったら、きっとあそこがいいわね。
一日では着かないかもしれないから、今日はきっと野宿になるわよ。大丈夫?

「大丈夫だよ、ザバルード。じゃあ、背中に乗って、みんな。ジュリオはドラゴンに乗るの、初めてだろうけど、うろこにしっかり掴まっていれば怖くないから。あと、そのローブは風で飛ばされないように僕が預かっておくよ。」

<了解ですマスター!>
―行くぞ、ルング! …ちょっと前に乗ったばっかだから、もう怖くは無いよな…?
―う、うん、僕頑張るよ!ジュリオの前でカッコ悪いところ見せられない!
―よし、その息だ!

 心の声丸聞こえなんですけど…可愛いなぁルンちゃん。

 俺はもちろんドラゴンなんて生前は見たことも、乗ったことも無い。
 マスターが大丈夫だって言うんだから大丈夫だろうと思うんだけど…ちょっと怖いな。落ちそうになったとき、自分の体重を腕の力で支え切れるか微妙なところだし。
 まあ、落ちたとしてもせいぜい甲冑に泥がつく程度のダメージなんだけどね、多分。だったらせっかくだし、楽しむつもりで乗せてもらうことにするか。

 俺は念話でおねがいしまーすと言って、地べたにお腹を付けて背中を低くしてくれているザバさんの後ろに這い上がった。

 おおお、背中だけでも相当高い。3歳の子どもが生まれて初めて馬に乗るってような感覚だな。俺の幼少期を思い出す。馬に乗ったり降りたりすることが怖い子ってのは周りにたくさんいたけど、俺みたいに馬がまず乗らせようとしてくれなかった子はなかなかいなかったな。


 全員が乗ったことを確認して、ザバさんは翼をばっさばっさと羽ばたかせ始めた。
 薄暗い地面がどんどん遠のいていく…。

―どのくらいまで上がればいいの、マスター?
―うーん、今回は人に見つかるとまずいから、なるべく目立たないように、雲の上くらいまで上がってくれる?

 …雲の上だって?
 いかん、寒気がしてきた。


 ザバさんはそのまま上昇を続けて、10分もしないうちに雲の上へと俺たちを運んだ。
 雲り空の下って、どんよりしていて暗い気分になるけど、その上ではこんなに幻想的な風景が繰り広げられているんだと思うと、物事はなんでも表裏一体だなと俺は思った。冒険者の俺は死んだけど、そのおかげでこうして希望に溢れたゾンビライフを始めることができたことも含めてね。

 ザバさんの上は安定していて、俺はあまりの気持ちよさにまどろみ始めていたが、しばらくすると雲の向こうから、朝日が昇ってきた。眼下の風景が一面温かいオレンジ色に染まり、さらに幻想的になり始めて、神々の住む国にでも来たかのような気分だった。

「どうだいジュリオ、すごく良い景色だろ。」
<はい、とても素敵で褒める言葉が見つかりません。>

―次の町、良い宿見つかるといいですね、マスター。
「そうだねクック。一度どこも僕らを入れてくれなくて、野宿をすることになっちゃったこともあったしね。今度はあんなことにならないといいけど。」
...
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 …ハッ!
 やべぇ、ザバさんライドが気持ちよすぎて寝ちゃった…。

 変な意味は無いからね。ドラゴンの人妻さんなんて恐ろしいものに手を出す気なんかありませんよ。気持ちよかったらオールナイトする心意気のある志高い童貞だし、俺。

 辺りは今暗いみたいだな…。マスターがたき火をしているのが見える。
 ?、よく見たら寝てるの地面だった。

 なるほど、あのあと俺が起きないもんだからそのまま下ろしたってわけだな。

「あっ、ジュリオ、起きた?今クックとルングが狩りをしに行ってくれてて、火を起こして明かりをとっている途中なんだ。ジュリオは火が苦手だろうと思うけど、近寄らなければ大丈夫だよね?明かりがないと辛いからさ。あと、ザバルードは子どもの世話があるからって、一度巣の方へ戻っていったよ。ものすごく遠いのによくやるよねえ…。
 まぁ、そういうわけだから、ジュリオはそのまま寝てても大丈夫だよ。朝になったら起こしてあげるから。」

<ずっと寝ちゃっててすみません…。>
「いいんだよ、ジュリオの寝姿は可愛いから。」
<そ、そうなんですか、えへへ…。>

 俺はお言葉に甘えて、2度寝と洒落込むことにさせてもらった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 ジュリオって、眠っているとき関節が変な方向に曲がりくねって、中身の無い操り人形みたいになるんだよねえ…。ふふ、面白いからまだ本人には教えてあげないでおこうっと。
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